PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
10月29日 土曜日 晴れ
東京 千代田区 霞が関
言わずと知れた官僚の代名詞。隣接する永田町、隼町と並び、日本の首都機能を担った…華の高校生にとってみれば縁もゆかりも無に等しい地。そんな場所に人目をはばかる様に集まった一同。東京地方裁判所…いわゆる東京地裁の裏路地で………双葉は嫌にテンション高く明智のスマホを奪った。
「欲しかった機種ー!!」
ハッカーの性なのか、ガジェットには目が無いらしい。明智の手からいとも簡単にスマホを奪いとっては、子どもの様に目を輝かせて指を忙しなく動かしている。
「え、えぇと……」
これには流石の明智も面を喰らった。双葉と言えば元々引き籠りで、人付き合いは苦手な部類だと、そう思っていたから。まさか知り合ったばかりの歳上の男にこんな距離の詰め方をするとは思ってなかったのだ。
明智の驚きの横で、一同がやれやれと肩を落とした。これから自分達の命運を掛けた勝負に挑むというのに、なんとも緊張感に欠ける。
「……まぁ双葉の異常行動は何時もの事、だから」
「そ、そうなのかい?」
「放っておいて、ここを何だと思ってるか。さっさと特定しよう……真」
パレスに入るには該当箇所を何と認識しているかを当てなければならない。最早恒例となった言葉当てゲーム。言葉にはその人の本性や本音が乗る事を蓮達は良く知っている。普段は各所から集めた少ない情報から推測するが、今回に限っては真から普段の新島冴の姿を聞き出すのが手っ取り早い。この手の推理が比較的得意な雪雫ですら、真をあてにしていた。だから話を振った…のだが、肝心の真は何か考え事に耽っていて、自分の名前を呼ばれた事にすら気付いていない。
しょうがない。と雪雫は小さく呟き、その身体をジリジリと真に寄せた。下から覗き込むその紅い瞳は、有無を言わせぬ様な圧があった。夕暮れ時というのもあってか、普段は宝石と見間違える程に煌びやかな瞳も、深淵の様に深く紅黒い。
「……あ……。え…」
ハッとしてキョロキョロと皆の顔を見渡すと、ようやく皆が自分の言葉を待っている事に気付いたようで「ごめんなさい」と小さく呟いた。
「えっと…お姉ちゃんが裁判所を何だと思っているか、よね……。そうね、よく『勝たなければいけない場』と言っているわ」
「勝負か…冴さんらしいな」
明智にも覚えがあったらしい。2人の様子を見るに『勝負』という言葉が新島冴を形作る重要なパーツとなりそうだ。
もっとも、そんな気概で裁判に掛けられたらたまったものではないが。その点を鑑みても、やはり本来の検察としての在り方は歪んでしまっているのだろう。
「勝負…と言えば試合の場だな……。格闘技のリングか?」
『候補が見つかりません』
ヒット無し。
「なら闘技場かしら?」
ヒット無し。
祐介、春に続いて他のメンバーも次々と候補を口するがいずれもハズレ。勝負の解釈をスポーツや試合からギャンブルの方面まで広げ、『競馬場』『パチンコ』と挑むが、それも該当なし。
「真、何か心当たりは?」
このままでは時間を浪費するばかりで事が進まない。皆がアレやコレやと考えている中、独りずっと黙って考え込んでいる真に雪雫は目を付けた。皆は気付いていないかもしれないが、雪雫の眼には「思い当たる節があります」と顔に浮かんでいたのだ。
再び雪雫に話を振られた真は、思い悩む様な表情で重々しく口を開いた。
「………カジノよ、きっと」
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賭博罪という言葉をご存知だろうか。
金銭や品物、財産などを懸けて賭け事、ギャンブルを行う行為に対して適用される刑法だ。
詳細は省くが、賭博罪の成立には主に以下の二つの要件を満たす必要がある。
1.偶然の勝敗により財物等の得喪を争うこと
2.財物や財産上の利益を賭けること
該当するケースとしては賭け麻雀や賭けゴルフ、野球賭博。
勿論、カジノなんてもってのほか。警察や検察などの司法機関からしてみたら、カジノなんて賭博罪のバーゲンセールだ。
「お~、正にカジノ」
しかし、そんなカジノが今、雪雫達の目の前にある。
絢爛豪華なネオンの輝きを放つそれは、堅苦しいオフィス街の中心に聳え立っていた。
「勝負の場……とは良く言ったものよね…」
場所はニイジマパレス。新島冴の歪んだ心の中心。現実世界では荘厳な佇まいの裁判所も、このイセカイでは如何わしいカジノに書き換えられてしまっている。
法の番人たる自身が検事自身が、ギャンブル感覚で裁判に携わっていたとは。司法国家に対する冒涜に等しい。真が傍に居る手前、口には出さなかったがネオンの輝きに照らされながら、雪雫はそんなことを考えていた。
「他は普通の街並なんだな」
通常、日本にはある筈の無いカジノ。それに目を奪われていたが、明智の言葉に気付かされる。確かに裁判所は認知に歪みカジノに成り代わっていたが、その敷地外。隣接する警察署を始めとする周りの景色は現実のものと寸分違わない。
「警察署と裁判所って隣同士なんだ」
「権力が集中してた方が都合良いから。ね、明智」
「はは、そうかもね。……それよりも、服装が変わらないということは、まだ警戒も敵視もされていないという事か」
「そうだろうな。パレスである裁判所以外は警戒の対象外ということだろうぜ」
まぁ妥当である。
外にまで警戒が及んでいるとしたら、その辺の一般市民の通行人を疑っていると言っている様なもの。流石に現役の検察官だ。その辺の分別は付いているらしい。周りの景色が現実通りなのも、新島冴にとっての勝負場所は裁判所だけだからだろう。
「まぁ、お喋りはこれくらいにして…とっととお目当ての裁判所へ行こうぜ」
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ニイジマパレス入口。吹き抜けになっているエントランスのその上。照明の点検通路…いわゆるキャットウォークに一同は居た。
外では制服だったが、カジノに入り込んだ瞬間に怪盗服へチェンジ。つまり、加入したばかりである明智吾郎…コードネーム:クロウの怪盗服のお披露目である。
「お前……」
チラリと皆なにか言いた気にクロウに視線を送る中、スカルがとうとう切り込んだ。
「隠れて盗む自覚ねえだろ」
その目立つ姿に。
「だから言っただろ? コードネームは乖離している位が足付かないって」
「いや、そう言うんじゃなくて……」
クロウと言えばカラス。カラスと言えば黒色。コードネームだけ聞けば、さぞ黒尽くめの姿を思い浮かべるが、その実際は真逆。赤いペストマスクとマント、そして白を基調としたプリンススーツにところどころ金色の刺繍が入っている。目立つ。スカルの言う通り目立って仕方が無い。
「正義を貫く人…ってイメージかな。それが僕に覚悟の顕れだからね」
雪雫から言わせてみれば『儀礼服』のソレだ。裏で暗躍する怪盗とは無縁の、表舞台に立って愛想を振る舞う貴族の如く。
「まぁ、良いんじゃない?
「───ありがとう、ウィッチ。君もイメージにピッタリだ」
さて、お披露目会もこんな所にして。
一同は若干グダっていた空気を引き締めて下のフロアを覗く。
「中に居る人達、見た目は普通ね」
ノワールの言う通り、内部の人間に変化は見られない。パレスと言えばATM人間やら実験動物やらロボットやら……異形のオンパレードだったが、今回に関してはそれも一旦は無い。新島冴の人を見る目自体は歪んでいないという事なのだろう。
「だが、見ての通りここはカジノ。つまりパレス内部だ。認知人間と直接戦闘となったケースもある。油断は出来まい」
「客に混じってちらほら居る黒スーツの警備員、それと特にディーラーは気を付けた方が良い。シャドウ…もしくはニイジマサエの息が掛かった認知人間」
「分かってはいたけど…正面突破は得策じゃないわね」
つまりは何時も通り。客にも運営にも主にも悟られないまま、オタカラの早期発見が理想。
「見つからなかった事なんて殆どねぇけどな……」
返す言葉もありません。スカルの鋭い指摘にクロウ以外の一同は苦笑いこそ浮かべたが、誰も取り合う事無く歩みを進めた。キャットウォークから吊り照明に飛び移って、またキャットウォークに。義経公もびっくりの八艘飛びで端っこの通気口へ辿り着く。
先に進むにはこの中を通るしかない様だ。狭い通路を、それこそ竜司がギリギリくらいの小路を1人1人這って進む。最早潜入には付きもので、慣れたと言っても過言では無いのだが、息苦しさだけはどうにもなれない。カジノの賑やかな音と目に悪い輝きを目指して抜けた先で────。
『ようこそ。出てらっしゃい、コソドロさん達』
スカルが立てたフラグが見事成立した。
「………はぁ」
「んだよ、ウィッチ」
「言霊って良く言うよね」
「俺が悪いの?」
通気口を抜けた先のエリア。中央にエレベーターが設置されたエレベーターホール。そこで件の、恐らくニイジマサエであろう女性は挑発的に怪盗団の面々を見上げていた。
普段の彼女を知っている者からすれば、また随分と違った印象を受けるだろう。実際、ウィッチ何かは写真で見ただけというのもあって、最初は気付かなかった。黒色のアイシャドウと口紅をタップリと塗り、開けた胸元をメッシュで覆ったドレスを着たニイジマは、もはや法の番人と言える様な姿ではない。そう、夜の女王と呼ぶに相応しい。
『お目当てはオタカラでしょう? いらっしゃい。何処にあるか教えてあげる』
「お、オタカラの場所だと? そんな口車に…」
モルガナが警戒心を口にした。パレスの主にとって自らオタカラを明け渡すメリットなど何一つも無い。だとするならば、情報という餌で怪盗団を嵌めようとしているのは明白。
『嘘じゃないわよ。私は正々堂々、勝負がしたいだけ』
だがニイジマ自身、嘘を言っている様にも見えない。後ろに控えているシャドウ二体は見上げるばかりで行動を起こす様な素振りは見せず、肝心のニイジマ自身は丸腰だ。それに『勝負』と彼女は言った。このパレス自体、勝負に関して並々ならぬ欲望があったからこそ生まれた場所。その主たるシャドウが、怪盗団に勝負を挑みたがるのは自然の事。そして勝負を挑むという事は、少なくともここで今すぐ排除する気は無いという意志の表れだ。
「……ここは従おう。今更隠れても仕方が無いよ」
クロウの助言にジョーカーは頷き、ニイジマの前へ。
自分の意のままに進んだのが嬉しいのか、黒い唇を薄く延ばして笑みを深めた。
『オタカラは建物の最上階。支配人フロアにあるわ』
「ナビ、それは確か?」
「ああ、間違いない。そこのエレベーターで上がった先に強い反応がある」
「……どうして教えるの?」
『まずは上がってらっしゃい。話はそれからね』
パチン。と乾いた音をニイジマが鳴らすと、瞬きの間に怪盗団の前から姿を消す。辺りを見渡しても、彼女はおろか控えていたシャドウすら居ない。
「ムカつく。余裕綽綽」
「取り敢えず上がる手段を探さないと……」
「エレベーターは? 使えそうかな」
パンサーが指さすフロアの中心。筒状のガラスに囲まれた、恐らくカジノ客用のエレベーター。これが使えれば苦労はしないが………
『メンバーカードを認証してください』
案の上、足止めをくらう。
「他に上がれそうな道は──」
「無い、な。どーも従業員も、客も、そのエレベーター使ってるっぽい」
ナビの解析に間違いが無ければ、正規の手段で上がる他無さそうだ。一番避けていた正面突破。結局この手段を取る事になるとは。クイーンは顔に手をあてて溜息を零す。
「メンバーカードというのはなんだ?」
「スロットクラブじゃないかな」
「クロウ、言葉が足りない」
「驚いた、まさか君に言われるとは…」
ムッとするウィッチの横で、「それはそう」と皆そろって首を縦に振る。
「……分かった分かった。そんな怖い顔をしないでくれ。筆舌を尽くさせてもらうよ。……一般的なカジノには、スロットクラブという会員制度があるんだ。メンバーはランクによってプレイするフロアが分けられてる所もある」
「だったら話ははえーじゃん。入ろうぜ、そのスロットクラブというのによ」
「……まぁ、それはそうなんだけど…」
その時、一同の周りにシャドウが湧き出る。一体、二体、三体……どんどんと数を増やすシャドウは、火を見るよりも明らかに臨戦態勢だ。
「なるほど。正面からメンバー登録をさせる気は無いみたい」
「まずは上がって来い、とはそういう事か。上がれるものなら来てみろ、と」
それぞれ武器を取り出し、構える……が
「大丈夫、僕に任せてくれ。いい所を見せておかないとね」
クロウがそれを制止した。一人で十分。彼の振る舞いにはそんな自信が見え隠れしている。
「さぁ、始めようか──射殺せ」
────ロビンフッド!
クロウ…明智吾郎は高らかにその名を呼んだ。