PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
メタファーやってました
11月2日 水曜日 晴れ
雪雫は激怒した。必ずかの邪知暴虐な主を除かなければならぬと決意した。雪雫には賭け事が分からぬ。雪雫は田舎の旅館の娘である。人生の半分は床で過ごし、蝶よ花よと育てられてきた。けれども、ゲームに対しては人一倍思い入れがあった。
「なにムスっとしてるのよ」
「敗北確定のゲームなんてクソゲー」
膨らんだ頬をツンツンと指で突くクイーンの横で、ナビが「わかる」と頷いた。
ニイジマサエにとって、勝利は絶対だ。勝者こそが現実で、勝者こそが真実。
ではこのパレス…カジノにとっての勝者と敗者、その二つを決めるものとは何か? 言うまでもなく、チップの数である。チップさえあればさらにハイレートフロア……つまり上の階へと進める。それがこのパレスの進み方であり、ニイジマサエ本人が挑んだ勝負であった。
そうと分かればウィッチこと雪雫の行動は早かった。意気揚々とまずはポーカー勝負で一稼ぎ。レートが低く、目標としている5万枚までは程遠い稼ぎだが、こと読み合いが発生するゲームにおいて彼女は安定して稼ぎを出していた。そしてそれを元手に勝負の場をスロットルームへと移して───
雪雫は不貞腐れた。
「当たらない様に設定されてる。確実なタイミングでボタン押してるのに、どうしても出目がズラされる」
「天井行けば当たるんだけどなー。それまでの出費を考えればマイナスだ。UFOキャッチャーとかで良くある確率機ってやつだな」
背もたれに身体を預けて「やってられるか」と両腕をうんと伸ばす。
「すごい、良く見えるね…! 私には全然……」
「私にも分からん。まぁそこはウィッチの動体視力がおかしいという事で」
人の手が介入しているのならばまだ良かった。付け入る隙は少なからずあるし、最悪こっちからイカサマを仕掛けられる。だけど機械は、フルオートメーション化されたモノはまるでダメ。感情という不確定要素も無ければ体力気力と言った概念も無い。
「はははは。現実のカジノだったらウィッチは出禁だろうね」
対人においては無類の強さを誇り、イカサマも見極めるであろう洞察力。機械相手ですらもその動体視力が不自然な動作を見逃さない。どんなに不利な場面でも大体はイーブン以上に持っていける。賭場荒らしもいい所だ。
そんな彼女がことイセカイにおいて息詰まっているのが愉快なのか、良い笑顔を浮かべたクロウがジョーカー達を連れて戻ってきた。
「そもそもの自力が人並外れている。イカサマを仕掛けようにも、それに気付ける君には勝負に乗らないという選択肢がある。勝ち星は上げても負け星は無い。なんてギャンブル泣かせなんだろう」
「公平性を欠く方が悪い」
「そもそもカジノに公平性を求める事が間違っているよ」
慈善団体じゃあるまいし、とクロウはくつくつと笑う。
「奥に巨大なスロットがあった。このエリアの一番の目玉だろう。ジャックポットはメダル5万枚……。ちょうど次のエリアのメンバーズカードと同額だ」
「じゃあ当てれば上に行けるってこと…だよね?」
「うん。1プレイ5千の文字通りのハイリスクハイリターンだ。1プレイ分くらいはウィッチが稼いでくれているし。あとは───」
▼
実に簡単な仕事だった。
スロットの制御盤までナビを護衛。目的地に辿り着いてしまえば後はナビがお得意のハッキングをして出目の設定を弄る。後は仕込みが済んだ台でプレイすればミッションクリア。たんまりと稼いだカードを交換所のシャドウに渡して、さらに上のフロアのメンバーカードを引き換え。そして上にフロアに───という所で今日の探索は終わった。振り返ってみれば、半分はゲームしてただけだし、そこまで戦闘も多く無かった為、総じて楽としか言いようがない。
だからここに来た。
「えっと……つまり貴方達は自分達の疑いを晴らす為に今は検事さんの心に忍び込んでる…と」
「正解」
淹れて貰った紅茶を一口、慣れた動作の雪雫。今の状況を理解しようと頭をフル回転させている妙とは対照的だ。
「それで、進んだ先のハイレート?のフロアにどうやっても入る事が出来なくて探索を取り止めた」
「ん。だから今度の13日、裁判の傍聴してくる」
「………ええと……はぁ。まぁ無事なら良かったわ」
怪盗団の指名手配が大々的に公表されてからというのも、武見は気が気ではなかった。こっちからの連絡に対して返事はくるものの、直接会いに来やしない。悪戯にニュースやSNSを読み漁っては、また心配を募らせる。家に居る時は落ち着かず右往左往していたし、診療中も何処か心ここにあらずと言った感じだった。
だから今日、フラっと現れたときは心底安心した。こっちの気持ちなど露知らず、何時もの様に人形みたいな変化の無い顔をぶら下げては「来ちゃった」とこっちの都合などお構い無しに言うその態度。一言二言、文句を言ってやろうと内に溜めていた言葉も、彼女の顔を見て霧散した。
「11月20日……あまり時間無いわね」
「ん。そこまでに…少なくともその前日に改心させなきゃ、秀尽とルブランに強制捜査が入る」
「なんでルブランに?」
「双葉のお母さん。生前にイセカイに関する研究をしてたらしい。それ繋がりだって」
「それまでに証拠を隠滅する……とかは?」
「今更遅い。新島冴のシャドウ……つまりパレスの主の様子を見るに、証拠無くても捕まえるつもりらしい」
現に今日、雪雫達は何度かニイイジマサエの妨害を経験している。
「相手は手下のシャドウ。でも間違いなくニイイジマサエの指示。それなりに正規の手段で進んでた私達に直接手を下すなんて、余程切羽詰まってる。その時こう言っていた『冤罪であっても勝てば良い』って」
「…それは…歪んでるわね」
「ん、伊達にパレスを持ってない」
「………そう」
大人としてどうにかしてやりたい。そんな気持ちが黙り込む武見の姿から見て取れる。
しかし、彼女はどうすることも出来ない。残念なことに、雪雫達が戦っているフィールドはおいそれとは踏み込めない未知の領域。そして恐らくではあるが、その領域に踏み込むには、大人として成熟してしまった自分には得る事も出来ない力が必要ときたものだ。
「妙は何時もの通りで大丈夫。妙は大事な拠り所なんだから」
「……だと良いけど」
武見の心を見透かした様に、雪雫は見事に言い切った。「そのままでいい」と、歯が浮く様な殺し文句を添えて。
(……本当に監禁してやろうかしら)
こういう所が非常に腹立たしい、と武見は思った。人の気も知らずにのらりくらりと距離を詰めたり少し離れたり。そして時折見せる素直な物言いは、少女が語るには重く、しっとりしている。
「あ、そうだ」
雪雫が来る前とはまた違った苛つきを募らせていると、彼女は鞄から一枚の紙を差し出す。
「何これ」
「ライブのチケット。雪子の学校での」
「ああ…ニュースになってたやつ……」
人気アーティスト、天城雪雫の記念すべき初ライブ。人気の割には規模が小さい…と発表されてから暫く騒がれていたのは記憶に新しい。
「開催日は11月6日って……もうすぐじゃない。パレスは大丈夫なの?」
「まぁ仕事だし。それに変に活動を控えた方が目立つでしょ」
「正直、貴女なら仕事してなくても不思議じゃないけど……」
そもそも活動が勢力的になったのも最近の話だ。いきなり未公開曲を発表をしたり、アルバムを出したり。一体どういう風の吹き回しなのか。
「ソレあれば入れるから来て」
「私の都合はお構いなし?」
「ん、妙にも見て欲しいの」
そう言って武見を見つめる紅い瞳は透き通る様に真っ直ぐで思わず見惚れてしまう程であった。彼女の記憶にある病床に伏せていた少女と同じ瞳、だがそこには過去の様な陰りは無い。
生まれ変わった私を見て欲しい
暗にそう言っている様だった。
「はぁ。今週の日曜日はお休みね」
「そもそも休診日でしょ」
「誰かさん達のために午前中は開けてるんだけど」
「分かってる。ありがと」
薄っすらと笑みを浮かべて、再び雪雫は紅茶を口に運んだ。