PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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116:The Annunciation.

 

 

 11月4日 金曜日 晴れ

 

 

「……ちょっと…」

 

 

 武見妙は居心地悪そうに呟いた。後部座席で揺られながら、目の前で楽しそうに談笑する2人を恨めしそうに見つめる。時刻は19時を過ぎた頃。真っ暗な車内を一定の間隔で照らす街灯が無ければ、この表情も前の2人には伝わらなかったであろう。

 

 

「車で行くなんて聞いて無いんだけど」

 

 

 場所は四茶から3km地点。丁度、下北沢の辺りだ。

 武見の乗るこの車は今から遥か110km先、時間にして約2時間かけて彼女達の故郷である八十稲羽へ向かう。

 

 

「え、雪ちゃん言ってなかったの?」

 

 

 そう驚くのは、車の持ち主、久慈川りせ。

 

 

「ちゃんと今日から泊まりとは言った」

 

 

 そう悪びれる事も無く平然と言う、助手席の少女、天城雪雫。

 

 

「それだけ?」

 

「それだけ」

 

「……案内役として失格過ぎる…」

 

 

 全くだ。と武見は溜息を零した。

 ライブをやるから来いと言われたのが3日前。帰郷も兼ねて前々日から入るから一緒に行こと言われたのが昨日。そして19時前後くらいに診療所の前で待ち合わせと言われたのが今日の夕方だ。

 

 

「良いじゃん、車。楽でしょ」

 

「アンタは楽でしょうね」

 

 

 だって助手席に踏ん反り返っているだけで着くのだから。それに雪雫からしたらりせも武見も気の知れた仲なのだから気を使う必要もない。

 

 しかし武見は違う。

 りせとは面識があるとは言っても、所詮は雪雫を通して話した事があるくらい。お互いの存在は認知していようとも、共に卓を囲んだ仲でも無ければ、2人きりで過ごした事など無い。

 ましてや───

 

 

「アンタ達と一緒なんて…拷問?」

 

「酷い言われよう」

 

「そりゃそうでしょ。何が悲しくてアンタ達のイチャイチャを眺めなきゃいけないのよ」

 

 

 近い。本当に2人の距離が近い。飲み物のシェアなど当たり前に行われているし、なんなら雪雫からお菓子のあーんとかも頻繁に行われている。そして普段ぶっきらぼうの雪雫の顔も心なしか明るく緩い。

 

 

「これが2時間よ?」

 

「アハハハ……」

 

「りせ、気にしないで。照れてるだけなの。妙、友達居ないから」

 

「ひっぱたくわよ、アンタ」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 四茶を出て早くも1時間と30分程が過ぎた。何だかんだ文句を言っていた武見であったが、流石年長者と言った感じで3人でのナイトドライブを楽しんでいた。夕食も済ませ、山梨県大月市に入った地点。そこで雪雫は────

 

 

「寝たわね」

 

「雪ちゃん、やっぱり起きてられなかったかー」

 

 

 寝た。

 夕食を食べている辺りから怪しかった。なんか発言もフワフワと要領を得ない感じになっていたし、時折首をコクリと揺らしていた。

 

 

「食べてすぐ寝るとか…子ども?」

 

「というよりも車の所為かも。雪ちゃん、大体寝ちゃうんですよね」

 

 

 場所を助手席から後部座席へと移し、完全に睡魔に屈した雪雫は武見の膝に頭を預けている。

 

 

「低周波振動で眠くなる…とは聞くけど……」

 

 

 シートベルトが伸びている。横たわった雪雫の上半身によって面白い位に伸びている。果たしてその伸びきったベルトで有事の際に小柄な身体を支える事は出来るのか。というかこの身長なら最早チャイルドシートを使った方が良いのではないか。明らかに136㎝の少女を支える事を想定されていないだろう。

 

 

「ねぇ、車に補助シート積んだら?」

 

「ナッ……! ワ、ワタシトセツナデハ、コドモハデキマセンヨ!!」

 

 

 何言ってるんだ。このアイドルは。

 

 

 

 

 

「存外に綺麗だったわ……」

 

 

 四茶から遥か110㎞地点。都会の喧騒は虫と草木の演奏会へと様変わり。ここが山の上というのもあるだろうが、ここに至るまでの道にはほんの僅かにしか街灯が無く、それでいて残り少ない街灯も最早死にかけ。故に正直そこまで期待はしていなかった。地元の老舗旅館と言っても道中の寂れた風景からはどうしても小綺麗な旅館は想像出来なかったのだ。

 だから武見は裏切られた気持ちに陥った。勿論、良い意味で。看板や柱の一つに至るまで匠の業が施された木造建築。建物自体の整備も何回もやっているのだろう、歴史を感じるが古臭くは無い。礼儀正しい女将さん…つまり雪雫の母親やそこに働く従業員の雰囲気も相まって、思わず背筋が伸びてしまうほどの……そうまるで寺や神社に訪れた時の様な感覚だ。

 

 正直に言って、ここで育ってなぜ雪雫がああなったのかが分からない。

 生まれが旅館でそこそこのお嬢様。そういう雪雫のステータスは知っていたが、武見からすれば眉唾物だった。だって普段の雪雫って───。思い浮かぶのはお嬢様とはかけ離れた姿の数々。ジャンクフードを好み、面倒くさがりで、人を誑かすその性質。全く持って気風が無い。無さ過ぎてムカつきすら覚える。

 

 

「部屋も綺麗。従業員のサービスも質が高い」

 

 

 そして極めつけはお風呂だ。脱衣所に居るだけでも感じる温泉独特の匂い。露天風呂なのだろう。服を脱げば秋特有の肌寒さが扉の向こう側から伺えた。

 

 

「脳裏に浮かぶ雪雫のドヤ顔が若干癇に障るけど………」

 

 

 そう愚痴を零しながらも、身体にタオルを巻いて、防水ポーチを手に取れば準備万端。脱衣所の籠から先約が二名ほど居るのは残念ではあるが、きっと入ってしまえば気にならない位広いお風呂が待っているだろう。

 意気揚々と武見は横開きのドアに手を掛け、脚を一歩踏み出すと────。

 

 

「すぅーーーはぁ………。久しぶり…この感じ………」

 

「雪子、熱い」

 

 

 ひっろい温泉の隅っこで、よく見知った白髪の少女を後ろから抱きしめる黒髪の少女が居た。

 

 

「あーー……」

 

 

 ほんとムカつく。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 その黒髪の少女は天城雪子と言った。

 何となく見覚えがある風貌と思っていたが、なるほど。雪雫のお姉さんだったか。確か何回か、雪雫が辰巳に入院していた折に顔を合わせた事がある。

 

 

「どうしてここに?」

 

 

 と問えば

 

 

「掃除のついでに」

 

 

 と雪子は答えた。

 時刻は現在、23時過ぎ。なるほど、本来であれば閉鎖されている時間だったのか。少し早すぎないかとも思ったが、そもそも片田舎の上に、立地的に周りに何もない。大抵のお客さんは早々にお風呂を済ますらしい。

 だけど清掃中の札など、表には掛かっていなかった筈だが───

 

 

「あ、掃除中の看板出すの忘れてた」

 

「……もう、雪雫のバカ………」

 

 

 こういうやり取りをしている最中も、姉である雪子は雪雫を放そうとしない。相変わらず自身の膝の上に雪雫を乗せて、後ろから手を回しては時折頬ずりをして匂いを嗅いだりしている。

 

 

「随分、溺愛している様ね……」

 

「姉なので」

 

 

 答えになっている様でなっていない。ただの姉妹にしては距離感が近すぎる。そうまるでただならぬ関係のように。

 

 

「あ、なにこれ」

 

 

 ふと、首筋に顔を埋めていた雪子が声を上げた。その視線の先には白い首筋にほんの僅かに残る赤い跡。

 マジマジとそれを見つめる黒い瞳はどことなく厳しい。

 

 

「ああ、それ」

 

 

 しかしそんな姉の様子とは打って変わって、何時もの調子で何でもない風に口を開いた。

 

 

「虫刺され……って言えってりせが」

 

「………へぇ?」

 

 

 張り付いた笑みの先に嫉妬の炎が垣間見える。それは妹が遠くに旅立ってしまった姉としての…というよりは最早恋敵でも見るような気迫だ。

 

 

「……そのりせちゃんは? 一緒に来たんでしょ?」

 

「早々に実家に帰ったよ。そっちで過ごすって」

 

「逃げたな。小娘」

 

「?」

 

 

 小首傾げる雪雫を見て、いい気なものだと武見は内心で毒付いた。アンタ中心で感情が揺れ動いているのに、とうの本人は認知しているのかしていないのか、知らんぷり。罪な女と言うか、女たらしと言うか。

 まぁ、長年雪雫の雰囲気に当てられたらそうなるのも無理も無い……か?

 

 

(全然、リラックス出来無い……)

 

 

 湿度が高いのはきっと温泉の所為だけでは無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 火照った身体を冷ますには丁度良い気温だ。

 広縁*1の椅子に腰掛け、月夜をつまみにお酒を飲む。旅館ならではの楽しみ方だ。

 武見自身、あまりお酒を飲む性質では無いが、嗜む程度には大人である。様々なしがらみから隔離された田舎町だからこそ、生まれた余裕だ。特段何をするという事も無く、ただボーっと夜空の月を眺めていた。

 

 

「───ん」

 

 

 とそこに来訪を告げる音が耳に届いた。コンコンとやや控え身に、それでいて乾いた空気に良く響く軽快な音が部屋の扉から聞こえる。

 

 

「来たわね」

 

 

 のそりと立ち上がり、扉へ向かう。

 決してイレギュラーな訪問という訳では無い。あらかじめ、この時間に。と向こうが指定してきたのだ。

 

 扉に手を掛け、隙間から顔を覗かせる。

 するとそこには着物に身を包んだ黒髪の妙齢の女性が佇んでいた。

 

 

「申し訳ございません。夜分遅くに」

 

 

 ぺこりと頭を下げるその女性からはただただ気品の良さが感じられた。流石と言ったところか。

 

 

「構いません。丁度、暇してましたので」

 

 

 来訪者はこの旅館の女将。他でも無く、雪雫の母親である。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「こうしてお会いするのはあの時以来ですね」

 

 

 部屋の奥の広縁で2人は向かい合う。優雅に微笑む彼女からは、決して雪雫の面影は伺えない。雪雫が似ていない、というよりは雪子が母に似たのだろう。

 

 

「雪雫の方は何度もお邪魔している様ですが……。ご迷惑ではありませんか?」

 

 

 酒が置かれた机を挟んで、武見は口を開く。少しの緊張、そしてちょっとの罪悪感。

 

 

「いえ、お陰で寂しい思いをせずにすんでいます」

 

 

 医者に会う機会が無いならそれに越したことはない。だってそれは健康である証拠なのだから。便りが無いのは良い便りと言うが、言い得て妙だと思う。だから武見の抱く罪悪感とは、そこから湧き出るものであった。

 いくら元気になったとは言え、命の危険が無くなったとは言え、雪雫は未だに通院を続けている。これはひとえに、ついには病気の原因を突き止められなかった自分たち医師の責任なのだ。

 

 

「今になっても面倒を見ていただいて……本当、なんとお礼をすれば良いか。……正直心配だったのです。いくらりせちゃんが居るとは言っても、世間知らずの雪雫が1人で上京なんて……。だから武見先生が見てくれていると聞いて胸を撫でおろしましたわ」

 

「礼を言われるような事は何も……。私はあの子の主治医として当たり前の事を………。以前、便りに書かせて頂いた時と、残念ながら進展はありません。変わらず薬の処方は続けていますが、果たしてどこまで効果があるのやら……」

 

 

 普段、雪雫が常備している薬は主に3つだ。紫外線対策の飲み薬と塗り薬が1つずつ。そしてもう一つはホルモンバランスを整える薬だ。

 

 

「身体的成長が見られないのもそうですが、15歳で初経の兆候が見られないのは危険です。初経遅延、と呼ばれるこの状態の一番多い問題点はエストロゲン…つまり女性ホルモンの低下による骨密度の減少。骨密度は11歳から14歳までが増加のピークで、誰にとっても非常に重要な時期…なのですが、雪雫のソレは退院当時のままです」

 

「それは薬を持ってしても…という事かしら」

 

「はい。様々な薬を…彼女の身体を考えて処方しましたが、特段変化は。前例が無いわけではありません。体脂肪率が低い少女……とくに幼少期からスポーツをしているトップアスリートクラスの少女なんかは良くその現象が見られると聞きます。ですが雪雫に限っては」

 

「ええ、人生の半数はベッドの上。トップはおろか、アスリートとしても程遠い」

 

 

 ダンスや歌などに力を入れ、運動量が増えたのは退院後の…しかも彼女が中学生になってからの話だ。僅か数年で、そのクラスに身体を持っていくのは無理があるだろう。

 

 

「……何度か検査をしてある一つの仮説が……。いえ、仮説と呼ぶにはあまりにも荒唐無稽なのですが…………」

 

「言ってください」 

 

「ある時を起点に、ループしているんです」

 

 

 例えば雪雫が傷を負ったとする。本来であればゆっくりとした時間を掛け、新しい細胞が作られて修正、修復されていく。しかし彼女に限ってはものの数日で元通りだ。最初は雪雫の自然治癒力もさることながら、彼女達の言うペルソナとかいう不思議な力で治しているものだと思っていた。

 

 しかし、どうも違うらしい。

 彼女のソレは治癒というよりは回帰だ。

 

 

「その現象は傷に限らず。それこそ薬による変化だってそうです。増加する筈のエストロゲンも数日で元通り。雪雫の髪……彼女、散髪すら行ってないのでは?」

 

「………それは…」

 

「そのある地点とは、恐らく2月1日。そう、彼女が快復したあの日です」

 

 

 2010年2月1日。

 雪雫本人の言葉を借りるなら生まれ変わったというあの日。勿論、入念な検査を行った。あれだけ弱っていた少女がいきなり復活したのだ、検査しない筈が無い。

 だからそこが起点だと確信して言えるのだ。だってその時の検査結果から、今の雪雫の身体は何一つ変わっていないのだから。

 

 

「当時の雪雫の…9歳の少女のものとして捉えるのなら至って正常の健康体。だから尚のことおかしい。そのまま成長していたなら、きっと今の様にはなっていない」

 

「………そう…そうなの、ね…」

 

 

 女将は何処か諦めが付いたように、ずっと喉に突っかかっていた溜飲がおりたように、「やっぱり」と呟いた。

 

 

「変に捉えないで欲しいのですが………。私あの子が天使なんじゃないかと思うんです」

 

「……それは………子煩悩…ですね…」

 

「いえ、あの…決して親バカとかではなく……。いや、あの、可愛い事は事実なんだけど…」

 

 

 アタフタと、さっきまでおしとやかさが嘘のようにまくし立てる女将。ははん、なるほど。ちょっと天城姉妹の片鱗が見えた。

 

 

「あの子…を妊娠する直前、お告げを聞いたのです」

 

「……は?」

 

「勿論、そんな気がしたというだけです。私には信じる神も居ませんから。ただ、あまり覚えてはいないのですが……ぼんやりと夢の中で声の様なものを」

 

 

 だから雪雫は生まれた時から特別なんです。

 女将は静かにそう言った。

*1
旅館の部屋の窓際によくあるあのスペースの事

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