PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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すみません。
ロマサガ2とかゼンゼロとかやってました


117:The song.

 

 

11月5日 土曜日 曇り

 

 

「ふざけた身体ね」

 

 

 視線の先の白い肌。ちょこんとバスチェアに座って身体を流す少女を見つめて吐き捨てる。

 

 

「?」

 

 

 まさか自分のことだとは思いもしてないだろう。雪雫は不思議そうに小首を傾げて私を見る。

 

 

「……はぁ。ただの独り言。気にしないで」

 

「そう」

 

 

 全く持ってふざけた身体である。最早科学への冒涜と言っても過言では無いだろう。水気を弾く滑らかな肌にはただただ白い以外に特筆すべき点は無い。つい昨日まで、その肌には赤々と独占欲が強い幼馴染が施した証があったにも関わらず、だ。キスマークと言えばロマンチックに聞こえるかもしれないが、医学的には吸引性皮下出血と言われる内出血……つまるところはただの痣だ。

 あの色ボケアイドルの反応、雪雫の口振り的にお盛んな事にほぼ毎日行為に及んでいる事は想像に難くない。

 

 で、あるならば。

 

 

(痣くらいの軽傷なら一日二日で回復)

 

 

 通常、内出血は4日から10日程で完治する。一般人の最短日数の半分も要さないとは恐れ入る。

 

 

(…いや回帰か)

 

 

 自分で言っていて呆れてしまう。まさか医者の私が科学的根拠すら持たず、主観と妄想でそう結論付けてしまうのだなんて。

 だけど、そう結論付ける事でしか溜飲を下げる事が出来ないのもまた事実。ましてや、ペルソナやらイセカイやらを知ってしまったのだから尚更だ。

 

 

(結果的に隠蔽した大山田は大正解だった訳ね)

 

 

 未知の領域に対して好奇心を殺せないのは人の性。過去を振り返ってみても、技術の発展の裏には必ず犠牲がある。医学とて例外ではない。

 もし大山田がアレを公表していれば、きっと雪雫はこの場に居なかっただろう。少なくとも、私が過去に居たあの病院は……いや病院の母体であった桐条グループはそういう所だ。

 

 

(だからと言って)

 

 

 ずっと見て見ぬ振りをする訳にもいかない。

 そもそも成長しない身体というだけで周囲からは異質に見えるだろう。周りが第二次性徴真っ只中の高校ならまだいい。だけどその先……致命的なズレはいつかきっと雪雫を孤独にする。

 

 

「────」

 

 

 だが変化を望むのは医者としての矜持ゆえ。私個人としては───

 

 

「くしゅん」

 

 

 私の肩の辺りから可愛らしいくしゃみが響く。視線を斜め下に向けて見れば、私に寄り掛かる様に身体を寄せた雪雫が居た。何時の間に洗い終わったのだろうか。白い髪もタオルに巻いて、不変の身体はすっかり脱力しきっていた。

 

 

「すっかり秋模様。身体も冷えやすい」

 

「……そう思うならまずはちゃんと服着て寝たら? どうせ昨日も」

 

「雪子が温めてくれたから問題無い」

 

「貴女は一回貞操という言葉を辞書で調べた方がいいわね」

 

「?」

 

 

 いや、言っても無駄か。

 呆れを通り越して諦めの溜息が出てしまう。

 

 

「お客様。当旅館での一時はご満足いただけていますでしょうか?」

 

「……何よ。かしこまって。気味の悪い」

 

「妙、ずっとしかめっ面。私がこれだけ近づいても気付かない。悩みごと?」

 

 

 下から覗き込んでくる瞳から逃れる様に視線を逸らす。

 

 

「ねぇ。お告げってあると思う?」

 

 

 宝石の如く透き通った瞳が僅かに開かれた。

 

 

「……そう、聞いたのね。お母さんから」

 

「貴女…知ってたの?」

 

「直接は聞いた事ない。昔、雪子に聞いた事があるってだけ。以前の私ならノーって答えていたと思う。いや、ソレの信憑性があるのかどうとかなんて、歯牙にもかけなかった」

 

 

 だけど。と小さな唇は続きの言葉を刻む。瞳を静かに閉じ、投げ出した脚を身体に寄せて、抱える。

 

 

「言葉は魔法ってよく言われるよね。一言で人の行動や思考は勿論、感情ですら変える力があるからって。……でも結局は誰がそれを言ったかの方が重要だと思うの。お医者さんなら分かるでしょ?」

 

「……まぁ、そうね」

 

「この人が言うなら大丈夫だ、この人の言う事を聞いていれば間違いない。そうやって未知への不安を自分より上位の者に委ねるの。実在するしないに関わらず」

 

「お告げの正体は、貴女のお母さんの不安から生まれた空想の存在だと?」

 

「少なくとも、似たような存在を私たち怪盗団は知ってる」

 

 

 それは確かシャドウ…と雪雫達は言っていたか。人間の精神に深く紐づいた怪物。

 

 

「質問に答えるわ。お告げはあると思う。言の葉を匠に操り、人間の不安を担う導き手からの、ね」

 

 

 雪雫はすくっと立ち上がり、縁に腰掛けた。火照った身体から熱が放出されていく様が、煙として見て取れる。

 

 

「そういう意味では私も導く側かもね」

 

「……雪雫も?」

 

「音楽…歌のこと。有史以前から存在した表現技法。人の激情に寄り添って発展してきたコレほど、耳触りの良い本能に訴えるものも中々無いでしょう?」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

11月6日 日曜日 晴れ

 

 

 その日の校内は驚く程の人々で賑わっていた。雪子曰く、学園祭という事を差し引いても、これ程の人数は押し寄せた事が無いとか。言わずもがな、目的は一つ。

 

 

「いやぁ。それにしてもすごいねぇ。みんな雪雫目当てでしょ? これ」

 

 

 ライブ会場である体育館と程よく近い建物の3階に宛がわれた控室から中庭を覗くのは里中千枝。都心の歩行者天国にも等しい人口密度にただただ唖然としている。

 

 

「ごめんね、雪雫。学校、案内してあげたかったんだけど……」

 

「ん。問題無い」

 

 

 これは自分の認識が甘かったと雪子は自身を戒めた。ちょっと早めに来てのんびり校内を巡りでもしようと思っていたが、この人の群れに雪雫を放り込めばどうなるかは容易に想像出来る。サメの大群に血液を垂らす様なものだ。

 

 

「まぁこういう時は基本待ちだよ。ファンによっては出待ちしてる人とかも居るんだし」

 

 

 そう、現役アイドルことりせは慣れたような、諦観したような溜息を吐く。

 

 

「パッと見、メディアの人も入り込んでるみたいだし……。呼んだんだっけ?」

 

「呼んでない。勝手に来た」

 

「だよねー」

 

 

 まぁくしゃみをするだけで話題になる様な歌手の初ライブだ。あの手この手でコンタクトを取ろうとする輩は多いだろう。

 

 

「ネットの書き込みも凄いよ。雪雫だけじゃなくて、もしかしたらりせちゃんにも会えるかもーって。もう完全に雪雫=りせちゃん…なんだね」

 

「そりゃそうでしょ。あんだけ一緒に居て散々匂わせしてれば………あ、りせちゃん? ちょっと話があるんだけど?」

 

「う゛ぇ゛!?」

 

 

 アイドルらしからぬ濁音に塗れた声と共に肩が跳ねたりせ。にじり寄る雪子を前に顔は段々と青ざめ、目は忙しなく泳ぐ。

 

 

「いや、それには深い訳がありましてですね私も勿論悪いのですが必死に我慢している中であの手この手で誘惑してくるナチュラルボーンサキュバスが居ましてねそれがもう、いやいやいや9:1で私が悪いですよ年長者としての節度というのはしっかりしないとなーって日々心に誓っているのですが────」

 

 

 あたふたと言葉をまくし立てるりせと、青筋を浮かべて詰める雪子。

 

 

「はぁ…。2人とも相変わらずだね…」

 

「ねー」

 

 

 2人を横目に千枝と雪雫はもてなし用なのか、運営の生徒から渡されたお菓子へ手を伸ばす。そんなに気を使わなくても良いのにと最初は思ったものの、箱詰め状態の今なら有り難さしかない。

 チョコや飴、ラムネの軽いものからポテトチップスや煎餅などのボリュームがあるものまでより取り見取り。食べると声が変わるからとこういう場の前では控えるアーティストも少なくないとは聞くが、雪雫はあまり気にしていない様だ。

 

 

「そうだ。話戻るんだけどさ。外すごい人じゃん? 会場に全員入るわけ?」

 

「無理。立ち見なら1000人くらいは入るだろうけど、今回は指定席。チケットも当日販売してないし想定より増える事は無い」

 

「じゃあ何で?」

 

「漏れた音だけでも~ってやつじゃない? ほら、普通の体育館って別に防音対策とかそんなしてないでしょ? こういう所でやる時案外居るよ、そういう……痛い痛い痛い! 耳を引っ張らないで! センパイ!!!!」

 

 

 雪子の折檻はまだまだ続く。千枝に言わせてみれば、雪子も十分に人に言えないようなスキンシップを取っている筈だが…そこは姉ゆえの特権なのだろうか。

 

 

「ただ乗りとは感心しませんなぁ……ってアタシ達もあまり人のこと言えないか。招待してもらっている身だし」

 

 

 基本的に今回のライブチケットは学内の生徒のみが購入可能であり、一般には販売されていないものだ。購入には在学を証明する学生証が必須であり、それぞれの席にはソレに記された学籍番号が紐づけられている。つまり外部の人間に譲渡しようにもそもそも学内の生徒で無ければ会場に入ることすら出来ない。

 そんな中で唯一外部からの客がここに居るメンバーや武見などの雪雫が直接声を掛けた数人だけ。言ってしまえば千枝たちだってただ乗りしているようなものなのだ。

 

 

「そんな気に病む事でも無いと思うけどねー。結構居るよ? 自分のライブに家族とか友人とか呼ぶ人」

 

「そう言うりせちゃんは?」

 

「私? 私はちょっとね……。アイドルは何かと身辺厳しいからさ。事務所があまり良い顔しなかったり」

 

「その割には雪雫とくっつき過ぎじゃない?」

 

 

 みしり。と雪子の手が置かれたりせの肩から音が響く。鬼だ。鬼が居る。口こそ笑みを浮かべているが目が笑っていない。これを機に徹底的に絞る気だ。

 

 

「いだだだだだだ! せ、雪雫は別なの!! 話題性からか事務所も雪雫とくっついている分には五月蠅く無くて……ぃだだだだだだだっっっ!」

 

「なぁに? じゃあ雪雫との付き合いはあくまでもビジネス……ってことぉ?」

 

「違う! 断じて違う! 仕事は関係無しに私はしっかり雪雫さんに誠意と下心を………!」

 

「未成年に下心って……どうなの?」

 

「面倒くさっ! 面倒くさいよ! 雪子センパイ!!!」

 

 

 またヒートアップしてきた2人のじゃれ合い言い合い。

 

 

「もう付き合っちゃったら?」

 

「いいの。まだもう少し、りせの感情にあてられてたいもの」

 

「わーお。これがナチュラルボーンサキュバス……」

 

 

 このわちゃわちゃは買い出しに出ていた武見が戻って来るまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 鼓動が高鳴る。観客のざわめきに撃ち抜かれて。

 気持ちが昂る。会場の熱量に浮かされて。

 

 舞台袖から見える舞台は真っ暗だ。それもそうだろう。スポットライトで照らす対象も居なければ、そもそもまだ幕すら上がっていない。

 視界に映るのは中央に設置されたスタンドマイクとバックバンド*1のぼんやりとした輪郭。耳に聞こえるのは今か今かと待ち望む人々の鼓動。

 

 最初の曲にはイントロが無い。歌い始めと同時に幕は上がる。

 つまりこの空間の支配者は他でも無い私なのだ。始めるのも終わらすのも。全ては私の言の葉次第。

 

 我が言葉は天上のそれと知れ。これより紡がれるは神託と心得よ。

 

 

「───────」

 

 

 さぁ

 

 

私の歌をきけ

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

「………んー」

 

 

 音に寸分の違いは無い。パフォーマンスに微塵の低下も見られない。普段の無愛想さからは想像が出来無いほど、声音と表情は豊かで、お客さん達に多いに盛り上がっている。物見遊山が比較的多めな学園祭ライブという事を差し引いても。少し怖いくらい。

 それだけ雪雫に魅力があると言えばそうなのかも。ロックバンドほどの様な押しの強さも、アイドルほどのポップさも無い。だけどその代わり、心にじんわりと入って来るような繊細さと、耳心地良い音が雪雫にはあるから。

 

 でも。

 

 

(なーんか違和感あるなぁ)

 

 

 セットリストは事前に聞いていた。その上、もちろんのことそれら全部の歌を隅々まで網羅しているし、生歌だって聞いたことある。視覚的に楽しませようと、軽いパフォーマンスも交えながらも、収録音源と寸分のズレも無い歌声。良くCDと声が違うと言う人が居るが、雪雫の再現性の高さにはその言葉も飲み込むしかないだろう。

 

 

(ライブ特有の特別感が無い……とか?)

 

 

 例えばアレンジ。オリジナルでは入れない所にこぶしを入れる、リズムをわざと変えるとかの崩し。何時もと同じというのは安定択ではあるが、同時にマンネリを招く。

 

 

(……いや)

 

 

 違う。

 それは長寿のアーティストや大衆に長らく親しまれた曲がある場合に効果的なもの。活動年数が少ない事に加えて、そもそも今回が初ライブの雪雫に定石など無い。ましてや先程も言った様に物見遊山が多い学園祭ライブでは逆効果を招く恐れすらある。割と計算高い彼女がそれを理解していないとは思えないし。

 

 

(心ここにあらず…って感じ?)

 

 

 感想を一言で言えば『綺麗』それに尽きる。リズムも音楽も狂いなく、歌詞と声音には淀みがない。それこそMVを生で観ているような感じ。人間味が無いと言っても良いかもしれない。

 

 

(……人間味…か)

 

 

 ちらりと隣の雪子センパイと千枝センパイを見ると、楽しそうな表情の奥で僅かに戸惑いの色が伺えた。

 きっと、同じような事を考えているんだと思う。

 

 他の皆が居たらどういう感想を持ったのかな。

 

 

「ねぇ…あの子って1人で喋れるの?」

 

 

 私を雪子センパイと挟む形で座っている武見さんがボソッと耳打ちをしてきた。思考から意識をより戻せば前半の曲を歌いきってインターバル…いわゆるMCに入る所だった。確かに彼女の心配も最もかも。雪雫、相当の口下手だし。

 

 

「初ライブだし当たり障りない事……とはアドバイスしましたけど……」

 

「例えば?」

 

「普通に趣味とか、初ライブへの意気込み……あとは今後の活動方針とか?」

 

「面白いの? それ」

 

 

 特に事務所に所属していない分、ああしろこうしろは無い。故に本当の意味でのフリートーク。

 会話で人を楽しめるという点で致命的に掛けている雪雫だが、その計算されていない突拍子の無い行動、箱入り娘ゆえの天然発言……たぶん普通の事言っていてもある程度は形になる筈。

 

 

『ども』

 

 

 その証拠にたった一言、アーティストらしからぬ軽い挨拶で会場から「ふふ」とか「かわいー」とか声が。

 

 

「ほら基本的に庇護欲を刺激する物体の塊みたいな子ですから……。普通にしてるだけで勝手に観客が盛り上げると思って……」

 

「あー……。まぁ思い当たる節は私にもあるわ」

 

 

 それから雪雫の口から語られるのは「最近は何のゲーム買った」とか「この映画が面白かった」とか。普通の日常会話レベルで文字に起こせばなんも面白味無いけど。ファン目線で考えれば雪雫は一種の憧れで雲の上の人。好きな人との共通点を見つけたいという人間の性質上、こういう庶民的で普通の話が割と盛り上がったりする。

 

 

『───そうだ』

 

 

 そろそろ後半戦か…という所で雪雫は思い出したかの様に口を開いた。

 後ろでスティックを上げて準備してた人も僅かに戸惑っている。

 

 

『今後について、お知らせしとく……ます』

 

 

 雪雫の改まった態度に会場がどよめく。

 

 

「それは言い方が悪いよ……」

 

 

 話の流れで今後に持っていく分には良いだろう。だけど改まって『今後』だなんて言われたら、誰だって悪い方向へ思考を寄せると思う。

 

 

「貴女は知ってるの?」

 

「うん、まぁこっちの業界では割とホットな話題ですので」

 

 

 確か情報解禁日は丁度今日だった筈だ。それもついさっき。

 

 

『今年の末。12月31日』

 

 

 誰もがライブ中でスマホを見れないから、この場に居る一般人には知り得ない情報。

 

 

『私、天城雪雫は──陰陽歌合戦に出場致します』

 

 

 壇上を照らす光を乱反射させて、金色に塗りつぶされた瞳と目が合った。

 

*1
初ライブでカラオケ式も味気ないとりせが呼び掛けてくれた




オリジナルで歌詞作ろうと思ったけど無理だったヨ
いつかいい感じの作れるといいネ
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