PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
説明しよう。
陰陽歌合戦とは───
「日本において毎年大晦日に放送されている男女対抗形式の大型音楽特別番組。通称は『陰陽』。女性陣を陰組、男性陣を陽組に分け、対抗形式で歌や演奏を披露する。その歴史は60年以上にもわたり、日本においての年末の代名詞と言っても過言では無い。その年を代表とするアーティストが一挙に出演する為、番組そのものへの期待値が高く、年間視聴率の上位に食い込み、国民の関心は非常に高い。最も格式の高い歌番組と言っても良いであろう………」
「…………竜司、何で説明口調?」
「いや、まとめ記事読み上げただけ」
11月7日 月曜日 晴れ
パレスで足止めを喰らっている以上、どうすることも出来ない。陣頭指揮で多忙を極める新島冴がそうホイホイと裁判所に現れる訳もなく、当初の予定通り11月13日まで完全に待ちの状態の一同。
しかし怪盗活動が無い以上、あくまでも職業はただの学生。放課後時間を持て余した一同は極自然な流れでルブランに集まっていた。
「陰陽って何基準で選ばれるわけ?」
「そりゃ人気でしょ」
「いやでもすげー流行ってても出ないヤツとか居るじゃん?」
スマホ片手に首を傾げる竜司と「言われてみれば…」と黙り込む杏。
「基本は『今年の活躍』『世論調査』『企画演出』らしい」
「らしいって…選ばれたオマエが知らないのかよ?」
「詳しい内容までは聞いてないから」
「活躍と世論調査…か。道理かもな」
蓮が淹れたコーヒーを嗜みながら祐介が誇らしげに口を開く。
「新曲出せばオリコン常連、この間のアルバムも飛ぶように売れていると聞く」
「ダウンロード専売だけどね」
「カラオケでの人気もランキングを見れば一目瞭然。
ははん。と竜司がニヤリと笑みを作り、祐介の肩を組む。
「祐介にしてはやけに詳しいじゃねぇか。さてはお前、結構入れ込んでいるな? わざわざカラオケなんて行っちゃってよ」
「ああ、隣室から中々に情熱的な歌が聴こえてくるものでな。人の色によって同じ歌でも異なる表現技法……実にドリンクが進む」
「いや歌えよ」
「ドリンクバー目当てにカラオケって逆にコスパ悪くない……?」
「違うぞ。あくまでも目的は人間観察だ」
「それも少しズレてる、かな」
個室に入るや否や、自室のモニターの音は下げて隣室の歌声に聞き耳を立てる。どんな声音か、感情的か機械的か、複数人か一人か。どんなシチュエーションでどんな曲を選曲するか。それを分析するのが祐介なりのカラオケの楽しみ方*1…らしい。
「それにしても…」
真がじわりと雪雫を見つめる。杏の膝の上に乗り、テーブルに広げられたお菓子へと手を伸ばす白い少女。
「この子が陰陽歌手……ねぇ…」
「まだ呑み込めてなさそうだな、真」
「そんな素振り見せなかったから。双葉は意外に落ち着いてるわね」
「当然だ。何せ知ってたから、な。それこそ雪雫が知る前から知ってたぞ」
「また人のメールを勝手に……」
「口外しなかったのだから良いだろう!」
覗き見されたくないのなら双葉のセキュリティから別のものに乗り換えるしかない。しかし双葉の腕でも突破出来無い様なセキュリティが果たしてあるのだろうか。雪雫のパソコンはそんなジレンマに囚われている。
「ふふん、私に見られたくないのならアナログに切り替えるんだな。ハッカーにとってアナログほど厄介なセキュリティも無いぞ?」
「一長一短だよね。確かに電子化して便利になったけど、同時に寂しさも感じたな」
「例えば?」
ほら。と手を合わせ、春は髪を揺らす。
「この前行ったデスティニーランド! 数年前までは紙のチケットだったけどね、この間はスマホかざすだけだったでしょ? 子どもの頃なんかあのチケットが手元にあるだけでワクワクしたなぁ」
「分かる。映画とかライブのチケットもそうだよね。私なんかファイルにして保管とかしてたもん」
「まぁその分、セキュリティとかはガバのガバだったけどなー。チケットの転売、不正譲渡…やり放題だ。その点、雪雫はデジタル派だよな? この間も私の組んだシステム通り上手くやれただろ?」
「ああ、アレ」
少女2人が目配せをして頷いている中、何それと一同の頭にハテナが浮かぶ。
「学祭ライブのチケットを電子化したんだ。絶対に転売・譲渡が出来ない様、学籍番号に紐づけて。予約システムから組んだんだぜー?」
「そっか。規模小さいと大手のシステムに相乗りするだけでも大変だもんね」
「それに所詮は大学の学園祭……向こうが用意出来るシステム何て穴だらけだからな。今をトキメクアーティストの初ライブだ。利益目的で群がる奴らなんて簡単に想像出来る。まぁどっかのお嬢様はそういう奴らですらいつか歌で圧倒するとか息巻いていたがな」
やれやれ顔で双葉は雪雫に視線を向ける。
意外だ、と一同は思った。まさかこの少女が歌に対してここまで思入れがあるなんて思わなかったからだ。
「全ての人に歌を届ける。聴かないなんて選択肢、与えない。聴けることの権利の放棄が馬鹿らしいと、思わせてやる。そうすれば皆ハッピー」
透き通った瞳の奥に確かな熱が見える。
「おお、これが陰陽歌手の心構え…」
「活動に打ち込んでみたら思ってたより楽しかった……ってところなのかしら?」
なにはともあれ、自身の活動に打ち込めるのは良い事だ。こんな状況下に置いても平時のパフォーマンスを自然と出せる彼女に真は内心で手を叩く。
「それで? ライブ自体はどうだったんだ?」
「ん、良かったと思う。みんな満足してそうだった」
「まー書き込み見る感じ大絶賛だもんな。批評どころか些細な文句すら垂れてるやつも居やしない」
「それに新曲の受けもよかった」
「新曲ってこの前出したアルバムのやつ?」
あったねー。なんて杏が呟くが、雪雫がそれをすぐに否定する。
「完全に新規の曲」
「えーっと……初ライブでいきなり誰も知らない曲を歌ったってこと?」
「そう」
「やっばコイツ」
経験したことがあるだろうか。少なくとも、竜司と杏は覚えがあるだろう。友人同士でカラオケに行った折、自分以外の誰も知らない曲を選曲し気まずい空気になったことが。結果的に盛り上がれば御の字。しかし盛り上げることが出来なければ………。
「あたた…苦い記憶が………」
杏が頭に手を当て苦々しい表情を浮かべる。
「これがトーシロとプロの違いだな。そもそも客側の前提条件が違う。ライブに来てる奴らなんか雪雫に興味津々なんだから。日常行動の1つ1つが神格化されるような職業だぞ? 誰も知らない曲を歌った所でサプライズと捉えられるだけだ」
「とか偉そうに言ってるけどよ。お前も前までは神格化してる側だったじゃん」
「うるさいっ! パツキンモンキー!」
「だれが猿だ!!」
あれよあれよと流れる様に始まる口論。みんなの呆れた視線に晒されながら、微笑ましい言い合いをする竜司と双葉。さながら兄妹喧嘩のような。
「それで、こっちの様子は変わりなく?」
「進展らしい進展は無いわね」
雪雫が不在の週末。みんなで集まったとかは無かったらしい。蓮は何時も通り忙しそうにあちこち飛び回って、杏はモデル撮影。真と春は受験勉強…といった具合だ。
「ただやっぱり周りの目は気になるよね。どこもかしこも怪盗団の話ばかり」
雪雫の頭にポンと顎を乗せて溜息を零す杏。精神的疲労は火を見るよりも明らかだ。
「街行く警官の目も厳しいように感じるな。考えすぎかもしれんが」
「捜査の手は明智君の方で極力遅らせてくれてるみたい。少なくとも強制捜査の日より前に尻尾を捕まらせない様にって」
「そう…まぁ明智なら訳無いだろうね」
「なんだよセツナ。アイツのことやけに信用してるじゃねぇか。珍しい」
「これは信用じゃなくて正当な評価」
今日この場に明智が居ないのもきっとそっち方面の活動がお忙しいのだろう、と雪雫は結論付ける。
居なくて正解だ。ライブの余韻から寝不足のまま学校に向かい、その上で放課後にあの爽やかな笑顔から嫌味ったらしい言葉など聞きたくもない。
「ほーんと、嫌な奴」
▼
「んで? 初めてのライブは楽しかったかい?」
「………………」
ダーツの矢を構える明智をムスっとした表情で見つめる雪雫。明らかに『私は不機嫌です』と顔に書いてある。
「陰陽の出場も凄いじゃないか。君、この活動始めてまだ3、4年とかだろ? しかも学生の片手間に、だ。スピード出世じゃないか」
「……かの
「ははは。これは手厳しい」
やがて投げた矢は当然の様にインブル*2。今ので3投目。三回連続でブルだからハットトリックの成立だ。いや、より正確に言うなら『スリー・イン・ザ・ブラック*3』だ。
「カウントアップ*4なら20のトリプルの方が効率良い」
「確かにね。だけどそう思うのは君がダーツを知ってるからだ。 演出だよ。何も知らない人からしたら、真ん中に当てた方が凄く見えるだろ?」
「嫌なヤツ」
「褒め言葉として受け取っておこうかな」
君も投げるかい?と明智の誘いにノーと返す雪雫。前置きは良いから本題に入れ。という態度が見て取れる。
「なに、ただの報連相だよ。報告、連絡、相談。共に仕事を取り掛かる上では欠かせないコミュニケーションさ」
「私からの報連相は無いんだけど」
「君からは無くても僕からはある。僕の想定通りに動いてくれなきゃ困るからね」
明智のやや赤みがかった茶色い瞳が怪しく細められる。
「さっきのダーツと同じ……演出さ。君はそれを彩る舞台装置に過ぎない。装置は手筈通りに動かないと意味が無いだろう?」
明智の端正な顔は憎悪にも近い色に染まっては酷く歪む。見るに堪えない…という言葉がピタリと当て嵌まる様を目の前に、雪雫は「ハッ」と鼻で笑う。
「ただの使い走りがよく言う」
「……なんだって?」
「まるで棋士の様に振る舞っているけども、貴方だって所詮は盤上の駒の1つ」
「何が言いたい?」
「いえ、ふふ。案外子どもっぽいなって思っただけ。貴方の言動、態度に。駒で終わりたくない……そんなコンプレックスが見え透いて────」
途端、雪雫の言葉を遮る様にダーツボードから軽快な音が鳴った。言わずもがな、矢がボードにヒットした時の音。
プレイヤーはもちろん明智吾郎で、彼が投擲した矢は正しい姿勢で20のトリプルに突き刺さっている。
「君、僕を煽れる立場かな? 保身のために泣きついてきたのは誰だい?」
「あの時はまだ冷酷無比の殺人鬼だと思っていたから。まさかこんなに感情的だなんて」
「分かってるのかな? 元々は君を含めて怪盗団を潰そうとしていたんだ。手駒が増えるからと拾ったが……。処分対象がまた1人増えるくらい訳無いんだよ?」
「どうぞご自由に。
「末端? この僕が?」
「少なくとも貴方のバックは双葉が生まれた頃から存在していた筈。そんな昔から長い間悪事を秘匿し続けてきた組織が、ここ2、3年で生えてきた実行犯を大事にするかしら」
「…………………………」
暫しの沈黙。
顔の皺を深くしたまま黙り込む明智を見て、雪雫はそれを肯定と判断した。
「………それで? 君は僕にどうして欲しいんだい? 言葉を改め敬え、と?」
「まさか。ただあまりの道化っぷりが哀れだったものだからつい」
口元を手で覆って目を細めて肩を揺らす雪雫に、明智はふと静かに目を閉じて「そうかい」と呟いた。
「……君は見当違いをしているね」
「?」
「哀れむ必要なんて無いよ。───最後に笑うのは僕だから、ね」