PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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123:The Witch.

 

 あまりの光景に絶句。

 クレーター状のフィールドの中心に出来たさらに深いクレーター。中心から端の端まで亀裂が走り、今にも崩れそう。これをクイーンの…色々なバッファーはあったとはいえ、拳一つでやったのだから恐ろしい。

 

 

「………うわぁ」

 

 

 やっと絞り出した言葉がコレ。一見、色の無い顔を僅かに引き攣らせて、ウィッチは目の前に出来たクレーターの中心に目をやる。

 攻撃的な鎧は影も形も無く、元の姿のニイジマが力無く横たわり、寄り添うようにクイーンが頭を垂れていた。

 

 

『完敗、ね』

 

 

 その言葉は寄り添うクイーン…真の耳にしか届かない。それくらい小さく、力の無いもの。勝利への執着もようやっと消え失せ、彼女の姿は真自身も久しく見ていない等身大の姉そのもの。

 

 パレスが消えていない以上、まだ現実の新島冴は歪んでいるのだろう。だがこの場において、シャドウのニイジマサエに先程までの気概は感じられない。

 少なくとも、ウィッチはそう判断した。

 

 

「…………クイーン」

 

「えぇ」

 

 

 分かってるわ。とクイーンはニイジマに対して名残惜しそうな視線を送った後、立ち上がりクレーターの縁に立つ三人に視線を向ける。

 ジョーカーが抱える銀色のアタッシュケース。十中八九オタカラだ。その意味は、長居は無用。

 

 

「お姉ちゃん……」

 

 

 いくら心が具現化した存在とは言え、シャドウはシャドウ。パレスが在り続ける限り、新島冴の認知は歪んだままで、シャドウもその姿を取り続ける。この姉妹喧嘩の真の意味での清算は現実世界でしか行えない。

 

 

「それにここで捕まったら元も子もない」

 

 

 相変わらずパレス内の暴走はそのまま。下の階層でシャドウが呻き騒いでいるのは空気感で分かる。ここからは横行闊歩するシャドウ達を掻き分けながら現実世界への逃亡劇の幕開けだ。

 

 ナビ。

 と短く声掛ければ、4人の脳内に「お疲れさん」とナビの声。

 しかし声音は至って真剣。いつもの軽い口調の彼女では無く、切羽詰まった様子で状況を説明。

 

 状況は最悪の様だ。

 さっき以上にシャドウで溢れ、先行部隊も捌ききれない状態。現に数名…ノワール、クロウは既に退却。モナ、スカル、パンサーも燃費切れ間近で撤退も秒読み。

 

 

「つまり…この場の4人で対応するしかない…と」

 

「極力戦闘を回避。最短ルートでの帰還。全員で行動するのは効率が悪い」

 

 

 このパレスがカジノを模している関係上、そこまで道幅は広くない。むしろ今までと比べても狭いと言える。そんな場所で無数のシャドウが蔓延っているのだから、単独の方が小回りが利くのは明白。

 

 

「三十六計逃げるに如かず…という訳か」

 

「うん。けど危険は危険。スカル達でも押し切られる物量が相手」

 

 

 あくまでも生還の見込みがある策が単独行動という話であって、安全というわけでは無い。運悪く袋小路に入ってしまったり、シャドウに捕縛されてしまった際は目も当てられない。

 だから少しでも確率を上げるために、目印が必要だとウィッチは言う。シャドウの興味を引く物。そしてその場を単独で切り返せる者。

 

 所謂、囮

 

 

「私が──」

 

「いや、俺がやろう」

 

 

 名乗り出ようとしたウィッチを制止し、ジョーカーが一歩前へと踏み出す。

 

 

「俺の方が、適任だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パレスの最奥から出口までの最短ルート…とは真逆の迂回ルート。バックヤード、キャットウォーク、照明器具の上……。毛細血管のように入り組んだ道を…時には道とは言えぬ道をジョーカーは駆ける。出来るだけ派手に、しかし見つからない様に。

 ジョーカーと言う怪盗の存在をチラつかせながら、その実体は決して掴ませない。ただシャドウに、このパレスに【まだ居るかもしれない】という認識を刷り込ませる。それだけで、大部分の注意は彼に向く。

 

 

「……ふっ」

 

 

 警戒を知らせるベルがカジノ内に鳴り響く。何も知らない客…認知人間…が何事かとざわめき、黒服のシャドウは切羽詰まった様子で客を掻き分ける。

 

 まさにカオス。混沌としている。

 しかしそれがジョーカーにとってはヒーリングミュージックの様に心地が良いものであった。

 

 

『ジョーカー、次の角の先にシャドウ二体! やっちゃって!』

 

 

「……! アルセーヌ!!」

 

 

 ふと、もう存在しない筈の名を呼んだ。ほとんど無意識であった。

 

 最初のペルソナ。真の意味での己の自身。

 しかしそれは前に別のペルソナとして変成し、それ以降は影も形も無かったペルソナ・アルセーヌ。

 

 

「エイガオン!」

 

 

 こちらに気付いた時はもう既に手遅れ。二体のシャドウは黒服姿のまま、呪詛の彼方に消える。

 

 

「…………」

 

 

 シャドウが消えても尚、空に佇むアルセーヌを見つめる。

 なるほど。無意識下か、それとも別の存在の力か。どうにも自分自身の意思ではどうにもならないらしい。

 

 なぜこのタイミングで彼は現れたのか。これが意味するのは変革か、それとも警鐘か。

 

 

『良くぞ辿り着いた』

 

 

『汝の運命は───』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──もうすぐ定まる』

 

 

 

 

 

 

 途端、アルセーヌは影へと消えた。

 胴体と頭部は切り離され、塵となって宙に溶けゆく。

 

 それはアルセーヌの残像を切り開いて現れた。

 断首の大鎌を携えて、影を纏い、紅い瞳を怪しく光らせる。

 

 

「……くっ!!」

 

 

 一閃。

 鎌は存在そのものを刈り取るが如く振られ、ジョーカーは受け止める。ナイフの切っ先が湾曲する刃を滑り、金切り音を奏でる。

 

 一瞬の膠着状態。

 しかしこの攻防の軍配は襲撃者に上がる。

 

 ズン!と腹に一撃が加わる。

 襲撃者の細足が、腹に突き刺さっている。

 

 

「………ぐ、がっ!」

 

 

 メキメキと嫌な音を立てる。徐々に身体が後退していく。

 均衡が、崩れる。

 

 

「バン」

 

 

 襲撃者は片手の指で銃の形を作り、指先から魔弾を一つ。

 冗談みたいな声音から、冗談みたいな攻撃。しかし威力は本物で。まともに喰らったジョーカーは吹っ飛ばされ、通路の壁に激突、そのまま何層かに渡って壁に穴を空け、エントランスホールまで吹き飛ばされる。

 

 突然の異常に騒ぎ出す客。見つけたと声を荒げる黒服。

 そんな彼らの視線の中心で、ジョーカーは腹に手を当て、必死に酸素を取り込む。

 

 

「………直前に、後ろに飛んだ。威力を殺す為に」

 

 

 一歩。

 瓦礫を踏み知ればジョーカーを取り囲もうとしていた黒服がフォークで串刺しになった。

 

 また一歩。

 今度はナイフが黒服を縦に割った。

 

 瓦礫を踏みしめながら、呼び寄せられた黒服もまた、少女の魔力に潰される。

 

 

「惚れ惚れする立ち振る舞い」

 

 

 乾いた破裂音を手で奏で、壁の穴の中から這い出るのは白髪の少女。

 影差す孔の中に浮かぶ白い容姿と紅い瞳が幽鬼の様に揺れている。どこまでも暗く紅く輝く。まるで遊び飽きた玩具を見るような瞳が、ジョーカーを見下ろす。

 

 この少女を彼は良く知っている。

 

 

「………雪雫…!」

 

「私達の為、大人しく掴まってくれる? 蓮」

 

 

 そう口元を歪めて、怪盗団の一員…天城雪雫は立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨が降っていた。

 

 外もすっかり陽が落ち、濡れた地面と降り注ぐ水滴が赤い光を乱反射させる。

 この世界の主、新島冴は歪んだ欲望を持ちながらも、信頼たり得る審美眼の持ち主だ。こうしてパレスに雨が降っているという事は、実際の現実世界も雨が降っているのだろう。

 

 

「………………」

 

 

 空を仰ぐ。

 まるでスローモーションのように雫一つ一つの形が見える。きっと、今日の事を。この雨の細部に至るまで忘れる事は無いだろう。

 右手に確かに感じる、ヒト一人分の重さを感じながら、少女はそう思った。

 

 

 一歩、また一歩と踏み出せば、彼もまた地面を這いずる。

 意識は無い。だから痛みも無い。良かったと少女は思った。最悪死ぬとしても、痛い思いは少ない方が良いと、それがせめてもの情けだと考えたから。

 

 

 カジノの外には沢山の警察が居た。

 認知上の警察なんかではない。現実世界からイセカイへ。正規の手段で送り込まれた警察。新島冴が陣頭指揮を執っていた筈の特捜部の人間達。

 彼らは少女を見るや否や、訓練通りの動きを見せる。バリスティックシールドを前方で構え、後方では銃口を少女へ。上空にはヘリが飛び、舞台上の様にライトを浴びせる。

 

 ピタリと少女は立ち止まり、肩を竦めてその様を嘲笑う。

 

 

「待て、彼女は協力者だ」

 

 

 ある青年の声がした。彼は陣形の後方から人の壁の合間を縫って、少女に相対する。

 

 

「お疲れ様。遅かったじゃないか」

 

「ターゲットの活きが良かったもので」

 

 

 そう言って少女は右手に掴んでいたもの……ジョーカーの黒髪から手を離す。

 

 

「確保」

 

 

 青年の…新島冴に変わり捜査の実権を得た明智吾郎の声を聞き、警察が一斉にジョーカーに取り掛かる。

 冷たい手錠の音、「被疑者確保」という声。それが意味するのは、怪盗団の終焉。

 

 

「終わりは常に呆気ないものだね」

 

 

 取り押さえられ、地面に横たわるジョーカーを一瞥した後、明智は少女…雪雫の顔を見つめた。

 雨に濡れた白髪は、同色の肌に今にも溶けてしまいそうで、闇の中で浮かぶ生気の無い肌と光が無い瞳を見て明智は言った。

 

 

「良い表情になったじゃないか。ようこそ、()()()()()

 

 

 いや、最初から君はこちら側かもね。とクスクス笑う。

 

 

「君は正しく魔女だよ。天城雪雫」

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