PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
5月19日 木曜日 雨
降り注ぐ雫を弾く小気味の良い音が奏でられる雨の日。
湿気の影響で肌に纏わり着く髪の毛の鬱陶しさと、僅かに水気を含んだ靴下の不快感さえ無ければ、雨もたまには良いかもしれない。
そんな事を考えながら、天城雪雫は校門の前で人を待っていた。
「………」
校門と言っても秀尽のでは無い。
洸星高校。
都内有数の長い歴史を持つ伝統的な高校。
一芸に秀でている生徒が多く在籍しており、学生の頃から将来の活躍が見込まれている生徒も少なく無い。
所謂、名門中の名門校であり、雪雫の母も最初はここに入れようとしてたとか。
「ねぇ、あの制服って…」
「秀尽だよ秀尽! ほら、体育教師の!」
校門の前で待つ事、10分ほど。
下校する洸星の生徒からの好奇な目に晒される中、真っ直ぐと雪雫の元へ向かう一人の生徒が。
「君か。東郷さんが言っていたのは」
180cmを超えるであろう長身、どこか浮世離れした風貌の物憂げな顔立ちの青年。
「喜多川祐介」
「そう言う君は、天城雪雫…だったか」
「ん」
「………」
「………」
お互いの名前を確かめるだけの問答。
短いやり取りが終わると、2人の間に沈黙が訪れる。
沈黙が気まずいのか、祐介は目をキョロキョロと慌ただしく動かしているが、一方の雪雫は気にしていないのか、落ち着いた雰囲気だった。
そして聡明な彼はこの短いやり取りで気付く。
天城雪雫は途轍もない口下手だと。
これが同学年だったら自身から、さっさと本題に入れと切り込む所だが、相手は歳下。ましてや女の子だ。
ああでもない、こうでもないと、慎重に脳内で慎重に言葉を選んでいると、小さくも良く通る声が耳に届く。
「場所変える。あっち」
そう言いながら雪雫は駅のある方角へと指を差す、が場所の示し方がアバウト過ぎる所為で、何処に行きたいのか祐介には分からない。
結局、碌に会話も続かないまま、祐介は少女の小さな背中を追う様に歩みを進めた。
・
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色鮮やかな壁紙。
部屋の中央に取り付けられた大きなモニター。
壁越しに聞こえる男の歌声。
「何故、カラオケなんだ……?」
「防音、個室で周り気にせずに話せる。あと、安さとドリンクバー。大宅のオススメ」
コップに注がれたアイスカフェオレをストローでかき混ぜながら、雪雫は当然の様に呟く。
「歌う以外にも用途があったのか…。それは盲点だった」
「モノは使いよう」
注いだガムシロップが綺麗に溶けたのか、ストローを通してカフェオレを一含み。
祐介は慣れない環境に驚きつつも、彼女の持つコップから飲み物が減っていくのを黙って見ていた。
はぁ、と小さく息を零しながらコップをテーブルに置く雪雫を見て、祐介は静かに切り出す。
「先生の件で呼んだのか?」
「そう。……何で分かった?」
「先日、君の様にその件で探りを入れてきた奴らが居た。……君と同じ秀尽生だ。そう考えるのが自然だろう」
祐介は僅かに目を鋭くし、真っ直ぐ雪雫の瞳を据える。
「この間も言った筈だ。身勝手な正義を押し付けるなと。弟子として師匠を支えるのは当然の事。お前達の言うような被害者はあそこには―――!」
「私と彼らは何も関係ない」
「……何?」
「貴方の言っていた秀尽生。多分、私の考えている人達と同じだと思うけど…、私と彼らの間に交流は無い」
「では何故……!」
訳が分からない、と言った様子で祐介は珍しく声に困惑の音を乗せる。
「半分は好奇心。班目展に行った。展示されている作品はどれも良かったし、刺激にもインスピレーションにもなった。あんな風に縦横無尽に作品が描けるなら、是非真似したいと思った。私もアーティストの端くれ。活動に活かせそうなモノは学びたい。だから祐介に声を掛けた。弟子の貴方なら、その一端でも知っているだろうと―――」
「……そうか。それで、もう半分は?」
静かに、しかし必死に内から湧き出る何かを抑えている様な。
声を僅かに震わして祐介は問う。
「疑惑、疑念、そして心配。作品を見ているうちにもう一つ思う事があった。―――本当に班目一人が描いたのか、って。作品にはその人の性格が色濃く反映される、と私は思ってる。音楽で言えばメロディや歌詞、絵画で言えばタッチや色使い。その人の生き写しと言ってもいい。けど、班目は違う。どの作品も性格がバラバラで、人格が何個もあるみたい。だから疑問に思った。だから心配になった」
「……東郷さんの言った通り、君の審美眼は確からしい」
作品一つで見抜かれるとは思わなかったよ、と観念したように祐介は声を漏らす。
「君の言う通り、先生は現在作品を描いていない。展示場にあるのは全て俺や兄弟子達が描いたものだ。先程も言ったが、被害者など居ない。先生には恩がある。身寄りの無い俺をここまで育て、画家への道を示してくれた。その恩に俺は報いたい」
「……そう」
「傍から見たら歪だろう。だがそれが当事者にとっては正しい形という事もあるんだ。俺は誰に何て言われようと変えるつもりは無い」
カランとコップに入った氷の音が部屋に響く。
結露によって生まれた水滴がコップを伝って零れ落ち、机を僅かに濡らしていた。
「……分かった。貴方の意志を歪めるつもりは無い。――ただ」
「……?」
「人の目はよく曇る。目の前に突然霧が掛かった様に。それは恋慕だったり、尊敬だったり、恩だったり、情だったり。何時までも、その眼を曇らせないで欲しい」
諭す様に、そして何処か自分に言い聞かせる様に。僅かにその顔に影を落としながらも、雪雫は呟いた。
「これで払っといて。残った時間、歌うのも良い」
「お、おい!」
「私は帰って曲作らないとだから。お釣りは要らない」
そう言い残して雪雫は部屋を去る。
祐介はテーブルの上に残された2つのコップと一万円を横目に、思い悩む様に俯いた。
◇◇◇
5月23日 月曜日 晴れ
「流石ね」
「何が?」
生徒達の賑やかな声が響くお昼時。
壁越しから響く声をBGMに、真と雪雫はランチを楽しんでいた。
「成績よ成績。一位だったでしょ」
「そうなの?」
真は自身で作ったであろう弁当を。雪雫は道中に買ってきたであろう菓子パンを。
口に運びながらも会話に華を咲かす。
「そうなの、ってテストの結果見て無いの?」
「結果なんて興味無い」
「でもその割には点数取ってるじゃない」
「テストの時間中、暇だったから」
一般的には雪雫のこの物言いは嫌味の類に入るのだろう。
しかし、彼女の性格を知っているからか、不思議と悪感情は湧かず、まぁ雪雫だからなぁ、と納得してしまう。
「………」
ぼんやりと雪雫について考えていると、思わず彼女の行動一つ一つを目で追ってしまう。
パンを支える小さい両手。
小動物の様に少しずつパンを咀嚼する小さい口。
彼女の動きに合わせて僅かに踊る白い髪。
殆ど動かない表情と、人間味を感じない白い肌。
そして、身体全体でほぼ唯一色を持つ赤い瞳。
「何?」
真の視線に気づいた雪雫が、首を傾げる。
「…ん、ああいや。ご飯それだけなのかなーって」
ストレートに貴女の事を観察してました。とは言えず、少し慌てた様子でパンを指差す。
両手で持っているコッペパン。そして次食べるであろう、机に置かれたメロンパン。
「これしかないもん」
「私のあげるよ」
「…む……」
ほら、あーん、と言いながら箸で掴んだ卵焼きを雪雫に差し出すが、彼女はそれを食べようとせず、躊躇していた。
「お腹いっぱい?」
「……そういうわけじゃない、けど」
何処か警戒する様に目を細め、卵焼きを見つめる雪雫。
その姿はまるで小動物の様で、真の琴線に僅かに触れる。真は可愛いモノが好きなのだ。
「真って料理出来る?」
「…? 人並みには……?」
「これ、辛くない?」
「辛いわけないじゃない」
「ブヨブヨしたりじゃりじゃりしたり、してない?」
「一体何をそんな警戒してるのよ……」
最後の最後まで警戒していたものの、雪雫は意を決した様に目を瞑り、勢いよく差し出された卵を一口。
「どう?」
「……辛くない、味もする。………おいしい…!」
まるで初めてケーキを食べた子どもの様に目を輝かせながら、感激の言葉を漏らす。
ここまで雪雫の表情が動いたのを見たのは、真にとって初めての事だった。
「もっと食べる?」
「うん…!」
その赤い瞳を輝かせながら、口を開けて待つ雪雫を見て、真は少し苦笑する。
(食べさせて、ってことかな。)
妹が居たらこんな感じなのかな。
そんな事を考えながら、真は一つ一つ雪雫に食べさせる。
何時も通り作った筈なので、普通と言えば普通の弁当なのだが、こうも喜ばれると悪い気はしない。
結局、雪雫に弁当の半分を献上した真は、お礼に彼女からカレーパンを貰った。
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同日 夜
過酷な訓練から唯一離れる事の出来る週末。
最近忙しくてあまり観れてなかったな、とお気に入りのカンフー映画を観ていたその時、唐突にスマホが鳴った。
スマホを手に取り、画面に表示された名前を見て、思わず頬が緩む。
「珍しいね、私に電話なんて。どうしたの?」
『千枝』
電話越しから響くのは僅かに嬉しそうな声音を含めた少女の声。
親友の妹であり、私にとっても妹同然の少女、天城雪雫。
「はいはい、千枝ですよ~。どったの?」
『今日、衝撃的な事、あった。多分、悠以来の衝撃』
どうやら特に用という訳では無く、ただ話したいだけらしい。
畜生、可愛いな。
昔からの付き合いではあるし仲も良いが、彼女の周りにはより身近な人が居る。
実姉である雪子と、ずっとべったりのりせちゃん。
その2人を差し置いて、私に一番に電話をするなんて、可愛い以外の感想が浮かばない。
少しの優越感に気分を良くし、千枝の口角が上がる。
はてさてどんな話が飛び出てくるか。
ワクワクしながら待っていた千枝だが―――。
『手料理で悠以外に上手い人、初めて会ったの』
続いた雪雫の言葉に、僅かに顔を曇らせた。
『辛くない。臭くない。ぶよぶよしてない。じゃりじゃりもしてない。味もする』
「そ、そう……。それは良かったね………」
あはは、と頬を掻きながら、内心で謝る千枝。
彼女は分かっている。
雪雫がそこまで感激している理由も、手料理を警戒する原因も。
里中千枝は壊滅的に料理が下手である。
いや、千枝だけでは無い。
雪雫の姉である天城雪子も、半同棲中の久慈川りせも。雪雫の幼少期を支えた女性陣は、皆一様に料理が壊滅的に下手なのだ。
カレーを作ろうとすれば、異臭を放つ謎の物体が出来上がり、オムライスを作ろうとすれば極度に辛いものや、何故か味も何もしないものが。
そんな料理の被害者は数多く、皆一様にそれを口にした途端に意識を手放した。
その光景を見ながら育った雪雫が、手料理を警戒するのは当然の事とも言える。
そして、その一端を担っている自覚が唯一ある千枝は、そうしてしまった責任感を多大に感じていた。(雪子とりせは自覚が無い)
「く……、私も頑張らないと……!」
『千枝はちゃんとレシピを見れば大丈夫って、陽介が言ってた。普通に不味いだけだから、改善の余地はあるって』
「あの野郎……!!」
アドバイスだけで留めておけばいいものを!
一言多い、友人の男に千枝はメラメラと殺意を滾らせる。
『夏休みになったら帰るから、その時また』
「あ、うん! 楽しみにしてるね!!」
それじゃあ、頑張って。と短く言葉を残して、電話は切れる。
ツー、っと流れる電子音を耳にしながら、里中千枝は静かに呟いた。
「料理…、勉強するか」
次週、新たな被害者が生まれる事を、今はまだ誰も知らない。
雪雫が人を誑かしているその裏で、怪盗団達は順調に世直ししてます。
5/23の時点では祐介が加入してる辺り、だと思います。