PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
我々と他のペルソナ使いについての違いについて今一度考えてみよう。
大きな違いで言えば、現実世界におけるペルソナ能力の行使が可能か、不可能か。
これに尽きるだろうか。
過去に10年に渡って存在した影時間。
現実時間と表裏一体のそれは、毎晩0時、現実世界を浸食するかの様に現れた。
影時間に対しての身体的な適性を有し、「死」を乗り越える、「死」という恐怖に打ち勝てる強靭な精神を持つ者。
それら二つの要素を併せ持つ者が当時のペルソナ使いである。
ここで重要なのが影時間は現実世界がベースだという事だ。決まった時間に毎晩訪れる現象。そう、確かに現実で起こっていた。無意識下で、全人類が過去10年に渡って体験していた事象なのだ。
現実世界で起きていた異常に対し、カウンターとして備わった力……いや、体質や才能と言った方が適切か。それは生物的な適応であり、影時間が無くなった今も損なわれる事は無い。
だから天城雪雫とて、何らおかしなことは無い。
彼女は影時間を認知していた。
彼女は影時間の中で死に、影時間で生まれた。彼女の中の【月の一片】がそうさせた。
それは正しく死への克服である。
天城雪雫という少女は、自らの死をもってペルソナ能力を開花させたのだ。
よって特に驚きは無い。
彼女の能力を持ってすれば人一人を攫うのは容易いだろう。ましてや影時間の中でなら尚のこと。
「強引なのは少々考え物だがな」
先ほど砕いたモノの残骸を見て、私…桐条美鶴は肩を竦めた。
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天城雪雫に指定されたその場所は、至って普通のオフィスビルだった。都心の一角…割と一等地に聳え立つそこそこ大きなビル。外に掲げられた「桐条」の名が入った社名版を見て、ようやく先程の女性が「桐条美鶴」その人だという事が分かった。
日本国民なら知らない者は居ない。そう断言出来るほどの巨大企業の現総帥。過去に何度かテレビで拝見した事もある。加えて検察上層部でマークされていると、噂程度に小耳に挟んだこともある。
彼女は名を名乗っていたのに、そんなことも気付かないほど混乱していた過去の自分に呆れてしまう。
しかし、あの場に居たのが桐条美鶴その人だというのは分かっても、全貌は見えない。天城雪雫がここを指定している位だから、事件関係者なのは間違いなさそうだが。
なぜ大企業の総帥があの場に居たか。
なぜその彼女が怪盗団と似通った力を使えるのか。
シャドウワーカーとは。
天城雪雫との関係は。
そもそも怪盗団は…雨宮蓮は何をし、何を伝えたかったのか。
聞きたい事は山ほどある。
全ての真実を知る為、私は案内された部屋の扉に手を掛け───。
そして────。
「ん。案外早い到着」
一切服を着ていない、真っ白な少女が居た。
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少女はどうも風呂上りの様で、シルクの様な髪は水気を含んでいた。普段は下ろしている前髪はオールバックにして、人工物のような黄金比の顔立ちを際立たせている。
(びっっっっくりするくらい、整っているわね……)
嫉妬なんて感情は最早湧かない。そういう次元の話で無い。無表情さも相まって、本当に人形か何かの様。
そんな彼女はいま。
「あ~~~~~」
私の膝の上でドライヤーで乾かされていた。
(……なぜこんなことに…………)
こんなつもりでは無かった。
しかし、彼女が…天城雪雫があろうことか、そのままの姿で話をしようとしたので私が遮った。
まずは服を着て、髪を乾かしなさいと。
そうしたら彼女は「着るものが無い」と言った。
聞けばこのビルの従業員が臨時で寝泊まりする仮眠室だと言う。……仮眠室の割に高級ラグジュアリーホテルさながらの広さと設備があるのはどうしてだろうか。金持ちの尺度は分からない。
話を戻そう。
あくまでも仮眠室であって着替えは用意されていない。着ていた服は洗濯中。だから着ない。
それが少女の主張だった。
結局、少女には私のジャケットを羽織らせた。かえって煽情的になった様な気もしなくは無いが……もう気にしないことにした。
あまりの頓着の無さに、薄々嫌な予感はしていたが、髪の乾かし方もダメダメ。ドライヤーの距離は近いし、手を動かすのが面倒くさいのか、同じ場所にばっかり当てている。
結局、私がやってあげる事にした。
任せていると何時までも終わらない気がしたし、もう気になって仕方が無い。
真がハワイから帰って来た後「雪雫ってホントにダメで…。私が色々やってあげないと」みたいな感じでやや得意気に語っていたが、その通りだった。
「冴、なかなか上手」
「そう? 昔、真にやってたからかしら」
違う、そうじゃない。
何故、正体不明、推定容疑者の彼女と仲良く談笑しているんだ、私。
相手のペースに流されるな。裁判を、被告人質問を思い出せ。
閑話休題
諸々が終わり、ようやく本題へ。
座卓を挟んで向かい合う形でソファに腰掛けた私達。「説明してくれるかしら」と問えば天城雪雫は静かに頷いた。
「蓮は別室で休んでる。だから、今話せる範囲で、話す」
無理も無い。
彼の様子を見るに相当痛めつけられた。夜通しの尋問も相まって、そうとう身体にきているだろう。
「まず私たち怪盗団の目的。蓮が捕まった理由。それは貴女の救出、そして敵の炙り出し」
「…………私の…。それに……敵…。」
特別房で少女の言葉が脳裏に過ぎる。
【上】に良い様に使われて、最悪無駄死に。
雨宮蓮のこちらを説得する様な…訴えかけるような眼差し、天城雪雫の言動。
どちらもその場にしのぎで言っている様には感じない。
「私達は保身のために改心をしない。これまでの経緯、行動原理。蓮が話した筈。でも私達の関与していない所で犠牲者が出ている。それを為す者、それを操る者が、敵」
「そして敵は私の上に……国家の中枢に居る?」
ドラマや映画の見過ぎだ、と一蹴する事は容易い。
しかし、思い当たる節があるのもまた事実。
「誰かは分からない。でもきっと近い将来必ず動きがある。その為のシャドウワーカーの介入」
「ま、待って。当たり前の様に言ってるけど…ソレ何なの?」
「桐条と公安の共同で設立されたシャドウ専門の特殊部隊」
「ここは笑う所かしら」
「結構。でも後で事実だって知ることになる」
美鶴から説明あると思うから省略。と彼女は言う。
どうも天城雪雫自身も全てを知らないらしい。
「シャドウワーカーはその特性上、シャドウ案件における捜査の優位性がある。特案条項…これが認められた時のみ、シャドウワーカーに全ての捜査権限が委譲される」
「……本当にそんな部隊が実在するなら、まぁそうするでしょうね」
シャドウなんていう、常識から外れた化け物を専門に扱えるなら、これほど頼もしいものは無い。
「本来ならば、廃人化・改心事件はシャドウ案件。でもこれを利用して私腹を肥やしている者が、国の中枢に居る。そいつらにとってすれば───」
「邪魔者でしかない。だからシャドウワーカーが表に出れば、舞台から引きずり降ろそうと圧力がかかる」
そして圧力の元が、彼女の言う敵。廃人化・改心事件の裏で私服を肥やす
「でもそんな周りくどい事しなくても、勝手に捜査してシャドウ絡みだって証拠を集めれば……」
「特案条項が働く? それが証拠として処理されれば、ね」
なるほど。
シャドウなんて非科学めいたものは証拠として扱われない、と。
確かにそうだ。
詳しく話を聞いた私ですら、眉唾物の存在。仮に上がそれを承知だとしてても、証拠として受理しない言い分はいくらでも創れる。
「でもそんな組織があるんだから、設立のきっかけが…。過去にシャドウ事件が起きたって事でしょう? それと今回はまた別なの?」
「……確かにあった。過去にもシャドウ案件が。でもそれは脅威としては取り除かれ、今は存在しない……現象としては」
影時間。と少女は言った。
毎晩0時に訪れていた、裏の世界。
「影時間は桐条によって生み出され、桐条によって取り除かれた。過去10年に渡って人々を食い物してきた影時間、それに関連する事件を二度と起こさせまいと、桐条美鶴はシャドウワーカーを設立した。当然、設立するにあたって所有する情報、データ、物品。全てを公安に提供している。つまり影時間に関しては公安側も正しくシャドウ案件だと認知していて、その発生は決して無視は出来ない」
少女はスクリと立ち上がり、私の隣に腰を掛けた。
白い細指をそっと右の手の甲に滑らせ、いつの間にかに身に着けていた指輪をコツコツと叩く。
「この分野における研究で桐条の右に出るものはいない。色んな産物が生まれたらしい。シャドウと戦うアンドロイドとか。影時間内でも問題無く動くバイクとか。コレもその一つ、装着者へ適性を与える指輪」
そして。と少女は続けた。
「─────影時間を疑似的に発生させる装置」
途端、点と点が線となって繋がった。
「傍から見れば怪盗団リーダーが逃亡する為に影時間を利用した。怪盗団と影時間が結びついてしまった以上、シャドウ事案だと認めざるを得ない………」
「影時間は通常の人間では認知出来ない。発生中は象徴化し、ただのオブジェクトとして置き換わる。でも、適性を持つもの…ペルソナ使いはその限りではない。加えて通常の機械も全て停止する。まさに静寂の世界。侵入は容易い。あとは特別房まで行って、貴女に呼び掛ければ良い。
だから天城雪雫の出現を私は察知出来無かった。
まるでコマ送りの様に現れた彼女は、私が認知していない時間をただ歩いてきただけ。
まんまと彼女はもぬけの殻となった警察庁を優雅に闊歩し、雨宮蓮を連れ出した。
認知もされない、カメラにも映らない。事実として残るのは、そこ居た筈の少年は1人でに消えたいうことのみ。
そしてその案件を引き継ぐのはシャドウワーカー。
つまり少女の協力者。
「ふわぁ……」
私の横で気の抜けた様な欠伸を零す少女。
こんな気の抜けた少女が、そこまで考えて───。
「取り敢えずこんなとこ、かな」
末恐ろしい、と思った。だが逆にこの子なら…とすら思わせるものがある。
そんな私の気を知らず、少女は羽織らせたジャケットを私に返して、のそのそとベッドへ向かう。
完全にスイッチが切れた様で、暗に今日は終わり。と行動で示していた。
「ちょっと…! まだ聞きたい事が……!」
「話せる範囲で話す。そう言った。続きは明日。みんな揃ってた方が話しやすいこともある」
もうクタクタ。とまた欠伸を零す。
「特別房で起きた事は理解……ええ、まだ信じられないけど理解したわ。でも分からない。貴女は突然現れた。そして消えた。前者は分かる。でも後者はなに? その時は既に私も影時間を認識していた。同じ時間を過ごしていた筈。どんなトリックを……」
「最後に聞きたいのソレ? 真と一緒で全部知らないと気が済まないんだね」
クスクスとほぼ変わらない表情で笑う。
「あれはペルソナの力。私が蓮を運ぶには文字通り荷が重い」
「……それは真や…桐条美鶴も出来るの? それとも貴女が特別? ペルソナ使いは、現実での現象を捻じ曲げてしまうくらい危険なの?」
「まさか。真も美鶴も普通の人間。おかしいのはきっと私だけ」
影時間で生まれた私、シャドウとどう違うんだろうね。
天城雪雫は静かに呟いた。