PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
11/27 日曜日 曇り
東京・神田の一角に佇む神聖なる人々の集いの場、教会。来るもの拒まずのその場所は、静かに、そして優しく来訪者を向かい入れる。そこに一つの例外は無く、隣人愛の教えから来る救済の心は漏れなく白髪の少女にも差し伸べられた。
「……………」
講壇の背に輝くステンドグラスの輪郭を紅い瞳がなぞる。そこに意図は無く、意味も無い。手持ち無沙汰な子どもが足をブラブラと動かすのと同じ。
来客は少女のみだった様で、最初こそ興味が先行して視線を送っていた神父だが、それもすぐに改めた。適切な距離感だ。告げるべき罪が少女にあれば告解室にでも駆け込んでいただろう。だが生憎、罪も無ければ告白すべき神も居ない。
ただ在るだけの場所に価値を見出した。静謐で、俗世の穢れなく、興味の目にも晒されない場所という一点に。
艶やかな白髪は花弁の様で、白く線の細い体躯は茎。ただ在るだけの場所に、当たり前にある添えられた花の如く、風景に溶け込んでいる。
「おや、お久しぶりですね」
あたかも風景と見紛う白髪の少女に対して、確かに掛けられた声。
「雪雫さん」
そう声を掛けた黒髪の少女は嫋やかな笑顔のまま隣へ腰掛ける。
「一二三」
教会に訪れて数十分。白髪の少女・雪雫は初めて声を発した。ステンドグラスをなぞるばかりであった紅い瞳を黒髪の少女・東郷一二三へ向けて。
感動は無い。それでも風景に溶け込んでいた人としての輪郭は確かに取り戻した様だ。
「…………」
「…………」
お互い、多くを語る性質ではない。
なぜここに。と当たり前の質問をする気もさらさら無い。お互い場所自体に価値を見出し、訪れた者同士。お互いの答えはお互いが持っている。
「陰陽出場、おめでとうございます」
「……ありがとう」
そう言う少女の顔に色は無い。言葉とは裏腹に、喜びも感激も、少しの戸惑いも。非常に機械的で無機質だ。
何故だろう、とありきたりな疑問を一二三は浮かべる。一見すれば喜ばしい事だ。感情の起伏が乏しい彼女ではあるが、歌い手としては一種の誉れの筈。こうも無関心になれるものか。
チラリと、視線が合う。
どこまでも吸い込まれそうな真紅の瞳。宝石のような瞳は、一二三の心を見透かすようにその姿を映す。
「アイデンティティの危機」
「はい?」
雪雫とはそれなりの付き合いだ。
それこそ彼女が八十稲羽に住んでた頃からの。出会いはなんて事の無い。私が客で、彼女が迎える側。歳も近いからか滞在中の交流が今もこうして続いている。
幼馴染とはいかずとも、理解はしているつもりだ。少なくとも、洸星のクラスメイトよりも。
「分からなくなった。何がしたいのか」
ふむ。と一二三は頬に手を添え思案する。
正直、少し意外であった。
天城雪雫と言えば自由奔放、独立不羈。他人に縛られず、心が命じるままの振る舞いを良しとする自由人。決して適当という訳では無く、心のままに振る舞えるという事は、それをするだけの強固な自我と芯があるという証明。この手の悩みとは無縁の──。
(……いえ。これは偏見ですね)
あまりにも短慮であった。そう己に喝を入れ、思考をリセットする。
少々、舞い上がっていた部分もあったかもしれない。精神面において、雪雫は常に安定していたから。初めて彼女の少女性…即ち歳相応の姿を見せてくれて、頼られたのが嬉しくて。
「アイデンティティ…というのは歌手活動におけるもの…という解釈でよろしいですか?」
「─────────。まぁ、そんなところ」
しばらくの沈黙。そして肯定。
「……大きな転換期、ですからね。自身のこれまでとこれから。足を止める機会としては…まぁ月並みでしょう」
私にも経験はありますから。と付け加える。
「
・
・
・
二人零和有限確定完全情報ゲーム。
ゲーム理論の1つで、詳細は省くが「プレイヤーを2人に限定し、サイコロやじゃんけんなどの運要素が存在しない、盤面の情報のみで完結するゲーム」の事を指す。将棋やチェスなど、多くのボードゲームがこれに分類され、理論上、実力差は覆らないのが特徴。
実力の出力が安定している天城雪雫にとって、運要素が排斥されたこの手のゲームは得意でありゲーム性の理解度も高い。
それこそ将棋において、一二三の練習相手に申し分ないほどには。実際、
余程の事が無い限りは負け戦は仕掛けないし、かといって将棋に対して強い向上心がある訳でもない。
だからたまに二人はチェスを打つ。将棋ほど駒の択が多くないためシンプル。それでいて実力の開きがあまり無い。そして実力が拮抗しているのなら、少なくとも娯楽としては成立する。
(いまの雪雫さんに必要なのは、息抜き)
そう一二三は判断した。
(貴女の状況は分かっているつもりです)
雨宮蓮を通して、怪盗団の動きは分かっている。欲望に塗れた大人達を相手に、今や大衆からも見放され、そんな中で表では陰陽の出場。休まる時など殆ど無い筈だ。
「……私と打ってて、楽しい?」
一手。
ポーンを進めて雪雫さんは口を開いた。弱々しい。やはりそういう印象が抜けない。
「楽しいですよ」
愚門だと言わんばかりに、即答。そして私もポーンを進める。
「3勝1敗5分け」
「今のところ、雪雫さんが勝ち越しですね」
「ミスをする事無く打ち続けた場合、その多くは引き分けになる。1970年から今までの勝敗を統計した時、その半数以上が引き分けのまま」
白の騎士が歩みを進め、兵士と相対する。駒と同化してしまいそうなほどの美しく、残酷な白い指が黒の駒を掠め取る。
「勝ち目が無い時、私は敗けない選択をする」
チェスにおける引き分けは主に3つ。
お互い動かせる駒が無くなった場合の「ステイルメイト」
全く同じポジションが3回繰り返された場合の「
一方のドローの申し出をもう一方が了承した場合だ。
勝ち目が無い場合、引き分けに持ち込むのは戦術であり、マナー違反でも何でもない。
「最良と貴女が判断したのなら、それは正しい選択なのでしょう」
「………私にとってはね。時々思う。最良って、自己満足なんじゃないかって」
例えば、友人との娯楽に合理的な決着を求めること。
例えば、大衆が望む通りの歌を創ること。
例えば、払う犠牲を必要経費だと割り切ること。
「一二三はAIと将棋を打つのと、人と打つの。どっちが良い?」
「人、ですね」
「AIの方が実力があって、練習相手になるとしても?」
「勿論」
雪雫はふう。と小さく息を吐き、紅い瞳で天井を仰ぐ。
「将棋とかチェスって運を排斥したゲームって言われているけど、違うと思う。盤面に不確定要素は無い。でも打つ相手には? あるよね。人間だもの。日によってコンディションが違う。もしかしたら寝不足で思考が纏まらないかもしれない。お腹が空いて気が散っちゃっているかもしれない。相手の調子はこちらではコントロール出来ない。それって運、とも言える」
「ええ、だから人とやるのは楽しい」
「今まで磨いてきた研鑽と人間だからこその不安定さ。それらがあるから将棋やチェスはマインドスポーツと呼ばれ、大衆は熱狂する。歪なバランスだからこそ生まれる物語とドラマを見たいが為に。結局、打算や計算ではない熱が人の支持を集める」
歌だって同じ。と雪雫さんは続けた。
「流行りの音楽を狙って創るのは容易い。見習うべき先駆者達がゴロゴロと居るからね。でもそれが支持されるかは別の話。膨大なコンテンツがある中で、わざわざそれを選んで聴く、MVを観る、感想を呟く、共有するという行為をして貰うためには心を動かす必要がある。でもその心に何が刺さるかは作り手は完全は理解出来ない。受け手のコンディション次第」
「ええ。実際に貴女の歌は多くの人に受け入れられ───」
違う。
ここで一二三はハッと気づき、言葉を飲み込んだ。
私からはそう見えても、きっと雪雫さんはそうは見えていない…いや思っていないんだ。
「受け手という不確定要素が存在する以上、100%の勝ちは無い。肯定もあれば批判もある」
天城雪雫。
彗星の如く現れ、瞬く間にトップの座へと駆け上がった天才。そこには挫折も無く、スランプも無い。順分満帆で歌手としての成長曲線は常に右肩上がり。
「100%の賛美なんてあり得ない。歪さこそが人の美徳だよ」
おおよそ欠点が見つからないその容姿。完成された美に影差すのは諦観と悲哀。
「プロモーション」
チェスにおける最弱の駒「ポーン」は前方1マスしか進めない。
しかし相手の陣地の最奥に辿り着いた時、その縛りは無くなる。キング以外の駒に、
ああ、この対局は私の敗北だろう。
何となく。中盤の展開から予想はついていた。勝ち筋が存在していたというのなら、それは雪雫さんがミスをすること。望み薄だ。現にこうしてポーンの侵入を許している。
「ねぇ」
雪雫さんと目が合う。
深い深い紅い瞳は、何の色も無い。執着が無い、拘りが無い、執念が無い。
「私と打ってて、楽しい?」
新たなクイーンが、黒のキングの前に添えられた。
◇◇◇
12月1日 木曜日 曇り
シドウパレス。
例えば、目の前に居る政治家の首を撥ねたとして、罪悪感に苛まれるだろうか。
答えはノーだ。
第一、これは獅童が生み出した認知上の人間である為、人ではない。
第二、認知人間である以上、現実のその人には影響が出ない。
第三、コイツが持っている情報は獅童を改心すればいずれ知れる為、わざわざ聞き出す必要性は皆無。
第四、紹介状がカードキーの形を成している以上、取り入る必要も無い。
これだけの要素が揃っていながら、私は鎌を振るえない。
「……雪雫」
やめて。
真の声が、懇願する瞳が私に刺さる。
この場に真が居なければ、私はきっと。あの時のロボット達のように───。見た目が人なだけで、役割的には同じこと。得れる結果は同じこと。
これが合理的。
「──────」
そしてその思考に行きつく自分が恐ろしい。
あれこれと言葉を並べて、政治家から情報を引き出そうとする真を眺める。
無駄な工程だ。/それを尊ぶからこそ好きなのだ。
二つの思いが胸中に生まれる。
しかし、そこに自分の可能性は存在しない。あくまでも第三者から見て生まれた評価でしかない。
私だったら、と。取るべき選択は常に一貫している。最初から、選択の余地は無く、迷いも無い。
だからこそ、恐ろしい。