PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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132:Why am I me?

 

 

 12月3日 土曜日 雪

 

 

 その日は一段と寒かった。

 手先、足先から身体が冷え、カイロが手放せない。なんて杏は言っていたっけ。東京では今年初の降雪が確認され、積もる程では無いが公共機関には支障が発生。こんな日にわざわざ出歩く…しかも霞が関を闊歩する学生など居ないだろう、と今日のパレス攻略は無しになった。変に目立つ訳にもいかないしね。

 

 攻略ペースは上々。

 猶予はあるし、つい先日には政治家に続いてIT社長からも紹介状を回収したところ。だから今日は久方ぶりの事務仕事。放課後の生徒会室に籠って雪雫と2人きりで。

 

 

「……………」

 

「……………」

 

 

 ペンを走らせる私と、窓越しに振る雪を眺めてボーっとする雪雫。暖房の風に当たって揺れるその髪の白は、降り注ぐ雪のどれよりも嫋やかだった。

 

 

「…………堂々とサボリとはいい度胸ね?」

 

 

 外に向いていた瞳がこちらに向く。

 

 

「大した仕事、無いでしょ」

 

 

 どうせもうすぐ卒業なんだし。とまたそっぽを向いてしまう雪雫。

 

 まただ。

 最近どうも様子がおかしい。長く白い睫毛の下の瞳には憂いを帯びる様になったし、物事に対しての関心も薄れている気がする。

 一見、無関心、興味無いと見せかけて、変な拘り*1を発揮するくらいにはそこそこの好奇心を持ち合わせていたのに。

 

 

「寒くないの?」

 

「フツー。真は寒そうだね」

 

 

 会話をするつもりはあるらしい。

 ということはただ本当にサボリたかっただけ?

 いや、それにしては。

 

 

──死んで蘇った化け物だよ?

 

 

 あの時に雰囲気が近い。

 

 

「貴女、寒いのは平気なのね。夏はダレてたのに」

 

「冬生まれだし。名前負けする訳にもいかない」

 

 

 私は冬用タイツにブランケットという完全防御。対して雪雫は生足。下の防御力なら夏とそこまで変わらない。見ているこっちが寒い。

 

 

「……入る?」

 

 

 ブランケットをひらひらとアピールさせる。そこまで大きいモノでは無いが、雪雫の体躯くらいだったら余裕でカバー出来るだろう。

 

 

「……………………ん」

 

 

 少し貯めて、諦めの溜息と一緒に雪雫が立ち上がる。

 椅子を動かし、フツーと言っていた割には身体を隙間無く私に寄せ座る。私の右の脚と、雪雫の左脚がピッタリとくっついて──

 

 

「ひっ、ひゃぁ……! つ、つめたっ!」

 

 

 タイツ越しでも伝わる肌の冷たさ。

 これがフツーという彼女の感覚はどうかしている。

 え、田舎出身ってそんなものなの? 確かに八十稲羽はこっちよりも寒いと言ってたけど。

 

 

「大袈裟」

 

 

 身体を縮こませる私を揶揄うように目を細め、左脚で私の脚を絡めとる。身長に対して、脚は長い方の様だ。予想よりも余裕を持ってふくらはぎの下の辺りを雪雫の脛が擽り、何時の間に上履きと靴下を脱いだのか、器用に裸足の指先で私の上履きを脱がす。

 

 

「ひぁ…っ! あ、あんた…! く、くつしたぁ……!」

 

「あったかい」

 

 

 ピンと張る指先を、裸足の指が一つ一つ挟んでは、熱を均等に奪っていく。

 

 

「あたたかい」

 

「あ…あんた…がぁっ、寒く、して…る、けどっ!」

 

 

 溜まらず緩めた指からボールペンが零れ落ちる。カラカラと机の上を転がり、そして床に落ちたペンを気にも留めず、雪雫は私の手を握った。

 

 

「でも感じるでしょ」

 

 

 揶揄う様な表情はなりを潜め、真っ直ぐこちらを見上げる雪雫。

 

 

「私はここにいるって」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「はぁ……」

 

 

 何時もよりも少しスローなペースで1人書類を片付ける。

 

 心臓に悪かった。

 なんなら今でも少し鼓動が早くなる。あのやけに蠱惑的で、それでいて何処かズレた雪雫を思い返して。

 

 結局あの後、あの子は普通に仕事をし始めた。隣に移動してサボりにくかった…訳では無いだろう。そもそもそんなの気にしないだろうし。それでも体温の奪い合いの後はそれはもう、何時もよりも真面目に取り組んでいた。

 

 

「……様子がおかしい、よね。さすがに」

 

 

 今までにない不安定さというか。

 チラリと垣間見える危うげさ。迷子の子どもを思わせるような、あまり見た事の無い表情だった。

 

 何か話してくれるかなと期待をしてご飯を誘ったものの。

 

「……あまりお腹空いてないから」

 

 と断られた上に先に帰ってしまった。

 

 

「雪雫くらいの年代にはよくある事……だとは思うけど」

 

 

 なんか釈然としない。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 何をしているのだろう。

 

 自問自答の日々。生産性の無い問答。

 この問い掛けに対しての答えを持ち合わせているのなら、そもそもこんな疑問も浮かばない。

 

 

──なぜ歌うのか。

 

 

 ふと投げかけられた疑問は、水面に墜ちた水滴の様に波紋を大きくしていく。

 改めて第三者の目線で自分自身を見つめ直した時、そこに感じた違和感や疑問。

 

 天城雪雫が紡ぐ言葉は、乗せる音には何も無かった。

 熱も、心も、想いも、憧れも。ただ望まれたものを望まれた通りに。この天城雪雫は、己を出力する事は無く、何処かの第三者の代弁者でしかなかった。そしてその代弁者は、支持をこれでもかと集めている。

 

 まぁここまでは良くある話だろう。

 事務所に所属しているアーティストとかならよりありふれた話。要は方向性とアイデンティティの違い、離反、乖離。ロックをやりたかったアニソンシンガーだって居る。ソロの歌手として活動したかったアイドルが居る。皆、ある程度、自身の夢と現実に折り合いを付けて上手くやっている。

 それに比べ、私はフリーだ。マネジメントも受けていない、従うべき事務所も無い。

 

 なら軌道修正くらい訳ない。

 ───あくまでもそれは、代弁者の側面を持たない天城雪雫が存在すれば、だが。

 

 天城雪雫という存在自体、空虚なものでしかない。

 そう、気付いた。

 

 歌に乗せたい想いなんて無い。

 歌に乗せたい願いなんて無い。

 歌に乗せたい熱なんて無い。

 

 無い。無い。無い。無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い。

 だって非合理的だ。求められているのは代弁者である自分。答えが分かっているのに、わざわざ別の答えを選ぶ必要が無い。もしそっちを選ぶ余地があるのなら、それはただのエラーでありバグ。

 

 じゃあ、今までの私は?

 

 歌に出来ないのなら、今までの私が見てきたものは、感じてきたものは何? 紡いだ言葉は? 良かれと思って取った行動は? 何でこれまでの人生が、音にならない?

 

 それは選択してきたと錯覚しているだけで────。

 

 

「────は」

 

 

 そんなもの、人間と呼べますか?

 

 

 

 

 

 閉じていた瞼を開ける。

 

 暗がりの寝室、窓から差し込む月明かり、僅かに湿り気を含んだシーツ、直接触れる肌と肌、伝わるぬくもり、愛しい貴女。

 それでも私の身体は冷え切ったまま。

 

 りせは明日も仕事。年末が近づき特番に引っ張りだこ。

 彼女の頬に手を添えて、指で唇を這わせ、隙間から指を入れる。形の良い歯列をなぞり、舌を弄ぶ。

 

 あったかい。

 冷たい指先が、じんとあたたまる。

 

 しばらくの間、指に纏う粘着質な温もりを確かめて、それでも起きないのを確認すると、私はそっとベッドを抜け出した。

 

 

「つめたい」

 

 

 さっきまで温かった筈の指先。同じ様に自分で含んでみても、心地よさは感じない。

 チョーカーをなぞり、ベルト穴を一つ進める。

 

 

「…………自分でシても、気持ち良く無いのね」

 

 

 与えられるから良い。

 その相手がりせだから良い。

 

 この気持ちだけは、虚飾であってはいけない。

 

 

「……………」

 

 

 でも、自分自身が信用出来無い。

 

 ぱたんと軽やかな音と共に、身体をソファに埋める。

 肌を直接包むファブリック生地。レザー製は嫌い。肌にくっついて鬱陶しいから。

 でもその嫌いという感情が誰のものなのか、もう分からない。

 

 違和感を感じ始めたのは奥村社長の件が片付いたあたり。

 

 当時、何の疑いも無く、それが最良だと信じていた。…………そう、自分に言い聞かせていた。

 

 だって奥村邦和はどの道、破滅していた。

 それなら、最小減の費用で、最大限の効果を得た方が合理的。

 

 

『それが友人の父親でも?』

 

 

 影が集って、形となる。青白い肌、艶やかな金の髪、怪しく光る金色の瞳。おおよそ10代前半を思わせる少女の形をしたアリス(ナニカ)

 彼女は私の瞳を覗き込む。その死人の様な手を胸に添え、生かすも殺すも自分次第だと、嘲笑うように目を細める。

 

 感じない。

 恐怖も、憤りも何も。彼女が触れるその手の温度すら。間に遮るものなど存在しないのに、何も感じない。頬をなでる金色の髪ばかりがこそばゆい。

 

 

「誰であろうと悪人だった」

 

 

 事実だ。

 彼はその野心故に人を蔑ろにした。その肥大化した欲の為に、人道を踏み外した。

 

 

『悪人なら見殺しにしていいと?』

 

「肉体的な死は免れている」

 

 

 これは最良の選択。

 何もしなければ生命活動すら停止していた。それを救ったばかりか敵を炙り出し、次の一手に繋がった。

 

 

『でも奥村春(アノ子)は悲しんだ』

 

「────どちらにせよ、悲しむことには変わりない」

 

 

 実の父親があんなことに手を染めていたのだ。

 仮に口封じが無かったとて、責任からは逃れられない。どの道、割に喰うのは春の方なら、これが最良。

 

 

『なら、その犠牲が久慈川りせなら、貴女は同じことをするかしら』

 

「─────────」

 

 

 犠牲?

 りせが?

 

 正義を成す為の代償が、りせ?

 

 いや、ありえない。だって、りせと過ごす為に。りせが居なければ、意味が無い。正義を掲げる意味が無い。りせが居なければ、私の正義は成り立たない。きっと私は正義を捨ててでもりせに手を伸ばす。誰に邪魔されようと、どんな障害が立ち塞がろうと。だって、りせが居ないと成り立たないもの。りせが居ないと戦う意味を見いだせない。

 

 

──私にとってりせがそうだった様に。今まで戦ってきた人たちだって、もしかしたら誰かにとって………。

 

 

『アハ、ぐちゃぐちゃ……』

 

 

 青白い指が胸の間をなぞる。メスで切開する様に、私の胸中を覗き込むために。

 

 

『価値観も、倫理感も、道徳も、優先順位も。一度天秤が傾けば、脆いものね。好きよ、貴女の事。純粋で、無垢で、穢れ無く───汚しやすい』

 

 

 黄金の瞳に、目を見開く私が映る。

 

 

『自分は盤上を操るプレイヤーとでも? 公正で、公平で、中立な聖人とでも思ってた?』

 

 

 馬鹿馬鹿しい。

 

 吐き捨てる様に魔人は嗤う。

 

 

『命が平等なんてあり得ない。さっさと認めて、堕ちなさいよ。そうすれば貴女の全てを、肯定してあげる』

 

 

 アリス。

 

 私の死そのもの。

 

 私にとって、死は第二の生のスタートでもあった。

 だからこそ、コインの裏表の様に、今を生きる私と死んだ私。2つの精神的側面が同時に存在するのは理解出来る。

 

 しかし、そのあり様はペルソナというよりは───。

 

 

『誘惑、執着、束縛…心が赴くままに。欲望の限り尽くすのがワタシ達でしょう? ねぇ、(雪雫)

 

 

 嗚呼、今夜も眠れそうにない。

*1
ビーチバレーとか

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