PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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133:Why ask for a reason?

 

 

 12月10日 土曜日 曇

 

 

 オタカラへと繋がる5つの鍵。それを守護する五人のVIP。

 一見はただの戦闘能力も持たないただの一般人である彼は、人の皮を被ったシャドウそのもの。

 

 理屈は分からない。

 認知訶学的の応用なのか、もしくは強すぎるエゴ故の思い込みによって成り立っているのか。しかし事実、認知人間である筈の彼らはこうして怪盗団に牙を向ける。

 

 

(……大したことはない)

 

 

 脅威には至らない。

 そう、ウィッチは判断した。

 

 相手は3枚目のカードキーを持つVIP、テレビ局の社長…だったもの。

 部下として従えていた2体の鳥型シャドウ:ガルーダ*1はもう居ない。あとはハヌマーン…社長本人のみ。

 

 

(あくまでも外側が人間の形をしているだけ)

 

 

 それ以外、特別な事は無い。

 人混みに紛れた奇襲ならば手を焼いただろう。

 

 だがベースにしている人間が人間だそれは無い。何故ならVIPは皆、その業界における重鎮で獅童のお抱え。利権の上であぐらをかいた肥えた家畜。自ら手を下すことはまずない。

 

 一歩、踏み出し、手を翳す。

 より鮮明になった魔力の操作。ウィッチには確信があった。一撃で倒せる確信が。

 高純度の呪いの塊が小さい手の平に凝縮される。

 

 

(アイツの事は知っている)

 

 

 ビッグバンバーガーがスポンサーを出していた局のTOPで、奥村邦和の例の記者会見をしたのもそこ。明智特番も大体あの会社。

 戦闘前、彼は奥村の事など何とも思っていなかった。それどころか、最高視聴率が取れたと、実の娘の春にお礼を言っていたくらい。結局のところ、実利でしかないのだ。人に纏わる悲劇も喜劇も、要素でしかない。大事なのは数値が取れるかどうか。そこで働く人たち、関係者、タレントもただの道具。

 

 そんな所で、りせは何回も仕事をしている。

 

 

「────」

 

 

 ギリっ。

 

 幼い口元から不釣り合いな音。

 身近に潜む、幼馴染の平穏を脅かす者へ送る、明確な敵意。

 

 ()()()()()

 

 会話は不要。対話も不要。ただ怒りのままに、望むままに。その名を呼ぶ。

 

 

「アリ───」

 

 

────さっさと認めて、堕ちなさいよ。そうすれば貴女の全てを、肯定してあげる。

 

 

 望む、ままに。

 

 

────欲望の限り尽くすのがワタシ達でしょう?

 

 

「………っ。ジャンヌ・ダルク……!」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

「おっつかれ~!」

 

 

 杏が高らかに、オレンジジュースが入ったコップを掲げる。その隣で一心不乱にお菓子を食べる祐介。

 

 所謂打ち上げだ。

 学校に行けず、自由が無くなってしまった蓮の為の。

 

 怪盗団リーダーの獄中自殺。彼に対する世間の認識はソレだ。国家転覆を狙う国賊として目の仇にしていた大物が、まさか脱獄したなんて正直に言えば混乱を招くのは明白。大方、獅童は真実を隠したまま、秘密裏に処理をするつもりだろう。

 したがって、記録上は死亡している蓮が学校に行ける筈も無く、今は引き籠って双葉とゲーム三昧。

 

 だから毎回、メメントスであってもパレスであっても。その後は皆でパーティーをするのが最近の流れであった。

 

 

「あれ、雪ちゃんは?」

 

「あーなんか」

 

 

 用事があるから帰るってよ。

 

 

 

 

 

 

「失礼。武見女医で相違無いでしょうか?」

 

 

 以前に…おおよそ1週間ほど前。

 その人は診療所に訪れた。

 

 なんの冗談かと思った。診療所の前にリムジンが止まったと思ったら、出てきたのはピチピチのライダースの上に白いコートを着た美麗な女性。

 

 

「…………恰好の事は触れないで頂けると助かります」

 

 

 この女性の事を私は知っている。

 記憶の中の彼女からは随分と大人びているが、纏う雰囲気、切れ長の眼、特徴的な赤い髪は変わらない。

 

 桐条美鶴。

 桐条の現当主。桐条と言えば日本が誇るトップ企業で、以前に勤めていた辰巳記念病院だってその系列だ。

 

 こんな町角の診療所に来るような人種じゃない。

 少なくとも平時では。

 

 

「雪雫のことね」

 

「………話が早くて助かります」

 

 

 渡されたのは封筒一つ。

 有り体で言えば、診断書。

 

 

「こんなもの貰わなくても……」

 

「ええ、貴女はご存知でしょう。天城雪雫の主治医として。異常が無いか、病気の再発は無いか。恐らく、ここに来るどの患者よりも入念に、丁寧に見てきた。しかしそれはあくまでも通常の規格に合わせたものに過ぎない」

 

「……………」

 

「だが天城雪雫は普通じゃない。それは貴女も承知の筈。彼女は足しげく通い、貴女に近況を話している。それこそ、久慈川りせですら聞いていない事まで」

 

 

 雪雫から語られた荒唐無稽な真実の数々。

 シャドウ、メメントス、パレス、ペルソナ、怪盗団……ええ、確かに全て知っている。

 

 

「だからこそ、貴女に敬意と真実を」

 

 

 ペらり。と紙をめくる。

 一枚目は身長体重などの基本的な情報。まぁ知っての通りだ。彼女が上京してきた春先の頃から……いや、あの時から変わっていない。

 

 また一枚めくる。

 今度は身体の内々のこと。要は内臓機能の項目は………全て空白だ。

 

 

「計器異常ではありません。勿論、計測していない訳でも無い。空白こそが正常。要するに、天城雪雫にはおおよそ、内臓と呼べるものが無い」

 

「────は?」

 

「本来の機能に類似するモノは持ち合わせているのでしょう。しかし、それは科学的には証明が出来ず……」

 

「ちょ、ちょっと待って。雪雫の身体がおかしいのは知っている。でもそれはあくまでも回帰する現象であって、そもそもの人としての前提は……」

 

「その前提がそもそも違うんです」

 

 

 曰く、桐条美鶴は天城雪雫を人としてでなく、シャドウワーカーが確認している人外的存在…即ちシャドウやアンドロイドに類するものとして分析をしたとのこと。

 

 

「人としての天城雪雫は、2010年2月1日に死亡している。……我々の戦いの裏で」

 

 

 桐条美鶴は切歯扼腕(せっしやくわん)*2といった様子で呟いた。

 

 

「しかし彼女は蘇った。それは運命か、それとも奇跡か。黄昏の羽根。死した彼女はそれを取り込んだ」

 

 

 黄昏の羽根。

 

 雪雫が死亡した同年1月31日に降臨した終末をもたらす夜の神、ニュクスの一片。ニュクスの本体である月の表面から剥がれ落ちる羽根には、物質と情報の中間の特性をあわせ持ち、命の本質にも関わる───。

 

 ダメだ。

 桐条美鶴から告げられたことを情報として処理しようとしたが、理解が追い付かない。

 

 

「……混乱させて申し訳ありません。羽根に関しては、まだ未知の領域が多く、我々も全てを知っているわけではありません。ただ羽根を利用すれば、通常は動かせない機械でも動かせ、アンドロイドに心を持たせることも、人間に新たな人格の形成も可能。荒唐無稽を実現する超超高密度なエネルギー体…とでも思っていただければ」

 

「…そんなものが、雪雫の中に………?」

 

「羽根は物質であると同時に情報でもある。回帰、と言いましたね。素晴らしい慧眼です。彼女が羽根を手にした時の身体情報。即ち、2010年の2月1日の天城雪雫。黄昏の羽根はその情報を元に、宿主を修復していく。それが、貴女の言う回帰のからくりです」

 

 

 話を戻しましょう。

 桐条美鶴はそう淡々と口を開く。

 

 分かっているんだ。

 私が脳内が理解を拒んでいる事を。分かっている上で、一方的に情報として伝えた方が良いと判断している。それは信頼ゆえか、それとも内に秘めた雪雫への想いを見透かしているゆえか。

 

 

「しかしこれだけでは説明がつきません。黄昏の羽根は死した天城雪雫の身体を参照している。即ち、外見の回帰は可能でも、停止していた中身の身体機能までは修復が不可能」

 

「……つまり、死んだ時点でそれらに変わる何かは持ち合わせていた」

 

「もしくは、まだ知る由も無い機能が、黄昏の羽根にあるか」

 

 

 人間の場合の唯一の過去事例…皆月ですら、身体の成長は確認出来たし、恐らく傷の治りも人より早い程度。

 アイギス達の場合もそうだ。羽根を無尽蔵な永久機関として、稼働こそはしているが、機体に損傷があれば修理が必要。羽根が元に戻すなんて事は無い。

 

 

 そもそも死んだ人間に黄昏の羽根が取り込まれた事自体……いや、取り込んだ上で蘇った事が初の事例だ。

 生きた人間でも無ければ、無機物でも無い。死という空虚がもたらした例外。

 

 

「通常の計測で異常が確認出来無かったのは、天城雪雫が無意識下で誤魔化していたからだろう。その時々で、自分に都合の良い様に代わる何かを形成していた」

 

「そんな事が可能なの?」

 

「医師である貴女にこんな事を言うのは憚れるが、私はそれを魔力によるものだと考えている」

 

 

 ペルソナの力を行使するのに必要なエネルギー。もしくはそれらに類する科学的に解析不能な力の総称。

 

 

「天城雪雫の魔力操作は他に類を見ない程です。現実であってもイセカイであっても、自らを影に同化させたり、魔力で一時的に物体を創り出したり……。まるで始めから備わっていた身体機能の一部の様に扱う。これらは我々に属する数名の情報処理型のペルソナ使い達が確認している」

 

「それで心臓を始めとする内臓を生成していると?」

 

「理論上、彼女に食事は必要無い。睡眠も。人間が生命維持として行っているものは一切不要。だが彼女はその実、よく食べ、よく眠ると聞きます。……先程も言った通り、本来の機能に類似するモノ…それが魔力」

 

 

 つまり。

 

 黄昏の羽根によって外見を維持し。

 魔力によって空っぽな中身を満たす。

 

 それが、天城雪雫という人外です。

 

 

 

 

 

 再び同日 夜 雨

 

 

 桐条美鶴の話が真実ならば、今目の前に居る雪雫にとって、飲むという行為は無駄でしかない。

 

 それでも彼女は紅茶を飲みたいと言った。おおよそ、味わうといった普遍的な機能は無い筈なのに。だが彼女は「美味しい」という。きっと口に含んだソレを情報として処理をしているのだ。きっと、今までもそしてこれからも、彼女はそうやって無駄を楽しむのだろうか。

 無駄を楽しむというのは実に人間らしい。その点では、今の彼女はとても人間だ。

 

 だけど、雪雫がこの行為すら無駄だと気付いた時、彼女は人間で居られるのか。

 

 

 ずぶ濡れの彼女が家に来たのが1時間前。

 

 いつもの瞳は不安に揺れ、小さい背中はより小さく見えた。

 雨に濡れて頬に纏わり付いた髪が、水気を含んでピタリと密着した制服が、少し蠱惑的だった。普段は見せない不安定さが、余計にそれを助長させていた。

 

 お風呂に入れ、制服やら下着やらを乾かしている間は服を貸した。案の定、サイズが合わなくて、シャツはワンピースみたいな丈になっていて、襟からは貧相な身体が垣間見える。

 

 

「あったかい」

 

 

 ホッとしたように雪雫は言う。

 

 

「今日はどうしたの?」

 

 

 分かり切った質問を、三度投げかける。

 

 泊めて。

 そう玄関先で言った雪雫は、返事を待つ事無く家に上がり、私に抱き着いた。なんでも、今日はりせさんは帰ってこないらしく、1人で居るのは寂しいと。

 

 それならば、怪盗団(あの子達)と居たらいいじゃない。と言えば

 

 

「妙なら何も聞かずに置いてくれるから。何も食べなくても、寝なくても、何も聞かないでしょ」

 

 

 と微笑む。

 

 そう言われてしまうと、これ以上の質問に意味は無くなってしまう。

 

 

「何も考えたくない。何もしたくない」

 

 

 果たして、今の雪雫と過去の雪雫はイコールなのだろうか。生まれてから死亡するまでの雪雫。死亡してから今日までの雪雫。彼女は正しく二つの生がある。

 黄昏の羽根がもたらすものとして確認されている人格の形成。今の雪雫はそれらが創り出した新しい雪雫であって、死亡以前の雪雫はもう居ないのではないか。

  

 記憶の連続性は確認出来ている。しかしあくまでもこれは情報としてのみ。

 ゲームに例えるのなら、元データとは別のスロット2に上書き保存している様なもの。スロット1のデータは更新が止まり、連続した情報を有するスロット2が更新され続けている。

 それは明確に、全く、完全に、100%同じものと言えるのか。

 

 

「ただ、私を求めて欲しい。それで私は私を保てるから」

 

 

 紅い瞳から一筋の涙がこぼれる。

 

 

「………はいはい」

 

 

 いや、無駄な思考はよそう。

 天城雪雫は天城雪雫だ。今目の前に居るのは、過去から今まで一つの個として存在する雪雫そのもの。

 

 歳不相応に達観していて、大人びていて、かといって我儘で、脆くて、怠惰で。ちょっぴり面倒くさい少女。

 そしてそんなこと、全てどうでも良くなるくらい、綺麗。

 

 

「仰せの通りに、お姫様」

 

 

 頬に流れる涙を、そっと唇で拭き取った。

*1
双葉の解析により判明

*2
歯を食いしばり、自分の腕を強く握りしめること。転じて、非常にくやしがったり、怒りや無念の気持ちが抑えきれない様子

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