PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
『──個を持たぬ傀儡には早々に退場を願おう』
乾いた音と火薬音。
腹から流れる夥しい血。
白を汚す赤。
「てめぇ…! 明智!!」
「油断するから、だ。ねぇ、シドウさん」
『貴様らがカードを切らなかった様に、私もまた全ての手札を見せた訳ではない』
膝から崩れ、力無く地に堕ちる…寸前でクイーンが抱き留める。
前に感じた時よりも冷たい身体と、虚弱な意識が鮮明にクイーンに伝わる。
『そして──』
シドウは宣言する。
まだまだこんなものでは無い、と。
一度服を脱ぎ捨てれば筋骨隆々の肉体が顕わになった。
その背に鬼神の如くオーラを宿して。
『ここからは私自ら潰してやろう! 貴様ら怪盗団をな!!』
「………くっ」
ウィッチを守る様に抱きしめながら、クイーンは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
不味い。
雪雫はシドウ本体の強さを危惧していたが、まさかここまでとは。
それに加えて、明智吾郎。正直、王獣の方がマシだったと言わざるを得ない。
敵の質は上がる一方で、こちらの戦力はダウン。攻めの要である雪雫は瀕死。
(どうする………)
撤退の二文字が脳裏に過ぎる。
勝てる見込みはあるだろう。人数差で言えばまだこちらが有利。しかし、雪雫がいつまで持つか。
(雪雫を連れて私だけ逃げるか)
いや、シドウだけでこの圧。それに加えて明智が居る。一人で逃げ切れるほど、甘くは無いはず。
「……真…」
どうする。どうするどうするどうするどうする。
「真」
敗北を認めるか。
いや、そうすれば元も子もない。全滅だ。しかも私達だけでなく、家族、友人、協力者に至るまで──。
どうする。
最善の選択は。どうすればこの場を切り抜け──。
「真……!」
ぺちん。と小さな手が真の頬を撫でた。
添えられた親指が、そのまま唇をなぞって、口を割って入り鉄の味を広げる。
そうしてようやく、現実へ意識が引き戻された。
「離して」
「え、あ…ちょっと……!」
腹からは未だに血が出ている。動く度に溢れ出るその量は、意識があるだけでも奇跡なくらい。
だと言うのに、雪雫は真の腕を抜け出し───。
「邪魔」
明智を魔力で吹き飛ばす。
膨大な魔力に圧された明智は船の壁をそのまま突き破り、姿が見えなくなった。
「認知上のアケチ、でしょ」
『…………ほう、愚民にしては頭が回る』
「そりゃ分かる。本物だったら黙って従う筈が無い」
よろよろ、覚束ない足取りで、しかし自分の力で鎌を拾って立ち上がる。
「ジョーカー」
「……大丈夫なのか?」
「見た目よりは大丈夫。人より少しだけ、頑丈だから。それより」
信じられない目付きの真を一瞥。
そして再び前を見据える。
「アケチは私が。皆と残ってシドウをお願い」
そう言い残し、音を置き去りに駆けだす。
アケチを飛ばした方へ。
▼
あたたかい。
血が巡るというのはこの事か。
空っぽな身体が満たされる様。生きているって初めて実感する。
あつい。
心の内で沸々と湧く感情。血よりも熱く、ドス黒い気持ち。
船内に降り立ち、辺りを見回す。
人っ子一人いない、空っぽの船内。
しかし、明確に感じる敵意。
場所としてはちょうどスチームパンクさながらの、パイプが複雑に絡まる心臓部の近く。
その陰から鋭利な刃物と共に、シャドウは飛び出し──。
「っ」
ウィッチの鎌に受け流された。
「さすが、シャドウ。ピンピンしてる」
「そういう君もどうなっているんだ…天城雪雫!」
どうってことない。
ウィッチはそう考える。
認知人間:アケチゴロウ。
獅童正義に従う冷酷な執行人……という認知によって生まれたものだろう。
数回、レイピアと鎌が交わり、そしてまた距離を取る。その際、アケチが取る行動は銃でのけん制、そして急所を狙った狙撃。
(ペルソナは出してこない)
正確に言うと出せない。
明智が獅童の寝首を掻こうと画策していたのを鑑みるに、恐らくペルソナの詳しい詳細は話していない。だから近接はレイピアだし、遠距離も銃撃だけ。
そしてそれは廃人化の手口も。詳細を知らないから、獅童は自分の知識内である程度補完する他ない。
つまり、戦闘能力に関して言えば、オリジナルに到底及ばない。
それに加えて
──愚息を討った女か!
そう、シドウは言った。
知っている。彼は明智が私に負けたのを知っている。その認知が、脳裏に染みついている。
だから他のメンバーなら不確定だが。
「私が負ける事は無い」
天城雪雫は久方ぶりにその名を呼んだ。己の欲を増長させ、満たし、肯定することを良しとする
影から這い出た彼女は、おおよそ、人間に振るうものと規模とは思えない呪力を解き放つ。
「──マハムドオン」
楽しい。
その心の機微が、アリスにブーストを掛ける。
雪雫自身、戦いを楽しいと思う事は初めてだった。そして実感する。
「私は、お前の事が嫌いだ。明智吾郎」
だから楽しい。
嫌いなやつを嬲るのは楽しい。それはもうどうしようも無く。
「傀儡でありながら、最後の最後で自由になったお前が嫌い」
最後の戦いで、明智は全力を尽くしていた。
全力で己の欲を開放していた。
嗚呼、それはとても気持ちいいでしょうね。
「傀儡でありながら、抗っていたお前が嫌い」
与えられた役割を全う出来ない出来損ない。
「惨めになる。自分が、凄く。───晴らさせて貰う。鬱憤を」
▼
背後で鳴り響く爆音、空気から伝わる重々しい呪力。
雪雫が好き放題暴れている証拠だ。
「あんの様子じゃ…」
「大丈夫…そうね」
スカルとパンサーの言葉に思わず吹き出してしまう。
流石は、どの物差しでも計れない規格外の少女。きっと、素知らぬ顔で戻ってくるだろう。
そして。
「どうした、シドウ。──その程度か」
こちらも。
『……グ……まさか…。あの時のガキが……ここまで………』
地に這いつくばるのはシドウ。それを見下すのは雨宮蓮。
『まだ…だ。まだ、終わらない!』
さらに筋肉が盛り上がる。怒りが血となり身体中を巡り、シドウの肌を赤紫色に染め上げる。
『こいつ、まだ!』
100%の敵意と共に、射殺さんばかりの目付きでジョーカーを睨み付けるシドウ。
「手を出すな」
ここは二人だけの決戦の場。
過去から積み重なる、長き因縁の執着。
「サンダルフォン!」
見届けるのは大天使であり、天界の書記官。
立会人にはこれ以上相応しいものもいないだろう。
『小僧!』
「シドウ!」
力任せに、それでいて正確に。一撃一撃が必死の拳。空を切り、空間を音を置き去りにする打撃が次々に繰り出される。
ジョーカーとてまともに貰えばそのまま敗北に繋がるのは分かっている。だから最小限の動きで避ける。そう、雪雫が行っている様に。
彼女は言っていた。こういう単純な手合いは、間合いに入れば容易いと。
(…ふっ。簡単に言ってくれる)
次の拳が空を掠めた時、ジョーカーは反撃に移った。
腕が伸びきった瞬間に、関節を狙っての蹴り上げ。
シドウ、怯む。
腕全体が痺れ、行動が想定の1秒遅れる。
「剣の舞!」
一瞬の隙を切り開く様に、空に現れた剣達がシドウを襲う。
それでも、シドウは倒れない。
致命的な攻撃であっても、致命傷にはならない。
『ぎ、ぐが…まさか……こんなぁ……!』
再び、爆発音。
今度はすぐ近くだった。
発生源へ視線を移せば、そこに居たのは五体満足のウィッチ。
「アケチはどうした?」
「なんか消滅した」
崩壊した客室、その瓦礫の上に足かけ、こちらを見下ろしている。
『こんな、小僧たちに──』
「終わりだ、シドウ」
大天使が羽根を羽ばたかせ、宙を舞う。手に持つ書物を開き、書き込む様な素振りを見せると、静かに本を閉じた。
瞬間、空間を満たす夥しい魔力。これが最後の一撃だと、決着の瞬間だと誰もが、そう感じる。
「───メギドラオン」
▼
同日 夜
「今回の当選は、国民の皆々様のお力添えの賜物と──」
獅童正義の圧勝ムードは留まる事を知らなかった。
混迷を極める現代社会において、確固たる個を持つ指導者の登場は偶然では無いのだろう。
だからこそ、彼は一早く当選を確定させた。
そのうちに、秘めた欲望を持ったまま。
(勝った)
そう思った。
選挙にではない。怪盗団に、だ。
怪盗団の今までの動向を見るに、最終期限の前日を決行日とし動いていた。今回の場合、開票日が18日であるならば、17日に決行…といった様子で。今日になって電波ジャックをしてまで予告状が流れたことには驚いたが、大方作戦に失敗した事による焦りからだろう。上手くいけば私が焦って身を隠すかもしれない。当選を辞退するかもしれない。そういう見込みが透けて見える。
相手はただのガキどもだ。何を身構える事がある。
さぁこの後はやらなければならない事が山ほどある。まず手始めに、怪盗団の残党を1人ずつ裏で処理してやろうか。
「身に染みる思いで───」
言葉が詰まる。
溢れんばかりあった筈の力と、欲が衰弱していくのを感じ、立つのが難しくなっていく。
「獅童さん!」
側近の議員が駆け寄り、身体を支えた。
周りはまさか。と口々に言っている。
「まさか……? ────まさか!」
・
・
・
『私が、敗けるなど……』
シドウは頭を垂れる。
「立場逆転」
「多くの人を廃人化させた罪……。生きて償ってもらわないとね」
まるで赦しを請うように。
「オチる前に、うちのリーダーに、なんか言うことあんだろ?」
スカルがシドウの胸倉をつかみ、詰め寄る。
人のために本気で怒れる。それは彼の美徳とも言えた。
『認めよう…。お前に罪を着せたよ。保身のために、なすり付けたんだ…すまなかったな……』
シドウは予想に反して素直に謝罪をした。
欲が無くなったシドウは、それはもうスッキリした顔で、憑きものが落ちたように笑っている。
心の何処かで、ほんの少しでも罪の意識に苛まれていたのだろうか。
「全ての罪を告白しろ」
『……ああ、約束しよう。……ふっ。破れるか、この私が……』
シドウが敗北を宣言したその時、頭上に現れるオタカラ。それは黄金で出来た舵輪。
「なんと傲慢な……!」
それは己が国の舵を取るという驕り。驕りから来る、脅迫にも似た義務感。それがシドウを狂わせていたのだ。
『私が、国の舵取をしなければ、ならない。国は、人の手で動かさなければ、ならない……!』
「まだ言うか!!」
『ハハッ。精々楽しめ。これより来るのは、人の時代ではなく───』
そうしてシドウマサヨシは虚空へと消えた。最後の最後まで傲慢な気性を見せて。
要するに、その傲慢さがシドウの美徳であり悪徳だったのだろう。過程が違えば、もしかしたらノブレスオブリージュに燃える良き大人になっていたかもしれない。
(……まぁ)
シドウの傲慢も、怪盗団の正義も、私に欲望も。
全ては御業の前の些事に過ぎないのだが。
獅童編、短かったネ
船が爆発するシーンのとこの竜司の活躍はありません。
だって船爆発しないし…。
あれって獅童が改心されたの気付いて、怪盗団を道連れにするために、仮死状態になる薬を飲んだことによって、パレスが崩壊したって流れなのでね。
雪雫さんの思い付きで作戦日を開票日にしたから、そんなもの当然飲んでる暇も無く。
その結果、一同は危うげなく安全に船を脱出。竜司の見せ場は無くなった、と。
これがバタフライエフェクトだ(ドンッ)