PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
メメントス 寛容奪われし路 最深部
「っと。ここまではあんま変化無かったな」
スカルの言う通り、ここまでは何時も通りであった。シャドウが闊歩し入り組んだ悪路に、導かれる様に地下へと進む地下鉄。強いて言うなら、その本数が僅かに多い様に感じたくらいか。
そしてここ、メメントス最奥のホーム…少なくとも昨日時点では、だが。
メメントスに入ったその瞬間、全員のナビに届いた「最深部が解放された」というメッセージ。
それは機械的なメッセージに過ぎないのか、はたまた誘っているのか。
「──開いている。この間まで、壁に塞がれていたのに」
「今まで何度もこの手の入口は開けてきたけど……」
「来る前から開いてるってのは初めてだな」
クイーンがさらに地下へと繋がる階段を見つけ、ポツリと呟く。
「雪ちゃんだね。この先のエリア…もっともっと下の方に、反応を感じる」
女性らしい曲線美と人工衛星のような異形の頭部を持つ、ペルソナ・ヒミコ。
彼女の腕に包まれながら、久慈川りせは眼鏡をくいっと得意気に上げた。
「その眼鏡…なにか特別なものだったりするんですか? メメントスに入ってからずっと付けてますけど」
確かに久慈川りせの眼鏡姿は中々に新鮮だ。テレビや雑誌でも掛けている所は見た事無い。
シャドウワーカーが作った、シャドウに特化した機能でもあるんだろうか。
「あーこれ? うーん、特別っちゃ特別だけど。ここでは特に機能は無いよ。ただ…そうだね、お守りみたいなものかな。大事なものを見失わない様にするための」
「……いいですね、ソレ。似合ってます」
「ふふん、りせちーだからね。何でも似合うんだよ」
りせの言葉で怪盗団の面々の表情は和らぐ。突入時は肩に力が入り、緊張していた皆の顔が。
(……これが先代のペルソナ使いか)
桐条美鶴もそうだが、やはり精神的に成熟していて安定している。
(一番焦っているのは、自分だろうに)
余程の修羅場を経験したのだろう。
そう感じさせるほど、正しく大人として俺達の精神的な負荷を軽くしてくれている。雪雫が彼女の事を明星と言っていた理由が良く分かった。
「うひー。良く雪雫だけの反応拾えるなぁ……。こんな意思とか存在とかがぐちゃぐちゃに乱立しているこの世界で」
この先、もっとぐちゃぐちゃだし…。と肩を落とすナビ。
「愛だね」
「愛スゲー」
どうやらペルソナ使いとしても一枚上手らしい。
「……さて、と。休憩はこんな所で」
「ああ。先に進もう。きっとセツナの事だ。腹空かせて待ってるぜ!」
一歩、一歩。踏みしめて、道が続いている事を確かめながら、降りていく。
まだ見ぬエリア。
未踏の地へ。
「これは──」
まさに終点駅…といった様子だった。
だだ広い空間に、左右には規則的に停車した列車達。列車からはぞろぞろとシャドウ達が降車し、さらに先の、壁の奥へと進んでいる。
「なんだ、こりゃ……」
「幾度となく見かけていた列車…。連中の目的地はここだったという事か」
「待って、シャドウが出入りしているって事は…この先もまだ……」
「空間が広がってる。これは…壁じゃなくて巨大な扉、だね。雪雫の反応は……うん、このもっと先」
なんだ、これ。
りせの報告に次いで、ナビが首を傾げる。
「この扉…こちら側からしか開けられないな」
「どういう事?」
「解析してる最中、これの構造がちょっち見えた訳だが……。扉と言えば聞こえはいいが、構造的には一方通行」
「──つまり入ったら出られない」
まるで檻だ。
誰もがそう思った。
その扉に近づけば難なく開いた。餌を待つ怪物の口の如く、入る者は拒まないらしい。
だがそれで引く理由にもならない。
少なくとも、雪雫がこの先に居るのは確かなのだから。
「──気味が悪い」
パンサーは思わず身震いを覚えた。
それほどまでに、目の前の光景は常軌を逸していたのだ。
扉を潜った先には強大な空洞が広がっていた。
空洞の縁に沿って螺旋階段の様に路は続き、空洞の中心には樹木の根のような、はたまた人間の血管のような赤い管が集約され、底が見えない深淵に続いている。
「メメントスの端々に伸びていた気味悪い管は…この下から伸びていたのか………」
「て言うか何なの…この光景。どういう歪み?」
「メメントスは大衆のパレスって話だったよね…? それなら、皆は世界がこう見えているってことなのかな?」
「分からん…。この光景も…セツナの事も……。メメントスが大衆のパレスで、コアがオタカラとするならば、セツナは大衆のオタカラ…という事になる。何故だ、何故、普通の女子高生である筈のセツナが……」
「人気歌手だから…だけじゃ説明が付かないよね……。第一、それならりせさんとか、他にも候補が……」
「みんな、思慮深いのは良い事だけど、考えすぎ。ここで足を止めても、答えは出ないでしょ? 先に進めば自ずと───待って」
その時、メメントス全体が大きな振動に包まれた。
「う、わっ。何これ……! 地震……!?」
「違う! 自然現象じゃない! コアのエネルギー膨張を確認! ……! 嘘……。雪雫の反応が最深部全体に拡大! これは……地形が変わる…!」
振動は増し、足元には亀裂が走る。
皆立っているのがやっとの状態で、安全地帯へ避難するには、ほんの数秒気付くのが遅かった。
「足元が崩れ───」
りせの言葉が最後まで紡がれる前に、先に足場は崩れ去る。ガラガラと音を立てて深淵と落ちていく瓦礫。皆に訪れる急な浮遊感。
「やばっ──」
そして、落下。
「嘘だろぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
「し…死ぬー! ワガハイ、死んじゃうー!」
叫びは虚しく、悲鳴は無意味。
ただただ、誘われるがままに。
落ちる感触はありませんでした。
堕ちた感覚はありました。
海溝よりは浅く、洞穴よりも深い穴。
行きつく先は地の底。
万人惑わす、不思議の国。
▼
明かりも殆ど灯っていない暗がりの廊下。
その一番奥の部屋から、僅かに光が漏れ出ている。
設立当時はエルゴ研の遺物の解析で頻繁に使われていたらしい。しかしそれも落ち着いた現在、ここはエルゴ研のあんな物やこんな物……要するに曰く付きの珍品を厳重に保管するだけの倉庫。
しかし、ガラクタの保管以外にも用途はある。
いや、最近出来た。
ここの良い所は、外も内もセキュリティが万全だという事。そう、監獄代わりにピッタリなのだ。
「少し瘦せました? 明智さん」
「………芳澤かすみ…か。何の様だ」
まるで削ぎものが落ちたように穏やかな雰囲気の明智吾郎。以前会った時のような獣のような殺意も、その狂気も感じない。
雪雫にボッコボコにされたからなのか、それとも獅童が改心されたからなのか。
「殊勝な態度ですね。関心関心」
「前置きは結構。要件を話してくれないか? 君だけがここに来たと言う事は、個人的な話があるのだろう? 実質的な観察保護中の君に犯罪者の拘留を解く権限は無いだろうからね」
なるほど。少なくとも自分の立場というものを理解しているらしい。
獅童の改心は明智も知っている。雪雫から伝えてほしいと、美鶴さんが頼まれていたからだ。そしてそれは明智にとっての死刑宣告と言い換えてもいい。指示役の獅童が全て話せば、同時に明智の罪も確定することになる。親子揃っての地獄行き。……本来はそうなる筈だった。
明智自身もすぐにそうなると構えていた筈。だが待てど待てどもシャドウワーカーによる拘留は解かれない。
そして予感する。何かイレギュラーが起きていると。
その予感は今ここで。私が来た事で確定した。
なるほど。マッチポンプ探偵と言えども、頭は回るらしい。
「欲望を暴走させるその力を利用させてもらいます。───私と一緒にメメントスに来てください」
「………へぇ?」
▼
「おい…オマエラ……生きてるか?」
「な、なんとか……」
落ちたと思えば、接地による衝撃は無い。しかし確かに数十秒に渡って落下したという感覚だけが身体に残る不思議な体験。皆それによる精神的な摩耗は見て取れるが、幸い五体満足の様だ。
「ここは……」
「分からん。だが見た通りの感想を述べるなら、森…の様だ」
「は、森だぁ?」
自分達を覆い隠さんとする背の高い木々。風に揺れ、音をざわめかせる枝葉達。僅かに差し込む木漏れ日。木漏れ日を避ける様に繫殖したキノコ群。フォックスの言う通り、おおよそ森と言われて一般的に想像する様な要素が揃っている。
最も周りの木々の1つとして同一じゃない色と、キノコと呼ぶには余りにも大きすぎる容姿に目を瞑ればだが。
「現実…ってワケじゃないよね。植生がおかしいもん」
木々もキノコも、隙間を埋める様に咲く花も。その品種、特徴は全てバラバラで一切の統一性が無い。
ノワールが言うには、子どもが森と想像して思うがままに描いた絵の様だと。
「この自然の法則を無視した感じ………」
「……ああ、パレスみたいだぜ」
「2人とも…それ、当たりかも」
ヒミコを顕現させたりせがポツリと呟く。
「私達の座標はさっきから一切移動してない。あの大穴の空間も、この森も。位置としては同じ場所。メメントスは大衆のパレス…そうだったよね? なら……」
「大衆の認知が変わった?」
「もしくは………」
「マジか!」と突如として声を荒げるナビの声。彼女も彼女なりに解析を進め、何か分かったらしい。
「分かる。私でも分かるぞ…! このメメントス全体を包む、この雪雫の気配…! パレスだ! 大衆の認知が雪雫の認知に上書きされたんだ!」
「まさか…! そんなことが可能……なのか?」
「可能…なんでしょうね。少なくとも、雪雫はそれに近い事をやってきていた。こうしてパレスが出来た以上、私達の知らない雪雫がまだ存在する」
なぜ。真意は。本人の意思か。それとも。
苦々しく語るクイーンの脳内を、無数の疑念が埋め尽くす。
「何でこんな事をしているのか。ううん、そもそも何で、雪雫が認知の書き換えが可能なのかは分からない。でもそれを解明する為に、雪雫の真実を知るために私達は足を進めなきゃ行けない」
それはまるで自分自身に言い聞かせている様にも見えた。
臆する心を、竦む足を鼓舞する様に、クイーンは語る。
「うん。うんうん。とても良いよ、皆。そんな道なき道を進もうとする若人達に、りせちーが導を与えよう」
満足気に頷くりせは終始朗らかに、それでいて瞳の奥に静かなる決意を秘めて。クイーンの肩をポンと叩く。
「このメメントス……うーん、ワンダーランドって呼称しよう! 改めてこのワンダーランド全体に感じる雪雫の気配。これは皆が言う主に相当するんだけど。それとは別に一つ。雰囲気は違うけど雪雫の反応を感じる」
「主とは別のセツナの気配……? シャドウとかか?」
「それは分からないけど。でも少なからず手掛かりになると思う」
まずはそこに行ってみない?
そう、りせは良い笑顔と共にウィンクを飛ばした。