PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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140:Angel fall.

 

 

「……は、破滅って…………」

 

「デタラメだろ! 俺達が望んでいる様に見えるかよ!?」

 

 

 アリスの言う人類のネガイ。

 それは俺達が望む物とは真逆の結末だ。

 

 

(……雪雫の一部とは言え、アリスが善良の存在とも思えない)

 

 

 こちらに味方をしてくれているのは、雪雫の在り方が望まない方向へ傾いたからというだけである。

 アリスが求めるのは、欲を謳歌する雪雫であり、言い換えればパレスの主達の様な状態。それを良しとし望むのであれば、最早アリスは悪魔の類と言える。人を誘惑し、破滅させ、それを楽しむ悪性の存在。

 

 

(自分の都合の良い方向へ傾く様に、誘導している可能性も……しかし)

 

 

 嘘を言っている様にも見えない。

 

 今の雪雫が「究極の利他」であるならば、アリスが望むのは「究極の利己」であろう。

 仮に、今の雪雫を完全に否定し、「究極の利他」を排除した時、雪雫に残るのはアリス(膨大な欲)のみ。

 

 それがアリスの望みであるならば。

 

 

「いや、信じよう。ここで嘘を言うメリットが無い」

 

 

 アリス単体では雪雫を取り戻すことが出来ない。だから俺達が来るのを待っていた。

 つまり雪雫を取り戻すまでは利害が一致しているという事。

 

 

『────信じてくれて嬉しいわ』

 

 

 またも三日月の様にアリスの口元がつり上がる。が、その黄金の瞳は笑っていない。

 まるでこちらを品定めするかの様に。

 

 

『破滅と言っても貴方達が想像する様なモノじゃない。石を穿つ水滴の様に、コンクリートを蝕む蟻の様に。ゆっくりと、時間を掛けて、気付いた時にはもう手遅れ…そんな破滅』

 

 

 まぁ実際に見て貰った方が理解しやすいわ。

 アリスはダンスホールに誘う様な視線で目の前の扉を示す。

 

 ここはワンダーランドの底の底。アリスの話を旅の肴にして、やっとのことたどり着いた最深部。

 りせさんも、ナビも。この先が打ち止めだと、これ以上のメメントスの拡張は無いと告げている。

 

 つまり、大衆のネガイの果て。

 

 

「この先には何がある?」

 

 

 俺は問う。

 悪魔は嗤う。

 

 

『監獄』

 

 

 

 

 

 

「不思議の国、ね」

 

 

 くだらない。

 吐き捨てる様に明智吾郎は周囲の光景を一瞥した。

 

 

「メメントスの最深部がこんなになっていたなんて……」

 

「いや本来は別の姿だったんだろう。天城雪雫の認知がそれを書き換えた」

 

 

 合ってるかな?

 

 明智の視線の先……アリスは優雅に微笑みながら頷きを返す。

 

 

「それって雪雫は世界全体をこう考えているってこと?」

 

『えぇ、ご明察よ。芳澤かすみ』

 

 

 ふむ。と芳澤は顎に指を添えて考え込む。

 

 

「どうかしたのか?」

 

「いや雪雫って案外、怖がりなんだなって思って」

  

 

 かすみの言葉に、明智は眉間に皺を寄せる。

 

 

 どういう意味だ。

 

 

 表情がそんな疑問を如実に語っていた。

 

 

「童話のアリス…不思議の国のアリスってあるじゃないですか。雪雫ってアリスのこと怖いらしいんですよね」

 

「ふぅん。その怖いアリスを世界の認知に当て嵌めている……と。つまり、世界そのものに恐怖を感じている……という事か」

 

 

 あの雪雫が……と最初は思ったが、明智はその考えを止めた。

 そういう捉え方も出来るか。と、考えを改めたのだ。

 

 

「……なるほど。ようやく合点がいったよ。彼女が他者意識への隷属を良しとする、その理由が」

 

 

 強大な力を持ちながら、他者の望むままの行動を選択する天城雪雫を、明智吾郎は良しとはしなかった。

 それは一種の同族嫌悪にも似ていて、獅童に抗える力を持ちながら、結果的には彼の傀儡であった自分の姿を見ている様だったから。

 

 しかし、その姿を重ねること自体、過ちだった。そもそも求めるモノが違ったのだ。

 

 明智は隷属することでその先を求めた。

 

 でも雪雫にはその先の、求めるモノが無い。

 雪雫は隷属すること自体が目的なのだ。

 

 

『分からないままは不安。不思議は恐怖そのもの。箱庭で育った少女にとって、この広い世界は不思議に満ち満ちている』

 

「それ故に隷属を求める。不思議だらけの世界で、唯一分かるモノだから」

 

「………というと?」

 

「ゲームに例えてみようか」

 

 

 オープンワールドのゲームを想像して欲しい。

 

 チュートリアルも無い。明確な目的も無い。広大なフィールドで自分の思うままに行動して良い。

 そういうコンセプトのゲームだ。

 

 プレイヤーによって遊び方は無限大。

 

 自分なりの楽しみ方を見出し、自分なりの目的を設定し、その世界を謳歌するプレイヤーも居る。

 その一方で、自由過ぎるがあまり、その世界を楽しめないプレイヤーも居るだろう。

 

 天城雪雫は後者のタイプ。

 遊び方を教えて欲しい、目的が欲しい。未知のフィールドには怖くて行けない。ある程度の筋書きに合わせて、適正な進行状況になった時に新しい場所に行きたい。

 だから全てをプレイヤーに委ねるゲームに対しては、好奇心よりも恐怖が勝つ。

 

 

『そう。だからこの世界はあの子にとって広すぎる』

 

「なるほど…。分からないは怖い。だから童話のアリスも怖い」

 

 

 あべこべな言葉。おおよそ常識というものが通用しない登場人物。それこそ意味不明が服を着た様な童話…それが不思議の国のアリス。

 

 

『そんな怖がりなお姫様を奪う為に、貴方達を待っていたの』

  

「大衆のネガイっていう最高に分かりやすい目的に隷属した彼女を取り戻せって?」

 

「そんな事出来るの?」

 

『行けば分かるわ』

 

 

 丁度、先発隊が最深部に着いたみたい。

 そう言いながらアリスは微笑んだ。

 

 

 

 

 

「ここは………」

 

 

 扉の先にはあまりにも巨大な空間が広がっていた。天井はもはや視認出来ないほど高く、端までの距離は秀尽学園がすっぽり入っても余白が出来る程だ。

 壁面には隙間無く牢獄が敷き詰められ、幽鬼の様な眼をした囚人達が怪盗団を見下ろしていた。

 

 

「中の人達は…全員電車に乗っていた人……。なのかな」

 

「全員こっちを見ているわ…。背筋がゾっとするわね」

 

「そして目の前にあるのが………」

 

 

 この空間で一際存在感を放つのは、優に20mは超えるであろう杯の様な形をした機械仕掛けの黒い構造物。そしてその手前で、宙に吊るされた状態で胎動する白い繭の様なモノ。

 そのどちらにも、メメントスに這いずり回っていた管が繋がれている。

 

 

『なんだ、お前らも来たのか』

 

 

 一同が中央の杯に意識を向けていたその時、後ろの牢獄から声がした。

 それは嫌でも忘れる事の出来ない男の声。

 

 

「なっ……鴨志田!!!」

 

 

 鴨志田卓。

 かつて秀尽学園の教師として私欲の限りを尽くし、怪盗団発足の原因にもなった男。そんな男が牢屋の奥で無表情のままこちらを見つめていた。

 

 

『相変わらずいい身体してんなぁ、高巻。もっとこっち来いよ』

 

「……アンタ…!!!」

 

『…ふんっ。冗談だ。もう面倒はごめんだ。折角、何も考えずに生きていける様になったんだしな』

 

 

 しかし何処か違う。

 以前の鴨志田では無い。

 

 

「待てオマエラ。カモシダだけじゃあ無い」

 

 

 モナの言う通り、周囲を見渡してみると檻の向こうに何人か見知った顔があった。

 

 

『自分には才能があるなどと勘違いをして、身の丈に合わん欲を抱いたのが馬鹿だった』

 

『空気読まないヤツは叩かれて当然…。大物のフリはもうヤメだ。馬鹿で良いじゃないか。馬鹿だからって罰を受ける訳じゃない。いいんだよ、自分以上を目指さなくてもさ』

 

『己の価値を己が決めようなどと烏滸がましい行いだと気付いたんだ。人の価値は彼女によって決められる。我々は敷かれたレールをなぞるだけでいい』

 

 

 斑目、金城、大山田……姿も声も、記憶のものと同じ。

 しかし鴨志田の様に決定的に違うものがある。

 

 

「以前とは別人の様だが……」

 

「改心したから…という訳でも無さそうね」

 

「まさか、歪んだ欲を無くしたおかげで、囚われた人生を選ぶようになったってのか?」

 

『そ、()()。察しがいいわね、モルガナ』

 

 

 アリスがぱちぱちと手を叩く。

 

 

『メメントスは言わばコロニー。生きとし生ける人類の精神の集合体。だけど、そんな群れから時折離れる特殊個体……確率した自我を持つペルソナ使い、そして有り余る欲を抱く人間。突出した個性が集団から弾き出されるのは良くある話でしょ? 人間はどうしようもなく、理解出来ない存在を拒む生物。だから彼らはメメントスという群れから外れ、ペルソナ…またはパレスという己のフロンティアを築く』

 

「そのフロンティアを俺達自身が瓦解させたことにより、斑目達は囚人に戻った……」

 

「雪雫がパレスの排除に拘っていたのはその所為ね……」

 

 

 メメントスのコア…言い換えればメメントスという牢獄を管理する看守と言ってもいいのだろう。

 看守である雪雫からしてみれば、パレスの主達は脱獄囚そのもの。

 

 

「待って…ペルソナ使いって言った……!? じゃあ私達も…!」

 

『その通り。君達も例外無く、脱獄囚という訳だ』

 

 

 もう一つ、声が加わった。

 他の三人よりも遥かに記憶に新しい男の声…獅童正義のものだ。

 

 

『しかし脱獄とは少々言葉選びが悪い様に感じるな。我々が不自由の様に見えるかい?』

 

「…………」

 

『とんでもない。ここでは誰もが、最高の自由を得られるのさ。自分で悩み、考えることからの解放……。選ばなくてよい自由をね。私からすれば、この檻の外こそ牢獄の様に感じるがね』

 

 

 改心行為そのものが、メメントスという牢獄に送り返す手段でしか無かった。

 そして、獅童を最後に囚われるべき者は外からは排除され、こうして今、雪雫はメメントスのコアとして人類を管理しようとしている。

 

 正しいと信じて、良かれと思ってやってきたこと、その全てが間違っていた。

 そんな思考が脳の片隅で生まれては、その存在感を大きくしていく。

 

 

『不自由だろう? 選ぶ余地があるからこそ、揺らぐ。不平等が生まれ、互いの主張が対立する。ならば、最初から選択という余白を委ねてしまえばいい』

 

「ふざけないで! 考えないでいい自由なんて、そんなの支配されるってことでしょ!」

 

『支配ではない、選択するという権限の移譲だ。そしてこれは人類全体のネガイ。大衆がソレを望んでいる。民主主義というやつさ。学校で習うだろう? 選ばない自由を望んだのは他でもない大衆だ。これからの世界、選択という不自由は全て彼女に集約され、彼女は聖杯というシステムを用いて人類の運営を開始する』

 

 

 突如、けたたましい警報が鳴り響く。牢獄の大衆達は声ならぬ声で騒ぎ始め、呼応する様に巨大な構造物からはガチガチと歯車同士の金切り音が響く。

 

 

「みんな待たせてごめん……! 解析終わったよ! 雰囲気は似てるけど…真ん中のヤツと白い繭は別の存在! 繭が雪雫!」

 

「という事は……!」

 

「獅童の野郎が言ってた聖杯…ってやつがデカブツだな!」

 

「言葉通りであるならば、聖杯さえ排除すれば……」

 

「セツナの代理人としての役目は白紙というワケだ!」

 

 

 持ち出す…なんて選択肢すら浮かばない程の巨大な聖杯。

 言葉にせずとも、全員がこの場での破壊を共通の目標に据えた。

 

 りせの解析、ナビの補助を乗せて、数の利に言わせたペルソナによる波状攻撃。あれだけの巨体だ、外す方が難しい。今までのどの相手よりも容易く、聖杯に攻撃は届いた。

 

 しかし、傷一つ残す事すら叶わない。

 

 

「そんな……!」

 

 

 回復している。

 

 りせは何かの間違いかと思った。しかし数度にわたってヒミコで覗いてもその結果は変わらない。

 攻撃が効いていない訳じゃない。攻撃を貰ったその瞬間に、回復しているのだ。そして回復する度に、聖杯はその輝きを増し、反撃も苛烈になっていく。

 

 まるでそう望まれているかの様に。

 

 

『────馬鹿ね』

 

 

 少し離れた端っこ。鉄格子に背中を預けながら、アリスは冷めた眼で戦闘を眺めていた。

 

 

『獅童が言っていたじゃない。聖杯はシステムって』

 

 

 アリスの独白は続く。

 

 

『そのシステム担い手は雪雫自身。雪雫が人類の望みを聖杯に届けている以上、聖杯は大衆を後ろ盾にその存在を維持し続ける』

 

 

 丁度、3回目の回復。聖杯が黄金の輝きを手にした時。

 

 

『まずはあの子が完全に産まれるのを待たないと』

 

 

 その眩しさを遮るようにアリスは静かに目を閉じた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 ジリ貧もいい所だ。

 攻撃をしてもしても、それがあたかも無かったことの様に回復され、聖杯からの反撃はその頻度を増す。

 

 何がそうさせているかは、りせさんの解析ですぐに分かった。

 大衆だ。大衆が、牢獄の中から非難する様な目で『帰れ』と呟く大衆が、聖杯の破壊を拒んでいる、と。

 

 

「当の大衆がこれじゃあ……! 破壊どころじゃねぇ! 一体、ワガハイ達は何のために……!」

 

 

 突出した個性が集団から弾き出されるのは良くある話でしょ?

 

 アリスの言葉が脳でリフレインする。

 人間は多数派の声に同調しやすい。それは集団から外れたくないという行動心理から来るもの。決してそれが結果的に間違った事だとしても、味方が多い事による安堵は計り知れない。

 

 分かっていた。分かっていた事だ。

 しかし、実際にそれを目の当たりにすると─────。

 

 

『望まれぬ正義に酔いしれる、愚か者どもよ』

 

 

 その時、聖杯から声が響いた。

 機械的な抑揚の無い声。

 

 

『これこそが、怠惰に堕ちた人間のネガイ。この輝きは、望まれたる存在の証。そして──』

 

 

 大衆の声が大きくなる。

 聖杯から滲み出る力の奔流が、さらに苛烈さを増す。

 

 

『これより産まれ堕ちるは人の罪』

 

 

 ドクン。

 吊るされた繭に亀裂が走り、割れた。

 

 白く清い雪の様な雫が祝福するかの様に繭から漏れ出ては宙を舞った。

 中から産まれたソレは、体躯に見合わぬ巨大な羽根を羽ばたかせ、ゆっくりと地に降り立つ。

 

 シルクの様な白い髪は記憶よりも幾分も伸びていて、腰に届くまでになっていた。

 真っ黒だった怪盗服は、白のベースに金色の装飾が施されたドレスに変わった。

 剥き出しの腰からは翼が二対生え、頭上には何重にも重なった歯車の様なヘイローが輝いている。

 

 

『──────』

 

 

 髪の隙間から、その瞳が見て取れた。

 本来の紅い瞳は黄金の輝きを灯し、その色には感情の起伏は一切無い。

 

 

「雪雫!!!!!!」

 

 

 同じ顔、同じ身体。

 それでいて致命的に違う何か。

 

 りせの叫びはソレに遠く届かない。

 

 

『全ては神の御心のままに』

 

 

 やっと発せられた言葉に抑揚は無く、温度も無い。

 おおよそ、人間らしい要素は存在しない。

 

 ただネガイを聖杯()に届ける使いとして、彼女はこの地に三度産まれ堕ちた。

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