PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
人類全体の管理を可能とする聖杯が「神」だとすれば、聖杯に人類のネガイを届ける雪雫は「天使」と言えるだろう。
守護者として人類を導く機能。
メッセンジャーとしての機能。
そのどちらも併せ持つのだから、嗚呼、雪雫は正しく天使としての機能を有している。
しかし、聖杯は、神は雪雫の事を【人類の罪】と称した。人類の罪…即ち、怠惰によって産まれた存在であると。
知っている。
雪雫の中でこの世界を見てきたから、
人類は二度、滅亡の危機を経験している。
一度目は2010年の一月。
二度目は2012年の十二月。
前者は生命活動の停止を望んだ怠惰から。
後者は真実を知りたくないという怠惰から。
どちらもトリガーは人類による怠惰で、天城雪雫は
精神的にも未成熟な頃に見て触れたその光景は、雪雫の深層意識に深く結びつき、離れない。
だから【人類の罪】という言葉は正しい。
空白の少女を満たしてしまった人類の悪性。
それが聖杯に伝わった事で、「神」と「天使」という役割を産んでしまった。
始めから歪んでいた訳じゃない。
大衆が、人が故に持つ咎が歪めた存在。
【人造天使・イヴ】
天城雪雫の中に居た、私とは別のもう一つの雪雫の側面。
彼女はこうして変生し、この地…欲望の底で産まれ堕ちた。
天使として天に至るために。
『やがて至るは
結末は二つに一つ。
『私としてはイヴが死んで、空の器が残ればいいけれど』
だが、果たして───。
▼
「雪雫!!」
『─────』
数度に及ぶ声掛けも、彼女には届かない。
ただ立ち尽くしては天を仰ぐ。その黄金の瞳に映るのは信仰と賛美。
「やるしか…ねぇってのか……? いや、しかし………!」
姿勢を低く臨戦態勢に入る。
しかし武器を握る手は震え、瞳孔の動きは迷いを示す。
メメントスの存続に関わるコアだというのは、事前に分かっていた。そして最奥に待つのは自分達の知っている少女ではないという事も──分かっていたつもりだった。
だが実際に目の前にした時、一同の胸中に渦巻いたのは戸惑い。
「りせさん…本当に雪雫なの………?」
震えるクイーンの声は、確認では無く、そうじゃないで欲しいという願いだった。
姿形が似ているだけの…例えば大衆が産んだ認知存在であるならば、幾分かはやりやすかっただろう。
しかし、そんな願いも虚しく、久慈川りせは頷きを返す。
そこに居るのは間違いなく天城雪雫で。自分達が良く知る少女そのものであると。
「なら、話は簡単な筈だろ……!」
スカルが自身の頬を叩きながら声を荒げ、一歩踏み出す。
己の揺らぎを律する様に、迷う仲間達を鼓舞する様に、拳を握り締める。
「ダチが間違ってんなら、ぶん殴ってでも連れ戻す! 逆の立場なら
スカルは駆け出す。
未だに震える武器持つ手をきつく握り締めて。
『─────』
迫るスカルに対しても、ソレは興味を示さない。
変わらず天を仰ぐばかりだ。
無防備な相手だ。近接に持ち込むは容易い。
「オラァ!!!」
スカルは鉄パイプを大きく振りかぶり─振り下ろす。
その瞬間、天を仰ぐばかりであった瞳がスカルへ向く。それの挙動が合図として。振り下ろされた鉄パイプを腰の羽根が遮った。
ガキン。と甲高い衝突音が響く。
どうやら羽根は見た目以上に硬いらしい。
所謂、鍔迫り合いの構図になった二人。
力一杯に押し付けている筈なのに、攻撃が届く様子は無い。
一筋、額に汗が流れる。
「よぉ…随分、雰囲気変わったじゃねぇか…あぁ?」
『人類のネガイ。それは管理による自由。隷属による安寧。私はそれを為します』
「会話になってねぇぞ!!!!」
力の拮抗は崩れない。
ならば、とスカルは後退。
「キッドォ!」
呼び声間も無く、頭上に立ち込める暗雲。そして。
「マハジオダイン!」
鳴り響く雷鳴。激しく閃光が迸り、雷が周囲を焦がす。
「オマ…バカ! まだセツナへの影響も分からねぇってのに!」
「うるせぇ!」
モルガナの非難を一蹴しつつも、スカルの視線は土煙舞う爆心地へと注がれている。
「だからって指咥え見てる訳にもいかねぇだろ!!」
そうまくし立てるスカルの物言いは、まるで自分自身に言い聞かせている様な声音だ。
(クソ…! 迷うな俺!)
スカルは次の一手を模索する。
(身体を動かせ。余計な事は考えんな!)
スカルには意地があった。
怪盗団の切り込み役としての意地だ。
先が見えない真っ暗な道を、後先考えずに突っ走る。それを短慮と呼ぶ人は多い。笑い話になれば御の字だ。大体は呆れられたり、さきの様に叱咤を飛ばされたりする事が殆ど。同じ切り込み役の雪雫と比べれば、がさつもいい所だろう。
天城雪雫はもっとうまくやる。
それこそ、1人で物事を解決してしまうほどに。だから何時しか、実質的な切り込み役は雪雫に取って代わっていた。
だがその雪雫は今はこっち側には居ない。
(だから俺が…道作るんだよ!!)
怪盗団はいま未知の状況に立たされている。不安と疑問が鎖となって雁字搦めの状態。たらればの答えの無い問答を繰り返して、見えない結末に及び腰になっている。
(雪雫みてぇに頭は良くねぇ。要領も悪いし、視野も狭い。だからみんなのフォローありきだ)
だが、それでいい。
後からフォローに回ってくれるという事は、少なくとも自分自身が作った道を辿って仲間達が付いてきてくれているという事。
(こんな所でビビってんじゃねぇぞ! 坂本竜司!!!)
程なく、翼が羽ばたき、土煙は霧散する。現れ出たのは寸分違わぬその姿。
いや、違わぬというのは語弊がある。
黄金の瞳は確かにスカルを映している。
瞳に敵意は無い。
しかし、一つ指を振り下ろせば斬撃となって空を裂く。
ソレに敵意は無い。彼女にとっての人類は管理するもので、敵では無い。それは怪盗団とて同じこと。
機械で言う所の自動迎撃システムの様なモノだ。攻撃が来たから返す。
ただそれだけ。
オートメーションされた不可視の斬撃がスカルを襲う。
まだ戦場も立てていない他のメンバーは間に合わない。当然、殆ど反射の如き反撃に、りせやナビの支援が間に合う訳でも無い。
程なく当たる。
その目前に。
『そう、難しく考える必要は無いの』
スカルの足元。波打つ影の中から少女の声。
『シンプルイズベスト、とはこの事ね』
影から這い出た少女:アリスの手に大鎌が握られている。
一度振るえば、不可視の斬撃は打ち消される。
「………アリス!」
思わぬ助っ人にりせは驚愕をあらわにした。
無理も無い。ここに至るまでの道中を共にしたが、援護をする様な素振りすら見せなかったから。
『様子見はもう十分でしょう? 相手は元より人外の存在。何をためらう必要があるのかしら?』
頬に指を当て、小首をかしげて笑う。
『少しくらい乱暴に扱ってところで壊れたりしないわ』
「そんな言い方……!」
睨み付けるクイーンの視線をアリスは涼しい顔で受け流す。
『人造天使イヴ。天城雪雫という器が内包する一つの結末。それを指を咥えて認める気?』
アリスの瞳はりせへと注がれた。
分かっているでしょう。
そう、黄金の瞳は語っていた。
「それは……」
『それでも尚、腑抜けた態度が変わらないのなら……。
コツン、コツン。
踵を鳴らしてアリスは皆の前に立つ。
『名前のまんま、随分退屈な存在になったわね。人造天使』
薄らと口角を上げてアリスは嗤う。
『貴女は変わらず、欲に塗れた醜き存在ですね。魔人よ』
冷めた瞳でイヴは言葉を紡ぐ。
『人類が知恵を得て幾星霜。今日に至るまで誤った進化を遂げてきました。行き過ぎた知恵は言語を別ち、異文化を起こし、異なる人種を産んだ。人間自身が手綱を握るには、最早世界は大きすぎる。無数の選択、無数の責任、無数の結末。知恵があるが故、人類は疲弊し、傷つき、涙を零す。だからこそ人類は変化を望まない。今という恒久的な安寧が続けばそれでいいのです。先の者もそう。言の葉とは裏腹に苦しんでいた。それは自己があるが故』
瞬間、イヴの背後に現れた星々の様な輝き。
『ですので、人間を誑かす貴女の存在は───この世界には不要』
光は鋭く、矢の様な形となって射出された。
一つ一つが祝福属性の魔力が込められた輝矢である。雨というには生易しい。流星群の輝きが、影の少女を射止めんと降り注ぐ。
『フフフ!』
無数の輝きを前に、アリスは笑みを堪らず漏らした。
おかしい。おかしいのだ。
攻撃を仕掛けてきた人間にすら敵意を向けなかったイヴが、自ら仕掛けてきたことが。
足元の影から銃口を覗かせるライフル。矢と同じ数分だけ造り出された銃は正確に飛来する矢を打ち下とす。
『アハハハハハハハ!』
楽しい!愉しい!たのしい!
こんなにタノシイのは、何時振りかしら!
そんな感情がアリスの表情から汲み取れる。
『残念!』
お互いに長物を打ち切った直後の事だ。
『もう弾切れかしら?』
その声はイヴの足元から響いた。
翼で出来た影。
そこから凶刃携えて出現した魔人の少女。逆さに構えた刃がイヴの喉元へと向かう。
『輝きが強いほど、影は濃くなるモノよ』
だがほんの数秒早く出現をイヴは予測していた。
向かう刃を翼で弾く。
甲高い金属音と共に、打ち上がる大鎌。弾かれたことによって無防備となったアリス。
イブは再び指で空を切る。
再び放たれる斬撃。
無防備なアリスの胴体を正確に狙い両断。
『──逆もまた然り。影を照らさんと、天はより輝きを放つ』
真っ二つになったアリスの身体を一瞥し、イヴは詰まらなそうに目を閉じる。
『ふふ、お互い同じものを見てきたものね。手札は丸見えってところ?』
イブの背後からアリスの声がした。
両断されたアリスは既に影に溶け、消え失せていた。
地面に鎌を突き立てて柄に腰掛ける本物のアリスは相も変わらず嗤っている。
『虚を突いた奇襲。あらゆる攻撃に対応したカウンター。全部、あの子のものだわ』
元より同じ器から漏れ出た内面。思想は違えど、互いの理解は深い。
『ならば正常な判断も出来るでしょう。個の力は拮抗。であるならば異なるのはその質量。たった数人の人間を携えた所で、ほか人類の総意に勝てるとでも?』
『理屈で説き伏せようとしてくるのもあの子らしい。ねぇ、案外私たち上手くやれるんじゃないかしら?』
そうだ。と言わんばかりの子ども染みた提案。
ニコニコと嗤うアリスの顔を見て、イヴは瞳に嫌悪を浮かべる。
冗談じゃない、と。
『───貴女という存在は欲望を謳歌する。私はそれを否定する。答えは始めから決まっているでしょう』
『ふふ。そうね。それで首を縦に振られた方が困ったわ。たまらず切り落としていたかも…ねぇ?』
アリスとイヴはどうしようもなく平行線だ。
決して交わる事無く、歩み寄る事も無い。
『だって──』
互いが互いの存在を、認められない。
『『────貴女なんか
ちなみに一話の時からイヴの事は考えていました