PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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14:Say goodbye to your old self.

 

 

6月5日 日曜日 晴れ

 

 

 その日、日本に激震が走った。

 

 

「私は…画家としてあるまじき罪を犯しました……」

 

 

 世界に名を轟かせる巨匠、班目一流斎は涙を浮かべながらカメラの前で告白した。

 盗作、弟子への虐待、詐欺行為。

 

 己の罪の重さに耐え切れないのか、努めて冷静だった表情は文字通り崩れ、感情が吹き出すままに泣き喚く。

 まるで心が入れ替わった様に。

 

 

「予告通り……か」

 

 

 天城雪雫は、その会見を静かに見つめながら呟いた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

6月7日 火曜日 曇り

 

 

 多くの生徒が帰路に付く放課後。

 学校から出てくる秀尽生を眺めながら、喜多川祐介は人を待っていった。

 

 

「……ねぇ、あれって………」

 

「号泣会見の人の弟子じゃ…」

 

 

 師匠である班目の罪が明るみになったことで、自身の環境にも多大に影響出ることは覚悟していた祐介だったが、やはり遠巻きから見世物の様に扱われるのは些か不愉快の様で。

 僅かに眉間に皺を寄せ、鬱陶しそうにしていた。

 

 

「む…」

 

 

 そんな祐介の耳の聞こえたのは、地面を叩く軽い足音。

 視線を校舎に向ければ、シルクの様な白い髪を躍らせながら、こちらに駆け足でやってくる小柄な少女の姿が。

 

 

「ごめん。川上――、先生に捕まってた」

 

 

 駆け足で来たのにも関わらず、息を切らした様子は無い。

 見た目に反して、運動は出来る様だ。

 

 

「いや、良い。俺も今来たところだ」

 

 

 昔から使い古される常套句を交わし、2人の足先は駅へと向かう。

 

 

「それじゃあ、行こうか」

 

「ん」

 

 

 

 場所は変わって、渋谷の街角にポツンと佇む喫茶店。

 ゆったりとした雰囲気が流れる店内。

 小気味の良いBGMとコーヒー豆の香りが仄かに漂っている。

 

 

「気にすることは無い。今日は俺のおごりだ」

 

「……良いの?」

 

「ああ。貰ってばかりでは居られないからな」

 

「…そういう事なら」

 

 

 何処か心配する様な視線を祐介に投げた後、彼の顔を見て雪雫は溜息を零す。

 自分が何を言っても折れないだろう。そう判断した様だ。

 

 

「…すみません」

 

「はーい!」

 

 

 雪雫の声に気付いた、大学生くらいの女性店員が、満面の笑みを浮かべて彼女達のテーブルにやってくる。

 

 

「ご注文をどうぞ!」

 

「パンケーキと、ストロベリーパフェと、カフェオレ、お願いします」

 

「俺はホットコーヒーを」

 

「かしこまりました!」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「よく食べるな…」

 

「………♪」

 

 

 その小さい身体の何処に入っているのか。

 20cmは超える高さのパフェと、3枚のパンケーキが順調に減っていく。

 どうやら彼女は甘いモノが好きらしい。

 

 

「天城さん」

 

「…………?」

 

「ありがとう」

 

 

 パフェをペロリと平らげた雪雫は、口元を拭いながら小首を傾げる。

 

 

「…私は何も―――」

 

「君の一言のお陰で、俺は班目と決別する決心が出来た」

 

「ん……。」

 

「あの時の俺は目が曇っていた。君が危惧した通りだ。醜悪の判別が付かず、認めたく無い事実から目を背けていた」

 

「………」

 

「そんな紛い物の己との決別する切っ掛けをくれた事、感謝している……!!」

 

 

 そう言いながら、彼は深々と頭を下げる。

 その姿は彼の情に厚い性格を端的に表している様にも見えた。

 

 

「顔、上げて……。そう決めたのは祐介自身……。私は何もしてない…」

 

「ふっ。君も中々謙虚だな」

 

 

 あいつらもそうだったな、と雪雫の姿を最近出来た友人たちに重ねる。

 あったばかりの他人の為に、文字通り身を扮してまで助けてくれた彼らに。

 

 

「…これからどうするの?」

 

「さぁな。保護者代わりだった班目が捕まったんだ。もうアトリエにも住めない。幸い、学校側は俺の特待を取り消すつもりは無い様だ。しばらくは寮でお世話になるつもりだ」

 

「…良かった。絵、続けるんだ」

 

「俺にはそれしか無いからな。と言っても、今は筆を取る気にはなれん。暫くは俗世の目を向け、発想の幅を広めるつもりだ。―――曇りが晴れたこの眼でな」

 

 

 以前会った時の物憂げな表情も消え、祐介はスッキリとした顔で決意を固める。

 その姿を見て、雪雫も僅かに口角を上げて、頷きを返していた。

 

 

「そうだ、発想の幅と言えば……」

 

「……?」

 

「君の曲、聞かせて貰った。友人に教えられてな。以前、曲を作ると言っていたが、まさかプロだったとは」

 

 

 そう考えると君は俺の先輩だな。と呟きながら、温くなったコーヒーを口へ運ぶ。

 

 

「私は画家じゃない」

 

「身を置く世界は違くとも、作品を創作するアーティストという点には変わりないだろう」

 

「………まぁ…」

 

 

 改めて言われるとむず痒い様で、雪雫は少し視線をずらす。

 

 

「君の作品は良いな。聴いてる側に想像の余地を与える要素が多い。メロディや歌詞、それと共に流れるMV……。全てを語らない、というのは意図した意味が伝わらない所もあるが、その分、作品に対する印象や楽しみ方が人の数だけ生まれる」

 

「…ちょっと、恥ずかしい。」

 

「ああ、済まない。こういう見方しか出来なくてな」

 

「謝らなくて良い…。私も似た様なものだから」

 

 

 アーティストとして通ずるものがあるのか、祐介も雪雫も物静かではあるが、その表情は何処か嬉しそうだった。

 その後も、お互いの作品から長い歴史の中で語られる巨匠たちの作品まで、時間の許す限り、各々の意見を交わしあった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

6月9日 木曜日 晴れ

 

 

 

 眼下に広がる柔肌。

 女性の中でも小柄と言わざるを得ない幼い体躯。

 しかしながら、その身体付きは猫の様にしなやかなで、特にそのくびれは見た目にそぐわない色香を放っている。

 無防備に曝け出された背中はまさに天使の如き輝きを―――。

 

 

「りせ、早く……」

 

「あ、ちょ……、ちょっと待って! 今自分を抑えるのに必死だから!!」

 

「………?」

 

 

 チラリとこちらの様子を伺う様に視線を投げる赤い瞳。

 

 

(………これは誘ってるって受け取っても良いのかな?)

 

 

 不味い、思考が全てそっちに持っていかれる。

 

 

(ダメ、これは仕事なの。抑えて久慈川りせ)

 

 

 ブンブンと頭を振り、自身の脳内に巣食う煩悩を吹き飛ばす。

 

 

「い、いくよ…。雪ちゃん」

 

「うん……。―――ひゃあっ…」

 

 

 手の平一杯に抱えた白い液体を、うつ伏せになっている雪雫の背中に塗りたくる。

 液体越しに感じる肌は、上等のシルクの様に触り心地が良く。

 また手の動きに合わせて反応を返す敏感な身体は、何処までも煽情的で、こちらの理性をゴリゴリと削っていく。

 

 

(日焼け止めを塗っているだけなのに……)

 

 

 どうしてこうなったんだっけ。

 雪雫の上に跨るりせは、ピンク色に染まっていく脳内を誤魔化す様に、先日の出来事を思い返していた。

 

 

 

 

「え、今度の仕事、OKなの?」

 

「うん、大丈夫」

 

 

 以前から話が合った水着のモデル撮影。

 実際に海へ出向き、撮影をするという内容だったが、6月に入って間も無い頃、相手先の会社から追加のオーダーが合った事を、りせは知る。

 

 内容は、もし可能ならば雪雫も一緒に撮影に来て欲しいというもの。

 

 どうやら、5月末に発表された彼女の新曲…、特にりせとのデュエット曲が話題になったのを知った様で。

 事務所にしても相手先にしても、この盛り上がりに乗じて話題を集めたい様だ。

 

 勉学が苦手なりせでも、その理屈は痛いほどに分かる。

 伊達にトップアイドルを何年も続けていない。

 

 だからこのオーダーに関しての問題はただ一つ。

 それは雪雫がこれを良しとするか。

 

 りせとて雪雫に無理強いはしたくない。

 というか、雪雫が嫌がるなら、この仕事を蹴る覚悟だって彼女にはある。

 だから大事なのは、雪雫本人が仕事を受けたいと本人の口から言う事。

 

 ほぼ、望み薄かと思っていたりせだったが、意外にも雪雫の口から出たのは了承の2つ返事だった。

 

 

「え、本当に良いの? ただの服じゃないよ? 水着だよ? 雪雫の玉肌が日本中に晒されるんだよ?」

 

「……別に大丈夫」

 

「雪雫が着る水着……。―――小学生用のだよ?」

 

「………………それも良いよ」

 

「へ、へぇ…。そっかそっかぁ……」

 

 

 一緒に仕事出来て嬉しいという気持ちが半分。世間に雪雫の魅力がまた伝わってしまう事に対する嫉妬心が半分。

 といった様子でりせはぎこちなく笑みを浮かべる。

 

 

「前までそういうの断ってたのに…。何か良い事あった?」

 

「私も、見聞を広めないと。そう思えた事があった」

 

 

 因みに学校はサボりである。

  

 

 

 

「…んぅ…、あっ」

 

 

 手から伝わる低めの体温と、耳を刺激する雪雫の声に意識を持っていかれそうになるが、目を閉じ、必死に己に言い聞かせる。

 

 

(今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は仕事。今日は―――)

 

 

 これがもしプライベートだったら、もう本当に我慢出来無かっただろう。

 私の内に秘めた思いが。

 故郷に居る「ビーストオブリビドー」もビックリの欲望が溢れていただろう。

 

 前も塗ってあげるね、とか建前でその慎ましい胸を手に収めたり。

 その人を惑わせる声が出る口を、自身の口で塞いだり……。

 果てには、彼女を守る布を全てはぎ取って……。

 

 もうクマの事を、そのネタで弄れないかもしれない。

 

 

「――せ、―――――りせ」

 

「うぇ! ん、あ。何?」

 

 

 どうやら思考が大分トリップしていたらしい。

 

 

「マネージャーさんが、呼んでる」

 

 

 雪雫の声に誘導されるまま耳を澄ますと、確かに外から私を呼ぶ声が。

 多分打ち合わせとかだろう。

 

 

「……前は自分でやるから、先に」

 

「あ、うん。そうだね…」

 

 

 ボーっとしていた頭が、急に冷やされていく。

 我に返る、とは良く言ったもので、冷静になっていくのが自分でも分かる。

 

 

「じゃあ雪ちゃん、また外で! ちゃんと塗るんだよ。日焼けしたら大変だから!」

 

「うん」

 

 

 そう言い残すと同時に、りせは駆け足気味でこの場を後にし、部屋には上半身裸のまま、座り込む雪雫だけが残る。

 

 

「………」

 

 

 1人残された雪雫は、自身の平坦な胸を少し眺めた後、その小さな手を胸に当てる。

 

 

「大きい方が、良いのかな」

 

 

 彼女の呟きは誰にも聞かれる事無く、虚空へ消えていった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 撮影は見事に大成功を収め、2人の着た水着は、公開されたと同時に、予約が殺到。後に過去最大の売り上げを叩きだすこととなる。

 この仕事が切っ掛けで、2人に様々な仕事のオファーが送られたのは言うまでもない。

 

 

 余談

 

 

「ぷ…、くくっ……、しょ、小学生の水着………ぷーっ!あはっあはははははは!!!!」

 

 

 2人のモデル写真が載っている雑誌を買った何処かの次期女将は腹が捩れる位に大笑いしていた。

 

 


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