PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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お待たせいたしました


142:Look Me!

 

 

 雰囲気が変わった。

 

 そうジョーカーが認識出来た頃には、既に手遅れであった。

 

 

「………ぐっ…!」

 

 

 

歌が聴こえる。

 

 

 

 イヴを照らす光は増す。この空間の隅々まで威光を届かせんとする神聖なる光は、影一つの存在も許さない。抵抗虚しく、アリスが伸ばした影はその先端から焼き焦げていく。

 

 

(嗚呼)

 

 

 心地良い光だ。

 胸中の不安とか、焦燥とか。負の感情を包んでくれる様な温かな光。

 

 

 

耳触りの良い声音と心に溶けていく調べ。

 

 

 

 だと言うのに、身体に確かにかかる重圧。

 まるで重力を増やしたかの様なそんな重みに、身体が悲鳴をあげている。

 

 通常よりも伸びた白い前髪から覗く冷たい瞳。薄らと口角を上げた妖しい口元。

 そんな彼女から放たれているプレッシャー(もの)だと気付いた時、死が明確な形となってジョーカーの眼前に───。

 

 

「コラっ! ボサっとしない!」

 

 

 叱咤と共に、ジョーカーの前に構築される魔力による防壁。あと一秒でも遅ければ、きっとそのまま彼の頭を貫いていただろう。

 

 

「すみません!」

 

「次同じ事があっても間に合わせる自信無いからね!!」

 

 

 そう忙しなく眼と手を動かすりせは、同じ様に他のメンバーにも防御支援を施している。 

 再び天を仰げば、相も変わらず星々の様な輝きがこちらを見下ろしている。そこから放出された流星群は、絶え間なく降り注ぎ、こちらに消耗を強いる。

 

 そんな合間を縫って、天へと飛び出す黒い影。端々を焦がしながらも、蛇の様に迫るソレは、再び天使と相対する。

 

 

『あら、私へのアプローチはもうお終い?』

 

『ご心配せず。変わらず貴女は排除対象ですよ』

 

『でも人間(あの子)達、このままじゃ死んじゃうわよ?』

 

『精神が残れば問題ありません』

 

 

 影の鎌を一振り、二振り。それに対して少ない動作…それこそ刃の軌道を視線でなぞるだけで、天使は翼で対応する。そして幾度目かの振り下ろし。天使は今度は翼では無く、その腕でピタリと止めてみせた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()この身体(雪雫)がこちらに傾いたように、物質の在り方は中身次第』

 

 

 鎌が砕けていく。小さい手から光が侵食し、腐敗する様に朽ちていく。

 

 

『見たところ、随分と人間達に肩入れしています、ね』

 

 

 冷たい黄金の瞳に映るのは、怪盗団に宿る魔人(アリス)の残滓。

 魔力による補助だと、イヴは断定した。こちらに一点集中と見せかけ、その合間合間で魔力で身体的な補助を施している。まるで、力量の差を手数で埋めるかのように。

 

 

『元より魔人に浸食された身体など管理対象ではありません』

 

 

 瞬間、響く爆音。

 天使の右手は鎌を砕き、その勢いのままアリスの眼前で魔力を爆発させた。

 

 防戦一方のジョーカーが上を見上げれば、煙の中から落下する物体。拮抗していた力が崩れたのだと、誰もがそう直感した。───地上を見下ろす天使を除いて。

 

 

 翼を羽ばたかせ、ゆっくりと降りてくる天使は詰まらなそうに口を開く。

 

 

『何を驚いているんです? 言ったでしょう。質が違うと』

 

 

 コツン。とヒールが叩く音が響く。またコツンと響く。少しずつ大きくなるその音。一歩、また一歩と天使が近付くたび、ジョーカーの…怪盗団達の心臓は跳ねる。

 

 

 

より鮮明に、歌が聴こえる

 

 

 

「………なっ!」

 

 

 ジョーカーのペルソナが消える。

 攻撃を受けた訳でも無く、ガスの元栓を締められた炎の様に緩やかに消えていく。

 

 

「……せ、雪雫…」

 

 

 そして、他のメンバーも例外では無い。

 

 クイーンが震えた言葉でその名を呼ぶ。そんな彼女を一瞥する事も無く、真っ直ぐ天使は進む。ノワール、スカル、パンサー、モナ、フォックス、ナビ、そしてジョーカー。全員が、真ん中を素通りする天使に対して何も出来なかった。身体が言う事を聞かない。指の一本まで脱力し、抗おうとする気にすらならない。仮面は霧散し、怪盗服はいつもの服に戻っていく。

 

 

 

不快感など微塵も感じさせない。綺麗な歌。

 

 

 

 そんな中を天使は真っ直ぐ進む。未だにペルソナの顕現を可能とし、真っ直ぐと睨みを飛ばす少女に向かって。

 

 

「……ヒミコ」

 

 

 イヴとりせ。その2人の間に発生した防壁。イヴはピタリと足を止め、魔力の壁を指でなぞり、振り払う。それは余りにも、天使を止めるにはあまりにも薄い。

 

 

『────』

 

 

 手を少し伸ばすだけで届く距離。天使はその細腕をりせの頬に添え───。

 

 

 

『歌が、聴こえていますね?』

 

 

 そう綺麗な笑みを浮かべた。

 

 

 嗚呼、そうだ。

 これは、この歌は私が好きな彼女の歌だ。儚くて、美しい。完成された究極の美。非の打ち所がない完全な芸術。10人が聴けば、10人が良いと答える人類の至宝。酷評は論外、非難なんて持っての他。

 

 の、筈なのに──。

 

 

 

───なーんか違和感あるなぁ

 

───心ここにあらず…って感じ?*1

 

 

 

 なんで私はあの時、違和感を抱いたんだっけ?

 

 

「……やめて」

 

 

 パチン。と乾いた音が響く。弾かれた天使の手が、行き場を失い僅かに戸惑いを見せる。

 

 

「そんな歌で、私を口説かないでよ」

 

 

 それは初めての拒絶だった。

 イヴがこれまで観測してきた中でも例が無い。久慈川りせによる完璧な拒絶。

 

 

『理解出来ません。()()()()に拘るのです?』

 

 

 天使は心底意外そうに溜息を吐いた。

 

 

『狂いの無い旋律、完璧な調べ、完成された音』

 

 

 人類が望む歌そのものです。とイヴは続けた。

 

 

『天城雪雫は常に人の望みが分かっていた。空虚な本質は、常に願いを汲み取り、行動を最適化させる』

 

 

 誰も入りたがらない生徒会役員に自ら買って出た。

 孤軍奮闘で喘いでいた女医の傍に居続けた。

 どんなに初対面の人間であっても、するりとその人の懐に入り込む。

 

 人懐っこい。庇護欲をそそる。

 とんでもない。

 

 天城雪雫は常に最適解を選び続けただけに過ぎない。

 

 

『貴女達の知る天城雪雫に自己はありません』

 

 入力された命令通りに動く機械と同じ。

 

 

『貴女のその拘る歌も、効率を突き詰めた手段でしかない』

 

 

 良い時代になったものです。と天使は言う。

 

 

『あらゆる人種、宗教、言語。人類はその在り方を時々で変えていきましたが、こと歌の本質は変えなかった。乗せる言の葉は違えど、調べには誰もが耳を傾ける。一度耳にさえ残せば、あとは広まるのは時間の問題』

 

 

 国を越え、言語を越え、人種を越え。歌は今も人類に共通して楽しまれる娯楽。日常にはメロディが溢れ、誰もがそれを口ずさむそんな時代。

 

 

『伝道師よりも早く、指導者の言葉よりも近しい。神の言葉を広めるのに、これほど便利な道具はありますか?』

 

 

 天城雪雫が歌手になったのは必然。その空虚な本質で望みを汲み取り、それを歌として出力。それを繰り返す事で人々の意思に染みついた天城雪雫の声は、違和感無く人類に届けられる。それが例え、借り物の言葉であっても。

 

 

『天城雪雫は常にそうやって存在してきた。それを良しとしてきたのはお前達。今一度問います。何故、受け入れない?』

 

 

 同じ声、同じ顔。

 嗚呼、確かに。寸分違わない。

 

 

「別に受け入れない。なんて言ってないよ」

 

 

 初めて叩いた雪雫の手を、その痛みを忘れない様に、りせはきつく拳を握り締める。

 

 ドクン。と心臓が跳ねる。

 呼応する様に、ヒミコを中心に風が吹き荒れる。

 

 

(さっきの歌には、こっちの戦意を喪失させる様な効果がある)

 

 

 怪盗団の皆が急に力を出せなくなったのも、この歌の影響だろう。

 仲間と戦いたくない、という深層意識を突いた、精神的な攻撃。

 

 でもそんなんじゃ足りない。

 寧ろこんなんじゃ、戦意を失うどころか、怒りすら込み上がってくる。

 

 

 だって。

 

 

「大衆向けじゃあ、全然響かないっての」

 

 

 ヒミコの姿が変わっていく。

 

 淑女の様な大人しい姿は鳴りを潜め、髪とドレスは靡き、身体を中心に、肩と腰から分離されたユニットが衛星の様に飛び回る。

 

 数年ぶりの本気(マジ)モード。

 

 

──ヒミコ・戦闘形態!

 

 

「そうね、次のナンバーは私個人に宛てた熱烈なラブソング……でどう?」

 

 

 ムカつく。ムカつくムカつくムカつく。

 目の前に私を置いといて、私と会話しといて、その視線は全然別の所。

 

 

「人の望みが汲み取れるなら、分かるでしょ? りせちーはワガママなんだよ☆」

*1
117:The song.より

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