PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
雰囲気が変わった。
そうジョーカーが認識出来た頃には、既に手遅れであった。
「………ぐっ…!」
イヴを照らす光は増す。この空間の隅々まで威光を届かせんとする神聖なる光は、影一つの存在も許さない。抵抗虚しく、アリスが伸ばした影はその先端から焼き焦げていく。
(嗚呼)
心地良い光だ。
胸中の不安とか、焦燥とか。負の感情を包んでくれる様な温かな光。
だと言うのに、身体に確かにかかる重圧。
まるで重力を増やしたかの様なそんな重みに、身体が悲鳴をあげている。
通常よりも伸びた白い前髪から覗く冷たい瞳。薄らと口角を上げた妖しい口元。
そんな彼女から放たれている
「コラっ! ボサっとしない!」
叱咤と共に、ジョーカーの前に構築される魔力による防壁。あと一秒でも遅ければ、きっとそのまま彼の頭を貫いていただろう。
「すみません!」
「次同じ事があっても間に合わせる自信無いからね!!」
そう忙しなく眼と手を動かすりせは、同じ様に他のメンバーにも防御支援を施している。
再び天を仰げば、相も変わらず星々の様な輝きがこちらを見下ろしている。そこから放出された流星群は、絶え間なく降り注ぎ、こちらに消耗を強いる。
そんな合間を縫って、天へと飛び出す黒い影。端々を焦がしながらも、蛇の様に迫るソレは、再び天使と相対する。
『あら、私へのアプローチはもうお終い?』
『ご心配せず。変わらず貴女は排除対象ですよ』
『でも
『精神が残れば問題ありません』
影の鎌を一振り、二振り。それに対して少ない動作…それこそ刃の軌道を視線でなぞるだけで、天使は翼で対応する。そして幾度目かの振り下ろし。天使は今度は翼では無く、その腕でピタリと止めてみせた。
『
鎌が砕けていく。小さい手から光が侵食し、腐敗する様に朽ちていく。
『見たところ、随分と人間達に肩入れしています、ね』
冷たい黄金の瞳に映るのは、怪盗団に宿る
魔力による補助だと、イヴは断定した。こちらに一点集中と見せかけ、その合間合間で魔力で身体的な補助を施している。まるで、力量の差を手数で埋めるかのように。
『元より魔人に浸食された身体など管理対象ではありません』
瞬間、響く爆音。
天使の右手は鎌を砕き、その勢いのままアリスの眼前で魔力を爆発させた。
防戦一方のジョーカーが上を見上げれば、煙の中から落下する物体。拮抗していた力が崩れたのだと、誰もがそう直感した。───地上を見下ろす天使を除いて。
翼を羽ばたかせ、ゆっくりと降りてくる天使は詰まらなそうに口を開く。
『何を驚いているんです? 言ったでしょう。質が違うと』
コツン。とヒールが叩く音が響く。またコツンと響く。少しずつ大きくなるその音。一歩、また一歩と天使が近付くたび、ジョーカーの…怪盗団達の心臓は跳ねる。
「………なっ!」
ジョーカーのペルソナが消える。
攻撃を受けた訳でも無く、ガスの元栓を締められた炎の様に緩やかに消えていく。
「……せ、雪雫…」
そして、他のメンバーも例外では無い。
クイーンが震えた言葉でその名を呼ぶ。そんな彼女を一瞥する事も無く、真っ直ぐ天使は進む。ノワール、スカル、パンサー、モナ、フォックス、ナビ、そしてジョーカー。全員が、真ん中を素通りする天使に対して何も出来なかった。身体が言う事を聞かない。指の一本まで脱力し、抗おうとする気にすらならない。仮面は霧散し、怪盗服はいつもの服に戻っていく。
そんな中を天使は真っ直ぐ進む。未だにペルソナの顕現を可能とし、真っ直ぐと睨みを飛ばす少女に向かって。
「……ヒミコ」
イヴとりせ。その2人の間に発生した防壁。イヴはピタリと足を止め、魔力の壁を指でなぞり、振り払う。それは余りにも、天使を止めるにはあまりにも薄い。
『────』
手を少し伸ばすだけで届く距離。天使はその細腕をりせの頬に添え───。
『歌が、聴こえていますね?』
そう綺麗な笑みを浮かべた。
嗚呼、そうだ。
これは、この歌は私が好きな彼女の歌だ。儚くて、美しい。完成された究極の美。非の打ち所がない完全な芸術。10人が聴けば、10人が良いと答える人類の至宝。酷評は論外、非難なんて持っての他。
の、筈なのに──。
───なーんか違和感あるなぁ
───心ここにあらず…って感じ?*1
なんで私はあの時、違和感を抱いたんだっけ?
「……やめて」
パチン。と乾いた音が響く。弾かれた天使の手が、行き場を失い僅かに戸惑いを見せる。
「そんな歌で、私を口説かないでよ」
それは初めての拒絶だった。
イヴがこれまで観測してきた中でも例が無い。久慈川りせによる完璧な拒絶。
『理解出来ません。
天使は心底意外そうに溜息を吐いた。
『狂いの無い旋律、完璧な調べ、完成された音』
人類が望む歌そのものです。とイヴは続けた。
『天城雪雫は常に人の望みが分かっていた。空虚な本質は、常に願いを汲み取り、行動を最適化させる』
誰も入りたがらない生徒会役員に自ら買って出た。
孤軍奮闘で喘いでいた女医の傍に居続けた。
どんなに初対面の人間であっても、するりとその人の懐に入り込む。
人懐っこい。庇護欲をそそる。
とんでもない。
天城雪雫は常に最適解を選び続けただけに過ぎない。
『貴女達の知る天城雪雫に自己はありません』
入力された命令通りに動く機械と同じ。
『貴女のその拘る歌も、効率を突き詰めた手段でしかない』
良い時代になったものです。と天使は言う。
『あらゆる人種、宗教、言語。人類はその在り方を時々で変えていきましたが、こと歌の本質は変えなかった。乗せる言の葉は違えど、調べには誰もが耳を傾ける。一度耳にさえ残せば、あとは広まるのは時間の問題』
国を越え、言語を越え、人種を越え。歌は今も人類に共通して楽しまれる娯楽。日常にはメロディが溢れ、誰もがそれを口ずさむそんな時代。
『伝道師よりも早く、指導者の言葉よりも近しい。神の言葉を広めるのに、これほど便利な道具はありますか?』
天城雪雫が歌手になったのは必然。その空虚な本質で望みを汲み取り、それを歌として出力。それを繰り返す事で人々の意思に染みついた天城雪雫の声は、違和感無く人類に届けられる。それが例え、借り物の言葉であっても。
『天城雪雫は常にそうやって存在してきた。それを良しとしてきたのはお前達。今一度問います。何故、受け入れない?』
同じ声、同じ顔。
嗚呼、確かに。寸分違わない。
「別に受け入れない。なんて言ってないよ」
初めて叩いた雪雫の手を、その痛みを忘れない様に、りせはきつく拳を握り締める。
ドクン。と心臓が跳ねる。
呼応する様に、ヒミコを中心に風が吹き荒れる。
(さっきの歌には、こっちの戦意を喪失させる様な効果がある)
怪盗団の皆が急に力を出せなくなったのも、この歌の影響だろう。
仲間と戦いたくない、という深層意識を突いた、精神的な攻撃。
でもそんなんじゃ足りない。
寧ろこんなんじゃ、戦意を失うどころか、怒りすら込み上がってくる。
だって。
「大衆向けじゃあ、全然響かないっての」
ヒミコの姿が変わっていく。
淑女の様な大人しい姿は鳴りを潜め、髪とドレスは靡き、身体を中心に、肩と腰から分離されたユニットが衛星の様に飛び回る。
数年ぶりの
──ヒミコ・戦闘形態!
「そうね、次のナンバーは私個人に宛てた熱烈なラブソング……でどう?」
ムカつく。ムカつくムカつくムカつく。
目の前に私を置いといて、私と会話しといて、その視線は全然別の所。
「人の望みが汲み取れるなら、分かるでしょ? りせちーはワガママなんだよ☆」
パロディ、小ネタ、伏線等の解説書は必要?
-
欲しい!
-
要らん!