PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

151 / 157
143:SINgularity.

 

 

 天城雪雫という器はその性質上、一度観測した事を忘れる事は無い。空虚な器は情報を貪欲に飲み込み、その深淵で記録をする。例え、表立った人格の性質が人間に近しく忘れてしまったとしても、それは記録の削除では無く、保存場所を忘れてしまっただけに過ぎない。表面上は抜け落ちた記憶も、きちんと記録に残っている。

 イヴに言わせてみれば、この器は書物に等しく。紐解いていけば対峙するペルソナ使い達のことを知るなど造作も無い事だった。だって天城雪雫ほどペルソナ使い達に接点がある存在は居ない。誰がどの様なペルソナを用いて、どんな能力を持ち、どんな戦い方を好むか。彼女は()()()()()()()()()

 だからイヴにとって怪盗団など最初から相手では無かったのだ。誰よりも間近で見てきたのだから、次の言動や行動の予測は容易く、戦意の削ぎ方も理解している。元より、蛇の誘惑に負け知恵に手を伸ばした種族の末端。一言、甘言を口にすればころりと堕ちる。

 

 

──その筈だった。

 

 

「りせちーはワガママなんだよ☆」

 

 

 ほんの少しイヴの眉が動く。そして、後方へと距離を取る。

 明らかな警戒行動。スカルに対しても、アリスに対しても決して見せる事無かった動揺。

 

 

『─────』

 

 

 りせがペルソナ使いという事に対しての驚きは無い。雪雫自身は忘れているかも知れないが、イヴにとっては既知の事実。しかし知り得たのはあくまでも非戦闘型のペルソナを有すると言うモノ。山岸風花や佐倉双葉と同タイプの、障害にすらなり得ない人間。

 

 知らない。

 有する情報全て照らし合わせても、件のペルソナの事は分からない。天城雪雫はこの久慈川りせを観測していない。

 

 

「今からそれを教えてあげるんだから」

 

 

 先に動き出したのはりせだ。歌う時のパフォーマンスの様に片手を前へ差し出せば、ヒミコの周囲に漂っていたユニットがイヴに迫る。蜂の下腹部の様な形をしたソレは、先端の鋭い針を真っ直ぐに向け進む。

 

 数は三基。

 その一つ一つは魔力を帯びていて。

 魔力量は先の障壁と同等。

 

 ならばと、まずは一基。イヴは自身の魔力で生成した剣で破壊を試みる。

 

 ガキン。と衝突音と共にユニットの軌道が逸れ、イヴのやや斜め後ろ方向に飛んでいく。

 

 

『─────』

 

 

 続く二基目。

 弦を弾く様な指使いで魔力を飛ばす。色も実体も無い、不可視の斬撃。

 正面から衝突したソレは、ユニットに触れた瞬間に霧散した。

 

 

『───なるほど』

 

 

 最後の三基目に対して、イヴは抵抗すら見せなかった。ただ身体を捻り、簡単な動作で避けるだけ。顔の真横、虚空を掠めたユニットは折り返す事も無く後方へ。

 

 

『破壊は非効率的…の様ですね』

 

 

 ユニットを包む魔力量は一定ではない。イヴは2度の接敵でそう判断した。

 こちらの攻撃が当たるその瞬間、局所的に接触部分の魔力量が跳ね上がった。それこそ、こちらの攻撃と同等なレベルまで。1度目は偶然かに思えた、しかし2度続けばそれは必然。

 

 

「判断遅くない? 普段の雪ちゃんなら1度目で見抜いたと思うけど?」

 

『戯言を。それは貴女の精神的な入れ込みによる過大評価でしかない───』

 

 

 分析に長けた久慈川りせだからこそ出来る芸当。やはり姿は違えど、ペルソナ:ヒミコの力は健在らしい。戦況に合わせて魔力量を調整するなど、訳も無いという事だろう。

 

 

 だが、それだけ。

 確かに形態変化には一片の驚嘆はあった。しかし先の僅かな攻防で底は知れた。

 結局、ペルソナ:ヒミコの真髄はその分析能力。戦闘を可能にしたとて、それは変わらない。常に距離を保ち、戦闘はユニットに任せる事で分析する時間を捻出。データに基づいて出力・展開を変え、勝利への段取りを確保する。

 

 つまり、戦闘スタイルは典型的な魔法特化型のペルソナに近しい。天城雪子や、高巻杏に類似する、近接戦闘を不得手とするタイプ。

 

 

『───寧ろ機能は今の方が向上しています』

 

 

 たった一歩、天使は距離を詰める。

 天使の一歩は、人間には脅威に映るだろう。ただの歩みも、光の如く、瞬きの間の移動だと誤認する。

 

 

『ほら、手を伸ばせば貴女の命に手が届きそうでしょう?』

 

 

 翼を含めた全身をゆとりを持って視界に収める事が出来た筈の距離を、瞬きの間にイヴはりせの目の前まで詰めた。

 冷たく、細い指がりせの胸元をなぞる。本当に言葉のまま、そのまま皮膚を貫いて、心臓を掴んでしまうんじゃないか。そんな間合い。

 

 だと言うのに、りせは嗤った。

 嗜虐心さえを感じさせる様な顔色で。

 

 

「機能の向上……ね。それは肉体的な話でしょ?」

 

 

 瞬間、イヴを射抜かんとする鋭い魔力反応。頭上から向けられた三つの砲門。蜂の下腹部の様な形のユニットが、鋭い先端を向けている。

 ちらりと視線を後ろにやれば、先程弾き飛ばし、避けたユニットが未だに後方を漂っていた。つまり全く別、天使の認知外の攻撃。

 

 認識すれば天使の動きは早かった。

 翼を広げ、上空へと飛び上がる。飛び上がりと魔力の放出はほぼ同時だった。細く練られレーザー状となった魔力。二本は翼によって弾かれ、()()()()()()()()()()()()

 

 

『───っ』

 

 

 上空であれば全体を見渡しやすい。

 天使は地上を注視する。久慈川りせの周囲に三基。そして最初の攻防で弾き飛ばした三基。計六基の砲門。その全ての砲門が上空へ向けられている。

 

 

「私はね、センスの話をしているの」

 

 

 言葉と共に一斉に放たれる直線的な攻撃。

 認識外の攻撃ならば()()()()()()()()()()。しかし、此度はそうではない。視界内の、しかも直線的な攻撃への対応は児戯に等しい。

 

 

「普段なら、初撃で戦い方を見抜いていた。普段なら、距離を詰めるのももう一手早かった」

 

 

 六つの光。一つ一つに練られた魔力の量は相当なモノ。先の不意打ちで翼の強度を測ったのだろう。恐らく、今回の攻撃は貫通弾の如く、確実に射止めるもの。

 ならば、と天使は回避の手を取った。攻防を重ねる度に、データを収集し、フィードバックしていくのなら、余分なデータを与えるべきではないと判断した。

 

 

「全体的に一手、遅れてるんだよ。イヴ」

 

 

 しかし、それは悪手。

 イヴは先の不意打ちで、初めて久慈川りせを──個人を警戒した。髪を掠めた程度とは言え、初めて届かされた攻撃。だから、ユニットの動向を、その微細な魔力の流れにさえ、目を配った。先端に微量であっても収縮する傾向があったのなら、それは攻撃の合図であると。

 

 だから、予想にもしなかった。

 魔力を帯びない七基目のユニットがあるなどと。そのユニットが、既にイヴの背後に陣取っているなどと。

 

 

『!』

 

 

 イヴが避けたビームは、空のユニットに収束されていく。空っぽだった器は、他のユニットから譲渡された魔力を束ね、より強大な光を生成する。

 彼女は気が付いた。常人では有り得ない速度と精度。一本目の魔力が蓄積された時点で、それを認識した。

 

 だが、遅い。

 本来であれば空の状態で気が付くべきだった。有り得ないと可能性を排斥する事無く、最初から久慈川りせを疑ってかかるべきであった。

 

 一本の魔力であっても、それはりせが分析を元に調整した魔力量。

 鋼鉄の翼を射抜くに適切な威力を持った一撃は、天使が振り返ると同時に放たれた。

 

 

「お、おい…まさか」

 

「1人で……」

 

 

 戦意を喪失し、只人となっていた怪盗団達の瞳に光が戻る。

 

 戦力差を元もせず、気丈に独り孤独に戦っている。

 しかもこの中で一番、雪雫という少女に思い入れがあるりせ本人が、だ。

 

 鈍った切っ先が、幾分鋭さを取り戻した様な感覚を抱く。

 

 このままでいいのか、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

「共通の物差しで個人を測ろうとしないでよ。平均値で物事を考えないでよ」

 

 

 天使は堕ちた。

 片翼は焦がれ、もう飛ぶことは出来ない。

 

 機能的な話では無かった。身体的な故障であれば、直す事は容易い。元より大衆に望まれている存在。天使が退く事を、大衆は良しとはしない。

 だからこれはあくまでも中身の、精神的な話であった。

 

 

 この人間を下したい

 

 

 主の前で私に土を付けた人間。

 矮小で脅威にすらなり得なかった人間。

 今もなお、この器の本質を歪めようとしている人間。

 

 突出した人間など認めない。パレスの主達の様に、メメントスに囚われない確固たる自己を持つペルソナ使い達は新たな世界には不要の存在。

 世界のはみ出し者が、管理者である当機と並ぶなど、あってはならない。

 

 真っ直ぐ、イヴは久慈川りせを睨む。

 その形相には色があった。眉間に皺を寄せ、黄金の瞳は敵意に染まる。突き刺すほどの殺気が、りせの身体を襲う。

 

 

「───やっと、こっちを向いてくれた」

 

 

 だと言うのにりせの顔には余裕があった。

 待ってましたと言わんばかりに、両手を広げ、天使から放たれる全てを受け止めると言わんばかりの態度。

 

 

『性能比べといきましょう』

 

「いいね。屈服させてあげる」

 

 

 イヴは駆け出す。

 宙のユニットが、再び射止めんと攻撃する。

 

 ヒミコの分析による未来予知に等しい包囲網。二基が頭上から雨を降らせたと思えば、もう三基が横から薙ぎ払うように射出する。

 その射撃は正確無比。だから発射の瞬間、その砲門の向きで着弾位置を予測、微細な魔力の動きで発射の順番を特定するしかなかった。

 

 縦横無尽、空間を飛び交う光線を、時に蛇行し、時に稲妻の模様を描き、時に飛び上がって、寸前で避ける。

 最初は頬を熱線が掠めた、次は髪を掠めた。

 

 

『───っ』

 

 

 コンマ一秒。

 天使は思考と動作が遅れていると知覚した。この肉体のスペックであれば、本来生じる筈の無いズレ。それが久慈川りせの言う【センス】の差であることを、天使は自覚した。

 

 大衆からのバックアップに、質量にモノを言わせた大雑把な戦闘では到底自覚する事が無かったであろう差。

 

 

『───ハハ』

 

 

 次の攻撃は剣で弾いた。その次は身体を捻って避けた。そして次は、放出される前に砲門を蹴る事で軌道を逸らした。

 

 研ぎ澄まされた感覚とクリアな思考。

 純粋に目の前の人間を倒したい。己の優位性を証明したいという渇望。

 

 最早、大衆のバックアップなどノイズでしかなかった。自らの願望を主張するだけの人類など、児童の喚き声に等しい。

 

 

『主よ、戯れをお許しください』

 

『………………』

 

 

 残った翼を切り堕とす。

 イヴは不要だと判断した。だって的が大きくなるだけだ。あの女の波状攻撃を潜り抜けるのであれば、身軽な方が良い。

 

 

「なるほど。雪ちゃんは雪ちゃんだ」

 

 

 その様子を遠くから見ていたりせは、口元を僅かに緩める。

 

 

『天城雪雫に出来て、私に出来ない訳が無いでしょう!』

 

 

 最早、直線的な光線では捉えられなかった。影すら掠められないその速度で距離を縮めたイヴの凶刃が、りせの喉元を狙う。

 

 

「っぶな~」

 

 

 場にそぐわない気の抜けた声。一筋、汗を流すもりせはその余裕そうな態度を崩さない。

 刃と細首の間に割って入った八基目のユニットがバリアを展開していた。

 

 

「急所を狙う事くらい、予測済み」

 

『そうですか』

 

 

 クリアな思考は次の一手へ導く。

 分析による局所的な防御が得意であるなら、全域に及ぶ攻撃は捌き切れまい、と。

 

 首に突き立てた剣を手放し、残る片手で再び握る。

 繰り出されるのは空間そのものを切り刻む乱撃。

 

 

『空間殺法』

 

 

 七基のユニットは後方。到底間に合う距離では無く。一基で防げる手数では無い。

 これが決定打になるほどの威力は無い。しかし、致命的な隙である事は確実。そんな剣戟が繰り出される──

 

 ───その時。

 

 

「アリス!」

 

 

 りせはその名を呼んだ。

 本来、口にする筈のない者、だと言うのに。

 

 足元の影が揺らぐ。

 りせの周囲に影から這い出る銀食器の数々。まるで水を切っているかの様な手触りのそれらは、斬撃を和らげる。

 

 

『名を呼ばれたなら、力を貸さない訳にもいかないわね』

 

 

 後方へと距離を取ろうとした。

 りせがその名を呼んだ瞬間に、そう思考が最適解を導き出した。

 

 しかし、遅かった。

 行動へ移すのが遅れた訳じゃない。寧ろ思考とノータイムで身体は動いた。しかし遅い。それは一重に、第三者による介入の可能性を排除していたから。久慈川りせに集中するがあまり、密かに力を残していたアリスに気が付けなかった。

 

 

『今の私はフリーだから』

 

『悪魔風情が……!』

 

 

 足元から生え出たフォークが腹を突き刺すのと、イヴが抜け出したのはほぼ同時だった。

 等間隔に空いた5つの穴。そこから漏れ出る器由来の赤い液体。宙に散らしながら、イヴは跳躍する。

 

 熱に浮かされていた。

 もしかしたら肉体に引っ張られていたかもしれない。

 

 久慈川りせへの執着、機体性能の証明。

 下らないプライドに流されたと天使は己を恥じる。

 

 

『戯れは終わりです』

 

 

 神の恩恵を。祝福をその身に宿す。

 聖杯から伸びた機械のチューブの様な触手はイヴの背へと繋がれる。瞬くの間に再生されていく翼、跡形もなくなる腹の傷。光輪の輝きは再び身を焦がすほどの光を放ち、影の存在を許さない。

 

 

『圧し潰す』

 

 

 無用な殺戮は好まないが、有用であれば仕方がない。

 ペルソナ使いどころか、この部屋の大衆の何割かも消し飛ぶ程の威力。

 

 けど、人類が滅ぶ程ではない。

 嗚呼、そうだ。これは聖別だ。大噴火の様に。大洪水の様に。環境に適した新人類を選ぶ為の。

 

 

『不安ですか? 歌を歌いましょう。主を称える歌です。主の威光を尊ぶ歌です。幾分かは気が紛れるでしょう?』

 

「ふざけんなっ! オーディエンスのリクエスト無視すんな!」

 

 

 やはり心地が良い。

 統計に基づいた行動は、データに基づいた選択は、己を強固なモノへと昇華する。

 

 揺らいだ天秤が、精神の揺らぎが修正されていく。

 私は選ばれてここに居る!

 

 

『審判を告げる』

 

 

 落光。

 それは神の威光そのもの。太陽の輝きを宿した聖なる光。

 

 防げる筈がない。

 その確信があった。

 

 

『消え失せろ』

 

 

 怪盗団は既に只人。戦えるのは久慈川りせとアリスのみ。たかだか地を這う蛇二匹に防げる規模ではない。

 その認識が、天使を再び敗北へと導く。

 

 

「ゴエモン!」

 

「ヨシツネ!」

 

 

 二体のペルソナ。そこから繰り出される一閃が、背のパイプを切り刻む。

 

 

『……なっ!』

 

 

 誰の、なんて確認するまでも無い。

 地上を見下ろせば、再び怪盗団が立ち上がっている。顔を隠す仮面と怪盗服で身を包んで。

 

 

「あんだけ気色の悪ぃ歌聴いてたらよぉ。飛び起きちまったわ」

 

「みんなのためにとか、無理に背筋を伸ばさなくていいわよ」

 

 

 スカルとクイーン。

 

 

「マイペースも美徳だよ。雪ちゃん」

 

「私には芸術は分かんねーけど、ハッキリ言える! 今の雪雫の歌は嫌いだ!」

 

 

 ノワールとナビ。

 

 

「芸術とは着飾るだけではない。そう君自身に気付かされたんだけどな」

 

「そういう事だ。オメーにニンゲンは理解出来ねーよ! 天使!」

 

 

 フォックスとモナ。

 

 

『戯言を…! 個人の好悪など…そんな尺度の話ではない! この器は人類の至宝…神が所有すべき……』

 

「ならば奪おう。俺達はその為に来た」

 

 

 不敵に笑うジョーカー。

 そしてその隣、久慈川りせが影で出来た鎌を携え、宣言する。

 

 

「雪雫……その心、私が頂戴する!」

 

 

 揺れる。

 心の奥底。器としての役割、天使としての立場。色々なモノで蓋をした底の底で。

 

 空虚である筈のナニカが疼く。

 

 

『私は大衆に望まれている…。この光は望まれし者の輝き! マイノリティの主張など…!』

 

 

 神との接続は切れた。

 しかし、既に太陽の輝きは天使の手に。

 

 一つ、落とせばそれで終わり。

 その筈なのに、身体が言う事を聞かない。コンマ一秒所では無い、体感にしては永遠に近いズレ。

 

 

「何が自分は選べる、だ」

 

 

 天使はまた一つ、見落としていた。

 結局のところ認識するのは自分の目に映るもの全てで、認識外の可能性というモノを始めから考慮しない。

 

 

「欲望を、増幅させた」

 

 

 この空間の入口。

 そこあるのは二つの影があった。

 

 

「お高く留まってんな。獣らしく堕ちろよ。所詮、同じ穴の狢だろう」

 

 

 明智吾郎。

 

 

「その翼……綺麗だけどね。そんなのあったら手が届かないよ…雪雫」

 

 

 芳澤かすみ。

 

 

『く…! また……!』

 

 

 明智による精神暴走。それは奥底の本来の天城雪雫を呼び起こす。きっかけは間違いなく、久慈川りせの言葉。増幅された欲望が、天使からコントロールを奪っていく。

 

 

「雪雫ぁ!」

 

 

 その隙をりせは見逃さない。

 ほんの少しの揺らぎ。雪雫を囲う檻に入った小さな亀裂。それを崩さんと、跳躍する。

 

 

『久慈川りせ!』

 

 

 コイツさえ。コイツさえ居なければ。

 全てこの女から狂い始めた。元より天城雪雫がコイツに靡かなければ、簡単に済んだはずなのに───!

 

 

『私を否定するか…! それは天城雪雫を否定するのと同義! お前が今、打ち倒さんとしているのは他でもない彼女自身!』

 

「だから最初から言っているでしょ! 否定する気なんかないよ!」

 

 

 周囲に冷気が漂う。

 鋼鉄の翼に霜が走り、その表面が凍っていく。

 

 

「皆の為に動ける、想える。それも雪ちゃんの美徳だよ! でもね! 大事な物を何一つ! 分かってない!!」

 

 

 凍った翼が核熱によって溶かされる。

 再び翼を失った天使は高度を下げ、久慈川りせとの距離を縮めた。

 

 

『大衆が抱く共通のネガイ以上に、優先すべき事などある筈無いだろう!?』

 

「あるよ! いい加減に私を……私だけを見ろよ!!! このバカ!!!!!!!」

 

 

 堕ちていく天使。

 下から迫るりせ。

 

 

『気付いているか。天使よ』

 

『お前は【物質の在り方は中身次第】と言った。しかしお前はその口で【なぜ中身に拘るか】とも問うた』

 

『矛盾。矛盾を抱く時点で、お前にも心はある。その時々で、状況で立場で気分で意見を変える人間と同じ様に』

 

『言葉一つで語れるほど、心は単純じゃない。だからお前も言語化出来ない不安を拭う為に、久慈川りせの排除を優先した』

 

『おめでとう。それが獣の性。生物である以上、どうすることも出来ない悪癖』

 

『嗚呼、お前は私よ。虫唾が走るけどね』

 

 

 アリスは見上げる。

 天使の最後を。翼は焦がれ、表情は焦りに満ち満ちていて、芸術的観点としては及第点。

 

 

『見るに絶えないから、とっとと雪雫に身体を返してもらえる?』

 

 

 悪魔は嗤う。

 やっぱり人間は面白い、と。

 

 

「一が全を越える事だってある! 個人の想いが何にも負けない事もある!!」

 

『───り──せ?」

 

「人類なんかに意識を割く余裕あるくらいなら───」

 

 

 りせは武器を捨てる。

 必要なのは武具では無く、手を差し伸べること。

 

 

私だけを見てろ!!!!!!!

 

 

 そうして距離が零になる。

 武器を捨てた両手は確かに少女の身体を包み込み──

 

 

 

 その小さい唇にキスを落とした。

 




終盤でりせに大胆な告白させるぞ~と考え着いてから120話くらい経ちました。
なげぇ

パロディ、小ネタ、伏線等の解説書は必要?

  • 欲しい!
  • 要らん!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。