PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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144:Goddess Metamorphosis.

 

 

 彼女はいつだって私だけを見ていた。

 

 地味で暗い「りせ」

 スポットライトに照らされて、皆にちやほやされている「りせちー」

 別人格として切り分けていた時期もあったけど、雪雫にとってはどちらも同じ「久慈川りせ」

 

 きっと特別な事なんて無くて。

 貴女にとっては呼吸と同じくらい当たり前の事。

 

 でもその当たり前が嬉しくて、当たり前に救われて、当たり前が特別になった。

 

 私が芸能界に復帰できたのはね。

 ありのままの私を見てくれる人達が……雪雫が居るからなんだよ。

 

 その事に気が付いたのは、自分のシャドウと向き合った時。

 気付くの遅いよね。大分、迷い道しちゃった。

 

 でもその事があったから、私は自分に対しても他の人に対しても、その人のありのままを見れるようになった。

 

 だから私にとっての雪雫もただの雪雫。

 

 実は箱入りのお嬢様で、実家には過保護で怖いお姉ちゃん*1が居て、高校生をやりながら人気歌手をやっていて、その裏でさらに怪盗団でも活動していて。ちょっと人と変わった力を持っていて、実は一度死んでて、その所為で身体が成長しなくて、傷がすぐ治って、本当はご飯とか睡眠とかもいらなくて、大衆のオタカラにまで持ち上げられて──。

 笑っちゃうくらい特徴が沢山ある雪雫だけど、それでも貴女は私にとっての当たり前。

 

 だからそんな風に自分を分ける必要なんて無いよ。

 りせちーもりせだった様に、雪雫も雪雫。

 

 聖杯とか天使とか。器とか役割とか。イヴとかアリスとか。物質と情報とか。

 難しく考える必要は無いんだよ。

 

 もし色んな事で分からなくなっても、私が傍に居るから。

 雪雫を雪雫だと知っているりせが。例え周りの皆が雪雫の事が見えなくなっても、私だけは貴女を見続けるから。

 

 大衆のネガイ以上のものを、私が注ぎ続けるから。

 

 

「雪雫にとっての人類も神も、全部りせ一人だけで良いの」

 

 

 雪雫も私だけを見ていてください。

 

 

 

 

 

 

 天使の天使たる象徴が消えていく。

 羽根も光輪も、長くなった髪でさえ、光に包まれ宙へと消えていく。

 

 少女は本来の姿を取り戻していく。

 黄金の瞳は真紅の瞳へ。真っ白な装いは何時もの学生服へ。

 

 そして何時もの不愛想な色は、誰が見ても明らかな朗らかな色を浮かべ───。

 

 

「ふふっ。ワガママ」

 

 

 と満足そうに囁いた。

 

 

「雪雫ほどじゃないよ───って…うわぁ!?」

 

 

 しかしここは上空。

 りせにはまるで一連の光景がスローモーションのように感じていたが、現実は無情。元々アリスの魔力による補助を前面に受けて行動していたりせ。しかし雪雫が自我を取り戻した事でアリスもイヴと同様に元の居場所へと戻っていったらしい。身体能力へのバフ、そして翼での浮力を失った事で、2人は抱き合ったまま急速に降下していく。

 

 

「こ、この後のこと……考えてなかったぁ──!」

 

 

 元々戦闘向けじゃない自身の能力を半ば無理矢理、しかも援助前提で無理をしていたりせに、先程のパフォーマンスは無い。

 あたふたと雰囲気も威厳も無しに取り乱すりせに、雪雫は呆れた表情を浮かべた。

 

 

「最後の最後で締まらないのもりせらしい」

 

 

 その点、雪雫は未だに余力があった。

 少なくとも成人女性を空中で抱きかかえ、着地の瞬間に受け身を取るくらいには。

 

 所謂お姫様抱っこの構図となった二人。地上について降ろされたりせは嬉しさ半分、恥ずかしさ半分と言った様子だ。

 

 

「復活直後からイチャラブかよ………」

 

「ふっ。見事に奪った様だな。心を」

 

 

 その光景を後ろで見ていたスカルは肩を落とし、ジョーカーは腕を組みながら見守っている。

 他のメンバーに関しても大体同じ反応で、先程のシリアスな雰囲気は何処吹く風。

 

 そんな周囲の視線に晒されながらも、雪雫はマイペースを貫く。

 

 

「く、くそぅ……。私のスパダリとしての威厳が………」

 

「期待して気長に待ってる」

 

 

 時間はいくらでもあるからね。

 そう言って雪雫はりせの頬にキスを落とす。

 

 

「───その為にも」

 

 

 りせから視線を外し、(ソラ)を見上げる。

 緩んだ眦は鋭く尖り、その様は敵を見据える魔女のもの。

 

 

「神を殺してしまおうか」

 

 

 言葉と共に手には大鎌が、学生服も怪盗のものへと変わる。

 それが意味するのはただ一つ。

 

 

『主たる我に歯向かうか……』

 

「もう主じゃない。改宗したから」

 

 

 ウィッチを先頭に、追従する形で怪盗団のメンバーが続く。

 そこにはかすみや明智の姿もあり、皆同じように敵意の満ちた眼で聖杯を仰いでいた。

 

 

『所詮は混ざり物…か』

 

 

 その時、メメントスが巨大な振動に包まれる。

 先のワンダーランド発生時の比でない程の振動。まるで世界そのものが生き物の様。

 

 

『大衆は最早、お前をタカラなどと崇めない。お前はあろうことに【一】にそそのかされ、【全】を見限った。堕落した代弁者に、価値など無い』

 

 

 視界が眩むほどの輝き。足場が光に包まれ消えていく。

 

 

「─────なるほど」

 

 

 弾き出される。

 そう直感した。

 

 身体に入った異物際、反射的に取り除こうとするのと同じ。

 怪盗団の活躍に比例して路が開けたメメントス。ならば、逆もまた然りという事。

 

 

「首洗って待ってなさい。──偽神よ」

 

 

 言葉と共に少女は……怪盗団は忽然と姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ベールベルベル ベルベット~♪」

 

 

 奇妙な歌だ。

 

 

「わーがあるじ ながいはな~♪」

 

 

 メロディとか歌詞とか、おおよそ考慮されていなさそうな、作品と呼ぶには余りにもチープな歌。まるで子どもが思い付きで作った様な、それでいて何処か親しみを感じる歌。

 そんな歌を目覚まし代わりに、私は目を覚ます。

 

 

「おや、目が覚めましたか」

 

 

 視界にはこちらを覗き込む女性の顔。

 白い肌と黄金の瞳。眉上で切りそろえられた前髪に、ボブカットの白髪。そして変化に乏しい表情。

 

 そんな女性が、お互いの吐息がかかるくらいの距離でこちらを覗いていた。

 

 

「誰?」

 

 

 一番最初に頭に浮かんだ疑問を投げかける。

 

 

「エリザベスでございます。()()()

 

 

 変わらぬ距離のまま、まるで旧友にでもあった様な温度感で名前を名乗る変人…もといエリザベス。

 

 ……いや、本当に誰だろう。

 こんな奇抜な風貌…一度見れば竜司であっても憶えられそうな見た目…をしているのに、全く記憶に無い。

 

 エリザベスの顔をどかして、身体を起こす。

 どうやらベッドの上で寝ていたらしい。天蓋付きでサイズはキングサイズ。私には余り余る大きさ。手触りは上々。色は深い青色で統一。

 

 

「ここは……?」

 

 

 ベッドの感触を程々に辺りを見回せば、どうやらここは寝室だと言う事が分かる。

 ベッドの横に添えられたサイドテーブルと上に置かれた蝋燭。天涯から下ろされたカーテン。部屋の隅のドレッサー。天井に豪華な装飾のシャンデリア。ベッドの向かいの壁の大きな丸窓は月明かりを差しているものの、全体的に薄暗い。窓床や壁は上品な光沢となめらかな肌触りが特徴のベルベット素材で統一されており、青で統一されている。

 

 直観的にもった印象としては寝室。しかも現代日本における寝室では無く、どっちかと言えば洋風の、中世時代の部屋の様。

 しかしそんな中でも一際異彩を放つのは部屋の中央にポツンとある木製の椅子とテーブル。寝室に置くにはそぐわない位置取りの……少なくとも私ならばそこには置かない……それは何となく自分のためでは無く、全く別の誰かのための席の様に思えた。

 

 そんな席に…席と言うかテーブルの上に腰掛けたエリザベスは珍妙な歌を歌いながら戸惑う私に視線をやった。

 

 

「ベルベットルームでございます」

 

 

 先程の問が満を持して返って来る。

 聞いて最初に抱いた感想は、『安直』であった。

 

 

「ここは夢と現実、精神と物質の狭間にある場所……」

 

 

 はしたない態度とは裏腹に、定型文の様な説明を口にするエリザベス。

 彼女に意識を向けてやっと分かったが、エリザベスはメイド服の様な装いをしていた。色は勿論、青。

 

 

「ここは訪れるお客様の在り方によって姿が変わる不思議な部屋……貴女の場合はごらんの通り。閨房……と申しておきましょうか」

 

 

 寝室では無く、閨房。

 意味合い的には寝室と同じであるが、ニュアンス的に性的な意味合いを表す古い言葉。

 

 

「寝屋で育った深窓令嬢。幼い貴女にとって世界の全てだった寝室は、久慈川りせによって開かれた。そうここは貴女の世界そのものであり、変化の兆しでもある。そうして先程、またも彼女によって変化が訪れた。もはや寝室は貴女一人のものでは無い。閨房…適した表現かと───」

 

「分かった。説明はもういいから」

 

 

 部屋の仕組みは分かった。

 あとエリザベスは空気が読めない性質という事も。

 

 先程…という言葉からして、現実に起こった事は承知しているらしい。となれば、やはり時系列的にはメメントスから弾き出された後、何故か私だけがここに来た。

 

 

「皆さんの事が心配でしょうが、ここは狭間の世界。多少なりとも話す時間はあります故、お耳を貸して頂けないでしょうか」

 

 

 敵、というワケでは無いらしい。

 まぁ最初から何となく分かっていた事ではあるけども。敵であるならば、もう既に私はやられている。容易に想像出来る程、この人は力を持っている。

 …………変な人だけど。

 

 

「本来、ここは貴女が訪れる場所ではありません。ここはお客人…つまり変革をもたらす者、あらゆる可能性を秘めた者のみが訪れる事が出来る場所。貴女は本来、変革では無く統制を為す者であり、可能性を閉ざす者」

 

「………本当に全部知っているのね」

 

「ですが、貴女に変革がもたらされた。天か地。二つに一つの結末から貴女は第三の選択肢を選んだ。それは人間としての……天城雪雫としての道」

 

 

 見出したのはりせだけど。私はただ手を取っただけであって、そんな大層な事はしていない。

 そう心情が顔に出ていたのか、エリザベスは言葉を重ねる。

 

 

「変革をもたらしたのは別の者であっても、選びとるのは貴女自身。イブとアリス。正反対の結末は貴女の元へと戻り、可能性となった。第三の道を開拓する力としての可能性。そして複数の力を行使する可能性に満ちた変革者を我々は【ワイルド】と呼ぶ」

 

 

 部屋の隅の本棚から一冊の本が飛び出し、彼女の手元へ収まる。

 本には一枚のタロットカードが栞の如く挟まっていた。数は二十、示すアルカナは「永劫」

 

 

「貴女は全より一を選んだ。大衆の代弁者という永劫(システム)から脱し、個人に属する事を良しとした」

 

 

 彼女の手のカードが青い炎で焦がれていく。

 そして、灰の中からまた新たに現れる0番目のアルカナ。

 

 

「非合理的です。不安定な個を選んだことで、勝ち目が無い理不尽な戦いに身を投じる。嗚呼、正に愚者と呼ぶのに相応しい」

 

 

 先程までの部屋の雰囲気にそぐわない所作はなりを潜め、エリザベスはスカートをつまんで頭を下げる。

 それが合図かの様に、彼女の横には無骨な鎖に巻かれた重い鉄の扉が現れた。監獄……という表現が適している様な重厚な扉。

 

 

「ベルベットルームはお客様を導き、その旅路を支援する場所。本来であれば貴女には別の者が付き、主と共にお助けする筈でした、が。今のベルベットルームはその在り方を歪められ、正常に機能していません」

 

「……じゃあ貴女は?」

 

「私は絶賛職務放棄中…つまり【にぃと】であるが故、此度の事案に巻き込まれなかっただけに過ぎません。ですがお陰様で、新たなお客様の誕生に立ち会えました。不肖エリザベス、感・激…でございます」

 

 

 鎖に巻かれた扉の先。

 その先に、仲間達の存在を感じる。

 

 きっとエリザベスは見かねて助けてくれたのだろう。

 そう思った。

 

 可能性を示した私を、導くために。今度は私が、皆の危機を救えるように。

 

 

「扉の先は貴女とはまた別の…貴女も良く知るお客人の部屋に繋がっています。しかし、そこに可能性はありません。貴女がそうであったように、その先に待つのは可能性を閉ざす者」

 

「つまり、今度は私が変革を起こす番」

 

 

 心がざわつく。

 エリザベスの言う『可能性を閉ざす者』に対する確かな反逆心。

 

 器としての役割に引っ張られる訳でも無く、植え付けられたものでも無い。

 

 

 ────ニュートラルな私が、天城雪雫が確かに感じる感情。

 

 

 偽りの信仰心に、ハリボテの反逆心に……変革が訪れる。

 

 

 それは宵の明星。

 

 悲劇の聖女は姿を変えていく。金髪は逆立ち艶やかに宙を靡き、鎧は局部のみを隠すシルクに変わりその艶やかな肢体を曝け出す。額からは二本の牛の角が髪を掻き分けて生えている。

 

 古代メソポタミアの神格。

 時に豊穣を、愛を、不和を、戦を…多くの神性を司る女神。時に慈悲と愛情を持って接し、時に苛烈に敵を討ち滅ぼす。その多面性からあらゆる神性、神話に影響を与え、物語に変革をもたらしてきた問題児(トリックスター)

 

 

「───イシュタル!」

 

 

 その名と同時に、雪雫は。

 ウィッチは鎌を振り下ろした。

 

*1
りせの偏見

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