PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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145:Wreck the board.

 

 

 時計の針は少し戻る。

 

 天城雪雫がベルベットルームで目覚めた頃。

 時を同じくして、もう1人の客人もまた覚醒した。

 

 しかしこちらの場合、置かれた状況は芳しくない。最悪…その言葉がピタリと当て嵌まるくらいには。

 

 目覚めた雨宮蓮に注がれたのは6つの瞳。

 怒り、哀れみ、軽蔑、落胆。そんなマイナスな感情が入り交ざった様な色。そんな眼差しを向けるのは言うまでも無く、双子の看守であるジュスティーヌ・カロリーヌ。そして部屋の主であるイゴール。

 

 ヨタヨタと覚束ない足取りで、囚人は何時もの様に檻の前へ。

 いつもと比べて…平時から決して歓迎されている様な雰囲気では無いのだが…重い雰囲気に唾を呑む。

 

 

「結局、更生は果たされなかったな」

 

 

 イゴールはより低い声で言う。

 

 更生…彼らの言う【破滅】を回避する為の道。

 

 

「見込み違いだった様だ」

 

 

───何が起こった。

 

 

 そう、囚人は問うた。

 

 

「無能な囚人が!」

 

「協力の甲斐もありませんでしたね」

 

 

 カロリーヌが警棒で檻を叩き、ジュスティーヌが冷えた声音で口を開く。

 どうやら置かれた状況を理解出来ていない事に、ますます失望を覚えた様子だった。

 

 

「人間は私が考えるよりも、遥かに怠惰で…愚かであった。間も無く世界は破滅を迎えるだろう」

 

 

───破滅だと?

 

 

 囚人は狼狽える。

 

 確かに人造天使を…雪雫を正気に戻したが、根本的な原因である聖杯はそのままだ。

 先の戦いでは結果的に統制を望む大衆の意思でメメントスから弾き出された。

 だが、まだこうして生きている。まだ叛逆の機会は残っている。

 

 だと言うのに。

 

 

「お前はゲームに敗れた。人類に変革をもたらすトリックスター…。所詮、お前には荷が重すぎたようだ」

 

 

 この老人は、イゴールはまるで諦めろと言わんばかりに言葉を重ねている。

 

 

「では、ゲームのルールにおいて、敗者には代価を支払ってもらわねばならん。お前の…命をな」

 

 

 囚人は違和感を覚えた。

 こちらの紡ぐ旅路をあくまでも導く、手助けをするというスタンスであったイゴール。その本人が直接命を摘む事を良しとする事に。

 

 

「なっ……!」

 

「死刑…!?」

 

 

 双子の看守も聞かされていなかったのか、囚人と同じ様に驚愕の色を浮かべている。

 

 

「神の決め事は絶対。我が試みは水泡に帰し…全ては終わったのだ」

 

 

 しかしそれでも構わないと言わんばかりにイゴールは結末を急ぐ。

 

 

「その者に、速やかなる死刑を」

 

 

 この空間の主はイゴール。双子の看守はあくまでもそれに付き従う存在。それが主の望みなら。とカロリーヌは納得がいかない本能を理性で無理矢理抑えつけようとしている。

 一方でジュスティーヌはカロリーヌと比べ最後までその違和感を口にしていた。本当に死刑にする必要があるのか、と。

 しかしその問答も主の前までは無意味な時間。結局のところ、命令を受け入れる。

 

 初めて、囚人の檻は解かれた。

 今までずっと不可侵であった領域、部屋の中央の処刑台。今初めて、自分が執行対象になった事でその空間に身に落とす。

 

 カロリーヌに髪を掴まれ、無理矢理引きずり出される形となった囚人は、抵抗しようにも立ち上がれない。無様に地面に倒れ伏せ、見下す看守と冷たい処刑台を睨むばかり。

 

 

───ここまでか。

 

 

 誰も居ない。

 この結末に異を唱える者は誰も。まるで最初から決まっていたかのように、当事者の疑問など一切合切無視して物事は進んでいく。まるで、物語の中心から外されたような、そんな感覚。

 

 そこで囚人は気付いた。

 イゴールの言うゲーム。それが本当に行われていたとしたら、自分はもうプレイヤーでは無いのだ、と。プレイヤーですらない者に、物語は展開されない。

 

 

───変革は起こせない。

 

 

 諦め。

 

 そんな言葉が胸中に渦巻いた───その時。

 

 

「イシュタル!」

 

 

 少女の声と共に、後方の檻が打ち破られる。

 激しく瞬く光、獣の唸りの如く雷鳴。その中ですらしっかり通る意思を持った少女の声。

 

 

「……雪雫…!」

 

 

 ちらりと赤い瞳が囚人に注がれた。無事を確認して僅かに眦が緩まったと思えば、すぐに鋭さを取り戻した。

 少女は僅かな時間で周囲に視線をやる。この空間の構造、周囲の物体、双子の看守、そして。

 

 

(……! 長鼻!)

 

 

 少女の頭にリフレインするエリザベスの歌。長い鼻がベルベットルームの主人であるという珍妙な歌。

 一つ一つのピースが繋がっていく。長鼻の老人が主人であるなら、傍に控える二人はエリザベスと同様の案内人。彼女は今のベルベットルームは正常に機能していないと言っていた。本来であれば、主と案内人がセットで対応するとも。

 であるならば、イレギュラーが起きているこのタイミングで、ここにだけ存在する主人は誰だ。

 

 

「お前か!」

 

「───まがい者め。やはり来たか」

 

 

 鎌を構え真っ直ぐイゴールへ向かう。

 

 しかし刃は届かない。

 双子の看守が素早く立ち塞がり、その進行を阻止する。

 

 

「不敬ですよ。混ざり者風情が」

 

「去れ! 貴様が立ち入れる様な場所では無い!」

 

 

 ジュスティーヌが一枚の紙を取り出し、行使する。それは心の力…つまりペルソナが保管された本の一片。そう、彼女達は力を司る者。人間の力での一端である可能性…その疑似的な行使など取るに足らないのだ。

 

 

「そうなんだ」

 

 

 灼熱の光線が雪雫を射止めんと空を灼く。

 

 

「業務連絡くらいしっかりしてくれる?」

 

 

 しかし雪雫は動じない。

 

 

「嗚呼、そっか。バタバタしてるんだっけ。職場」

 

 

 右手を前に翳し、目を瞑る。

 

 暗い。

 暗い。

 暗い。

 

 そりゃそうだよね。と少女は笑う。

 視界を閉ざしたのだから暗いのは当たり前。陽が傾けば夜が顔を覗かす様に、光を遮れば暗くなるのは当たり前。

 

 この暗闇が怖かった。

 死を連想させるから。

 一度目を瞑れば、二度と目が覚めないんじゃないかって思ったし。

 何より全てが停滞した狭間の時間…影時間を思わせるから。

 

 それでも、少女にとって暗闇はもう忌むべき存在ではない。

 

 自分の後ろを着いてくる影の様に、星の輝きを映し出す夜空の様に。

 少女を彩る一つの要素。

 

 もう怖くない。

 

 

(だから──)

 

 

 ペルソナ能力の行使は誰にでも出来る訳じゃない。

 ある程度の素養、そして確固たる自己の確立が無ければ成り立たない。

 

 例えば、理不尽に対する怒り、叛逆の精神。

 例えば、背けてきた自身の真実を受け入れる心。

 例えば─────。

 

 

(───本当の姿を)

 

 

 少女の手の平に浮かぶ一枚のアルカナが記されたカード。

 

 

「な…! これは……!」

 

「開いたのですか…!? ワイルドの素養……!」

 

 

 本来、ペルソナの顕現にこの動作は必要無い。

 これはただのルーティン。少女がそれを認識するための。

 

 テニス選手がサーブの前にボールを手で弾ませたり、ラリー中であっても手元でラケットを回して遊ばせたり。従来のパフォーマンスを発揮するための儀式。

 

 これは少女なりの儀式だ。

 カードの出現、そして自己による破壊。

 

 アルカナは己の在り方を、精神性を示すもの。

 それを破壊することは、即ち自己の喪失。

 

 既に肉体的な死を経験している彼女にとって、自己の喪失こそ真なる死。

 それが、もう一片の彼女の力……その源。

 

 

Memento mori(死を想え)

 

 

 吊り下げられたライトが明滅する。

 影は蠢き、空気は冷える。

 風は吹き荒れ、黒い火花が空を裂く。

 

 嵐の夜が来る。

 

 

「リリス!」

 

 

 双子の看守は狼狽え、長鼻の主人は瞳をより血走らせる。

 

 艶やかな長い黒髪、すらりと伸びた四肢。背中には烏の如く巨大な翼を携え、瞳は蛇の如く細長い。

 夜を象徴する魔女が迫る火柱を掻き消す。

 

 

「ここは客人の旅路の手助けをする場所…そう聞いた」

 

 

 紅い瞳に狼狽える双子の表情が写る。

 

 

「可能性は示した。今度はそっちの番。きちんと、お仕事してくれる?」

 

 

 客人とはあらゆる可能性を持つ者。あらゆる人物に、物語に変革をもたらすトリックスター。

 お仕事とは、その客人の旅路を見守り、時に手助けすること。

 

 決して、その可能性を閉ざす行為を。ましてや命を摘み取る行為などあってはならない。

 

 新たなトリックスターの姿を見て、双子の看守は迷う。

 脳内はけたたましい位の警鐘を鳴らし、感じていた違和感を大きくする。

 

 鈍る。

 主の言葉を絶対とする忠誠が。死刑を執行せんとした己が肉体が。

 

 

「ふっ」

 

 

 そんな双子の様子を見て、長鼻の老人は溜息を零した。

 

 

───潮時だな、と。

 

 

「……! 主よ…一体!?」

 

 

 老人の雰囲気が変わる。

 纏うオーラは禍々しく、瞳はさらに血を走らせ。まるで仇の様な形相で2人のトリックスターを見つめる。

 

 

「お前…聖杯そのものか」

 

 

 老人が敵だと言うのは予想が出来ていた。

 しかし、彼の傲慢で邪悪な気配が、一つの答えを導き出した。

 

 

「天城雪雫…! 不敬です…!」

 

 

 カロリーヌが意を唱える。が、その声にはどこか覇気は感じられない。

 揺らいでいるのだ。今の主への不信感。自身の役割と行動の乖離。そして他でもない、聖杯の端末とも言えた天城雪雫自身が確信を持っていること。あらゆる要素が、不変の筈であった忠誠を突く。

 

 

『ふふ…左様』

 

 

 老人の身体が宙に浮く。

 上空で、まるで盤上を眺める打ち手の様に俯瞰する。

 

 

『人間の世界を【残す】か、【壊して創り直す】か。全ては我がゲーム』

 

「ば、馬鹿な…! それでは今まで……!」

 

「私達は…何のために」

 

 

 カラン。と警棒が地面に転がる。

 信じられないと眼を真ん丸に開け、一歩二歩と双子は後退る。

 

 

(同じだったって訳ね)

 

 

 雪雫は横目でその姿を見て、同情を覚えた。

 偽りの主を騙られ、その目的のための駒として使われた。その点で雪雫と双子は同じなのだ。

 だが雪雫から双子にかけるべき言葉は見当たらなかった。きっと双子は選ぶ余地すらなかったから。

 

 そんな双子を蚊帳の外に…いや文字通り用済みなのだろう…聖杯は傲慢に語る。

 

 

『義賊が悪を討ち、大衆が善に共感すれば自らの力で怠惰から【改心】すると見込んだ訳だ』

 

 

 しかし、そうはならなかった。

 

 

『そう、結果は知っての通り。大衆は全てを無かったことにしてしまいおった』

 

 

 獅童を討ち、その悪行を晒した後も怪盗団を称賛する声は無かった。

 まるで怪盗団の戦いを見て見ぬ振りするかの様に、そっくりそのまま、支持の先が天城雪雫へと変わった。

 

 都合の悪いものには蓋をする。聞きたくないことには聞こえない振りをする。

 その怠惰こそが大衆の罪。

 

 

『人類は破滅すべき。その答えを導いたのは他ならぬお前達自身』

 

 

 そう、これは事実。

 確かに天使は…雪雫は、その答えに辿り着いた。

 

 

「……そうかも」

 

 

 犠牲を払いながらも世界を救ったペルソナ使い達が居た。

 見たくも無い現実と向き合いながらも未来を勝ち取ったペルソナ使い達が居た。

 理不尽な現実に晒されながらも己の正義を貫くペルソナ使い達が居た。

 

 でも大衆はそれに気付かない。いや、気付いていたとしても見ようとしない。

 

 真に醜い。真に哀れ。真に怠惰。

 

 

「本当に、救いようのない。………それでも」

 

 

 それでも価値はある。

 それが雪雫の、かつて天使と呼ばれた少女の答えだった。

 

 そうでなければならない。

 そうでなければ、ペルソナ使いなど生まれる筈がない。

 そうでなければ、久慈川りせとの出会いは無意味になる。

 

 

「人の紡ぐ物語は美しい」

 

 

 どうしようもない世界だからこそ、一握りの希望は輝くもの。

 救いの無い世界だからこそ、ほんの少しの救いを求めるもの。

 

 自ら輝く事の出来ない惑星が光を求めるように。

 届かないからこそ手を伸ばす。

 

 

「盤面の情報だけで完結させようとするのだから、やっぱりお前は不出来な神様」

 

 

 そうでしょう、ジョーカー。

 

 ただ倒れ伏すだけであった囚人。

 ただ刑を待つばかりであった無力な男。

 

 その男が、いま立ち上がる。

 

 

「ああ、そうだな」

 

 

 もう足元はふらつかない。

 意志は研ぎ澄まされ、その刃はもう欠ける事は無い。

 

 結末を決められた筈の魔女は、新たな道を示した。

 

 だから今度は道化の番。

 

 

「なに、元より道化だ。醜く足掻くのは慣れている」

 

 

 大衆に見限られた。

 大衆に必要とされていない。

 

 だからどうした。

 こうして二人が立てているということは、まだ何処かに必要としてくれている者が、目を背けない人間が居るということ。

 

 心の内海から力が湧き出る。

 

 これは愚者の力。

 望みの無い道を、暗路を自ら進む愚か者。

 

 愚かであるが故に、無限の可能性を選べる始まりのアルカナ。

 

 

 

我は汝…汝は我…

汝ここに、契りを血盟の絆へと転生せしめたり

 

絆は反逆の翼となりて

魂のくびきを打ち破らん

 

今こそ汝、【愚者】の究極なる秘奥に目覚めたり

無尽の力を汝に与えん…

 

 

 

『ふっ。最後の救いを施そうと思ったが。無駄の様だな。……度し難き愚かさよ…』

 

 

 聖杯は態度を崩さず、あくまでも勝ち馬はこちらだと言わんばかりには吐き捨てる。

 

 

『良いだろう。ならば今度こそ死を与えてやる!』

 

 

 そう言い残し、聖杯は消えた。




▼誰にも頼まれていない解説コーナー

愚者のアルカナのランクアップについて

原作だとイゴさん(?)に取引を持ちかけられる直前で
お前のここまでの頑張りは評価してるで。
みたいなことを言われて愚者のアルカナがMAXに行きますよね。

でも当時プレイしていてちょっと釈然としなかったのを覚えてて、ここではちょっと流れ変えちゃお~となりました。
以下、ゲーム的なシステムを交えた私の妄想

~前回の雪雫~
永劫から愚者へアルカナが変化した事により、永劫コープがロスト。
でも今までの絆が消えたわけでは無いので、新たに愚者コミュとして転生。
元々愚者コミュはイゴさん(?)とのコミュだったけど、もうこの時点でのイゴさんに蓮は絆を感じられず、ランクは9止まり。

そこで雪雫が殴り込み。
元々、聖杯側だった雪雫自身が人の可能性を信じ、蓮の手を取る事で、愚者コミュの最後のランクアップの役割を担う。

的な感じですね。

本文であまり上手く説明出来無くてすみません。


▼アンケート
本編完結後に、パロディや小ネタ、伏線などの解説書を設けようか迷っています。
内容は↑の▼誰にも頼まれていない解説コーナーみたいななのを想定しています。

というのもこれを投稿し始めて約5年。話数にして150話近く。
長いし読みにくいしで、理解しにくい、分からないままの要素も多いかなと思いまして。
あとは単純に私自身の結構な時間を費やしてるので「これは面白いぞ~」と思った事を共有する場が欲しい!っていう自己満足8割くらいの場所です。

需要があったら作りますので、ご意見お聞かせください。
また全部の疑問を払拭出来ると思ってない(私自身も忘れている要素もある)ので、質問とかあったら感想欄にでも飛ばしてください。
今後の展開的にお答え出来無い内容とかもあると思いますが、それも含めて解説書に乗せます。

パロディ、小ネタ、伏線等の解説書は必要?

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※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。