PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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146:The little things.

 

 

 渋谷 スクランブル交差点

 

 すでに人払いは済ませてあった。

 その範囲は渋谷区全域。桐条と公安……二つの名を使えば、一時的に人々の動きを抑制する事など容易い事だった。

 今この場に居るのはシャドウワーカーの職員、そして関係各所のペルソナ使い達。彼らは渋谷区内にまばらに配置され、いつ起こるかも分からない異界との融合に備えている。

 

 美鶴が陣取っているのは爆心地とも言える場所。怪盗団がメメントスの出入りに使っている場所の近く。そこに数名の研究員と、特化した能力を持つペルソナ使い達で構成されたチームで何かしらの動きを待っていた。

 

 

「────そうか」

 

 

 桐条美鶴は切れ長の瞳を静かに閉じる。

 これは彼女の癖であった。視界から入る情報をシャットダウンし、思考の整理に集中する為の。

 

 彼女の予想よりも僅かに早く、動きはあった。

 怪盗団と共にメメントスに潜入した久慈川りせ。そしてシャドウワーカー戦闘員の芳澤かすみ。拘留中の明智吾郎が突如として地上に現れた。

 

 彼女達から告げられた情報を、自分が持ちうる経験と知識に繋ぎ合わせる。

 

 曰く、天城雪雫は自我を取り戻したが、異界のコアは聖杯とやらであり、根本治療には至っていない。

 曰く、大衆のネガイは既に確定しており、統制される事を望んでいる。

 曰く、それを害する怪盗団…我々は大衆から拒絶される形で戻された。

 

 

「ふむ…どう思いますか? 丸喜さん」

 

 

 傍に控えていたペルソナ使いの1人、丸喜拓人。

 こと認知世界において、この人物より右に出る者は居ない。

 

 

「理屈としてはH.E.L.I.X.と同じでしょう。大衆の意思を条件に、望まれていない異物を異界の外に追い出した」

 

「ああ。だが実際戻ってきたのは彼らのみ。では、怪盗団達は………」

 

 

 殺したか。

 

 真っ先に美鶴の脳内に浮かぶ結末。

 いや、しかし。と美鶴はその線をすぐに振り払う。

 

 

「だとすれば、なぜ芳澤達はそのまま戻された……?」

 

 

 まとめて処理出来るのならばそっちの方が断然効率が良い。

 相手が統制を謳うシステムそのものというのなら、この三人だけは追い返し、怪盗団だけは殺す…という面倒な手順を踏むのは考えにくい。

 

 

「…雪ちゃん達を直接倒すため……だよ。きっとね」

 

 

 久慈川りせが確信を持って口を告げる。

 

 

「一緒に戦って感じたけど、やっぱり皆似てるよ。昔の私達に。理不尽な現実に晒されても、諦めない姿。きっと聖杯は、そんな可能性に満ちた皆が怖いんだよ」

 

「はっ。最初から俺達には興味も無いってか。気に入らねぇ」

 

 

 明智が肩を竦めて吐き捨てる。

 しかし言葉の裏にはどこか諦めと、憧れの様な音が混ざっている様にも聞こえる。

 

 

「なるほど。大衆の望みは統制という仕組みであって、驚異の排除はただの手段。ネガイに則るだけでは排除しきれない……ということか」

 

「その為に聖杯自身が、脅威になり得る怪盗団のみを返さなかった……」

 

 

 筋は通ると美鶴は納得の頷きを返す。

 

 大衆はその怠惰さ故、自分で選べない。【殺害】という選択肢はあっても、それは選ばない。何故なら、人を害するという重みを背負いたく無いから。だから拒絶という形を取ったのだろう。獣の牙を折る様に、狩人から武器を奪う様に。表面上の脅威だけを取り除き、脅威になり得ない環境を作る。

 確かに、怪盗団には…特に雨宮蓮には何か感じさせる者があった。固められた盤面を土台からひっくり返してしまえる様な素養が。

 

 

「ふっ……。いつの時代にでも居るものだな。トリックスターと呼ばれる者は」

 

 

 であるならば、自分自身がやれる事など限られている。

 

 美鶴は空を見上げる。

 黒々とした分厚い雲。雨が降り出した。紅い雨。血のように紅く、ドロリとした雨。

 

 

「美鶴さん、これって……!」

 

 

 少し離れた場所で研究員と作業していた風花が声を荒げる。

 

 

「始まったか」

 

 

 地面が揺れる。地震による振動に似ているが、違う。まるで生き物の胎動の様なそんな揺れ。

 次第に地面から浮かび上がる巨大な骨。並のビルであれば軽々と飛び越してしまうほどの巨大な骨は一つどころではない。視界に入るだけでも5つ程。きっと東京全域…いや日本、世界中で同じ現象が起きているかもしれない。

 

 肌で感じる空気。

 美鶴はメメントスの景色は知らない。しかし、纏わり付く様な嫌な気配が、漂わせる退廃的な死の臭いが、嫌でもこれがメメントスという異界のものだと知覚させる。

 

 

「芳澤。結果的に無事とは言え、無断で明智を解放し潜航した罰だ。今後一週間、明彦のスパーの相手だ」

 

「げっ」

 

「明智。情状酌量は期待するなよ。もう一つ、ただ働きをしてもらう」

 

「……ふん」

 

「風花、丸喜さん……始めるぞ。───今一度、影を落とす」

 

 

 

 

 

 

 姿を消した聖杯。

 

 ベルベットルームにはジョーカーとウィッチ、そして双子の看守が残された。

 

 

「……主よ…」

 

「私達は…一体…」

 

 

 力無く項垂れているカロリーヌとジュスティーヌ。

 主と呼び忠誠を誓っていた男が偽物だったのだから無理も無いだろう。

 

 どう声をかけるべきか。

 ウィッチとジョーカーは顔を見合わせ思案していたその時、部屋の中央に発生した光の集合体。

 

 

「うぅむ……」

 

 

 光の中から一人の老人が現れた。

 長い鼻に血走った目。しかし何処か、纏う雰囲気は柔らかく、老紳士と呼ぶに相応しい男だった。

 

 

「いやはや…この場所…随分と久しいですな………」

 

 

 ようこそ、我がベルベットルームへ。

 老紳士…イゴールはそう続ける。

 

 

「……! 我が主!!」

 

「本物……の主…!」

 

 

 見た目だけは聖杯と同じ。白々しい演技でもしているのかと、一瞬ウィッチの脳裏に過ぎったが。

 

 

「私の名はイゴール……。お初に、お目にかかり───」

 

「主よ…! 身体の方は……!!!!」

 

「主、私共のこれまでの不手際……! どのようにすれば……!」

 

 

 双子の反応を見てそれも違うと考えを改めた。

 それはもう、随分の慕われよう。

 

 イゴールの丁寧な自己紹介も遮って、まるで歳相応の子どもの様にその両脇から主の腕を引いている。

 

 

「話が進まない……」

 

「子どもね」

 

 

 お前が言うな。とジョーカーは思ったが口には出さなかった。

 見た目の身長とかは双子と雪雫、さほど差が無いだろう。

 

 

「ベールベルベル ベルベット~♪」

 

 

 そんなわちゃわちゃしてる空間に響く歌。上から降る音に釣られて見上げれば、傘をパラソル代わりに双子と似た様な雰囲気を持つ女性・エリザベスが降りて来ていた。

 

 

「メリー・ポピンズ?」

 

「なんと…まぁ…! 雪雫様、大変楽しそうな響きですね……。エリザベス、心が今にも踊り出してしまいそうです 」

 

 

「ふむぅ……」

 

 

 イゴールは溜息を零す。また話が進まなくなる。そんな感情を込めた様な吐息だった。

 こっちのイゴールとの付き合いは無いジョーカーだが、その困り果てた様子は【珍しいもの】だと直感した。

 

 

 ・ 

 ・

 ・

 

 

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ。私の名はイゴール。お初に、お目にかかります」

 

 

 気を取り直して。

 改めてイゴールは柔らかく告げる。

 

 2人の使いを……エリザベスとかつて双子だった者を携えて。

 

 

「仕切り直した」

 

「雪雫…黙っててくれ…。突っ込んでいると話が進まない」

 

 

 遡ること数刻。

 

 メリー・ポピンズよろしく優雅に降り立ったエリザベスはまずは双子に目を向けた。

 共にイゴールを主とする身、聖杯に利用されていた事に対して、何か思う所があるのだろう…と思ったが。

 

 

「───まぁ…随分いい格好になりましたね。クソガk……いえ、失敬。愚妹」

 

 

 曰く、双子の姿は本当の姿では無いらしい。

 さきの聖杯によって、元々一つの身体だったが引き裂かれ、記憶を失い、力を半々に分けられていたそうだ。

 

 そんな彼女を…双子をエリザベスは嬉々として断頭台の方に引きずり、双子の首を絶った。

 双子の姿という器を失った魂は混ざり合い、こうして真の姿……【ラヴェンツァ】として復活し、今に至るというワケだ。

 

 因みにその光景を見て雪雫は「姉妹愛だね」と言っていた。

 どんな姉妹愛だ。

 

 

「この方はこのベルベットルームの真なる主であり、あなた方の旅の、本当の手助けを担う方。簡単に申し上げれば、偽物が去り、本物がお戻りになった。ということです」

 

 

 かつての双子、ラヴェンツァは静かに事実を告げる。

 

 黄金の瞳、クリーム色の髪を前は右に流し、後ろは腰を覆ってしまうほど長い。背丈は少しばかり双子と比べ少し伸びただろうか。少なくとも雪雫よりは少しだけ大きい様に見える。

 かつての面影を残しているが、落ち着き方も相まってジュスティーヌを思わせるその立ち振る舞いだ。

 

 

「主が戻り、愚妹も本来の役割を取り戻しました…。破滅を招く聖杯に対し、こちらには2人のトリックスター……。まだ道は残されているかと………」

 

 

 エリザベスの言葉に続けて、ラヴェンツァが紡ぐ。

 エリザベスの態度から普段の関係性が垣間見えるが、相性は悪く無いらしい。

 

 

「ですが、あの者に勝つには、あなた方の力だけでは難しいでしょう……。仲間を開放するのです。志を共にし、絆を紡いだあの方達…を……」

 

 

 

 

 

 

 案内された部屋の奥。そこからさらに広がる牢獄。

 どうやら、そこに囚われているらしい。

 

 

「案外広いね」

 

 

 己の軌跡を左指で描く様に、ベルベットの壁をなぞりながらウィッチは言う。

 

 確かに広い。

 今まで檻の中からの景色しか知らなかったのもあるが、そこそこの人数が居る筈の怪盗団を収容しても空きの牢屋があるくらいには。

 

 イゴール達が居るところを中心に、牢屋が立ち並んでいる、外縁に近いほどが階層を積み上げる…所謂コンサートドームの様な構造をしている。

 

 

「ウィッチの所は広くないのか?」

 

「私は……()()の寝室一部屋分…くらい。外に続きそうな扉はあったけど………」

 

 

 んーと指を顎に立てて何やら思案するウィッチ。

 

 

「どうした?」

 

「いや、始めから捕らえる前提で作った様な場所だなって」

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 

 

「行かないのか?」

 

「うん。ここで待ってる」

 

 

 階層を二つほど上がったところの踊り場。

 そこでピタリとウィッチは足を止め、壁に背を預けていた。

 

 

「私は相応しくないって、そう思う」

 

「そんな事……」

 

 

 否定しようとしたが、ウィッチの瞳に映る意志は堅そうだ。

 

 

「蓮と私。2人揃ってトリックスターなんて言われたけど、一言で表せるほど簡単なモノじゃないと思う。零を一にする人と、一を二にする人とでは、全然役割が違うでしょ? 前者は蓮。後者は私。蓮は私にきっかけをくれた。私はそのきっかけを利用しただけ」

 

 

 まぁ、その意味ではりせも前者だね。とウィッチは笑みを零す。

 

 

「私、いつだって追っかけ。歌手になったのもりせの追っかけ。怪盗団だってそう。きっと蓮が結成してなかったら、私はそのまま良い様に使われていたと思う。貴方は間違いなく色んな人を巻き込んで、全体を変えれる人。今の皆は抗う意志を失って諦め状態。もう一度、目を覚まさせる必要があるなら、これ以上の適任は居ない」

 

 

 雪雫は続ける。

 

 

「聖杯と繋がって、大衆のネガイとやらに触れたけど。到底、私に背負えるものじゃなかった。全体を見るあまり、親しい人を見落としてしまうほどに目が曇った。そんな器量の狭い人に任せられないでしょ? 私はね、蓮。もう全体とか良いの。蓮が居るから。私が出来ない事を出来る人が必ず居る。だから私は、自分の出来る事をやりたいの」

 

 

 雪雫は微笑む。

 

 綺麗な笑顔だった。

 本心から浮かぶ、今まで見た事の無いほどの朗らかで優しい笑み。

 

 

「結末は変わらないかもしれない。全体で見れば取りこぼす様な影響かもしれない。でも、そんな小さな幸せを私は積み重ねたい。誰かがその過程でちょっぴり幸せになる様な、一分一秒…ほんの少しだけでも笑顔が増える様な。そんな寄り添い方を私はしたい」

 

 

 だって、音楽ってそういうものでしょ。

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