PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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147:I wanna taste love and pain.

 

 

「集まりましたね」

 

 

 稀代のトリックスター・雨宮蓮ともう一人のトリックスター・天城雪雫。そしてその仲間達。

 これほどのペルソナ使い達が一同にベルベットルームに介するのはそうは無い。

 壮観。そんな思いがラヴェンツァの胸を高鳴らせる。

 

 

「エリザベスは?」

 

 

 天城雪雫が…ウィッチがキョロキョロと見回す。

 

 

「愚姉……失敬、お姉様はお戻りになられましたよ。()()()()が騒がしいと」

 

「…? そう」

 

 

 曖昧に謂い回しにウィッチは首を傾げたが、まぁ大丈夫かと切り替えた。

 この部屋で不必要な事は起こらない。そんな確信を彼女は持っていた。

 

 

「さて……私の名はイゴール。ベルベットルームの主を致しております」

 

「私はラヴェンツァ。同じく住人でございます。皆様をお待ちしておりました」

 

 

 落ち着かない様子の他メンバーに合わせる事無く、先手で挨拶を繰り出す二人。

 様々な疑問が飛び交い、話がまた進まなくなるのを危惧しているのだろうか。明らかに上位者のような存在なのに、愛嬌ある姿にジョーカーは少しばかり親しみを覚える。

 

 

「主は長き幽閉より解き放たれたばかり。お力が万全ではありません。……僭越ながら代わって私が…」

 

「待って」

 

 

 猶予はあまり無いのだろう。

 話を急いでいるのを承知で、ウィッチは待ったをかけた。

 

 ジョーカーのお陰でスカル、パンサー、フォックス、クイーン、ナビ、ノワール。各メンバーが意思と力を取り戻したが、肝心のあと一人が足りない。

 

 

「モナは?」

 

「お会いになりたいですか?」

 

「当たり前だ」

 

 

 ジョーカーが力強く頷く。

 そしてまるでその答えを待っていたかのように「そこに」とラヴェンツァは手を示した。

 

 皆の真後ろ。丁度イゴールの正面にあった牢獄から、いつもの軽い足音と共に彼は姿を顕した。

 

 

「そんな所に隠れてたのか!?」

 

 

 スカルが素っ頓狂な声で再会を祝す…が、モナは変わらず神妙な顔持ちだった。

 

 

「……ワガハイ、ここで生まれたんだ…。悪神を人間の精神世界から打ち払うために……」

 

「モナ……?」

 

 

 ナビがどうしたんだ?と心配する様な声音で名を呼ぶ。

 

 

「ワガハイの役割はトリックスターを見つけ、悪神を倒す、手伝いをすること。その為にワガハイは…ここで主に創られた」

 

 

 皆の理解を待たず、続けるモルガナ。

 淡々と語る様子は、自分自身でも未だに飲み込めていない様にも見えた。ただ与えられた情報を、出力する様な。

 その様子にウィッチは親近感すら湧いた。なるほど。主は違えど、どちらも目的があって創られたのか。そういう点では同じなのだ、と。

 

 

「本当に、全部思い出したんだよ。ここが悪神に乗っとられそうになったとき、主が最後の力を絞ってワガハイを創った」

 

 

 左様。と部屋の中央から老紳士の声が響く。

 この部屋で主という言葉が指し示すのは当然一人。

 

 

「聖杯…かつて天使が神と呼んでいたアレは、人間に永遠の隷属を強いる悪神です。思考が停止した人間成らざる者で現実を満たし、自身の永遠の繁栄を実現する。それこそが、悪神の目論む人間の破滅」

 

「……いや、ぜんぜん理解できねぇ……」

 

 

 チンプンカンプンという様子で頭を抱えるスカル。

 対するラヴェンツァは見事なモノであった。無言の笑みを浮かべ、スカルの意見を封じ込める。──黙って聞け。鈍感なスカルでも、そういう言葉が表情から読み取れた。

 

 

「人間はその性質上、存在するだけで淀みを生む。環境への不満、隣人に対する悪感情…。生み出された負の感情は淀みとして溜まり、世界の在り方を捻じ曲げる。その淀みを溜めない為に、古来の巫女、シャーマン、聖女などと呼ばれていた様な特殊な人種は存在しました。例えば神に、例えば星に。懺悔し、祈り、願う。そうすることで、ある程度のコントロールは出来ていたのです」

 

 

 しかし。とラヴェンツァはウィッチを見つめながら言った。

 

 

「時代は変わる。人間はその居住区を広げ、数を増やし、文明を発展させてきた。しかしそれは争いや差別……人間の醜悪さを大々的に知らしめる形となった。発展と共に信仰、精神…心の内海に関わるものを非科学として衰退させていった結果」

 

「淀みは急速に溜まる様になった、と」

 

 

 単純な計算の話だ。

 人の営みにかかるコストとして淀みが発生。それを軽減、消費するバランサーが存在したが、現代では衰退しその天秤は傾いていく一方という事。

 

 

「溜まった淀みは悪性となり、世界に悪影響を及ぼす。その結果の一つが影時間……つまり現実世界と精神世界の初めての融合。その発生を境に、世界は決定的に変わってしまった」

 

 

 本来、淀みは心の内海*1というもう一つの世界に溜まる。人間の内側に存在するもう一つの宇宙…の様な広大な場所だ。本来、溜まった淀みはその空間から出る事は無かった。長い歴史上、塵に積もった人間の悪感情は誰の自覚も無いまま種を滅ぼすほどの怪物を産むことも歴史上は何度もあった。が、その怪物すら、その心の内海から出る手段は持ち合わせていなかった。

 

 しかし、外部からのアプローチがあれば話は別だった。

 怪物…所謂シャドウの力に目を付けた桐条グループ。それが引き起こした決定的な間違い。それが現実世界と精神世界の境界を曖昧にした。

 

 

「影時間は世界中で毎日起きていた現象です。人々の淀みから生まれたシャドウに溢れ、日々人間の精神を食い殺す死の世界。人類は本能的に理解したのです。己に広がるその内海。そこに確かに存在する怪物達。一度認知をすれば、常識は変わる。それはあなた方が良くご存知の筈」

 

「人間自身が感じた事で、現実へのゲートが開いた?」

 

「ええ、簡単に申し上げれば。そしてそんな中、天城雪雫…貴女は産まれた。発展に不必要とされたバランサーとしての器を持って」

 

「……でも」

 

 

 クイーンがあんまりだと。同情にも哀れみに似た声音で声を挙げる。

 そんな役割、後世に継承されている筈が無い。雪雫自身が、知る由も無い。

 

 

「はい。だから無理も無かったと、私も思います。だけど事実、貴女はその器で感じ取った。人間の淀み、怠惰の罪。だけど当然、たった一人の少女に受け止め切れる筈がありません。現に、淀みに引っ張られる様に彼女は病に伏せ、余命いくばくも無かった。幼い貴女は考えた筈。逃げ出してしまいたい、と。それが聖杯…悪神を産むきっかけになった」

 

「…………なるほど」

 

「…………雪雫」

 

 

 その表情は見えない。

 自責の念を感じているのか。それとも煮え切らない怒りに身を震わせているのか。瞳は白い髪に覆われ、他からは確認が出来なかった。

 

 

「……淀みが溜まる程、聖杯は人間が神を望んでいると認識しました。そうして徐々に自我を持ち、一人でに動き始めた悪神はゲームを始めました。素養のある二人の人間を選び、争わせる。【世界を残す】か【壊して創り直す】か決める為に」

 

 

 一人は大衆の歪みを煽る者…明智吾郎。

 一人は抗うトリックスター…雨宮蓮。

 

 

「アケチが勝てば、世界を壊して創り直す。コイツが勝てば世界を残す。そういうゲームの筈だった。表向きにはな」

 

「だけど悪神は知っていました。人類のネガイは覆らないと。結果は既に、悪神が自我を持った時点で決まっている出来レース。だからこそ、彼は天城雪雫を、己の駒である筈の彼女を自由に振る舞わせた。気まぐれと呼ぶにはあまりにも質の悪いもの。人形遊びの様な感覚だったのでしょう」

 

 

 悪神からすれば、自我を持った時点で天城雪雫という器は不要だった。だからこそ、結末に向かうまでの暇つぶし程度に、彼女を野に放った。最終的な結末は目に見えていたから、過程などどうでも良かったのだ。天城雪雫がどの様な行動を起こしたとしても、最終的には悪神に有利になるように働くのだから。

 例え、己が選定したプレイヤーが、その天城雪雫自身に倒されようとも、結果的にこうして世界は破滅一歩手前まで駒を進めている。

 

 

「雨宮蓮。悪神が貴方に協力していたのも、同様の理由でしょう」

 

「だが、一つだけ予想外の事があったんだ」

 

「はい、それは───」

 

 

 ドゴン。

 重い物が地面に堕ちる音がした。

 

 下手人はウィッチであった。すぐ近くの柱が、真っ二つに叩き切られていた。怒りに身を任せた様な荒い切り口。

 

 

「えぇ、言わなくても自分が良く分かってる」

 

 

 深く大きく溜息を吐き、湧き立った感情を沈める。

 

 

「聞いてて安心した。良かったとさえ思った。今まで私が皆と戦ってきたのは。一緒に過ごしてきたのは。りせへの想いは。誘導されたものじゃないって分かったから」

 

 

 でも。

 ウィッチは続ける。

 

 

「神様って随分と浅慮なのね。ゲームって、番狂わせが醍醐味だというのに」

 

 

 紅い瞳が鋭く光る。

 

 

「────ぶっ壊す」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 影時間。

 かつて一日と一日の境目に存在した、通常の人間であれば知覚することの無い時間。

 桐条がかつて有していたエルゴ研を主に様々な研究所では、日夜影時間の研究が進められ、その分野においての桐条の地位を確かなものにした。

 

 桐条美鶴がグループ総帥になった折、それらの研究所は調査が入り殆どが閉鎖。かつてほどの盛り上がりはめっきり無くなった訳ではあるが、未だに桐条を抜いてこの分野の先頭に踊り立つ者は居ない。

 疑似的な影時間の発生、及び後天的な適性の付与も、これらの研究による産物とも言えた。

 

 

「どんなに長く見積もっても9時間だ。つまり、明日の日の出がタイムリミット」

 

 

 渋谷地区全体の電気系統は完全に止まっていた。

 黄昏の羽根というオーパーツを埋め込まれた機械を除いて。

 

 

「渋谷区全体に影時間を発生させている。まぁ異界の中に異界を創ったというワケだ」

 

 

 情報支援のスペシャリスト【山岸風花】とそのペルソナによる支援。

 イセカイの構築を経験しており、認知訶学的にも精通している【丸喜拓人】による限定的な結界の構築。

 そして桐条・シャドウワーカーによる全面的な技術、物質的な支援。

 

 

「メメントスと影時間。異界としての強度は影時間が上。渋谷区だけに限定すれば、メメントスの浸食を僅かに遅らせる事は出来る」

 

 

 ベルベットルームでの話を終え、地上に戻ってきた怪盗団達を待っていたのは地獄の様な光景。

 紅い雨が降り、メメントスの風景が地上に現れていて、その上で影時間だ。

 

 もう手遅れだったか、と嫌な予感が過ぎったところで、美鶴からの情報提供があり、やっと状況が飲み込めたというワケだ。

 

 

「これは消耗戦だ。影時間である以上、シャドウとの戦いは避けられない。恐らく、聖杯とやらからの妨害もあるだろう」

 

 

 美鶴は顎をクイっと動かし、上空に視線を誘導する。

 天に続く道、その奥に見える神殿。メメントスの最深部で見た外観と同じものだ。

 

 

「この地に集まって貰ったペルソナ使い達には、地上のシャドウと聖杯からの妨害に対処してもらう。お前達、怪盗団は」

 

「本体に殴り込みというワケだ! 敗けたら承知しないぞ!」

 

 

 美鶴の言葉を遮り、真田がシャドーボクシングで空を裂きながら微笑む。

 

 

「明彦!! 配置に付けと言っただろう!? 道玄坂のシャドウはどうした!」

 

「既に下した。まだ足りんぞ!!」

 

 

 そう言い残し、真田明彦…もとい裸マント*2はそれを靡かせながら他の地へと向かう。

 

 

「……兎も角、君達より幾分かは経験がある奴らが掃討に当たっている」

 

「あの………」

 

 

 蹲るウィッチの頭を軽く叩きながら、クイーンがおずおずと手を挙げた。

 

 

「こんだけ人数集まっているのなら、総力戦仕掛けた方がいいんじゃ………」

 

「嗚呼、その事か……」

 

 

 クイーンの意見は最もで、消耗戦と分かっているのなら、わざわざ9時間という猶予を与えず、そのまま怪盗団と共に殴り込みに行けばいい。

 だがそうはしないと言う事は、出来ない事情があるのか、それとも怪盗団に別の事をして欲しいか…になるが。

 

 

「その…なんだ……」

 

 

 珍しく桐条美鶴は言い淀む。

 自信が無いとか、迷っているとかではない。ただただ気恥ずかしそうに。

 

 

「モラトリアム…ってやつだ」

 

「……へ…?」

 

 

 素っ頓狂な声がクイーンから発せられる。

 

 

「私達にも似た様な経験はあったのだがな。まぁ、そのなんだ…。最後くらい…あれだ」

 

「皆さま、美鶴さんはこう言いたいのです。最後の戦いになるんだから、ほんの少しでも大切な人と過ごしておけ、と」

 

「アイギス! 明治神宮方面のシャドウは!?」

 

「既に掃討しました。少しばかり、境内が荒れましたが」

 

「減給だ!」

 

「なんと!?」

 

 

 顔真っ赤に、それこそ自前の赤髪よりも赤く頬を染めた桐条美鶴。

 

 

「コホン…。すまない、少々取り乱した。……ペルソナは心の力だ。この先に待つのは孤独な戦い。敵は大衆のネガイ…つまり人類そのもの。当然、歓迎はされない。きっと、誰にも認知されない戦いになる。その時に支えになるのは何だ? 隣に居る仲間や、親しい友人、家族…そう言ったものだ。最後くらい、交流の猶予があっても良いだろう」

 

 

 少なくとも、私はそうであって欲しい。

 桐条美鶴は口角を上げた。

 

 

「なに、気にするな。そういう時間を設けるのも、大人の務めだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 12月24日 23時 

 日の出まで7時間と30分。

 

 

 

 雪雫は自宅に戻っていた。

 一日も空けていないのにも関わらず、随分と久しぶりな感覚だった。

 

 電気も付かない自宅で、雪雫は外を見る。

 ビルを覆うほど巨大な骨。紅い雨。影の帳。停止した世界。

 

 真に終末とはこういう事かもしれないとぼんやりと思った。

 

 

「ん…雪子」

 

 

 家の前の通り。

 地上に目を向ければ、見知った肉親が、シャドウと戦っていた。

 りせがペルソナ使いという時点で、恐らく八十稲羽で常に一緒だったメンバーは全員がそうなのだろうと、思っていた。

 しかし、実際にその姿を見るのは記憶の中では初めてだった。

 

 

「感謝、しないと。こうして時間を作ってくれたことに」

 

 

 暗闇から腕が伸び、雪雫の細い身体を包む。

 雪雫の注意が地上の姉から引き戻される。

 

 雪雫の瞳には自分ともう一人…、窓ガラスに映った姿が見えていた。

 

 一糸纏わぬ自分、昔から成長しない自分、この夜の様に時間が止まった自分。

 そんな自分を、久慈川りせは受け入れてくれている。

 

 その事実に感極まり、後ろから回された腕を雪雫も握り返す。

 

 

「雪雫……」

 

 

 唇が触れた。

 時間が止まった少女の唇に、出会った時から幾分も成長した女性の唇が。

 

 

「ん……」

 

「────」

 

 

 暗がりの部屋で、怪しい月明かりのみが差す部屋で。

 身長の高い影はときおり息を漏らす。

 身長の低い影は息もせず、その感触を楽しんだ。

 

 そっか。本来は呼吸も必要無いんだっけ。

 甘く痺れる脳みそで、ぼんやりとりせは考える。

 

 

「───────」

 

 

 表面上の触れあいは程々に、もっと深いところを求める二人。

 どちらからという訳でも無いが、強いて言うなら雪雫の方が一歩進展は早かった。

 

 りせもまた布の類は纏っていなかった。

 雪雫にりせの体温が伝わり、境界線が曖昧になる。りせの心音が伝わって、動かない筈の自分の心臓が動いている様な錯覚に陥った。

 

 小さな悪魔に誘われる様に、りせはますます深みにはまっていく。

 元より体格差があるのだ。雪雫が僅かに半歩早くとも、りせがその勢いで丸め込む。気付けば雪雫はりせに勢いのまま押し倒される形となり、すぐ近くのソファに組み敷かれる形となった。

 

 

「ご、ごめん……! 痛く───なかっ───」

 

 

 思わず言葉を詰まらせる。

 

 綺麗だった。

 月明かりに照らされるその体躯が。宝石の様に輝く赤い瞳が。白い肌と輪郭が溶け合った白い髪が。

 

 お互いの口の間に出来た、テラテラと光るブリッジが、少女の肢体に落ちる。

 それを少女は指で掬い、口に食む。

 

 それだけで、りせはどうにかなりそうだった。

 

 

「───痛くしたら、ごめんね」

 

「痛くても、いいよ。だって…その方が記憶に残るでしょう?」

 

*1
P4Uでエリザベスが冒頭で戦ってた場所

*2
その様を見て雪雫は笑いをこらえている

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