PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
6月21日 火曜日 曇り
夏も間近に控え、冷房を入れるか我慢するか。そんな悩みが生まれる今日この頃。
平時であれば扇風機一つ回して一晩過ごしたであろうが、今回はそうしなかった。
だって。
「……雪ちゃーん、朝だよー………」
「…………すぅ…」
「あ、これ起きないやつだ」
子どもの様に……いや実際、私からしたら子ども何だけど。
兎に角、母親に甘える赤子の様に、私の胸元に顔を埋めて、ピッタリと私から離れないからだ。
いくら夏がまだ本格化してないと言っても、流石に1人の人間の体温が一晩中腕の中にあるとなれば、扇風機1つでは物足りない。
え?別々に寝れば良い?
それは論外。
「学校、遅れちゃうよ~…」
「……ぅん…」
やはり起きない。
返ってきた反応といえば、寝言とも言えない言葉にならない小さな声と、僅かな身動ぎ。彼女の滑らかな脚が私の脚を撫でる。
気持ち良い。
目を閉じて感覚を集中させれば、あらゆる器官から伝わる彼女の存在。
心地良い体温、鼻腔を擽る仄かな甘い香り、直接触れる柔らかな肌。
えへ。
―――――話を戻そう。このままだと思考が良くない方向に持ってかれそうだ。
えーっとそう、雪雫が起きないという話だった。
いや、私の「雪雫を起こす。」という意志と覚悟が足りないとも言える。彼女の朝の弱さは昔から。雪子センパイからこういうときの対処法も聞いている。でも、それを実行出来無いのは私の甘さからか。それとも下心からか。
だってそうでしょう。
最近、仕事が忙しくて雪雫との時間が取れなかった私の元へ、彼女から「今日、りせの家に泊まって良い?」と少し寂し気な様子で電話が来たんだから。その時は自分でも分かる程、脳内が沸騰した。
それを踏まえると、こう安心しきった表情を浮かべ、腕の中で眠りこける彼女が狂おしいほど愛しくて。起こさないといけないのに起こせない。
「……自然に起きるのを待つか、それとも心を鬼にするか」
非常に悩ましい。
今日が休みなら良いが、生憎私も彼女も本業というものがある。私は午後からだけど。
「いや、ここはやっぱり心を鬼にしないと。年長者として。ここはしっかりしないと……」
腕の中の雪雫の顔をもう1度眺める。
垂れかかった前髪の隙間から覗く長い睫毛。閉じられた瞼。少し開いた小さな口。触れている部分から伝わる僅かな鼓動と低めの体温で彼女が人間だということが分かるが、それが無ければ神様に造られた人形の様。
「―――やっぱりあと10分かな!」
もう少しだけ、この時間が続いても良いだろう。登校時間までまだ時間がある。最悪、車を出そう。
「それにしても昨日は特に可愛かったなぁ…」
口に出さないが行動には出るのが雪雫の可愛い所。
私に対して送る視線と何時もより近いお互いの距離が、何とも分かりやすかった。
「……そう言えば」
前もこんな事あったな、とふと思い出す。
あれは、そう。4年前の5月。
何かとトラブルに巻き込まれ、あんなに忙しいGWはもう2度と無いんじゃないか。そう思える程に慌ただしかった日々。
「…何か変化あったのかな?」
「―――――」
彼女の形の良い頭を撫でながら問い掛けてみるものの、本人からの返事は無い。
まぁ良い。私もこのような形で答えを聞きたい訳じゃない。
不安が無い訳では無いが、雪雫なら大丈夫だろう。それに私達は決めたじゃないか。彼女の成長を見守ろうと。
「あと5分……、嫌だな。ずっとこうしていたいな」
そうは言っても時の流れは残酷で、行動しなければならない時がいずれ来る。
定刻までに雪雫が起きなければ、彼女には悪いが実行するしかない。
天城式覚醒術、鼻つまみ――――。
いや、センパイ容赦無いな。
▼
同日 放課後
「ヨハンナ!!」
高らかにその名を呼ぶと、真の元に現れたのは何処からどう見てもバイク…、もといペルソナ。
幻の女教皇の名前を冠した彼女から、膨大な熱量を持った魔法攻撃が繰り出される。
「敵ダウン! 良いぞ、クイーン!」
鬼を思わせる艶美な姿のシャドウは弱点を突かれ、その体勢を崩す。
これが意味するのは―――。
「総攻撃チャーンス! 畳みかけるぞ、お前ら!!」
シャドウを取り囲む様に散らばったジョーカー達は、目にも止まらぬ速さで攻撃を繰り出す。
文字通りのフルボッコ。蹂躙と言っても差し支えない。
「雪雫!」
その様子を少し離れた場所で眺めていた雪雫の元に、ジョーカーの声が届く。
「分かった」
怪盗団に参加してまだ日が浅いとは言え、こういう場合に何をすべきか、分からない雪雫では無い。
「アリス」
彼女の呼び掛けと共に背後に現れたのは金髪の幼い少女。
生気を感じさせない白い肌に、濃紺のワンピースを身に纏った。
『死んでくれる?』
無邪気、そして無慈悲に。
少女はそう告げると、敵の周りに出現する数多のトランプと槍。
これが意味するのはただ一つ。
すなわち、戦闘の終了。
That was fun. See you soon.
(楽しかったわ。また遊びましょう。)
・
・
・
新たに加わった2人の助力もあり、カネシロパレスも早いもので中盤に差し掛かった頃。
金城の認知の影響が薄い、所謂セーフルームで休んでいると、パンサーが「あっ」と声を上げた。
「どうかしたか?」
この場に居る皆の疑問を代弁したフォックスの声と共に、全員の視線がパンサーへと刺さる。
「雪ちゃんのコードネーム! まだ決めてない!!」
「――あ、そういえばそうね。」
「何かバタバタしてて、すっかり忘れてたわぁ……。」
「コードネーム?」
ハッとした表情で顔を見合わせる面々に対して、雪雫は机の上に座って足をブラブラさせながら、不思議そうに小首を傾げる。
「そう、コードネーム。この前教えたじゃん? 蓮ならジョーカー。私ならパンサーみたいに。仕事の時はお互いにコードネームで呼び合うの」
「………それは分かるけど…」
「ん? 何か気になる事でもあるのか?」
「私、正式に仲間になった訳じゃないし。怪盗服、無いし」
一同に訪れる一瞬の沈黙。
セーフルームに設置されていた空調の音だけが響く。
「あー……、そんなに気にすることか? それ?」
若干の気まずい雰囲気の中、真っ先に斬り込んだスカル。
こういう時の彼の委縮しない性格はありがたい、と内心で蓮は感謝の念を送る。
「うん。大事なこと。コードネーム、つまりはもう1つの自分の姿」
「お、おう…、そうだな」
「名は体を表す…。逆もまた然り。フェザーマンだって、バイトマンだって。輝かしい功績と共に、その人を象徴するスーツ…つまりは仕事服があったからこそ人々に求められ、認知されてきた。つまり大衆にとってスーツとは希望の象徴であると共に、畏敬の対象。見た目と名前の不一致は認められない。例外的にそのギャップが光ることもあるけど、例外は例外。通例に乗っとるなら、やっぱり形から入るべき。私はその例に当て嵌まらない。とそう思ってる」
「……つまり…、どういう事?」
「怪盗服がハッキリ出現するまでは、コードネームを決める気は無い…、っていうことらしいわ」
「まぁ本人がそう言うのなら仕方無いだろう。それに個人的にではあるが、拘りは捨てて欲しく無い。創作者である以上、大事な道標になるのだから。俺も過去に―――」
「まーた始まったよ、この狐……」
スイッチが入った様で、フォックスは懐かしむ様に語り始める。その話を僅かに目を輝かせながら聞くのは雪雫くらいで…。
「おーし、行くぞ~」
他のメンバーはもう慣れたものだという様子で、部屋を出る。
「む…、せっかちな奴らめ」
「また今度、ゆっくり話そう」
話し込んでいた2人も、皆を追う様に後にした。
◇◇◇
6月22日 水曜日 曇り
連日続いたパレス攻略も今日はお休み。
改心までタイムリミットが無い事では無いが、息抜きするのも仕事の内だ。
大抵こういう日は、イセカイで使う道具の調達や仲間達との交流に充てるらしい。
『本日未明、東京都渋谷区で40代男性の変死体が見つかりました。死因は特定出来ておらず、警察は自殺と他殺、両方の線で捜査を進めているという事です』
「変死体、か。物騒な世の中ね」
脚を組み、テレビから流れるニュースを眺めながら、何時もの白衣…では無く、丈の短いワンピースを着た女性、武見妙は溜息と共に静かに呟く。
「死因不明…ってなるとこれから監察医行きかしらね」
「解剖しちゃう?」
「多分ね。伝染病とかだったら大変だし。まぁ、こういうのって大抵、服毒自殺か病死だけど」
そう言いながらリモコンを手に持ち、テレビの電源を落とす武見。
テレビの方へ向いていた身体を机を挟んで対面に座る雪雫に向け、頬杖を付く。
「それで? 貴女が家に直接来るなんて珍しいわね」
「……ゆっくり話したかったから」
雪雫は砂糖をたっぷり溶かした紅茶を口へ運ぶ。
その所作一つ取って見ても絵になることから、彼女の育ちの良さをそこはかとなく武見は感じていた。
「美和、元気そうだったよ」
「……そう」
一瞬、ほんの一瞬。
武見は複雑な表情を浮かべたものの、何処か安堵した様に僅かに口角を上げて、その視線を僅かに雪雫から外す。
「お花持っていったよ。妙がオススメしてくれたやつ」
「うん、ありがとう」
「本の話もした。美和は苦手って言っていたから、今度読みやすいの持っていこうと思う。妙のオススメ、ある?」
「………不思議の国のアリスとか?」
「それはあまりお勧め出来ないかも…」
「なんで? 定番じゃない」
「怖いもん」
怖い、怖いか。
まぁそういう捉え方もあるのかな。と武見も彼女に倣って紅茶を口に運びながら頭の隅でボーっと考える。
「まぁ安心したわ。私の分まで仲良くしてくれている様で」
「………妙…」
武見の物言いに、悲しそうに眉尻を下げて呟く雪雫。
「そんな顔しても行かないわよ。これは私なりのけじめなの」
「……美和は喜ぶと思う」
「どうだか。普通、自分を重体に追いやった女医の顔なんて見たくないでしょう。それに、あの子が良くても周りが許さないわ。それが世の中ってものなの」
自分自身を戒める様な彼女の表情に、雪雫はこれ以上何も言えなかった。
言える筈も無かった。
言えば彼女をさらに苦しめる様な気がしたから。
「場末に追いやられた医者には、それに相応しい立ち振る舞いっていう奴があるのよ」
「…………そう」
投げやりな口振りの割には、お花を選んだり雪雫から話を聞きたがったりと、面倒見の良さが垣間見える。
が、それを指摘しても怒るだけだろう、と雪雫はそれ以上話を続けることは無かった。
「そんなことより」
「?」
ふと、武見は思い出したかの様に口を開いた。
僅かに青筋を浮かべ、少し怒気を含んだ声で。
「見たわよ。雑誌のやつ」
「水着の? 似合ってた?」
「ええ、良く似合ってたわ。似合っていたわよ。けどね」
武見は静かな怒りを隠す事無く言葉を紡ぎながら席を立ち、対面に座る雪雫の前へ。
彼女の柔らかな頬に両手を添えしっかりとその視線を合わせる。
そして――――。
「いひゃい」
そのまま頬をつねった。
「貴女ね、自分の身体の事分かってるの? いや、分かってないよね。分かって無いからあんなことするんだよね。いくら
「でも、日焼け止め塗っても――――」
「口答えする気?」
「ごめんなひゃい」
ふん、と機嫌悪そうに声を漏らして、雪雫の頬から手を離す。
僅かに赤くなった頬を擦る雪雫。
そんな彼女を横目に、武見は壁に掛かっている時計へと視線を移した。時刻は18時を少し過ぎたころ。
「もうこんな時間…。ほら、健全な女子高生は帰る時間よ」
シッシッと猫を追い払う様な手振りの武見に対して、雪雫はあからさまに不服そうな表情を作る。
「ご飯食べて帰ろうと思ったのに……」
「夜は予定あるのよ。ほら、貴女の先輩の雨宮君。あの子が診察に来るから」
「蓮が?」
「………蓮、か。随分仲良くなったのね」
「最近一緒に居る事が多くなった」
「ふぅん…」
興味が有るのか無いのか。どっちとも取れない口振りの武見に雪雫は小首を傾げるが、特にそれについて言及することは無かった。
「ほら駅まで送ってあげるから。大人しく帰りなさい」
「はぁい」
半ば追い出される形で雪雫は武見の自宅を後にした。
フェザーマン
御馴染みの正義の戦隊ヒーロー。正式名称は不死鳥戦隊フェザーマン。
子ども達から絶大な人気を誇り、続編も続々と作られているが特撮の例に漏れず、イロモノがどんどん増えていく傾向がある。
バイトマン
ブラックバイトを許さない正義のヒーロー。
ついこの間、3作目である「ダークバイトハイジング」が映画でやっていた。