PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
6月27日 月曜日 雨
世を忍ぶ存在である怪盗団には休みが無いらしい。
「ふわぁ……。」
悪人の改心という命がけの仕事を終えたばかりであっても、学校に行かなければならないのだから。
モルガナ曰く、「悪目立ちをする訳にはいかないからなっ。」との事だ。
しんしんと降り続ける雨音と生徒達の声をBGMに、欠伸を噛み殺しながら廊下を進む。
行き先は彼女が居るであろう部屋。
一般生徒にとってみれば入りにくいだろうが、他の生徒の視線に晒される事の無い、私にとっての憩いの場所。
生徒会室。
前時代的な引き戸に手を掛け、静かに開くとそこには予想通り、彼女と―――。
「蓮?」
「雪雫か。」
怪盗団のリーダーである蓮が居た。
「真以外がここに居るなんて、珍しい」
「これから、ちょっと…」
「?」
釈然としない言い方に小首を傾げると、それを補足する様に真が口を開く。
「私が呼び出したのよ。蓮に繁華街を案内して欲しくて。皆が普段、どうやって遊んでいるのか、何が流行っているのか知りたくて。」
「俺も暇してたし、この後一緒にどうかなって思って」
「……ふぅん」
つまりデート。
「……何よ」
「別に」
「雪雫も一緒に行くか?」
「ううん、今日は大人しく帰る。」
真の意図がどうであれ、傍から見れば完全にデートと言っても過言じゃない。
こういう時には邪魔しないように、ってりせが完二と直斗を見ながら言ってた。
「書類、片付けてくれてもいいのよ?」
「それはまた今度。」
呆れた様な視線をこちらに向ける真と、苦笑いを浮かべる蓮に背を向けて、私は生徒会室を後にする。
特に予定も無く、これといってやりたい事も無い放課後。
真がダメなら
・
・
・
いつもなら外から聞こえる子ども達のはしゃぎ声も、主婦達の井戸端会議も今日は聞こえない。
代わりに耳に届くのは窓に打ち付ける雨の音。
朝から降り続けるこの雨は、予報によると夜中まで止むことはないらしい。所謂、梅雨と言うやつだ。
「はぁ……」
こんな日は決まって暇だ。
ただでさえここに来る人など限られているのに、こんな悪天候にわざわざ足を運ぶモノ好きなんて居ないだろう。
……と、さっきまで思っていた。
忘れてた。そう言えば居たわ、余程のモノ好きが。
「それで? お友達が構ってくれなかったら、いじけてここに来たわけ?」
「いじけてない。私は空気を読んだだけ」
そういうモノ好きな少女、天城雪雫は何時もよりもぶっきらぼうに、僅かに視線を逸らしながら呟く。
「やっぱりいじけてるじゃない。私が夜勤じゃなかった時と同じ顔してるもの」
「子どもの頃の話はNG」
「私からしたら今も子どもよ」
「…むぅ」
診療室の椅子にちょこんと座る彼女は、図星なのか再び視線を逸らす。
痛い所突かれた時に視線を逸らす癖は、昔から変わらない。
「ふふっ」
何となく微笑ましくて、思わず笑みが零れる。
「妙?」
「何でもないわ」
思えば随分と長い付き合いになったな。とぼんやりあの時の事を思い返す。
白い肌によく映えた
……まぁ髪の色以外はあまり今と変わらないか。
幼い割には聡明で、でも世間には疎くて。
性格が災いしてか同年代の友達が出来ず、近くの高校の生徒とかナースとか、歳上とばかり一緒に居た。
それはかく言う私も例外では無く―――。
「カルテ」
「ん?」
思い出に耽っているとき、雪雫の鈴の様な声が耳に届いた。
「新しいの、増えてる」
視線の先には、テーブルの上に乱雑に置かれたバインダー。雪雫の言う通り患者のカルテだ。それも、最近になって増えた患者の。
「あー、最近ちょっとね」
「私と蓮以外に来る人居たんだ」
薄っすらと笑みを浮かべて、小馬鹿にしている様で何処か嬉しそうでもある声が雪雫から零れる。
「お陰様でね」
「どんな人?」
「ちょっと特殊な感染症を患った女の子。元々は大山田のトコの患者らしいわ。向こうでの検査結果に納得いかなくて、たまたま私の所に来たって感じ」
「セカンドオピニオン?」
「少し違うけど、まぁそんなもんね。治療してからというもの、その子のお父さんがこっちに通い出してさ。全く、こんな場末の診療所より大学病院の方が良いって言っているのに…」
大山田に対する少しの嫌がらせのつもりだったが、まさかこっちの患者になるなんて思ってなかった。
それどころか、特別な薬を処方出来る町医者として噂に尾ひれが付いて出回り、近所の老人達もチラホラと通い始める始末。
あぁ、めんどくさい。
「良かったね」
「何が」
「妙、嬉しそう」
「…嬉しくないわよ。薬の開発が滞って迷惑してるわ」
「ふぅん」
まるでこっちの事などお見通しだ。と言わんばかりの物言いと、透き通る様な瞳をこちらに向ける雪雫を恨めしく思いながら
「生意気」
カルテで頭を軽く叩く。
「痛い。患者の扱いがなってない。」
「貴女はもう元気でしょ」
「………もしかしたら調子悪いかも?」
「笑えない冗談はやめなさい」
何時もと変わらない軽口の応酬。
これだけ口が達者なら身体の方は大丈夫だろう。
一応、彼女に気付かれない様にこっそり視線を投げる。
呼吸の乱れは無い。顔色も悪くない。ティーカップを支える手にも震えは見られない。
問題無さそう。だけど―――。
(念のため、採血だけでもしとくか…?)
血液というのは情報の宝庫と言っても良い。
内臓の異常、アレルギー、ホルモンバランスetcetc…。
様々な病気に繋がる異常値を洗い出す事が――――。
「――――薬」
「うん?」
「薬、出来そう?」
先程とは打って変わって、至って真面目な視線をこちらに投げかける雪雫。
彼女の心配を和らげる様に、形の良い頭にポンと軽く手を乗せて。
「もうすぐ出来るわ。優秀なモルモット君も居るからね」
◇◇◇
6月28日 火曜日 晴れ
「秘密基地…」
四軒茶屋にひっそりと佇む喫茶店「ルブラン」の屋根裏部屋。
光に反射して僅かにキラキラと光る埃と部屋の隅に置かれた自転車が、元々は物置だったという事をアピールしている。
「ロマン…」
「雪ちゃんって、意外と男の子っぽいところあるよね」
「前も
「しかし、それが彼女の良さとも言える。性別や立場に囚われず、自由な視点で物事を楽しめるというのは創作をする上でも―――」
「話長くなりそうだから、それはまた後でな……」
目を輝かせながらキョロキョロと部屋を見渡している雪雫を中心に、皆がワイワイと騒ぎ始める。
もう何度も目にした光景だ。
「まぁゆっくりしてってくれ」
場所は言わずもがな蓮の部屋。
集まった目的は勿論、怪盗団の事だ。金城の事と、それから今後の事。
ひとしきり雪雫による部屋の観察が終わり、来客用の座布団や椅子も用意した所で、真から本題が切り込まれる。
「金城から連絡が来た」
「カネシロ…」
「メールも写真も全て削除したって。全部チャラにするみたい」
「よっしゃあ!」
「上手くいったね!」
竜司と杏が無邪気に喜び、祐介も満足気に頷いている中、雪雫は少々驚きを隠せない様子で目を見開く。
改心の仕組み自体は蓮達から聞いていたものの、実際に目で見るまでは信じきれなかったのだろう。
「嘘の可能性は?」
「……無い…とは言い切れないけど、それでももう私達に害がある事は無いと思う。―――警察が金城の身柄を確保したそうよ」
「なにっ!?」
この場に居る全員の気持ちを代弁する様に、モルガナが声を挙げる。
「それはまた…、随分と早いな」
「消されちゃ困るからって、理由みたい」
「マフィアって言われてた連中だし、ありえるのかもな…」
「消される可能性がある。という事は金城よりも上の奴が居る可能性が高い。それを裏付けるのがパレスで見た顧客のデータだろう」
「奴のシャドウが言っていたパレスで好き勝手している、という奴とも関係があるかもな」
「…………」
一難去ってまた一難。
カネシロが示唆したさらなる悪党に一同頭を悩ますも、ここで答えが出る筈も無く。
「兎に角、金城は無事逮捕! 部下達も芋づる式で捕まっているそうよ。後は――」
「事件の立証と余罪の追及?」
「ええ。被害者の数が多いから時間はかかると思うけど、少なくとも新しい被害者が生まれる事は無いと思う。本人も捜査に協力的らしいし」
「ということは、何はともあれ」
「今回も成功ってことだな!」
不安な要素はまだまだあるが、杏と竜司が言う様に金城の件に関しては現状、怪盗団側の勝利と言っても差し支えは無い様だ。
満面の笑みを浮かべて、打ち上げの段取りを決めようとする2人に、真からストップがかかる。
「楽しい話も良いけど、テストの事も忘れない様に。目立たないつもりなら、悪い点とか取らないでよね。生徒会長としても見過ごせません」
「それ今言うか…?」
「打ち上げの話はテストが終わったら改めてしましょ。後それから、雪雫。今後の活動なんだけど…、結論は変わらない?」
コクリと小さく首を縦に振り、それを見た真は僅かに寂しそうな表情を浮かべる。
「…今回の件、金城を目の前にしても結局、姿は変わらなかった。私は皆ほど――」
「んなの小さい問題じゃね? 気にしなくても良いと思うけどなー」
「いや待て、リュージ。セツナが言う事も尤もだ。ここまで何とかやれてるが、改心というのは常に命の危険が伴う。厳しい事を言うようだが、中途半端なまま参加してもかえって皆の身を危険に晒すだけだ。セツナ自身も含めてな」
「うん、そういうこと」
命の危険。改めて口にされると、自分達がいかに危険か改めて認識させられる怪盗団の面々。
首を縦に振らない雪雫に、強要出来る筈も無く。
「そうか、分かった」
若干重苦しい空気の中、リーダーである蓮が静かに口を開いた。
「戦いに関してはそうしよう。無理強いはしない。もし、気が変わったら何時でも言ってくれ」
「……ありがとう」
「しかし――」
「?」
蓮は自身の眼鏡を指で押さえながら、雪雫を真っ直ぐ見つめる。
「カネシロが言っていた件もある。なるべく1人は避けた方が良いだろう」
「次はお前だ、か…。雪ちゃん、心辺りとかある?」
「……無い。多分、ハッタリ」
「だと良いんだけどね…」
カネシロの改心時、確かに彼のシャドウは真っ直ぐ雪雫を見つめてそう言っていた。
真意は分からないが、少なくとも無視できるものではない。
「その事は私に任せてくれる? 大体放課後一緒に居るし、生徒会もあるからね」
「真…」
「さりげなくお姉ちゃんからも情報聞き出してみるわ」
「……でも…」
「こういう時位、人に頼る事を憶えなさい。貴女だって不安でしょ?」
「…………分かった」
若干ではあるが納得出来て無さそうな雪雫に、「なるべく誰かと一緒に居る事」「連絡もこまめに取る事」と真が次々に釘を刺す。
その光景に苦笑いを浮かべながらも、蓮はパレスでの雪雫の反応を思い出していた。
「―――――。」
カネシロの顧客リストに目を通していた時のことを。
▼
窓から差し込む街頭の灯りだけが照らす一室。
暗がりの中、1人の男が焦りを隠す事無く叫んでいた。
その額に浮かぶ脂汗が反射して、テラテラと光っている。
「クソっ…、クソ……! 金城のヤツ……!」
机に広がる数多の紙を、何度も何度も握りつぶしながら、その男はつい先日捕まった悪党の名を恨めしそうに連呼する。
「ドジを踏みやがって…! この事が外に漏れでもしたら――っ!」
その時、男のモノであろうスマホが無慈悲に着信の知らせを鳴らす。
「クソ…!」
恐る恐る、男は震える手を必死に抑えながら、電話を取る。
「はい…、…………ええ…。…中旬までには何とか。………はい…。は…? 学会ですか? ……ええ、それは勿論。…………はい。では……。」
電話が切れるが否や、乱雑にスマホを放りなげ、男は力無くその場に座り込む。
「……ダメだ、もう後が無い………。――――こうなったらもう、強行するしか…」
男はそう呟くと、放り投げたスマホを拾い、電話を掛ける。
「私だ。……ああ、施工の日程が決まった。準備を進めてくれ。彼女のご両親にも連絡を―――。」
こうして今日も、夜が更けていく。