PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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欺瞞の研究者
23.5:The Unstable Girl.


 

 

2009年 5月4日 晴れ

 

 

 世間は年に一度のゴールデンウィーク真っ只中。

 社会人は兎も角、学生からしてみれば勉学から解放される夢の様な期間。

 どこもかしこも休みを満喫する子ども達がそこら中に闊歩する中で、私はその子と出会った。

 

 

「………」

 

「えーっと、お名前、言える?」

 

 

 母親と姉であろう女の子に手を繋がれ、その顔に影を落とす黒髪の少女。

 私の目の前のナースが全てを包み込む様な優しい笑みを浮かべて、件の少女に語り掛けている。

 私には出来ない芸当だ。

 

 

「ほら、名前! 先生に言わないと!」

 

 

 相も変わらず黙りこくる少女の背中を押す様に、姉であろう少女が自己紹介を促す。

 こんな事しなくても、事前にカルテを貰っているから彼女の名前が何で、どういう境遇かは知っているのだが、社交辞令というやつだ。実際、精神が成熟していない子ども程、こういう最初の挨拶が肝心だったりする。

 

 

「…………」

 

 

 …まぁ、気持ちは分からなくもない。

 楽しいゴールデンウイークの筈が、地元から遠く離れた見知らぬ土地で、しかも病院なんぞに身を置かなければならないのだから。

 この歳の子どもからしてみれば拷問にも等しい仕打ちだろう。

 

 

「すみません、武見先生…。この子、長旅で疲れているみたいで…」

 

「い、いえ。この位の歳の子にはよくある事ですから…。それに、気持ちも分かりますし。」

 

「……?」

 

 

 ピクリと、僅かに私の言葉に興味を持ったのか、少女の艶やかな黒髪の隙間から綺麗な瞳が覗く。

 

 

「取り敢えず、病室に案内します。この子の荷物もあるでしょうし。詳しい話はまた。」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 天城雪雫 7歳

 

 生まれた時から身体が弱く、通院の毎日。

 実家のある八十稲羽の総合病院に通うも、症状は一向に改善する事無く周辺病院もお手上げ。片田舎の病院では限界を迎え、紹介もありこの病院へ。

 

 症状としては発熱や咳、腹痛、頭痛などが日によって変化。

 原因は一切不明。

 現在は、処方されている薬で凌いでいるが、度重なる薬の服用と症状の影響で身体が衰弱しており、満足に食事も喉を通って無い様だ。

 

 

「原因不明ねぇ…」

 

 

 何十枚にも及ぶ検査結果の紙をペラペラと目に通す。

 

 

「異常が見当たらない、というよりは異常があり過ぎて原因が特定出来ない。って感じね」

 

 

 過去に処方された薬を確認してみれば、結果に基づいて予想された病気に対する薬が適切に処方されている。

 向こうの医師の腕が悪いわけでは無い。

 初見でこの子が来れば私だって同じようにするだろう。

 だがそれをやったところで彼女が治らないから、こうしてわざわざ東京まで回された。

 

 

「目立った身体の異常は無し。そしたら中か。だけど―――」

 

 

 強いて言うならば、発育が少々遅れているのが気になるが、そもそも子どもの成長なんて人それぞれだし病気を特定する要素にはならない。

 

 

「アレルギーも無い。先天性の疾患も無い。……細菌性の髄膜炎、結核、ポリオ………最悪のケースは原発不明がん…。」

 

 

 彼女の症状に当て嵌まりそうな症例を思い浮かべてみるものの、どれもピンと来ない。

 

 

「もっと根本的なモノが原因? 」

 

 

 見た目の異常は無く、しかし中から蝕む様に至る所で明確に身体の不調が症状として表れる。

 まるで、呪われてでもいる様な――

 

 

「……馬鹿馬鹿しい。まさか死神にでも憑かれてるって言うの?」

 

 

 我ながら何を真面目に考えているのだろう。

 そんなオカルト、存在する筈無いのに。

 

 

「…映画の観過ぎね」

 

 

 最近観た映画に、登場人物がボロボロのローブを着た奴に魂を吸われて死に掛ける、という描写があった。

 そのシーンが脳裏に焼き付いてでも居たのだろう。

 

 溜息を吐きながら、最低限の灯りだけが照らす廊下を進む。

 

 時刻は23時35分。

 とっくに消灯時間も過ぎ、耳に入るのはナース達の内緒話と自身のヒールが床を叩く音。

 

 帰っても良いのだが、ここまで来たらもう泊まった方が楽では無いか。

 そんな事をボーっと考えていると、とある部屋から僅かに光が漏れているのが分かった。

 

 扉の横のプレートに目を向けると、出会ったばかりの少女の名前が。

 

 

「……はぁ」

 

 

 何度目か分からない溜息を零し、私は病室を軽く叩いた後、静かに部屋に踏み入れる。

 

 

「………」

 

 

 子どもが過ごすには有り余るほど広い個室部屋。

 窓が開いているのか、夜風でカーテンは揺れている。

 

 

「夜更かしは身体に悪いわよ?」

 

「……眠くない」

 

 

 そう言う部屋の主はこちらを向く事無く、サイドテーブルに置かれたデスクライトが照らす本に夢中だ。

 

 

「そのライトは誰から?」

 

「お姉ちゃん」

 

「あら、あの子厳しい様に見えて貴女に甘かったのね」

 

 

 相変わらず視線をこちらに向ける事は無いが、昼とは違って返答はしてくれる。

 特にする事も無いし、お昼に出来なかった分、この子と交流してみても良いだろう。

 

 ゆっくりとベッドに近づき、来客用の椅子を取り出して静かに腰を掛ける。

 

 

「………」

 

 

 僅かにこちらに視線を向けたが、特にそれ以上の反応する事無く、少女は再び視線を戻す。

 歓迎はされていないが、かといって邪険にも扱われていない。

 私はそのまま彼女が夢中の本に目を落とし、思った事をそのまま言葉として紡ぐ。

 

 

「子どもにしては珍しいの読んでいるわね」

 

「そう?」

 

「普通はもっと分かりやすい童話とか、そうでなくても簡単な小説じゃない?」

 

 

 私自身、そこまで詳しくないが、彼女が読んでいるのは紀行文学と言われるもの。

 筆者が旅行などを通して体験、見聞したものを綴った日記の様なものだ。

 

 

「小説も好き。でもこういうのも好き。私はあまり外出出来ないから。」

 

「…………そう…」

 

 

 こういう時に気の利いた事が言えない自分の口が恨めしいと素直に思う。

 私はこの子のメンタル面も支えてあげないといけないのに。

 

 

「元気になったら、って言わないんだ。今までのお医者さんは皆そう言ってた」

 

「……言って欲しかったの?」

 

「ううん、聞き飽きた」

 

 

 年不相応な綺麗な笑みを浮かべながら、彼女は本から視線を外し、こちらを両目で捉える。

 闇に溶ける艶やかな黒髪、それに良く映える白い肌、透き通る様な目、精巧に造られた様な笑顔。

 何処をどう切り取っても、それはまるで人形の様だった。

 

 

「……子どもの割には随分と達観してるじゃない」

 

 

 彼女の雰囲気にあてられてか、それとも私も疲れているのか。

 相手が床に伏せた小学生というのも忘れて、話し込んでいた。

 

 

「元気になったら、学校行けるようになったら。叶うか分からない先の為に何時まで我慢すればいい? 子どもの私でも分かる、これだけ大人の人達が検査して、それでも治らないんじゃ諦めも付く」

 

 

 静かに、ゆっくり。子どもにしては淡々と。

 口調は大人びているが、内容は我慢の効かない子どもの様で。

 

 

「にしては大人しくここに来たのね」

 

「……それは…皆が…」

 

 

 少し意地悪を返せば、彼女は俯いて歯切れ悪そうに黙り込む。

 さき程まで無感動に見えた瞳には僅かに涙が溜まっており、彼女の胸中を表しているかの様だった。

 

 

(……なんだ)

 

 

 その顔を見て何となく分かった。

 彼女自身、今の状況をどう受け止めて良いか分からないのだろう。

 自分中心で考えれば、さっき言っていた結論に。しかし家族や友人などの近しい人を思えば、またそれは別の方向に。

 他人しか居ない今の環境では達観しているが、結局は彼女もただの子どもで、人間という訳だ。

 

 

「ふふっ」

 

「…?」

 

 

 そう思うと、子ども離れしている様に見えた彼女が、途端に可愛く思えてきた。

 

 

「何となく、貴女が分かったわ。まぁ安心しなさい、生きたいって泣いて懇願したくなる程、腕を振るってあげるから」

 

「…………」

 

 

 僅かに、ほんの僅かに彼女の瞳が揺れたのを確認して、私は椅子から腰上げる。

 

 

「ほら、もう遅いから寝なさい。寝坊して朝ごはん食べれなくても知らないからね」

 

 

 そう言い残し、彼女に背を向けて廊下に続く扉へ向かおうとしたその時

 

 

「まだ何か用?」

 

「……」

 

 

 白衣が後ろに引っ張られた。

 犯人は勿論、1人しかいない。

 

 

「ここに居て」

 

「え?」

 

「何となく、何となくだけど。居て欲しい。私が眠るまで傍に居て」

 

 

 白衣に皺が出来る位、小さな手を必死に握り締めながら、その目を真っ直ぐこちらに向けている少女。

 夜は怖い。と続けて言葉を紡ぐ彼女を見て、溜息を一呼吸分。

 

 

「そこに座って、私の手を握って」

 

「はいはい、承りました。お姫様」

 

 

 本来、1人の患者にここまで入れ込むことは無いのだが、まぁ気分ってやつだ。

 何となく、彼女は放っておけない。

 

 

「天城雪雫」

 

 

 再び椅子に座り、望みの通り小さい手を握ると、彼女が小さく自身の名を口にした。

 

 

「私の名前は、天城雪雫」

 

「随分遅い自己紹介ね。……武見妙よ」

 

「うん、よろしく。妙」

 

「いきなり呼び捨て?」

 

「うん。良いでしょ?」

 

 

 今度は年相応の無邪気な笑みを僅かに浮かべて、私もその笑顔に微笑んで返すと雪雫は満足そうに瞳を閉じた。

 

 時刻は23時58分。

 私の握る小さな手は、僅かに震えていた。

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