PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
6月30日 木曜日 雨
季節通りの空を覆うぶ厚い雲。
しとしとと降り続ける雨と、肌に纏わり付く湿気。
何時もは真っ直ぐな白髪も心なしか毛先が僅かに跳ねている。
そんな日。
「………新薬ねぇ…」
眉間に皺を寄せ、不機嫌そうに呟く武見。
「美和、治るかな」
そんな彼女の対面にちょこんと椅子に腰を掛ける雪雫。
何時も通り学校から直接来たらしく、服装は制服のままだ。
「………かもね」
静かに呟き、武見はコーヒーを口へ運ぶ。
言葉とは裏腹に、その顔は何処か納得いっていない様で、機嫌はますます悪くなっていく一方だ。
「……………」
武見の様子を見ていた雪雫だったが、おずおずとその手を武見の顔に伸ばし、彼女の頬を指でつつく。
「…何よ」
「不安そう」
武見は雪雫の指を退かす事無く、頬に感じる温かな感触をそのままに
「当然よ」
と小さく呟いた。
「……彼は変わったわ。貴女を担当してた時の医者としての情熱も、責任も。今は一切持ち合わせてない。」
「……………」
「美和の時もそう、まだ未完成の薬をあの子に無理矢理投与して、却って容体を悪化させた。その上で私に責任を押し付けた。………まぁ私の事は良いの」
武見は語る。被害者は自身だけでは無いと。
「寧ろ私はマシな方よ。場末に追いやられたとは言え、まだこうして医者を続けているし生活も出来ている。中には表の社会で生きていけなくなった者も居るとか。………平気な顔でそういうことをやる事になったのよ、彼は」
「…でも、彼は医者」
「………そうね。腐っても医者よ。前に薬の投与を強行したのも、今回の新薬の件だって、きっと根底には美和を助けたいという想いがある筈…。貴女はそう信じているんでしょう?」
「うん」
「………私だってそうしたいわよ。せめて、患者にだけは…、医者としての矜持は持っていて欲しいと思っているわ」
武見は遠い昔を思う目で、雨が打ち付ける曇りガラスに目を向ける。
雪雫もそれにつられて、ぼんやりと窓に付着した無数の水滴を眺めていた。
2人は口を閉ざし、耳に届くのは雨音と時を刻む短針の音のみ。
そんな中、来客を知らせるベルの音が鳴る。
「…はぁ、こんな雨の日に……」
「私は帰るね」
雪雫と蓮は例外だとして、基本的に診療所に来る者の目的は一つだ。
武見は溜息を吐きながら立ち上がり、雪雫も荷物置きに置いていた鞄を手に取った。
ちょうどその時、案内をしてないのにも関わらず、診察室の扉が開く。
そこに現れたのは。
「おや、これまた懐かしい組み合わせだ」
そこに現れたのは昔と違い、少し腹の出た中年の男。
小綺麗なスーツを身に纏い、革製の鞄を手に持った渦中の人物。
「大山田医局長…」
「やぁ武見君。それと、雪雫ちゃん」
「……何でここに…」
大山田は薄ら笑いを浮かべて、肩を竦める。
「なに、近くで学会があったから、ついでに様子を見に来ただけだ」
「学会…、美和の?」
「それとは別件だよ。まぁ、遠からずそっちの方も開かれるが」
美和…、少女の名前が出た瞬間、武見は我慢ならないという様子で大山田に詰め寄る。
「その学会で発表するとか言う新薬…、ちゃんと美和の病気治るんですよね?」
「何を当たり前な事を…。きちんと臨床実験を重ねて、その安全性が保障された上での学会だ。君が開発する様な非常識なモノとは違う」
「それの資料…、見せて貰う事って出来ますか?」
そう言われると、大山田は意地悪そうに口角を上げた。
「何故そんな事をする必要がある? 私が信用出来無いか? それとも、私の功績を横取りする為か?」
「そんな事…! 私がする訳―――」
「どちらにせよ、返事はNOだ。発表前の薬の資料を他人に見せる等、私に何のメリットがある。そんな事より―――」
大山田は武見を見下す様に視線を鋭くし、一段とその声を低くする。
「私の患者をとったそうだな? 気管支炎の女の子だ。父親と来た筈だ」
「……気管支炎ね…。……とったつもりはありませんよ。通院も勧めてません」
「だが、噂が流れている。大学病院が町医者よりも劣ってるとな!」
気管支炎の女の子というのはこの間、武見が言っていた感染症の女の子の事だろう。
ぼんやりと、増えていたカルテを雪雫は思い浮かべる。
「でも、
「そういう話では無いんだよ! これはメンツの問題だ!」
「メンツ……」
我慢ならず口を挟んだ雪雫だったが、気に障ったのか、大山田はさらに怒りをあらわにする。
「場末で腐っているだけなら、見逃してやったものを……。あまり、調子に乗るなよ?」
そう言い残し、バタンと乱暴に扉を閉め、大山田は診療所から去った。
「……雪雫には悪いけど」
「………」
「やっぱり私は、彼を信じられそうにない」
そう、と小さく少女の声が診察室内に木霊した。
・
・
・
「やぁ」
診療所を後にし、帰路につこうと駅に向かっていた雪雫だったが、ふと声を掛けられその足を止める。
視線の先には先程、診療所に居た中年の男、大山田。
「さっきは声を荒げてすまないね」
「……まだ帰ってなかったの。何の用?」
「少し世間話をしようかと思ってね」
「私はない」
取り付く島もない物言いに、まぁまぁそう言わずに、と大山田は気にする様子無く続ける。
「彼女の診療所への薬剤の供給…、私が管理しているのは知っているね?」
「だから貴方にお金払ってる」
「そうだね。君は私にお金を払い、私はそれに見合ったものを武見君の診療所に支援する。…まぁ彼女がそれを知る由も無いが。兎に角そういう取引だった」
「だった?」
大山田の物言いに、嫌な想像が雪雫の脳裏に浮かぶ。
「その取引だが…、白紙にさせてもらうと思う」
「……! どうして!? 貴方の言う通り毎月振り込んでいた筈…! お金が足りないのなら……!」
「金の問題では無い。さっきも言ったろう? メンツの問題だって。環境を受け入れ、路地裏の鼠の様にコソコソと暮らすなら見逃してやったさ。……だが、私の邪魔をするなら話は別だ」
「っ! 妙も言っていた様に、そんな意図は無い! 患者さんだって、たまたま妙の所に流れてきただけ――――」
大山田は雪雫の言葉を遮り、それでも、と首を左右に振る。
「過程はどうでもいい。結果的にだ、彼女は私の患者を奪い、私の病院の評判に傷を付けた。その事実は変わらない」
「……勝手な事を!」
「彼女の事だ。例えどんな場所に追いやられようと、彼女は治療を続けるだろう。…つまり、彼女が医者である限り、その意図があろうとなかろうと、私の邪魔にしかならないということだ」
だから、と薄汚く大山田は笑みを作る。
「私は彼女の医療行為の一切を認めない事にした。あらゆる彼女と業者との関係を絶ち、その根本から障害を除去しようと思う。つまり、医者として彼女を殺す」
「………薄汚い大人が…!」
「手を汚さなければ生きていけないんだよ、現代は。それと、君も他人事じゃないぞ。君、先日ある男を探っていただろう? 最近になってその男との取引が頓挫してね。非常に私にとって都合が悪かったんだ」
脳裏に浮かぶのはカネシロパレスで見つけた取引のリスト。
やはり彼と大山田は裏で繋がっていたという訳だ。
「つまり君も私にとっての邪魔者、というわけだ。幸い、私は君の業界の人間にも多少顔が効いてね。まぁ楽しみに待っているがいい。君のお友達…、久慈川りせだったかな。彼女にも飛び火するかもな、あぁ、ご実家の旅館も危ないか。折角殺人事件から立ち直ったというのに」
「…なんで……? りせ達は関係無い!」
「これは罰だよ。
大山田は鞄からスケジュール長を取り出し、そうだな…と顎に指を添えながら小さく呟く。
「生憎私は学会の準備で忙しい。…ふむ、君達への罰の執行はそれが終わってからにしよう。まぁ、楽しみにしているといいさ」
ポンと、雪雫の肩を叩き、その場を後にする大山田。
そんな彼の背中をただただ茫然と見送った雪雫は、覚悟を決めた様におもむろにスマホを取り出した。
「……………腐ってる」
そういう雪雫の瞳には、大粒の涙が溜まっていた。
▼
同日 夜
朝から降っていた雨はすっかりと止み、じめじめとした湿気だけが残る夜。
「…………」
小さいコンテナによって造られた簡素なベッドに背中を預けながら、蓮はボーっとスマホの画面を見つめる。
「何か変化はあるかー?」
「……とくには」
蓮が見ているのは『怪盗お願いチャンネル』略して怪チャン。
匿名性の掲示板サイトで、怪盗団に対する依頼や意見を投稿出来るサイトだ。
このサイトの運営者は三島という蓮達の同級生だったりするのだが、今は知らなくても問題無い。
連日、テスト勉強の息抜きにと、仲間達と集まっては次の改心のターゲットについて話合いの場を設けているが、未だに決まっていない。
そうした背景から、暇な時間に怪チャンを見るのが蓮の中での日課になっていた。
何時も通り、寝る前にざっと怪チャンを眺める蓮。
昼間と変わりないサイトに溜息を吐き、諦めてスマホを閉じようとしたその時、とある人物からメッセージが届いた。
「これは――」
「どうかしたのか?」
目を見開き、ベッドに預けていた身体を起こすと、横に居たモルガナが興味を持った様子で蓮の持つスマホに視線を落とす。
「セツナからだな」
「相談したい事がある。明日、皆を連れて病院に来て欲しい、か。」
彼女らしい簡素な文と一緒に送られたその病院の情報。
「栄都大学病院……」
◇◇◇
7月1日 金曜日 晴れ
ビル群に囲まれた広大な敷地。
その中央に聳える都内でも有数の総合病院。
それらを眺めながら、雪雫は憂鬱そうな色を顔に浮かべていた。
「雪雫」
後ろからそう呼び掛けられると、雪雫はゆっくりと振り向く。
そこにはつい先日まで、行動を共にしていた者達、怪盗団のメンバーが。
「………みんな」
「相談したい事がある、そう言っていたけど―――」
リーダーである蓮が一歩踏み出し雪雫に問うと、雪雫は自身の口元に指を当て、それ以上の言葉を止めた。
「話は、こっちで」
雪雫はひらひらと手に持つスマホを振った。