PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
4月5日 火曜日 晴れ
まだ冬の寒さが残る早春の朝。
カーテンから漏れ出る日差しに照らされ、部屋の主は静かに目を開けた。
「………………りせ?」
部屋の主、天城雪雫の口から最初に漏れたのは、彼女と親しい間柄である少女の名前。
雪雫の呼び掛けに応える声は無く、隣に寝ていた筈の姿も無い。
「…そっか、仕事………」
りせと交わした就寝前の会話を思い出す。
ティーンズ向けの雑誌のインタビューと撮影で、早朝から家を出なければいけない、と申し訳無さそうに言っていたな、と。
「…うぅん」
りせの代わりに、とでも言う様に。
雪雫の小さな手に握られていたのは、彼女が寝間着として愛用しているシャツ。
確か、昨晩も着ていた物の筈だ。
雪雫は掴んでいるシャツを自身の胸元へと寄せ、うずくまる。
じんわりと、心の奥から温かさが込み上げてくる。
鼻腔をくすぐる彼女の匂い。何となく感じる温もり。
「…りせ………、りせ…」
居心地の良さからか。覚醒した意識が再び微睡みの中に堕ちていく。
僅かに開かれた目が再び閉ざされようとした時。
「っ!」
トップアイドルである久慈川りせの歌声がベッドの横のサイドテーブルから響いた。
雪雫のスマホの着信音だ。
「………」
眠い目を何とか開き、ゆっくりと布団の中から白い細腕をテーブルへと伸ばす。
ひんやりと冷えた自身のスマホを手に取り、その画面に映し出された名前を見て、その人物の名前を口にする。
「……雪子?」
天城雪子。
東京から離れた田舎町、八十稲羽にある天城屋旅館の次期女将にして実姉。
『おはよう、雪雫』
起きたばかりの火照った身体に、外気に晒されたスマホの冷たさは予想以上だったらしく、その冷たさに身体を震わし、音声をスピーカーへと切り替える。
「………おはよう」
『その眠そうな声…。今起きた所でしょ?』
「………ん」
『やっぱり! りせちゃんの言う通り』
「りせ?」
『昨日ね、頼まれたの。雪雫、起きれないだろうから電話して起こしてあげてって』
何故か得意げに雄弁と語る実姉に、僅かに眉間に皺を寄せる。
「……一人で、起きれる………」
『ふーん、そうなんだ? 二度寝とかしようとしなかった?』
「…………」
『私達には分かるんだから。ほら準備準備』
「……はぁ、分かった」
おずおずと布団から抜け出し、その小さい身体を外気に晒す。
身体を起こすや否や、着ていた寝間着にしているオーバーサイズのTシャツをベッドの上へ放り投げる。
『まさか、今も脱いだ服をそのまま、って事無いよね?』
「…………後で片付ける」
カメラでも付いているのでは無いか。と思わず内心で雪雫は考える。
『それで、どう? 東京の高校は?』
「人いっぱい。疲れる」
寝間着のTシャツ以外、雪雫が着ていた物は無い。
冬の寒さが抜け切れていない気温にその柔肌を晒しながら、足早にクローゼットへ向かい、下着とインナーを手に取り素早く身に着ける。
『渋谷だもんねぇ。稲羽とは大違いでしょ』
「稲羽も稲羽で疲れる」
『うーん、まぁ雪雫ならそうか……』
次に手を伸ばしたのは、まだ一回しか身に着けていない卸したての制服。
りせには好評だったが、雪子はどうだったんだろう。と、ふと雪雫は思った。
「そういえば、制服…。どうだった?」
『ん? 雪雫の学校のやつ?』
「ん」
『凄く可愛かったよ。まだ着られてる感もしたけど、都会ならではの華やかさ、かな? そういうのを感じた。ただ……』
「ただ?」
『りせちゃんから何枚か写真が送られてきたんだけど…。何で制服を少しはだけさせてベッドに寝ころぶ写真が?』
「………りせの、要望?」
『……………』
雪雫は気付かない。電話越しの実姉の威圧感に。というよりも、雪子が何に引っ掛かっているかも気付かない。
『あの万年発情アイドル……』
「まんねん、?」
『あ、ううん。何でも無いの! 雪雫は気にしないで! ――――これは大人の話だから』
「……そう」
その時、一人楽屋に居るりせの背中に悪寒が走った。
彼女は後に後悔する事となる。誤送信とは言え、雪子に妹の際どい写真を送ってしまった事を。
「……雪子…」
『うん。顔洗ったり歯を磨いたりするのに、通話したままじゃやりにくいよね』
「………まだ何も言っていない」
『何年、貴女の姉やってると思ってるの。私もそろそろ手伝いしなきゃならないし』
手伝い、というのは言うまでも無く旅館での、だろう。
「頑張って」
『雪雫もね。たまには顔、出してね』
「…なるべく」
『うん、楽しみにしてる。それじゃあ、またね』
再び部屋に静寂が訪れる。
女子高生が一人で住むには広すぎるマンションの一室。雪雫は着々と準備を進める。
そして―――。
「……行ってきます」
雪雫は小さく、しかし何時もより嬉しそうに一人呟いて、家を出る。
駅へと向かう足取りも軽く、その仏頂面も少し柔らかい。
十中八九、実姉の声を聞いたから、なのだが彼女はそれを口にしないし、多分自分でも気付かない。
天城雪雫という少女は、そういう少女だ。
▼
秀尽学園高校
「……はぁ」
秀尽学園における最高学年であり生徒会長。成績は常に学年トップ。頭脳明晰、品行方正。真面目を体現した様な少女「新島真」は、溜息を吐きながら生徒会室へと続く廊下を早足で歩いていた。
いつも歩いている廊下も、今日ばかりは延々と続く迷宮の様に真は感じていた。
半ば、押し付けられる形で引き受けてしまった生徒会長という役職。
まぁ、入学当初から生徒会で活動しており、教師からの信頼も厚く、成績も優秀。そんな生徒が居たら、自然と周りからの期待(圧とも言う)がのしかかるのは無理も無い事なのだろう。
真とて、それは理解している。
だから、生徒会長に就いた事について、とやかく言うつもりは無い。
しかし、問題は。
(今年は何人が集まる事やら)
果たして自分に付いてきてくれる人物が何人いるか。
一年生の時は良かった。
導いてくれる先輩と共に学校をより良くしようと活動していく日々。
自分が行き過ぎてしまった時は止めてくれたし、やりたいことは密かに後ろから見守っていてくれた。
問題は二年生の時。
先輩方が卒業や受験で生徒会と関わらなくなり、自分を中心に生徒会を運営するようになった頃。
退いた先輩達の恥にならぬ様、そして新しく出来た後輩達の見本となれる様、前年よりも高い熱量で取り組んだ。
結果だけを言うと、自分の目標は達成されたのだろう。今、こうして三年生であるにも関わらず、二年連続で生徒会長を務めているのだから。
しかし、人は付いてこなかった。
価値観の違いからか、熱量の違いか。
いずれにせよ、振るいから落とされるように、一人また一人と生徒会室に訪れる回数は少なくなっていった。
最終的に残ったのは生徒会長である自身のみ。
しかしそれを良しとした私は、その後も一人で運営していった。
孤軍奮闘。言い得て妙だ。
昨年度末、校長から言われた言葉が頭から離れない。
君は1人でも十分優秀だね。
その言葉がすべてを物語っている。
彼がそう思う、という事は、この学年に居る誰もがそう感じているという事に他ならない。
(一年生と二年生から何人かは確定で入ると思うけど、それも何時まで居るか……)
今年も一人かな。っと内心呟き、淡い期待を振り払って生徒会室の扉を開ける。
学校に関する様々な資料が保管されている棚。その隣にあるホワイトボード。中央に設置された白いテーブル。
何時もと何ら変わりのない生徒会室の風景。
しかし、その中に何時もと違う光景が。
「………ん」
真が部屋に踏み入れたその時、部屋の中央から小さい声が聞こえた。
中央のテーブルを囲う様に置かれた椅子に座り、スマホ弄る少女。
白い髪、白い肌、赤い目。
入学前から、何かと教師陣から注目を集めていた少女。
「天城、さん……?」
入口に立ち尽くし、ポカンと口を開いたまま、椅子に座る少女を真はただただ見つめる。
そんな真を余所に、雪雫は横向きにしているスマホからは目を離す事無く、忙しなく指を動かしている。ゲームでもしているのだろうか。
「…どうして、ここに?」
「……? 生徒会」
当然、といった様子で、雪雫はやはりスマホを弄りながら短く答える。
「生徒会…、って入ったの?」
「ん。皆が、望んでいたから」
真は意外そうな表情をしたまま、鞄を置き、雪雫の正面に座る。
「望んでた?」
「そう」
新年度が始まったばかりのクラスで必ず話し合われる事。それは誰がどの委員会に所属するか。
普段だったら生徒会への参加は各クラスからでは無く、学年全体から選出されるのだが。
聞けば彼女のクラス。即ち鴨志田先生のクラスから一人確定で参加するという話が事前に、先生達の間であったらしい。
鴨志田先生の性格を考えたら、妙に納得してしまう密約だ。
そこで、彼女のクラスで誰が生徒会に参加するかを大いに盛り上がった様だ。
まだ互いの名前も憶えていないであろう二日目で、ああでもない、こうでもないと貧乏クジの押し付け合い。
最初は様子を見守っていた雪雫も、纏まらない話に嫌気が差し、立候補したらしい。
「じゃあ、クラスメイトが押し付け合っていたモノを、貴女は自ら進んで貰ったってこと?」
「ん。」
何それ。と思わず真は笑みを浮かべる。
何に対しても興味を示さず、仏頂面を崩さない彼女に、そんな生真面目な一面があったなんて思いもしなかった。
それに、何となく、親近感も湧いた。
「何か、奇妙な縁があるわね。私達」
「……そう、かな」
コテンと首を傾げ疑問を口にする雪雫。
その艶やかな白髪が重力に従って僅かに彼女の顔に掛かっている。
何をしたらそんなに綺麗な髪になるのか、是非とも同じ女性として聞きたいところだ。
「そうよ。ほら、入学前の時だって――――」
思ってもいなかった人物の来訪に、思わず真は顔を和らげ、彼女との会話に花を咲かせる。
対する雪雫も、弄っていたスマホを仕舞い、小さいながらも反応を返していた。
今後の秀尽学園でも、何度か見られるようになるありふれた光景の一つ。
周囲から孤立していた生徒会長は、一筋の光を手に入れた。
▼
『そういう訳で、生徒会に入った』
最近買ったばかりのイヤホンから、心地良い透明感のあるソプラノボイスが流れる。
モデル業を通して貯めに貯めた貯金の一部を切り崩した甲斐があったというもの。
相変わらず唐突で草
雪雫ちゃんが良い子だって言うのは良く分かった
俺も一緒に学園生活送りたい
スマホに映し出されているのは、目まぐるしく変わる戦場。
私はゲームにそこまで詳しくは無いが、最近流行りのバトルロワイヤル形式の戦争ゲーム、らしい。
『クラスと違って、生徒会は楽しそう。―――――ん、勝った』
クラスはつまらないんか?
もしかして、コミュしょ……
↑それ以上言うと後が怖いぞ
呼吸する様に上位帯で一位を取る現役女子高生……
彼女のプレイと声に対するリアクションが、コメントとして矢継に流れていく。
何時もの配信の光景だ。
『クラス…、というか担任が嫌い』
ああ…
上との反りが合わないと大変だよな。分かる…、分かるわぁ……
ヤバイ。何時もより低めの声での嫌いにゾクっとした
私も!!
彼女も彼女で苦労をしている様だった。
その何時もより低い声に、心労が見える。
「ああ、分かるなぁ。それ」
ベッドに仰向けで寝っ転がり、瞬きも忘れて画面を見つめる少女、高巻杏は思わず自身の胸中を漏らした。
自身の憧れである彼女との共通点に、若干の喜びを覚えつつも、その顔は学園生活に思いを馳せ、曇っていた。
『そろそろ、終わり』
ボーっと、画面を眺めていると、配信の主が至福の時間の終わりを告げる。
おつ~
今日は早いな
りせちーが来るんじゃね?
それなら仕方無い
彼女、天城雪雫と久慈川りせの仲の良さは、ファンの間でも有名な話だ。
何でも、同郷の幼馴染であり、昔から姉妹の様に過ごしてきたらしい。
それを差し引いても、2人のスキンシップは度を越している気もするが、まぁそれはまた別の機会に話すとしよう。
『……今日は、りせ来ない。アプリのイベント、やりたいから。』
そっか、今日開始か
俺もやらなきゃなぁ
高校生になっても変わらないゲーマーっぷり、わたくし、感服いたしましたわ。
『それじゃあ。』
おつ!
またね~
次の配信は告知してくれ~
善処する。その言葉を最後に、彼女の声は聞こえなくなった。
何時もより短い配信に物足りなさを覚え、私はスマホに入っている音楽を再生させる。
夢想/天城雪雫
最近リリースされたばかりの彼女の曲が画面に表示されたのを確認して、スマホから視線を外す。
「……綺麗な声。」
天城雪雫。
今から四年ほど前、彗星の如く現れ、瞬く間に若い世代を中心にその心を掴んだ現役学生歌手。
彼女の透き通るようなソプラノボイスからは想像出来ないほどの力強い歌声。
心に直接訴えかける様なメッセージ性のある歌詞と、耳に残るリズム。
そして、MVの時にだけ見せる豊かな表情。
勿論、先程の配信の様に、天城雪雫の魅力はそれだけでは無いのだが。少なくとも当時の私にとってすれば、彼女にハマった切っ掛けはそれだ。
「頑張らないと。」
イヤホン越しの彼女の声が、私の背中を押してくれる。
また明日から、頑張ってみよう。
少し、前向きになれた気がした。
本編だと表記が20XX年となっていますが、っここでは2016年とします。
というのも、ゲーム内カレンダーが2016年のものと全く一緒。
P5りせの年齢設定がP4(2012年)終了時から4年後。
という背景があるからです。
一応、P4との別世界説もあるみたいですが、この作品では同じ世界という事で。