PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
ふと、意識が浮上する。
熟睡から微睡へ。
微睡から覚醒へ。
暗い海底から浮かび上がる様に。
「……またか…」
瞼を開けると、目に入るのは青、青、全てを覆いつくす様な青。
目に優しいのか優しくないのか、よく分からない内装だ。
身体を起こすと、連動するかの様に足枷の鎖がジャラリと音を立てる。
最初は驚いたもんだが、今はもう慣れてしまった。
四肢の不自由さを噛みしめながら、ここの住人である双子と長鼻の元へ歩を進める。
「何をもたもたしている!」
イラつきを隠す事無く、こちらを鋭く睨み付ける看守「カロリーヌ」
「主の前です。改めなさい」
口調こそは穏やかだが、凍てつく様な冷たい視線を送る看守「ジュスティーヌ」
2人はこの場所…、ベルベットルームの住人であり、俺の担当……らしい。
俺の担当…、ということはまた別に住人が居るのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えていると、主人である男が何時もの低い声で話し始めた。
「更生は順調の様だな」
ギョロっとした目玉、血走った瞳、人間離れした長い鼻と耳。
見た目は明らかに敵そのものなのだが、どうやら彼は俺の味方…、というよりは協力者らしい。
世の中分からないものだ。
「ワイルドの素養を持たない身でありながら、2つの力を行使する少女…、中々興味深い存在だ」
長鼻…、イゴールは張り付いた笑みを崩す事無く言葉を紡ぐ。
「…2つの力……、雪雫の事か」
「かの存在はお前…、いや、お前達に多大な影響を与えるだろう」
「他の者と同じ様に絆を育むことを推奨します」
「精々足掻くがいい、囚人」
ふと、再び意識が薄れていくのを感じた。こちらに視線を送る3人の姿がぼやけて見える。
用は済んだ、ということらしい。
俺の意識は再び海底へ沈んでいった。
◇◇◇
7月2日 土曜日 曇り
普段は足を運ぶことの無い1階の教室練。
珍妙なモノでも見るかの様な視線を浴びながら、目的の場所へ。
教室の前にポツンと1人、詰まらなそうにスマホを弄る白髪の少女。
「雪雫」
その名を呼ぶと、キョトンとした表情で顔を上げ小首を傾げる。
「蓮。どうしたの? 今日はパレス攻略の為の準備に充てるって…」
「ああ、その筈だったんだけど、竜司と杏が代わりに用意してくれるらしくて。それで時間が出来たから雪雫の様子を見に来たんだ。」
「様子って言っても…、別に普通………」
普段となんら変わりない彼女の様子に、内心ホッと溜息を吐く。
新たなペルソナ能力を発現したとは言え、先日の出来事で精神的に追い詰められたのは事実だ。
加えて、大山田の学会までそう期間がある訳でも無い。
状況的には逼迫しているのは変わりないのだ。
「…………あ…」
その時、思い出したかの様に小さく声を上げ、僅かに表情が曇り、何か悩んでいる様子を見せる雪雫。
どうした?と声を掛けると、少しためらう素振りは見せたものの、彼女の小さい口が言葉を紡ぎ始める。
隠し切れない魅力が、雪雫の興味を引いた!
気がした。
「ちょっと、付き合って欲しい」
そこだけ切り取れば勘違いされそうな誘い文句を恥ずかしがる様子も無く呟き、雪雫は俺の手を引いて学校の出口へと向かった。
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場所は変わって渋谷のセントラル街。
学校帰りの学生達で賑わう大人気ファストフード、ビックバンバーガーの店内。
「よく食べるな…」
「お腹空いた」
目の前に座る雪雫は嬉しそうにポテトとハンバーガーを頬張っていた。
その小さく、細い身体のどこに入っているんだと思わずツッコミたくなる様な量を雪雫は次々と口へ運ぶ。
存外、たくさん食べるタイプの様だ。
ひとしきり満足したのか、頃合いを見て雪雫は話し始める。
「蓮も知っている様に、私の信じていたモノは全部嘘だった」
「……大山田の事か」
「彼は根っからの悪人で、仮にそこに気付いていたとしても、私はそれを修正する手段を持ち合わせていなかった。どの道、彼は救いようのない人間だと思ってる」
「………」
「でも、私がもっとしっかりしてれば。大山田の本性に気付いていたなら、周りの人間を救う位は出来たかもしれない。妙や美和…、もしくは顔も名前も知らない被害者達」
カランと、氷が溶けた音が聞こえた。
「一番気付ける立場でありながら、私は気付けなかった。それはきっと……、私が人の心を理解するのが苦手なのが原因」
「そんなことは…」
「今回の件だけじゃない。例えば、活動だってそう。歌詞とメロディは耳障りの良いモノを羅列しているだけ、配信は同業者がやっていたから。ルールやテンプレート、他人の模倣を機械的に繰り返しているだけ。だから私は、人の内面を見抜けない」
果たしてそのような事があるだろうか、と蓮はふと考える。
確かに雪雫は表情の変化が乏しく、人形の様ではあるがそこまで人間味が無いとは思えない。
彼女は
「そんなの嫌。表面だけしか捉える事が出来無いんじゃ、りせの気持ちは一生分からない」
ん?
「……りせ?」
「私はりせが好き。りせもきっと私の事が好き」
周知の事実では?
「でもそれは上っ面だけ。表面上の気持ちだけなんて、私は我慢出来無い。全部、表も裏も上から下まで。綺麗な感情もドロドロ醜い感情も。花園の様な綺麗な部分も、退廃的なドロドロとした部分も。全部理解しないとダメ。理解した上で、手に取るの。ええ、それはとっても素敵なこと。お互い全部を曝け出して、足の指先1つまで余すことなく受け入れて。そうなればりせは私を離さないだろうし、私もりせを離さない。こうして文字通り私と彼女は結ばれる。その為に私は知りたい。りせは何時私を好きになったの?あの人の事はもう良いの?りせの気持ちはただの好意?それとも愛情?ただただ下心を私にぶつけているだけ?どれくらい私の事が好き?今の私じゃきっと理解出来ない、きっと見えてこない」
「……つ、つまり、恋愛相談?」
唐突な脳への襲撃に蓮は狼狽えるが、辛うじて言葉を絞り出す。
「ちょっと違う。私は学びたいだけ。学んで、噛み砕いて、それを糧に私はりせの気持ちを理解する。その過程を手伝って欲しい。その代わり、私も蓮に協力する」
「例えば?」
「戦闘の時に役立つ身体の使い方…、とか。その他思いつく限りの諸々」
確かにそれは有り難いかもしれない。
雪雫と言えば驚異的なバランス能力とすばしっこさだ。
それをフィードバックしてもらえるなら、この先の戦いにきっと役に立つだろう。
「取引、成立?」
小首を傾げて、雪雫はその小さな手を差し出す。
俺はその手を優しく握り返し、ああ。と呟いた。
少々、久慈川りせに対する気持ちが強い様だが、まぁそれも彼女の魅力だろう…、多分。
▼
汝、ここに新たな契りを得たり
契りは即ち、
囚われを破らんとする反逆の翼なり
我、「永劫」のペルソナの生誕に祝福の風を得たり
自由へと至る、更なる力とならん…
▼
「でも、具体的にはどうやって学ぶ?」
雪雫は人の気持ちを学びたい、と言っていたが何か考えがあるのだろうか。
「……歌…、を作ろうと思ってる」
「歌…、か」
「従来の作り方では無く、しっかりと自分の気持ちを乗せて、本心から歌える様な。そんな歌。歪でも良い、売れなくても良い。何にも囚われない、自由な歌」
それが出来たら、是非とも一番に聴きたいものだ。
「また、連絡する」
「ああ」
大分長い時間話し込んでいた様で、渋谷の街が段々と夜に染まっていく。
俺達はビックバンバーガーを後にして、帰路についた。
◇◇◇
その在り方は宝物の様に。
少女の世界は穢れ無く、静謐で、聖域そのものだった。
田舎町の老舗旅館の末娘。
身体が弱く、その様はガラス細工の様に儚く、壊れやすい。
蝶よ花よと育てられたのは必然とも言える。
身内に囲まれ、愛情を注がれ。与えられるのは好意のみ。
両親、姉、従業員。彼女を貶めようとする者など、そこには一切存在しなかった。
好きと言われれば好きと返す。
愛してると言われれば愛してると返す。
そうすれば相手は喜んでくれたから。
言葉の重みを考える必要は無く、相手が望む言葉を機械の様に返すだけ。
狭い世界の住人達にはそれだけで十分だった。
であるならば、少女の世界がその中で完結しなくなったのは何時からだろうか。
正確な時期は憶えていない。
物心がついてすぐの事だったか、小学校に入る前だったか。
少なくとも、上京前の出来事なのは確かだ。
自分の感情を隠さない子どもだった。
好きなモノは好きと言い、嫌なモノはハッキリ否定する。
今までに存在しなかったタイプの住人だった。
馴れ初めは憶えていない。
気付けば、幼馴染と言える存在になっていた。
宝石の様に大事に大事に仕舞われ、壊れ物の様に扱われていた少女とは対照的に、彼女は普通の子どもだった。
同じ町の豆腐屋の一人娘。
その娘は少女に言った。
「つまらない」
と。
少女の何が気に食わなかったか知らないが、娘は臆する事無くそう言った。
思えば少女にとって初めての経験だった。
両親も姉も従業員も。
狭い世界の住人達は少女に何処か遠慮していた。
在り方を否定する事無く、ただそこに居る事を良しとしていた。
だから少女にとって、その娘が初めて自分の事を否定した存在だった。
困惑した、狼狽えもした。普段することの無い言葉の意味を考えた。しかし、娘の真意は分からない。
それもその筈。
だって少女は今まで本で得た知識や周りの住人達の真似をしていただけなのだから。
ただ在るだけで完結していた少女の脳裏は、娘の言葉を理解しようとする思考で埋め尽くされた。
それ以後、少女は娘に会う度に、導き出した答えを提示してはそれを否定される。
一度、私の何がつまらない?と質問したところ、
「そういうところ」
と返された事もあった。
少女は気付かなかったが、人並な表現を用いるのならば、
娘に興味を持ったのだ。
今までの枠組みに囚われず、紡がれる言葉も、唐突な行動も。その全てが少女の頭を悩ませた。
狭く完結していた少女の世界が、広がった。
・
・
・
彼女の事を私なりに理解しようとした。
言動や行動1つ1つを噛み砕き、時には模倣して。
しかし模倣しても、私が感じた彼女特有の温かさは感じなかった。
彼女に憧れて、同じ目線で世界を見たくて。後を追う様に同じ業界に踏み入れたりもした。
それでも、未だに彼女を理解出来ない。
それでは、彼女の隣に立つ資格が無い。
「…………むぅ」
目の前で人の気も知らないでスヤスヤと眠っている彼女の顔を睨み付ける。
私はこんなに悩んでいるのに、こんなに貴女の事を考えているのに、彼女は変わらない。
何時も通りに言葉を紡ぎ、何時も通りに私にスキンシップを行う。
与えられるだけじゃ満足出来無くなってしまった。
その意味を全て理解して、胸で受け止めて。
余すことなく彼女を知りたくなってしまった。
「責任、重大」
こちらを向いて、穏やかに寝息を漏らす彼女の頬に、そっと手を添える。
起きる気配の無い彼女の顔をマジマジと見つめた後、意を決して自身の口元を近づける。
起こさない様に、軽い音すらも立てないように。
ゆっくりと彼女の艶やかな唇に自身の唇を当てて、数秒。
胸の動悸と唇に感じる柔らかな温かさを噛みしめながら、そっと離す。
「…りせの言う、好きって何?」
小さな声は彼女の寝息に掻き消された。