PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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31:I have been reborn.

 

 

 皆が私を称賛した。

 

 天才、奇跡の医者。

 皆が手放しに私を称えた。

 

 ああ、現代に蘇ったアスクレピオスとも言われたね。

 死者さえも蘇らせたとかいうギリシャ神話の名医。

 

 何も知らない癖に。

 

 

 暫くはその話が冷める事は無かった。

 沢山のマスコミが押しかけ、取材、インタビューの毎日。

 

 それらに対し、決まって私はこう言った。

 

 

「私は何もしていません。少女の頑張りのお陰です」

 

 

 と。

 

 

 事実だ。

 そう、私は何もしていない。

 結局、彼女の病気が何なのか、突き止める事は出来なかった。

 日に日に衰弱していく彼女を、ただただ見守る事しか出来なかった。

 

 現代医療に限界を感じた瞬間だった。

 

 治せないモノは治せない。

 

 それが当時の私の限界であり、同時に世界の真理でもあった。

 

 

 しかし、それは直ぐに音を立てて崩れ去った。

 

 

 あれは何時の日だったか。

 ああ、そうだ。彼女が入院した次の年の1月。

 

 ベッドでただただ外を眺めるだけだった彼女が、平然と歩いていた。

 まるで病気そのものが初めから無かった様に。

 

 降り注ぐ日差しの元で、つい先日まで黒かった筈の髪を靡かせて、踊る様に歩いている。

 

 点滴に繋がれ、呼吸器を付けれられてた少女が。今外に。

 

 

 目を疑った、いくつもの疑問が浮かんだ。

 しかし、その時はまだ、安堵の気持ちで一杯だった。

 

 少なくともその日は。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

7月5日 火曜日 曇り

 

 

 目を覚ますと隣に聞こえるのは幼馴染の寝息。

 時刻は朝の6時半をちょっとばかり過ぎた頃。

 

 どうやら、珍しく早起きというものをしたらしい。

 

 

「………はぁ」

 

 

 一度目を瞑り、再び眠りに落ちてみようと試みたが、どうにも寝れる気がしない。

 

 身体を起こそうにも、隣の彼女の四肢がしっかりと私に回されていて抜け出せない。

 無理に解いても良かったのだが、別に嫌でも無いし、仕事で疲れている彼女を起こすのも忍びない。……暑いけど。

 

 諦めて彼女が起きるまで、こうして大人しくしていよう。

 

 

「…………」

 

 

 こうして朝早くに起きてぼんやりと天井を眺めていると、何となく昔を思い出す。

 2010年1月。

 文字通り生まれ変わった日の事を。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 何があったのかは自分でも分からない。

 ただそこにあったのは変わり果てた自分という結果だけ。

 

 まず視界に入ったのは瞳にかかる自身の髪。

 テラテラと日差しを反射させる、真っ白な髪。

 

 次に気付いたのは身体の軽さ。

 体重云々の話では無い。いや、体重の話をするならば、私は平均よりもずっと軽いらしい。妙が怒ってた。

 ……話が逸れた。

 

 昨日まで鉛の様に重かった身体が、私を病床に拘束する様に渦巻いていた不調が、身体から綺麗さっぱり無くなっていた。

 

 驚いた。困惑もした。しかしその時は高揚が勝った。

 子どもの私に、逸る気持ちを抑える事など到底出来ず、身体に纏わり付く点滴や呼吸器を全て払い除けて、ベッドを飛び出す。

 点滴を無理矢理抜かれた腕から血が流れ出た。行儀悪く裸足のまま駆け出した。

 そんな事はどうでもいい事だった。

 

 部屋に備え付けられた洗面台の鏡を夢中で覗いた。

 そこに居たのは変わり果てた自分。

 

 髪は黒から白へ。

 瞳は黒から赤へ。

 生気を失った顔はそれを取り戻し。

 それを見た私の瞳も心無しか輝いていた。

 

 久しぶりに自身の服に袖を通し、靴を履く。

 誰にも見つからない様にコッソリと、私は病院の外へ。

 

 外の風が心地良かった。

 降り注ぐ日差しが、母の抱擁の様に温かかった。

 五月蠅いほどの都会の喧騒が、優美なオーケストラの様だった。

 

 あの時、直感した。

 そう、私は生まれ変わった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 あの日の前の晩、何があったのだろうと今でも思う。

 

 毎晩0時になった時、決まって訪れた、今は無き影の時間。

 あの日も例外無く、私は一人それを迎えた。

 

 全ての電子機器が止まり、空は地底の様に重く、それを見下ろす月は死そのものの様で。

 化け物達が闊歩する、地獄の時間。

 

 何時もの様に部屋の隅で縮こまっていたのは憶えている。

 化け物に見つからない様に祈りながら。

 

 しかし、憶えているのはそれだけだ。

 気付いたら世界は朝で、私はベッドの上で。

 

 そのまま寝てしまったのだろうか。

 そんな呑気な事も考えたけど、しっくりこない。

 何があったかは分からない。

 しかし。

 

 

「…………どうでもいい」

 

 

 そう、今となってしまえばどうでもいい事だ。

 だって、私はこうして今ここに居るし、彼女の温もりを感じる事も出来る。

 

 あの晩、何が起きていたとしても、それはもう―――。

 

 

「……あれ、………早起きだね…」

 

「…おはよう」

 

 

 気付けばりせがこちらを見ていた。

 眠い目を擦って、欠伸を漏らして。

 

 

「…おはよう~……。眠れなかったの?」

 

「逆。眠り過ぎただけ」

 

 

 そう言うと、なにそれ。と笑みを浮かべるりせ。

 それを見ていて、ほんのりと温かな気持ちが湧く。

 ああ、この笑顔が好きだな、と。

 

 何となく、彼女の胸に顔を埋めて、鼓動と体温を目を閉じて感じる。

 え、え?…雪ちゃん!朝から困るよー!と騒いでいるりせを無視してさらに密着させる。

 うるさい、困ってしまえ。

 

 

「夏に、帰っておいでって。皆言ってたよ」

 

 

 そう私の頭を撫でながら、りせは優しく言う。

 

 

「雪子センパイも、千枝センパイも、花村センパイも、完二も、クマも」

 

 

 友達…、と言っていいのか分からないけど、歳離れた私にも良くしてくれた人たち。

 私の、もう一つの居場所。

 

 

「……うん」

 

 

 話す訳にはいかないけども、この数か月で色々あった。

 会いたい、素直に心からそう思う。

 

 

 今の件が片付いたら、ね。

 

 

 

 

 

 斬る。

 斬る。

 斬る。

 刃が間に合わないその時は、柄の部分で殴る。

 

 持ち運びには不便だが、こういう時の長物は便利だ、と少女は笑みを作った。

 

 

「ジャンヌ・ダルク!」

 

 

 捌き切れなければ、その時はもう一つの力を行使すれば良い。

 効率良く、適切に。

 瞬時に頭に浮かんだ行動を選択し、それを行動に移す。

 

 言葉にすれば単純だ。でもそれを実行するのは複雑極まる。

 だからそれを淡々とやってのける彼女は、末恐ろしい。

 

 

「いやー、何時に無く張り切ってるなぁ……っと!」

 

「口動かしてないで手を動かせ、手を!」

 

 

 次々に湧き出るシャドウ達。

 これが次の階層に進む為の最後の関門。

 

 倒しても倒しても出てくるシャドウを、各々の判断で迎撃。

 まさに乱戦、混戦、スクランブル。

 

 戦場はますます混沌を極めていく――――。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「敵、多過ぎ」

 

「いやぁ、倒した倒した~!」

 

 

 パレスの外、病院の敷地内の隅っこ。

 

 ジョーカーが虚空を見つめながら佇んでいた。

 度々、ジョーカーはこうして意識が何処かに行くことがある、何でも手に入れたペルソナを処刑したり懲罰したりしているらしい。

 それを聞いたウィッチは意味が分からない、と首を傾げていたらしい。

 

 兎に角、ジョーカーの意識が帰還しなければ、現実世界に帰る事も出来ない。

 彼を待っている間、暇を持て余した一同は、雑談に興じていた。

 内容は勿論、パレスの事。

 

 

「オタカラが近い、ってことかしらね」

 

「もしくは、何か見られたくないものでもあるのか……」

 

「見られたく無いもの……」

 

 

 十中八九、新薬のデータだろう。

 

 

「案内図に次の階層の事は書いていない。つまり」

 

「一般には非公開の情報……、表沙汰に出来ない区域ってことかしらね」

 

「表沙汰に、出来ない……」

 

 

 鬼が出るか蛇が出るか。

 まだ見ぬ区域に、不思議と胸が高鳴った。

 そんな気がした。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

7月6日 水曜日 雨

 

 

 

「心を知りたい?」

 

 

 ふと、祐介は雪雫にそう言った。

 

 

「ああ。俺はサユリの様な純粋な美を描きたい。その為には人の心、というモノを学びたいと思っているのだが、心なんて目に見えないモノ、正直、掴みあぐねてな…。心を知る為に何を描けばいいか。それを蓮と共に模索しているんだ」

 

「そういうこと」

 

 

 祐介の後ろの蓮が、眼鏡を光らせて頷く。

 

 

「すまないな、大山田の事もあるのに」

 

「ううん、私の悩みと、皆の悩みはまた別だから。……それで、私は何をすれば?」

 

 

 ジトっとした視線が、祐介…では無く後ろの蓮へ刺さる。

 その目は「私もそれを知りたいのに、私に聞いてどうするんだ」と語っている様だった。

 

 

「君に……」

 

「?」

 

「君にモデルになって欲しいんだ!!!!」

 

 

 人々が忙しなく往来する渋谷駅で、祐介は綺麗な土下座を繰り出した。

 

 

 

 

 

 

「すまないな、大山田の事もあるのに」

 

「ううん、私の悩みと、皆の悩みはまた別だから」

 

「ありがとう、そう言って貰えると助かる」

 

 

 純粋な美、について祐介は考えた。

 

 

 世俗に塗れず、美そのものをありのままに描きたい。

 

 

 祐介はそう考えた。

 

 

 

 しかし、いざ筆を取ろうとも、それは進まない。

 

 頭に浮かぶのだ。

 斑目の指南を受けた自身に、果たしてそれを描けるのか、と。

 

 答えは出なかった。出る筈が無かった。

 結局、描かなければ、自分は何も分からないのだから。

 絵描きというのはそういう生き物だ。

 

 

 そうと決まれば描いた。兎に角描いた。

 

 蓮と共に各所へ渡り。

 人の気持ちそのものを反映したメメントスの風景。

 お互いを想い合う恋人たちの情景。

 苦悩を表した聖職者の光景。

 

 しかし、答えは未だに出ていない。

 

 

 更なる美を追い求め、祐介は疾走する。

 そして、行き着いたのが―――。

 

 

「…私……? 納得いかない…」

 

「いや、謙遜する事は無い。その陶器の様な白い肌。シルクの様な白い髪。精巧に計算しつくされたパーツの数々。素晴らしい。神に造られた人形の様だ。あぁ、まさに美そのもの! 純粋な美と言っても良い!!」

 

 

 物置部屋に充満する具材の匂いに包まれながら、祐介は興奮した様に言う。

 言われた雪雫は、流石に気恥ずかしい様で、少し顔を赤らめていた。

 

 

「……はぁ。まぁいいや。祐介のスランプが終わるなら、これくらい良いよ」

 

「ありがとう。遠慮無く言葉に甘えさせてもらおう」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「素晴らしい……。輪郭、その無垢なる表情…、全てが、全てが世界に愛されている……、即ち、人の愛そのもの! 人類の秘宝!」

 

「………うるさい」

 

「…我慢してやってくれ………」

 

「ああ、良いぞ…。筆が進む……、進むぞ! フハハハハハハハハ!!!!」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 順調に進んでいた筆が、ピタリと止まった。

 眉間に皺を寄せて、険しい表情を作り、考え込む様にキャンバスと睨めっこしている。

 

 そういう事もあるだろう、と雪雫も最初は気にしなかったが、筆が止まって15分程。流石に気になって口を開く。

 

 

「どうかした?」

 

「………ダメだ」

 

「?」

 

 

 そう言うや否や、祐介は筆を置き、頭を抱えて項垂れる。

 

 

 

「俺には…、世俗に塗れた俺に君の美は表現出来無い。何度描いても、描き直しても、しっくりいかないんだ。君のありのままが描けない。一体何だ、何が足りない?」

 

 

 気になってキャンバスを覗けば、顔の輪郭や髪は描かれていたものの、肝心の顔のパーツが描かれていなかった。

 

 

「………」

 

「これではダメだ。純粋な美とは言えない、今すぐにでも描き直そ――――」

 

「別に、描き直さなくて良いと思う」

 

「何?」

 

 

 雪雫から放たれた言葉に、意外そうな声を上げて俯いていた顔を彼女に向ける。

 

 

「……祐介、描く事に固執し過ぎてない?」

 

「……? 絵描きなのだから当然だろう」

 

「私は…、描かない芸術も、あると思う。観た人に想像の余地を与える様な、人によって捉え方が変わる様な。そんな曖昧な芸術」

 

「………それは…」

 

 

 勿論そう言う作品があるのは知っている。

 描きたいものをあえて不透明に仕上げる事で、その本質を多角化する………。

 彼女が言っているのはそう言うものだろう。

 

 

「勿論、作者である祐介が納得するのが一番。でも、今の祐介は答えを決めつけて描いている部分はあると思う。世俗に塗れたくない、斑目の様になりたくない…そう思うのは良いと思うけど、意識が強すぎて祐介自身の視野を狭めてない?」

 

「……………俺は…」

 

「兎に角、私はこれ好き。蓮は?」

 

「俺は芸術の事、よく分からないけど…。俺も好きだな。これはこれで一つの芸術なんじゃないのか? 祐介」

 

 

 2人の言葉を噛み砕いていたのか、たっぷりと時間を置いた後、祐介はゆらりと立ち上がる。

 そして。

 

 

「フフフフ、ハハハハハハハハハハ!!」

 

 

 狂った様にその場で笑い始めた。

 

 

「壊れた」

 

「元から…じゃないかな………?」

 

「面白い、面白いぞ! 真の美を追い求めるがあまり、道理が見えなくなってしまったのは俺の方か………! ありがとう、2人とも……。真なる芸術が何なのか、分かった様な気がする。さぁ…! 時間が許す限り筆を走らせる事としよう! そうだな…、題材は古びた新聞と欠けたコップが良い……!! 蓮! 早く持ってきてくれ!!」

 

 

 祐介のこの様子は日が暮れるまで続いた。

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