PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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32:have nothing to regret.

 

 

 クロスフォード・エンデ病。

 世界でも未だに医療法が確立されていない難病。

 

 長い期間に渡り、その難病を患った少女を担当しているが、未だに打開の兆しは見えない。

 どんな薬を試しても、どんな施術を施そうとも、所詮私に出来るのはその病気の進行を遅らす程度。

 

 幼い身体にそう安々と治療を繰り返す訳にもいかず、ハッキリ言って手詰まりだった。

 

 

 そんな折だった。

 私に声が掛かったのは。

 

 誰からの経由で私に声が掛かったのか、は今更の話だ。

 この立場になるまで、私は様々なしがらみを抱えた。

 武見君の一件だってそう。

 だからこれも、そのしがらみの内の1つ。

 

 

 簡単に言えば、エンデ病の研究に対する援助の取引だった。

 それ相応の金を払えば、相手は私に研究設備と手足となる駒を用意するという。

 

 きな臭い、と素直に思ったし、これは所謂「裏の取引」にあたるものだと理解もしていた。

 

 しかし、私にとってそれは悪魔の囁き等では無く、神の思し召しの様に感じた。

 藁にもすがる思いだった。

 失敗する訳にはいかなかったのだから。

 今更、手段を選んでいる場合では無い。

 

 私は、迷わずその手を取った。

 

 

▼

 

 

 これではとても間に合わない。

 

 

 例の取引のお陰で開発は進んだ。

 しかし、従来通りのやり方では実用段階まで持っていくのに時間が掛かる。

 

 彼女が死ぬ前にエンデ病を治さなけば意味が無い。

 

 

 例の取引相手はエンデ病の新薬が産む利権そのものが目的だ。

 このままただただ手をこまねいていては、いずれ私の立場も危うくなるだろう。

 それは、それだけはダメなんだ。

 

 

 私はどんな手段を使っても今の立場を守る必要がある。

 今更、綺麗ごとだけで生きてはいけないのだ。

 

 

▼

 

 

 1つ、命を摘んだ。

 

 居なくなっても誰も困らない、渋谷の路地裏に居たホームレスの男だ。

 

 

 死体はもう何処かに隠した。

 もう誰にも見つからないし、仮に見つかったとしても私に結び付く事は無いだろう。

 

 

 簡単な話だった。

 臨床実験をしたいと金さえ積めば、一日も経たない内に男は用意され、その後の処理も同じようにスムーズだった。

 

 

 死因は開発中のエンデ病の薬によるもの。

 

 そうなるだろうとは思っていた。

 何せ人に投与するのは初めてだったから。

 

 

 しかし、得られた成果は大きかった。

 男は死んでしまったが、そうなった原因は明白だ。

 

 このデータを元に調整をしようと思う。

 

 

▼

 

 

 もう何人目になるか。数えるのはとうにやめた。

 

 

 臨床実験を始めてからというもの、開発は劇的に進展した。

 初めはあった罪悪感も、今はもう存在しない。

 

 金を積み、仕事を依頼する。

 届いた人間を使って、実験と調整をする。

 

 ただ、私はそれを繰り返すだけだ。

 

 

 

▼

 

 

 

 非常に不味い事態となった。

 

 私が開発している新薬は、その前提から間違っていたのだ。

 

 

 私の理論では他の細胞を攻撃する悪性の細胞を全て死滅させる事で治る、そう説いていた。

 だが、その理論に基づいて開発した薬は、悪性のみならず、その全ての細胞を死滅させてしまうらしい。

 

 もう少し早く気付ければ、この問題も修正出来たかもしれない。

 しかし、もう遅い。

 

 私も慣れない事をして疲れていたのだろうか。

 とうに上には完成の兆しがあると報告してあるし、これまで犠牲にしてきた者達の事を考えると、今更やり直すなどと虫のいい話、まかり通るわけが無い。

 

 幸いにも先日、薬を投与した男はまだ生きている。

 一縷の望みを掛けるしかない。

 

 

▼

 

 

 渋谷で死体が発見された。

 

 どうやら金城の部下が処理にミスったらしい。

 

 

 幸い、被害者がホームレスということもあり、大した騒ぎにもならずに他殺では無く服毒による自殺という線で収まる様だ。

 念の為、担当の解剖医にでも連絡をしておくことにしよう。

 

 

▼

 

 

 金城が捕まった。

 

 

 巷で噂の怪盗団とやらに目を付けられたらしい。

 全く、ヘマを打ってくれる。

 

 

 奴の部下が言うに、怪盗団に目を付けられるその少し前に、都内の高校の生徒とひと悶着あったらしい。

 そしてその高校生たちと共に、白髪を携えた小柄な少女が居た、とも。

 写真も見た。

 

 白髪の小柄な少女。

 そう何人も居る筈が無い。間違いなく、彼女だった。

 

 何処から漏れた?

 いや、バレた経緯など考えても無駄な事だ。

 

 彼女が金城を嗅ぎ回っていた、という事には変わりない。

 私の存在へ結びつくのは時間の問題だろう。

 

 相変わらず上からの催促の連絡も絶えず来る。

 そろそろ潮時か。

 

 

 薬は未だに安定しないまま。

 運が良ければ害は無いが、運が悪ければ……。

 

 さてさて、私に残された選択肢は――――

 

 

 

◇◇◇

 

 

7月7日 木曜日 曇り

 

 

 物が落ちる音が響いた。

 

 音が鳴った方へ視線を向けると、そこには綺麗に切断されたスチールラックと宙を舞う資料の数々。

 そして、紙の雨の中に佇む白髪の少女。

 小さな手に握られた大鎌が、彼女の仕業ということを端的にアピールしていた。

 

 

「………雪雫…」

 

 

 真…クイーンはその少女を悲しそうに見つめる。

 

 

「大山田……」

 

 

 そう呟く少女の顔は、怒りに満ちていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

7月8日 金曜日 雨

 

 

 本人の内面が反映された世界、とは良く言ったものだ。

 大山田がひた隠しにしていた事を、少し探索すれば知ることが出来るのだから。

 

 研究所の案内図にも記載の無い階層。

 地上から数えると3つ目の階。

 

 そこにあったのは秘匿されたであろう出来事。

 妙の一件の事から、現在に至るまでに起きたきな臭い話の数々。

 

 

 中でも目を引いたのは、持ち掛けられたという取引だろう。

 

 初めは真っ当に従事していた大山田の元に訪れた支援の話。

 詳細は省くが、話の流れからして持ち掛けたのは金城の言っていた「パレスを使って好き勝手している奴ら」の一人だろう。

 

 金さえ積めば、望むモノは与えられる。

 彼の言っていた人付き合い、というのはコレの事を指すのだろう。

 お金を要求された時期とも一致する。

 

 

 そしてその悍ましい内容は人体実験そのもの。

 

 金城達が人を攫い、その攫った人間で臨床実験を行う。まだその段階にも行っていない未完成の薬を使って。

 

 

「……………っ」

 

「珍しいわね。怒ってるの?」

 

 

 はい、紅茶。と診療所の主、武見妙は紅茶を並々注いだカップを差し出す。

 

 

「……飲みにくい」

 

「いきなり押し掛けておいて贅沢言うんじゃないわよ」

 

 

 ゆっくりと紅茶を零さないように、指から伝わる程よい熱を感じながらそっと一口。

 口内に上品な茶葉の匂いが広がるのを感じて、雪雫は少し溜息を吐く。

 

 

「んで? 今日はどうかしたの? 怒ってる様に見えるけど」

 

「ん……」

 

 

 見つめる妙の視線から逃れる様に、視線を逸らす。

 

 何を話せばいいのだろうか、と雪雫は思った。

 怪盗団での出来事を話す訳にもいかず、かと言ってイセカイで知った事などもってのほか。

 表向きにはただの学生にしか過ぎない雪雫の口から、語れるものなど。

 

 

「……まぁ、大体察しは付くけどね。大山田の事でしょう?」

 

 

 溜息混じりに武見はそう呟く。

 

 

「! どうして……!」

 

「今朝ね、電話があったの。私が薬剤を取り寄せてる業者から。それも一社だけでは無く、何社もよ?」

 

「…………」

 

「取引中止、だってさ。皆口揃えてそう言ってた。多分、大山田からの圧力ね」

 

「……妙…」

 

 

 ここで潮時かもね、と自嘲気味に笑う武見に、雪雫は顔を顰める。

 

 

「そんな泣きそうな顔しないの。寧ろここまでやってこれたのが幸運だったの。………ありがとうね」

 

「私は…何も………」

 

「誤魔化さなくても良いの。全部、知ってるから。私がこうしてやれてたのは、貴女のお陰…。何も返せて無いけどね」

 

 

 ポンっと雪雫の頭に手を乗せて、優しく撫でる武見。

 当の雪雫は大人しく受け入れているものの、やはり悔しそうだった。

 

 

「美和は…」

 

「ん?」

 

「美和はどうなるの? 私、知ってる。開発してるんでしょ? エンデ病の特効薬…」

 

「……取引が止められた以上、私にはどうすることも………。それに大山田が今度新薬を発表するでしょう…。私にすることなんて―――」

 

 

 その時、雪雫の頭は真っ白になった。

 建前とか、物事の道理とか、常識とか。ごちゃごちゃ考えていたことを全て忘れて。

 

 我慢ならなかったのだ。

 武見の態度が。

 人の犠牲の上で成り立つ薬の存在が。

 

 

「あんな………っ…!あんな薬! あてになんて―――――!」

 

 

 椅子から立ち上がり、思いのまま言葉を吐き出す。

 嫌悪感、反感、増悪、それらを乗せて。

 

 そんな雪雫の態度を見た武見は怪訝そうに眉を顰める。

 彼女が声を荒げるなんて、珍しいと。

 

 

「雪雫、貴女――――何を知っているの?」

 

 

 

▼

 

 

 何時もの様にベッドに寝転んでスマホを弄っていると、短い電子音が鳴った。

 SNSのメッセージが届いた事を知らせる音だ。

 

 慣れた手付きでそのメッセージを開く。

 見慣れたトーク画面。

 差出人は最近になって怪盗団に入った少女、雪雫からの個別メッセージだった。

 

 

『妙に話した。新薬の事』

 

 

 彼女の言う妙、というのは四軒茶屋の診療所の女医、武見の事だ。

 話に行く、とは聞いていたが、結局包み隠さず話した様だった。

 

 

『妙、驚いてた。まさかそこまで大山田が落ちぶれてるとは思わなかったらしい』

 

 

 まぁ無理も無いだろう。

 まさか、人を攫って人体実験など、フィクションの話だ。

 

 

『同時に、fじゃおえwなkあkg』

 

「うん?」

 

 

 どうしたのだろうか。

 雪雫からのメッセージが何か変だが…。

 

 

『こんにちは、怪盗団のリーダー。いや、モルモット君? 武見です』

 

「!」

 

『この子から全部聞き出したわ。新薬の事も、大山田が裏で何をやっていたかも、貴方達の事も。この子、案外隠し事苦手だから気を付けることね』

 

 

 どうやら雪雫は全てを話した様だ。

 まぁ薬の話となれば、そこの部分を避けて話すのは困難極まる。

 仕方無いと言えば仕方無いのかもしれない。

 

 

『単刀直入に言うわ。大山田を改心して』

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「そんな無理矢理携帯取らなくても……」

 

「だって貴女、回りくどいから」

 

 

 武見は当然、と言う様な態度でそう言い、スマホをポイっと雪雫に投げる。

 

 

「改心…、本当に出来るのよね?」

 

「金城の時は上手くいったみたいだから、多分大丈夫だと思う」

 

 

 そう、と武見は呟くと完全に日が落ちた空を窓越しに見上げる。

 

 

「……送るわ。もう遅いし」

 

「子どもじゃない、1人で帰れる……」

 

「こういう事くらい私にやらせなさい」

 

 

 雪雫の額に指を当て、トンと軽く叩く武見の表情は、何かを削ぎ落したかの様にスッキリしていた。

 

 

「………後の事は任せなさい。私が美和を治すわ。だから――、貴方達は大山田に集中しなさい。命掛け、なんでしょ?」

 

「――――うん」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

7月9日 土曜日 晴れ

 

 

 

「ごめん、バレた」

 

 

 集まるや否や、雪雫は皆の前で頭を下げた。

 内容は勿論、武見に怪盗団の事がバレた事だろう。

 

 

「あ~、いやぁ…」

 

「確かにバレたのは痛いけども……」

 

 

 しかし、皆は咎める訳でも問いただす訳でも無く、何処か申し訳無さそうにヘラヘラと笑っている。

 

 

「まぁ…バレたのタケミで初めてじゃないしなぁ…」

 

「……そうなの?」

 

「いや、ちょっとね…。雪ちゃんが入る前の話なんだけど、先生に、ね……」

 

 

 聞けば自分達が通う秀尽の古典の教師、川上は蓮と比較的長めの付き合いがある様で、関係を深めている内にジョーカーの正体がバレてしまったらしい。

 しかし、川上も蓮=ジョーカーというのを理解しながら、今も尚彼との取引を続けているとか…。

 

 

「俺が言うのも何だが、信頼できる相手と関わる以上、こういう事もあるだろう。バレてしまった事実は覆せない。ならば俺達の存在が世の為だと、正義があるのだと示せばいい」

 

「……蓮」

 

「何、気に病むことは無い。問題は今後の身の振り方、という話だ。それに、武見はお前を売る様な人間では無いだろう?」

 

「うん……、そうだね」

 

 

 やや不安そうに表情を曇らせていた雪雫だったが、蓮の言葉に背中を押されたのか、次第に表情に笑顔が戻る。

 

 

「さて、皆も知っての通り、大山田の作る新薬は、人の命の上に成り立つ非合法の薬だ」

 

「加えて未完成。当然、許される事では無いよね」

 

「でも妙は背中を押してくれた。後の事は任せてって。だから―――」

 

「問答無用で改心して良いって事だよな!」

 

 

 唯一の残っていた後顧の憂いは協力者である武見によって絶たれた。

 やらなければならないことはハッキリと目に見えている。

 

 

「まずはルートの確保、だな」

 

「ああ今日中に片を付けよう」

 

 

 決意を新たに、一同はイセカイへと旅立った。

 

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