PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
7月10日 日曜日 晴れ
その日の朝、大山田に一通のメールが届いた。
差出人は不明。
肝心のメールアドレスも使い捨て。
しかし、それを悪戯と笑い飛ばす事は出来なかった。
大山田省一殿。
人を人とも思わず、結果を求める虚栄の医師。
我々は全ての罪を、
お前の口から告白させることにした。
その歪んだ欲望を、頂戴する。
心の怪盗団ファントムより
「……ふん、怪盗団、か」
いずれ来るだろうとは思っていた。
金城が改心された時点で、次に来るのは自分だろう、と。
「良いだろう、来るがいいさ」
お前達に正義がある様に、私も私で譲れないものがある。
それを守る為ならば、私は――――。
◇◇◇
シャドウ達が騒ぎ立てるパレス内。
侵入者である怪盗団を、文字通り草木を掻き分けて探すシャドウ達の隙を縫って、黒い影は研究所の奥地へ向けて翔ける翔ける。
「シャドウは全部無視無視! 最速でオタカラまで向かうよ!」
昨日の潜入で確立したオタカラまでのルート。
大山田がひた隠しにしていた資料室の前を通り過ぎ、厳重な電子ロックが掛けられた扉を開け、辿り着いたのは一面ガラス張りのだだっ広い空間。
きっとここも何かの実験場なのだろう。ガラスの奥には白衣を着たシャドウの姿がちらほらと見て取れる。
『来たな』
その空間の中央には、以前見た時と変わらず、サングラスで目を覆い、黒いコートを着用したオオヤマダの姿。
『よくもまぁ、この紙っぺらの為にここまで来たものだ』
その手にはオタカラらしきものが握られていた。
複数枚の紙をクリップでまとめた資料の様な物。それがオオヤマダにとってのオタカラ、らしい。
「オタカラなんてついで。私達の目的は、貴方の改心」
『同じ事だろう。これを奪わなければ私の改心も叶わない。それがこの世界の仕組みだ』
コツコツと床を靴の裏で叩きながら、オオヤマダは後ろで手を組む。
『しかし、あの時の子どもがまさか私に楯突くとは…。つくづく人生とは分からないものだな。んん?』
「………貴方には今でも感謝している。でも、その話と今回の件は別。貴方は道を踏み外した、だから私達がそれを正す。ただ、それだけ」
大鎌の刃を真っ直ぐに突きつけ、ウィッチは視線を鋭くして、オオヤマダを見据える。
『道を正す、か。それを君が言うか』
「……?」
『仮に私が改心したとして、エンデ病の少女はどうなる? 今や新薬開発の第一人者はこの私だ。私のやってきた事が表沙汰になれば、待っているのはこの身の破滅。そうなれば彼女は―――』
「御託は良い。お前が後の心配をする必要は無い。研究も治療も、全て妙が引き継ぐ」
「そういう事だ。無駄な抵抗はやめるんだな」
ウィッチの横に並び、そのナイフの剣先を同じようにオオヤマダに向けるジョーカー。
オオヤマダは2人の目を見て、説得は無駄だと判断したのか、溜息を吐きながらサングラスを懐にしまう。
『……なるほど、武見君、か。……全く、揃いも揃ってつくづく私の邪魔をしてくれる』
嫌な笑みを浮かべながら、オオヤマダはその足を止め、怪盗団へ視線を向けた。
『お前達は病だ。身勝手な正義を掲げ、世界は理不尽だと嘆き、大人に楯突く病。しかもそれは他者に伝染するときた。全く、質が悪い』
オオヤマダの背中が、中で何かが蠢いている様にボコボコと胎動し始める。
「来るぞ、オマエら!」
モナがそう叫ぶと同時に、オオヤマダのコートを突き破り、触手の様な物が数にして4本現れた。
全体が何かの金属で出来ており、その先端にはアームの様な物が付いている。
「タコ八博士」
「こんなに分かりやすいフォルムも久しぶりかも」
その触手達はまるで意思を持った1つの生き物の様に蠢き、そして次第にオオヤマダを支える様に、地面に二本のアームを吸着させた。
アームと接触している地面がひび割れている辺り、アームのパワーは相当の様だ。
『治療してやろう』
その時、言葉と同時に残る二本のアームが勢い良く怪盗団に向かって放たれた。
コンクリートすらも砕く程のパワーを持った、当たれば必死の二撃。
顔を見合わせるまでも無く、怪盗団は持ち前の身軽さでそれを躱し、即座に展開する。
多対一の常套手段。
オオヤマダを囲み、隙を見つけては叩き込む。
シンプルな戦法だが、それ故に効果的だ。
しかし、それが普通の相手ならば。
「隙ありっ!」
一早く、フォックスが距離を詰めた。
怪盗団の中でもトップクラスの速度を誇るフォックスの居合。通常ならば一撃必死の攻撃であるが、それはオオヤマダを捉える事無く―――。
『おっと』
「っ!」
オオヤマダを支えていた筈のアームにその剣筋を遮られた。ギチギチと嫌な音を立てながら交差する刃とアーム。
しかし、遂にはそのアームを切断する事はおろか、傷つける事すら叶わず。フォックスは自身のペルソナの魔法でアームを凍らせ、その場を離脱する。
『ふむ、この程度か』
オオヤマダは何でも無かった様に、期待外れとでも言う様な態度で言葉を紡ぐ。
同時に、凍らされたアームも内側からそれを砕き、再び生き物の様に蠢き始める。
「……随分、丈夫なようね」
「それに力も強い。厄介」
クイーンとウィッチは顔を見合わせると、お互いに頷きを返す。
言葉を交わさずとも、考える事は同じ。
「アームがダメなら」
「本体を仕留めるだけ」
クイーンはヨハンナに乗って、ウィッチは自前の機動力で。
他のメンバーがアームの気を引いている内に本体を狙って突っ込む。
片やエンジンのうねりとアームの合間を翔けて。
方やアーム自体を道と見立てて縦横無尽に。
そして瞬く間に本命へ。
「ジャンヌ・ダルク」
「ヨハンナ!」
名を呼ぶと、それに応えて現れるもう1人の自分。
ペルソナの力を乗せて、オオヤマダへ繰り出す、が。
「………っ、う、…げほっ」
その時、ウィッチの顔に苦悶の表情が浮かび、彼女は口元を抑えた。
突如として表れた彼女の異変に、ペルソナの姿は蜃気楼の様に歪み、その攻撃はブレる。
『おや、調子でも悪いのかな?』
その隙をオオヤマダは見逃さない。
すぐさまアームを自身の元に呼び寄せ、そして自身に牙を向く少女を薙ぎ払う。
「う゛っ゛」
力いっぱい薙ぎ払われた彼女は、ボールの様にバウンドしながら、この空間の隅へ。
「雪雫……!」
『他人の心配とは、随分と余裕だな?』
「きゃっ!」
一瞬、オオヤマダから意識を外したクイーン。
やはり彼が見逃す筈も無く、今度は彼女の細首を手でつかむ。
「う…、あ……」
『なんとも容易い。金城はこんなガキ共にやられたのか』
首を掴まれているのにも関わらず、そこまで息苦しくさは感じない。
かといって、抵抗しようにも力が出ない。
まるで掴まれている手から力を吸われている様な。
自身のペルソナ能力が薄れていくのが分かる。
「タケミナカタ!」
その時、クイーンとオオヤマダの間に一筋の雷撃。
『っ』
「クイーン! 大丈夫!?」
オオヤマダの手から解放されたクイーンをすかさずパンサーが抱き留め、その場を離脱する。
『小賢しい!』
逃がすまい、とすかさず追撃を繰り出すが。
「おっと、おめぇの相手は俺達だぜ?」
「通す訳にはいかん」
すかさずスカルとフォックスが現れ、それを遮る。
「…………っ」
それを遠くから、広い部屋の隅で朦朧とする意識の中、見つめているウィッチ。
その頭からは血が流れ出ており、先程の攻撃の痛ましさを物語っていた。
「雪雫、雪雫大丈夫!?」
「おい、クイーン! オマエもあまり動くな!」
ヨロヨロと覚束ない足取りでウィッチに駆け寄るクイーン。
そんな彼女の瞳を真っ直ぐ見つめ、ウィッチは小さく呟く。
「なんとか」
見た目よりもハッキリとした物言いに、クイーンはホっと一息を吐く。
「ペルソナ能力に助けられたな。ジャンヌ・ダルクじゃ無かったら、ひと溜まりも無かったぞ」
撃たれ弱いが魔法攻撃が強いアリス。
それとは対照的に、魔法攻撃は弱いが、物理攻撃に秀でており、打たれ強いジャンヌ・ダルク。
まともに喰らったが、どうやらウィッチは運が良かったらしい。
「それにしても、こうも簡単にクイーンとウィッチがやられるとは…、手強いな、オオヤマダ」
モナの言葉につられる様に、一同は今も尚、交戦中のスカル達へ視線を送る。
魔法を交えながら、上手く戦っている様だが、どの攻撃も決定打になっていない。
スカルが繰り出した雷撃に、少し切っ先がブレながらも、その身を砕こうと繰り出されるアーム。
「…………?」
ふと、ウィッチは視線をスカル達からこの部屋の周り、ガラスの向こう側で蠢く白衣を着たシャドウ達に向ける。
オオヤマダの動きを注視しながら、手元で何かを動かしている様な素振りを見せるシャドウ達。
「…………」
「オオヤマダの事で、ちょっと気になる事があるんだけど」
ふと、クイーンが声を上げた。
ウィッチの視線が外のシャドウ達から彼女へ向けられる。
「彼に掴まれている時、何か力を吸われている様な感覚に襲われた。そうね…、感覚的にはガスでペルソナが使えなかったとき、みたいな感覚」
「オオヤマダが何かこちらの能力に干渉している、ってことか?」
「可能性は高いと思う。現にウィッチのペルソナ、消えかかってたし」
オオヤマダに攻撃を仕掛ける直前の事。
確かにウィッチは不調を訴える様に顔を顰めていた。
「本当か?」
「……言われてみれば、確かにちょっと調子悪いかも。………なるほど」
ウィッチはふらつく身体を何とか制御し、細足で再び立つ。
クイーンとパンサーは休んでて!と騒いでいるが、本人に聞く気は無い様だ。
額から流れる血を雑に拭い、一時的に視界を確保したウィッチは、オオヤマダを見据えながら、静かに口を開いた。
「ちょっと、やりたい事があるんだけど」
・
・
・
「本当にやるの…?」
「ごちゃごちゃ考えるのも面倒くさくなってきた。大丈夫、多分上手くいく」
「脳筋」
今、この空間の中央で、クイーンとウィッチ以外のメンバーが戦っている。
何時も通りの武器と魔法を交えた攻撃を繰り返しているが、時折ペルソナの姿がブレて見える。
先程クイーンたちと同じ現象だ。
「どの道、相手が用意したフィールドで素直に戦う、なんてやってられない」
「……まぁ、そうなんだけどね…」
思い返せばカネシロの時だってそうだ。前日には無かった巨大金庫、ブタ型機動兵器。
相手はこの世界の主だ。準備をしようと思えば、何時でも準備出来る筈。
「土台を崩せるなら、崩した方が早い」
ウィッチとクイーン、そして今も仲間達に度々見られるペルソナ能力の異常。
思い当たる節はある。
それこそ先程話が出た、ガスの一件だ。
「症状に個人差があるのか、それとも以前のやつとは別物なのか。なんにせよ、オオヤマダが何か仕掛けている事は明白。それにあの4本のタコさんアーム」
「………オオヤマダの意思とは無関係に動いている、か。言われてみると確かに」
「ジョーカーとスカルが撃った雷の魔法…、明らかにアームの動きが変だった。まるで電波の受信を阻害された様に」
アリスと小さく呼ぶと、ウィッチの後ろには金髪を携えた魔人の少女の姿が。
「つまり別の何かがアレを操っている可能性が高い。しかし実際のオオヤマダにそれをしている素振りは見えない」
「………賭け、みたいなものだけどね…」
「そういうの、皆好きでしょ?」
ウィッチがゆっくりと手を前に伸ばすと、それに呼応するかの様に、彼女を中心に強烈な圧が発生する。
それは魔力の奔流。
迸る力が、彼女のペルソナから外に漏れ出て行く。
「皆の保護、お願い」
「ハイハイ…、お手柔らかにね………」
そう言い残すと、クイーンはヨハンナに乗り、時間を稼いでいる仲間達の元へ。
それを見届けると、ウィッチは静かに深呼吸を数回繰り返した後、意を決した様に目付きを鋭くして、呪詛を一言。
「メギド」
魔人から放たれた一撃は、文字通り全てを吹き飛ばした。
▼
陰湿な密閉された空間から一変。
天上は文字通り消滅し、囲っていたガラス壁も全て霧散。周りに居たシャドウ達も爆風に巻き込まれたのか消滅していた。
『……くっ、一体何が!!』
コツコツとヒールを鳴らしながら、大鎌を持った白髪の少女がオオヤマダに歩み寄る。
「随分、スッキリした」
そう、彼女の言う通りスッキリした。
厚ぼったい壁は全て崩れ落ち、先程までは靡かなかった風は、優しく彼女の頬を撫で、淀んでいた空気を洗い流す。
『……! ガキが!』
ゆっくりと近づくウィッチを激しく睨み付け、叫ぶ。
しかし。
「……やっぱり、あのアームは外のシャドウ達が制御してたんだ。ふふ…タコ八博士には程遠いね」
先程まで蠢いていたアームはそのなりを潜め、完全に沈黙していた。
最早、それに何の脅威は無く。
「良くもまぁ、ここまで散々……」
『………ひっ!』
瓦礫を蹴飛ばしながら近づいてくるウィッチに、オオヤマダは情けなく声を上げて後退る。
「1つ、今回の件で学んだ事がある」
『……く、来るなっ!』
オオヤマダの願いは無情にも、その辺りに転がる瓦礫の様に一蹴され。
ウィッチは地面を這いずるオオヤマダに視線を合わせて、笑みを浮かべた。
「気に入らないヤツはぶっ飛ばす」
男の悲鳴が辺りに一面に木霊した。