PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
件の彼女の検査を行った。
勿論、秘密裏にでだ。
武見君には声を掛けなかった。
この業界に入ったばかりの彼女に、余計なしがらみを抱えさせたく無かったからだ。
検査の結果は常識の範疇を超えていた。
生命の神秘、もしくは神による奇跡………。
医者という立場である私がこんな事を言うのは荒唐無稽な話だが、そうとしか言い表せなかった。
つい先日まで病床に縛り付けられ、死の淵に立たされていた少女、天城雪雫。
その幼い身体には、一切の異常が見られなかった。
まるで新品の身体にそっくり入れ替えた様に、時間が巻き戻った様に。
あらゆる結果が、あらゆる数値が異常無しと示していた。
有り得ない話だ。
たった一日で死の窮地を脱するなど。
ましてや、彼女を蝕んでた病が無くなるなどと。
ふと、寝台に眠る彼女の顔を見た。
とても穏やかな、無垢で純真な寝顔だった。
今思えば、検査する前から私の心は決まっていたのかもしれない。
私はこの検査結果を隠蔽する事にした。
公表出来る筈が無い。死から蘇った少女など。
一度表に出回れば、彼女は桐条のヤツらに連れて行かれてしまうだろう。良くて保護観察、最悪の場合は実験動物行きだ。
彼女が生きるこの世界とは、悲しいがこういう世界だ。
いや、隠蔽するだけでは足りない。
あらゆる検査の過程を、この一年での出来事を、全て辻褄が合う様に、彼女の生が自然の法則に則っている事を捏造しなければならない。
そして、私も―――――。
終わった。
目の前の男に戦う意志は無く、私は満身創痍ではあるものの、こうしてこの男の前に立っている。
しかし―――――。
『………私は、虚栄を張り続けるしか選択肢が無かった…。他者を犠牲にしてでも、世間に大山田省一は天才である、とアピールし続けるしか無かったんだ。私の診断は絶対であると』
「…そう」
『エンデ病の件だってそうだ。彼女を助けたかった訳では無い。ただの演出だ。私が治す事で、私の地位を確実なモノとする……。ただ―――』
目の前の男は語る。
自分はこうするしか無かったのだ、と。
教会で懺悔する子羊の様に。許しを請う様に。
「何だ? 要するにお前も班目や金城と同じ」
「わが身第一の小悪党という訳だ」
『何とでも言うがいいさ……』
ずっと、疑問だった。
彼がどうしてここまで歪んでしまったのかと。
『私のやってきた事が露見すれば、いずれは過去の事も蒸し返される。それが私には我慢ならなかったんだよ』
彼は語っている。
ずっと知りたかった本心を。
なのに。
なのに。なのになのになのになのになのになのになのに。
どうしてこうも苛立ちが募る?
『だがそれももう止めだ。……すまなかったな、天城君――』
違う。
私が欲しかったのは、こんな言葉じゃ―――
「五月蠅い」
「…雪雫………」
苛立ちのまま、目の前の男に銃口を向ける。
カチャリと冷たい金属音が、今の私にとっては耳障り良く聞こえた。
「何故私に謝る? 貴方が頭を下げるべき人間は、たくさん居る筈」
『…………』
「私と貴方の確執は、さっき殴った事で清算した。もう私達の間に残るのは、医者と患者という関係だけ。でも、他の人は? 妙は? 美和は? 貴方の虚栄の為に犠牲になった人達は?」
『………』
「為すべき事はまだある筈。私はその切っ掛けを与えただけ」
ゆっくりと、向けていた銃口を下げる。
そう、私は謝罪の言葉が聞きたくてここまで来たわけでは無い。
道を踏み外した恩人の顔を、殴りに来ただけだ。
『そうか…、そうだな……』
オオヤマダの身体が透けていく。
現実の彼の元へと帰るのだろう。それが意味するのは、パレスの崩壊。
「パレスが崩れるぞ!」
「早い事脱出しないと!!」
激しい振動に合わせて、静観していた仲間達が騒ぎ始める。
そろそろ頃合いだろう。
『…持っていくが良い。これが必要なのだろう?』
彼から差し出されたのはこのパレスのオタカラにあたる書類。
「……私の…、診断書?」
『武見君に渡してくれ。彼女なら、信頼出来る』
「…………」
呆然としていると、仲間達が私の名を呼んでいるのが耳に入った。
項垂れる彼を一瞥して、モルガナカーの元へ向かう。
これで終わり。
もう彼と言葉を交わす事は無いだろう。
『天城君』
「………」
『退院、おめでとう』
正直、やるせない気持ちで一杯だった。
何か他にやりようがあったのではないか。ついついタラレバを考えてしまう。
しかし私達は、このやるせなさを抱えながら生きていくしか無いのだ。
「……どうも」
世界はそういう風に出来ているのだから。
彼女は無事に退院した。
期間にして、一年経たない位だろう。
去年と変わらない外見。
年頃の少女にしては、主治医としては少々心配になる。
いや、大きく変わったことがあった。
彼女の髪と瞳の色だ。
これの説明には骨が折れた。
結果的に、後天的なアルビノという事で話を付けたが……。
これから私に待っているのはこういう嘘と虚栄に塗れた毎日だろう。
一度嘘を吐いたら、バレるまで嘘を吐き続けなければならない。
良く言ったものだ。
決して彼女の事は表沙汰には出来ない。
私は自身の捏造した診断を暴かれない様に、疑われない様に。嘘を吐き続けなければならない。
彼女を担当した大山田省一は、天才であると。
こうして手記を描いている今も、その事実が重く心に圧し掛かっている。
これからの事を考えると不安でいっぱいだ。
しかし、心残りは無い。
……いや、完全に無いと言えば嘘となる。
彼女に一言、言ってない事がある。
退院おめでとう、と。
7月11日 月曜日 晴れ
「それで?」
「結局、昨日は疲れてそのまま寝た」
「で?」
「朝起きたら頭痛かったから学校休んでここに来た」
診療所の主、武見妙は怒っていた。
それはもう、怒っていた。
まさに怒り心頭だ。
「当たり前でしょ! 普通頭から血流しといてそのままにする!?」
「だって、血が止まってたんだもん」
「だもん。じゃないわよ! 傷跡が残ったらどうするの!?」
自分の身体に無頓着過ぎる少女、天城雪雫にそれはもう怒っていた。
何せ怪我をした癖に、あまつさえそれを放置し、ケロッとした顔で押しかけるのだから。
「めんぼくない」
「口だけの謝罪は結構」
武見は慣れた手付きで応急処置をし、雪雫の頭に包帯を巻く。
こういう手の掛かる部分はホント昔からね、と内心で悪態を吐きながらも何処かその顔は嬉しそうだった。
「無事に改心したよ」
「そうみたいね。今朝、彼がここに来たわ」
「……大山田が?」
「ええ。それはもう随分とスッキリした顔でね、深々と頭を下げて、これを置いていったわ」
武見の指の先の資料に視線を送る。
雪雫には詳しい事は分からないが、どうやら大山田が研究していた薬の資料の様だ。
「今頃自首でもしてるんじゃないかしら。……一発殴れば良かったかしら?」
「妙の分も殴ったから、それで勘弁してあげて」
少々意外そうな表情を浮かべたものの、次第に柔らかな笑みを浮かべて、武見は短く「そう」と呟く。
「これからどうするの?」
「取り敢えずその資料に目を通してみるわ。まぁ大元の理論からズレてるっぽいからあてにはならないけど……。でもそう言って切り捨てちゃ、犠牲になった人たちが浮かばれないもの」
もしかしたら、別の病気に応用出来るかもしれないしね。と武見は言葉を紡ぐ。
「それに、あてが無い訳でも無い」
「?」
「大山田がね、教えてくれたのよ。ああ、ちゃんとした所よ? エンデ病を研究しているチーム。私は未だに業界内の鼻つまみ者だけど、少なくともここよりはまともな開発が出来るわ」
「煙たがられない?」
「そりゃ煙たがられるでしょ。でも良いの。私の立ち位置は私が決めるから」
武見の晴れやかな表情を見て、雪雫も同じように笑みを浮かべる。
2人とも憑き物が取れた様な、そんな表情を浮かべていた。
「あ、そうだ。大山田の……、えっと、内なる大山田? が妙に渡してくれって」
思い出した様に鞄を漁り、雪雫が取り出したのはクリップで束められた資料。
丁寧にファイルに入れられている辺り、雪雫の性格が出ている。
「内なる大山田って……」
微妙な言葉のチョイスに苦笑を浮かべつつもそれを受け取り、パラパラと流し見。
「これって……」
「何が書いてあるの?」
「……貴女、中身見てないの?」
「私の診断書、っていうのは聞いてるけど、専門的過ぎて分からなかったから途中で見るのやめた」
嘘、は言っていないか…と武見は内心で呟く。
第一、嘘が吐くのが下手な事に定評がある彼女の事だ。吐いた時点で自分が見逃す筈が無い。
「モルモット君達にも見せてない?」
「うん。私の個人的な話だから、って」
こういう時の彼の線引きは、正直有難いと思った。
「それで、中身は?」
「………特に変哲も無いただの診断書よ。貴女が回復した後の、ね。」
嘘、を吐いた。
「ふぅん。それが欲望の核…」
「まぁ辻褄は合っているんじゃない? 貴女という難病の少女を治した事で彼は名声を得た。それが忘れられなかった、とか。いかにもありそうな感じ」
彼女には悪いが、こう言うしか無かった。
「………そっか。結局、彼は良くも悪くも凡人だった、という訳」
「……そうね」
雪雫は何処か寂しそうな表情を浮かべて、椅子から勢い良く立ち上がる。
「今から学校?」
「うん。真、怒るから」
診断書はあげる、と言いながら荷物を纏め、診療所の受付へと向かう雪雫。
昔から何一つ変わらないその小さな背中を見送りながら、武見は一言。
「お大事に」
「うん、包帯ありがとう」
パタンと静かな音と共に、院内には静寂が訪れる。
時計の時を刻む音だけが響く院内。
武見は再び彼女の診断書とそれの裏に差し込まれた大山田の手記を眺めた後、大きく溜息を吐く。
「……死から蘇った少女、か」
武見は再び溜息を吐いた。
▼
何時もとは違う時間。
何時もより高い太陽の位置。
白い髪を揺らしながら、少女は何時もと同じ道を歩く。
その手には日差しを遮る傘を持って。
まるでその様は避暑地で散歩する令嬢そのものだった。
ふと、少女のスマホが震えた。
一定のリズムで、小刻みに訴えてくる振動。
着信だ。
少女は画面に映し出された名前を見ると、先程の晴れやかな顔とは打って変わって、ジトっとした表情を浮かべてスマホを耳にあてる。
「もしもし」
『お、もしもーし』
聞こえるのは電子混じりの男性とも女性とも取れる声。
『今大丈夫かー?』
「……これから学校」
少女はそう言うや否や、大通りから人目の付かない脇道へ。
『ってことは今は暇ってことだな!』
「………」
『沈黙は肯定、と受け取るからなー』
「それで、要件は?」
路地裏の壁に背中を預けながら、少女は溜息を零す。
『分かっているだろ。この前の仕事の件だよ』
「予告状…」
『お前の望み通り、足が付かない方法で大山田、とか言うやつの所へ予告状とやらを送ってやった。いやぁ、驚きだな。まさか天城雪雫が怪盗団と繋がっていたとは』
「茶化す様なら切る」
待て待て待てー!と相手は焦った声を上げる。
『知って通り、私にはお前の事を言いふらす気は無いし、正直怪盗団と繋がっていようがいなかろうが、関係無い。私にとって重要なのは―――』
「………」
『お前が私達にコンテンツを供給し続けること、だっ!』
「…………はぁ」
『分かりやすく溜息を吐くな!!』
「……それで?」
『報酬が欲しい。この前の仕事の』
ウヒヒヒヒと怪しく笑う相手に、雪雫は何度目か分からない溜息を吐いた。
『今お前の元に、仕事の依頼が来ているだろう? アレだ、新作ゲームアプリのタイアップの奴だ』
「………人のパソコンを勝手に見るのは感心しない」
『お前のではなーい! 企業の方をクラッキングしたんだ。えーっと、それで何だが……、その仕事受けて貰えないか?』
「………それだけ?」
『ああ! それだけだ!!』
長い前置きの割には大したことの無い要求に、雪雫は肩透かしに近い感覚を覚える。
『いや、これは高度に人の生き死にが掛かっているんだ。良いか? オタクと言う生き物は公式からの供給が無い限り生きてはいけない。しかし今はどうだ?誰かさんはピタリと活動を止めて何かに勤しんでいる様子……。忙しいのは分かる、勝手な願いだというのも分かる。しかし、私は見たいんだ! 天城雪雫が活動している―――――』
「分かった、善処する」
話が長くなる、と判断した雪雫はなし崩しに返事をし、そのまま通話を切る。
「……仕事…久しぶり………」
押された形ではあるものの、言われた事も最もで。
「アリババ、か」
スマホに映し出された通話の履歴を一瞥した後、彼女は再び学校へ向かって歩き始めた。