PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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35:New Normal.

 

 

 教室内に響き渡る川上の声をBGMに、窓に映る外界をぼんやりと眺める。

 

 目が眩むほどの陽の光。遠くで僅かに揺らいで見えるビル群。

 映るモノ全てが、私に夏の訪れを知らせてくる。

 

 

「…………」

 

 

 大山田を改心してからというもの、視界に映る世界は以前とは違って見えていた。

 重荷を下ろしたかの様に心は軽くなり、比較的寝覚めも良くなった…気がする。

 

 兎に角、1つの因縁に決着が付いた事で、私の取り巻く世界は少し変わった。

 

 初めの内は子どもの様に、その変化1つ1つを楽しんでいた。

 映る風景が全て新鮮で。

 それこそ退院したあの時の様な感覚だった。

 

 しかしその真新しさも、巡るめく日常に流されて廃れていく。

 どうやら、私の歩幅に世間は合わせてくれないらしい。

 

 

「テスト直前なのに余所見なんて、随分と余裕ねぇ? 天城さん?」

 

「…………はぁ」

 

 

 テスト。

 

 悪人を改心させたとしても、長き因縁に終止符を打とうとも。

 その余韻を噛みしめる暇も無く、否応なしに日常は私に足並みを揃える事を強要する。

 

 

 

 

7月12日 火曜日 晴れ

 

 

 

 天城雪雫はテストが嫌いである。

 

 例え、その過去に特殊な事情があろうとも。

 例え、現代を代表するアーティストであろうと。

 例え、トップアイドルと半同棲状態であろうと。

 例え、裏の顔が世間を賑わす怪盗団の一味であろうと。

 

 普通の女子高生とは逸脱した存在であったとしても、彼女は人並にテストが嫌いである。

 

 

 嫌いになったのは彼女が小学生の頃で、その切っ掛けは些細な事だった。

 テスト期間中は姉が構ってくれないとか、幼馴染に会えないとか、そういう子ども染みたモノ。

 

 一度嫌いになってしまえば、後に残るのはそれに対する悪感情。

 結局、今の今まで特にその意識が変わる事は無く、テストに対しては歳相応の感情を向けている。

 

 それでも彼女が勉強を怠る事無く、成績を常に維持しているのは生来の真面目さ故か。それとも姉の真似事か。

 

 

「………めんどうくさい」

 

「そんな事言わないの。パレスの件で色々時間取れなかったし、仕方無いじゃない」

 

 

 しかし、いくら成績が良くても、姉の姿を模倣しようとも、面倒くさい事には変わりない様で。

 雪雫は手に持っていたペンを置いた後、子どもの様に机に突っ伏す。

 

 場所は雪雫の自宅。

 リビングのダイニングテーブルに勉強道具を広げ、真と雪雫は向かい合う形で座っている。

 

 

「もう雪雫……。そんな事言ってると花火大会連れて行かないわよ?」

 

「…ん……花火大会…」

 

 

 ピクリと形の良い眉を動かし、僅かに反応を示す。

 

 次週の月曜日…つまり7月18日に開催される都内でも最大級の花火大会。

 金城、大山田と立て続けに悪人を改心した怪盗団は、打ち上げとしてその花火大会への参加を計画中。

 竜司曰く、テストは打ち上げの前哨戦だとか。

 

 

「りせさん、張り切ってるんでしょ?」

 

「………ん…」

 

 

 昨日の晩の事、雪雫が「友達と花火大会に行く」と伝えたところ、りせはその瞳に涙を浮かべて感激。

 

 

一緒に行く友達が居るんだね!!!!!!!

 

 

 と割と失礼な事を叫んだ後、彼女は雪雫に誓った。

 自身が持ちうる全てのモノを使って、花火大会に相応しい衣装を用意する、と。

 

 実際、その後はやけに張り切った様子でメジャーを片手に雪雫の身体の測定をし始め、今日の朝には車に乗って何処かに買い物に行っていた。

 

 

「……自分の事の様に楽しそうにしてた」

 

「なら頑張りなさい? 悲しい顔、させたくないでしょ?」

 

「…うん」

 

 

 新島真は知っている。

 天城雪雫という少女を動かすには、本人の損得勘定よりも他者を引き合いに出した方が効果的だと。

 

 実際、机に突っ伏していた筈の彼女は、つまらなそうな表情を浮かべながらも再びペンを取り、手を動かし始めている。

 

 

(……我ながら狡いとは思うけど…)

 

 

 多少の後ろめたさを感じているものの、雪雫により良い成果をとって欲しいと心から思っているのも事実。

 生徒会長として、仲間として、そして友人として。

 

 気分屋の雪雫に対して優しい表情を浮かべながら、真も再びペンを走らせた。 

 

 

  

 

 

 

 走る、走る、走る。

 ビル群の合間を縫う様に。

 

 茜差す夕陽の元で、久慈川りせは車を走らせる。

 

 

 時間にして、雪雫と真が勉学に励んでいる頃。

 ようやく目的を終えたりせは、雪雫の自宅に向かっていた。

 

 後部座席には数多の紙袋。

 それの中身の事を考えれば、自然にりせの気持ちも高鳴る。

 

 中身は服だ。

 自分のものでは無い。天城雪雫のもの。

 

 天城雪雫という少女は、何度も言うが自分自身に無頓着である。

 年頃の乙女にしては珍しく、ファッションに一切の興味が無い。

 

 久慈川りせ、及び故郷の友人達はそれを嘆いた。折角、可愛いのに勿体ない、と。

 しかし、いくら本人に言っても意識は変わる事無く、悩みに悩んだりせ達は強硬手段に出た。勝手に服を購入し、それを与える事。

 手元にあるモノを適当に着る、というルーティーンが組まれている雪雫の思考に従ったのだ。

 

 次第に雪雫もそれに慣れたのか、最終的には「自分はオシャレとか分からないから、皆に任せる」とお金を渡し始めて早数年。

 上京した今も尚、それは続いている。

 

 だから紙袋の中身はりせがチョイスした…、彼女に着て欲しいと選んだ夏服の数々。りせの好み通りに、無垢な彼女を自分色に染める為の物品だ。

 

 

「思ったより時間掛かっちゃったなぁ」

 

 

 腕時計に視線を落としながら、りせは1人呟く。

 買い物だけならば、雪雫の帰りに合わせて帰れただろうな、と彼女はぼんやり考える。

 

 

「ううん、でもこれは絶対に必要な事。手は抜けない」

 

 

 今回の外出の目的は、雪雫の夏服を買う以外にもう一つあった。

 それは、花火大会に相応しい絢爛豪華な衣装を頼むこと。

 

 高校に入って初めての夏。しかも同年代の友達と花火大会と来たものだ。普通の女の子、とは少し乖離している彼女には、青春を謳歌して欲しい。

 そういう純粋な想いで、りせは繰り出した。

 

 

「……雪ちゃんの身体…えへへへ、綺麗だったな………」

 

 

 純粋な想いである。

 

 

「予定通りに出来上がると良いけど…」

 

 

 仕事を通じて知り合ったスタイリストを経由して紹介された老舗の和装屋。

 注文書を見せた後の担当の人の驚いた顔が今でも忘れられない。

 

 

「まぁ身長みたらビックリするよね~」

 

 

 身長136cmの女子高生なんて自分でも冗談か、とは思う。

 でも実際に存在するのだから仕方ない。

 

 生まれつきの病気の影響か、もしくはそういう星の元に生まれてきたのか、雪雫は9歳の時からピタリと成長が止まった様に変わり無い。

 その身長も、その外見も。

 

 

「私でもすっぽり収まっちゃうもん、雪ちゃん小さすぎ」

 

 

 ま、そういう所も可愛いけど。 

 

 などと考えている内に、次第に目的地が見えてくる。

 逸る気持ちを抑えて、りせは機嫌良さそうに鼻歌を口ずさんだ。

  

 

 

 

 

 

「あ」

 

「こ、こんにちは」

 

 

 車を停め、合鍵でマンション内へ入り、両手一杯に荷物を携えて。

 地下2Fの駐車場から5Fまで数十秒。

 

 エレベーターを降りると、目の前には可愛らしい少女が居た。

 雪ちゃんと同じ学校の制服を着た、茶髪の女の子。

 

 あまり話したことは無いが、お互い面識はあるし、雪ちゃんからも彼女の話はよく聞いている。

 

 

「真ちゃん、だよね? 雪ちゃんと勉強してたの?」

 

「え、えぇ、はい…。えっと、明日からテストなんです」

 

 

 生真面目な性格故か、少し固い彼女を解す様に、フレンドリーに。

 雪ちゃんに良くしてくれているのだから、蔑ろにする訳にはいかない。

 

 

「雪ちゃん、真面目に勉強してた?」

 

「ええと…、まぁ比較的…? 休んでる時間も多かったですけど…」

 

「まぁ気分屋だからね……昔から」

 

 

 彼女を見ていると、何となく雪子センパイを思い出す。

 いや、センパイほど天然では無さそうだけど、話をしている感じ、雪ちゃんの扱いに慣れていそうだ。

 

 

「その荷物は?」

 

「コレ? 雪ちゃんの洋服!」

 

「運ぶの、手伝いましょうか?」

 

「ううん、大丈夫だよ。ありがとうね! 気を使わなくて良いから真ちゃんも帰って勉強しな! 最近忙しかったんでしょ?」

 

「え、ええ。じゃあお言葉に甘えて…」

 

 

 ペコリと軽く頭を下げると、彼女は私と入れ替わる様にエレベーターの中へ。

 実に真面目だ。

 

 

「今度みんなでお茶でもしよ? 学校での雪ちゃんの話、聞きたいな」

 

「――それも良いですね」

 

 

 クスリと笑い、雪雫の学友の真ちゃんはエレベーターに乗って下の階へ。

 

 

「いやぁ、雪ちゃんも隅に置けないなぁ」

 

 

 何となくノスタルジーな気分になりながら、私は再び歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 家に着いたのは18時ころ。

 

 玄関まで迎えに来てくれた雪雫に抱き着き、その成分を補給した後、荷解きする前に誘われるがままに湯船へ。

 どうやら私が帰るタイミングを見計らってお湯を沸かしてくれていたらしい。

 

 私は浴槽に背中を預け、雪雫は私の脚の間にチョコンと座り身体に寄り掛かる。

 何時もの定位置だ。

 

 変な気が起こりそうだが、私ももう20を超えている。

 何となく彼女のお腹の辺りを擦ったり、何となく脚と脚を絡ませたりと、軽いスキンシップを行いながら大人の余裕を見せつける。

 

 2人でゆっくり肩まで浸かり、その日の疲れを洗い流すともう時間はご飯時。

 べっきぃこと、川上先生が作り置きしたカレーを味わい、少しの食休みを挟んでようやく本題。

 

 

「いつも、ありがとう」

 

 

 服を畳んでいると、荷解きをしている雪雫から、ふと感謝の言葉が紡がれた。

 

 

「ううん、私が好きでしてることだから! 寧ろ役得だよ! 雪ちゃんに好きなもの着せること出来るんだから」

 

「……なら良かった」

 

 

 社交辞令などでは無く、実際に本当のことなので、そんなに眉尻を下げなくても良いのに。

 

 

「…最近」

 

「ん?」

 

「最近、真達と遊ぶことが多くなった」

 

「秀尽の子達でしょ? 仲良いよね~」

 

 

 秀尽に入ってからと今までで、雪ちゃんは変わったと思う。

 勿論、良い方向でだ。

 

 故郷である八十稲羽は良くも悪くも狭い田舎町。変化に乏しく、稲羽での彼女は病弱で天城屋旅館の末娘。

 同年代の友達と言える人はほぼおらず、何時も歳上に囲まれていた。

 その中の彼女はまるで精巧な人形そのもの。

 

 それがこっちに来てからは、同年代の友達と共に年相応に過ごしている。

 これが嬉しくない訳がない。

 正直、ホッとしている。

 

 

「遊ぶとき、服装を褒められる。可愛いねって」

 

「うん」

 

「それが嬉しい。私はファッションとかわからないけど、りせが褒められている様な気がして、とても嬉しい」

 

「可愛いのは雪ちゃんでは?」

 

 

 何だこの可愛い生き物は。

 

 

「だから…、これからもお願いしたい」

 

「………」

 

「…りせ?」

 

「言われなくてもするよ!!! いくらでも買ってあげる!!!!!」

 

「む…、お金はちゃんと払う」

 

 

 あー可愛い。今すぐにでも押し倒したいくらい可愛い。

 これで惚れるな、と言われる方が無理な話。

 

 

 服を畳むのも忘れて、脳内トリップしているりせの横で、雪雫は手を止める事無く荷解きを進める。

 数にして5つ目の袋に差し掛かり、その中の小包を開けたその時、彼女は不可解な顔をして首を傾げた。

 

 

「どうしたの?」

 

「……首輪…?」

 

 

 雪雫が手に持っているのは手触りの良いレザーのわっか。

 

 

「ああ、それね! チョーカーだよ」

 

「チョーカー?」

 

「うん、首に着けるアクセ! 雪ちゃんってそういうの持ってないなぁって思って買ってきちゃった」

 

「ふぅん」

 

 

 短く相槌を打ちながら、それを事細かく観察する様に、様々な角度から眺める雪雫。

 余程、もの珍しいらしい。

 

 

「つけてみる?」

 

「うん」

 

 

 どうするの?と首を傾げる雪雫に、りせは貸して。と微笑み掛ける。

 自分で着ける事を諦めた雪雫はりせにチョーカーを渡すと、ネコの様に彼女に擦り寄り、目を瞑って己の首を差し出した。

 

 

「…ん」

 

「んんっ!」

 

 

 そして、りせの思考が止まる。

 

 

(これは…、誘われている……?)

 

 

 雪雫の服装は下着の上にりせのワイシャツを着ただけの状態。所謂彼シャツというやつだ。

 りせのものとは言え、雪雫と彼女の間には20cm程の身長差がある。当然、サイズは合っておらず、ブカブカだ。

 

 チラ見えする薄い胸元と鎖骨、服の裾から伸びる白くしなやかな脚。

 そして目を閉じ、無防備に差し出す細い首。

 

 りせには誘っている様にしか見えなかった。

 

 

(…………) 

 

 

 久慈川りせ、深呼吸を一回。

 心を落ち着かせ、絶対に手を出さないという決意を胸に、目の前に居る小動物と相対する。

  

 震える手を何とか抑え、その細首に指を回し、優しく、気付けない様に、そっとチョーカーを着ける。

 チョーカー越しに伝わる彼女の脈拍が、妙に手に残った。

 

 

「で、出来たよ~……」

 

 

 額に冷汗をかきながら、りせは手鏡を雪雫へと差し出す。

 

 

「…ん」

 

 

 受け取った雪雫は自身の首元を確認し、その細い指で何度も確かめる様にチョーカーを擦る。

 初めは何時もの無表情だったが

 

 

「……学校って、こういうのして行って良いのかな」

 

「え?」

 

 

 純粋に疑問を顔に浮かべながら口を開いた。

 そして

 

 

「…ふふっ、えへへ……。真に聞いてみる」

 

 

 分かりやすく嬉しそうな笑みを浮かべて、軽やかな足取りで自室へと翔ける。

 どうやら本当に彼女に聞きに行った様だった。

 

 

「………は? かわよ」

 

 

 久慈川りせは考えるのをやめた。

 

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