PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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3:That day I meet my fate.

4月9日 土曜日 曇り

 

 

 4月に入り、新年度の始まりを祝福するかの様に続いていた青空も、今日は分厚い雲に覆われている。

 ボードに張られっぱなしのレントゲン写真を眺めながら、狭い診察室内で雪雫はここの主を待っていた。

 

 

「はい、お待たせ」

 

 

 カーテンに遮られた奥の部屋から、ショートカットの白衣を着た女性が気怠そうに出てくる。

 その女性の手に持つのは小さい容器に入った塗り薬と、瓶に入ったカプセル状の飲み薬。

 

 

「ん」

 

 

 短い返事をする雪雫の前の丸椅子に、溜息を吐きながら腰掛け、薬を机の上に置く。

 

 

「服用方法はいつもと同じ。普段は飲み薬の方を。紫外線が強いときは塗り薬も。用法容量は正しく、ね」

 

 

 白衣の女性、武見妙はカルテにペンを走らせながら、やはり気怠そうに呟く。

 

 

「いつも、ありがとう」

 

 

 机に置かれた薬を仕舞いながら、雪雫は武見の目を真っ直ぐに見つめて感謝の意を伝える。

 そんな彼女の言葉に、若干のむず痒さを覚えながら、武見はニヒルな笑みを浮かべる。

 

 

「全く、もっと大きな病院に行けば良いのに。何でこんな藪医者の所に来るんだか」

 

「……今更、新しい病院行くのも面倒くさい。それに」

 

「?」

 

「妙が、好きだから」

 

「………あっそ」

 

 

 武見妙。

 四軒茶屋の入り組んだ路地にひっそりと在る武見診療内科の主。

 患者の事などは二の次で、より効果のある薬品開発に専念する闇医者。と、周りからは噂されている、所謂はみ出し者。

 縁あって、雪雫と昔から交流がある女医で、その関係は今も続いている。

 

 

「最近は、どう?」

 

「どうも何も、あんた以外の患者なんて来ないわよ。―――誰かさんの支援のお陰で生活は出来ているけどね」

 

「そう」

 

 

 興味が有るのか無いのか。

 抑揚の無い返事をしながら、雪雫は鞄から財布を取り出そうとするが、武見の手が鞄を漁る雪雫の手首を掴み、その動きを制止した。

 

 

「お代は結構。私からの入学祝い」

 

「……でも」

 

「良いの。たまには担当医の話くらい聞きなさい。貴女がこうして元気に育っただけで十分なんだから」

 

「…………はぁ、分かった」

 

 

 武見の「絶対に払わせない」という強い意志をその目から読み取った雪雫は、渋々といった様子で引き下がる。

 膝の上の鞄を肩に掛け、身を翻し、狭い診察室を後にしようと、ドアノブに手を掛ける。

 

 

「お大事に」

 

 

 あの時から、立場も環境も変わってしまった武見だが、その患者を労わる様な一言だけは変わらない。

 そんな事実に雪雫は僅かに口角を上げ―――。

 

 

「ん」

 

 

 何時も通り短く返事を残した。

 

 

 

 

「………」

 

 

 渋谷駅の一つ隣の四軒茶屋駅。

 そこから少し離れた場所にある昔ながらの下町と言った様子の入り組んだ商店街。

 スマホに映し出された地図を見ながら、黒髪の眼鏡の少年、雨宮蓮は目的地に向かって足を進めていた。

 

 東京から少し離れた郊外の小さな町で、冤罪により保護観察処分を受けた彼は、地元での居場所が無くなり、追いやられる形でこの地に訪れた。

 この地での彼の保護者に当たる人物は「佐倉惣治郎」という男性。

 

 土地勘が無い彼にとって、この入り組んだ道は迷路の様。

 住民達の道案内の甲斐もあって、迷いながらも辿り着いた場所は、何処か雰囲気のある寂れた「ルブラン」という喫茶店であった。

 

 店の外から店内の様子を覗いてみると、中には店主らしき男と、高齢の夫婦のみ。

 客を出迎える扉には「OPEN」と書かれた板が掛かっている。

 

 

「………」

 

 

 若干の入りにくさを感じつつも、こうしていても始まらない。

 意を決して、蓮は店の扉に手を掛け、店内に足を踏み入れる。

 カランカランと風情のある音が店内に鳴り渡るが、彼を迎える言葉は無い。

 

 

『今、若い世代を中心に圧倒的に支持を――――』

 

「凄いねぇ、最近の子は。15歳で歌手活動なんて。」

 

 

 店内に響くのは、最近話題のアーティストを紹介する女性キャスターの声と、それを眺める老夫婦の声。

 カウンター内の店主は、ブツブツと言葉を紡ぎながら、クロスワードパズルに熱中している様だ。

 

 

「……あの…」

 

 

 目的の人物であろう店主に、恐る恐る声を掛けると、蓮の存在に気付いた様子の店主は、その目線をパズルから彼へと移す。

 

 

「ああ、そうか。今日って言っていたな」

 

 

 店主は頭をポリポリと掻きながら、思い出した様に呟く。

 

 

「女の顔以外はすぐに忘れちまう」

 

 

 どうやら、この店主あまりガラは良く無いらしい。

 

 

「……あの…」

 

「あんな可愛い子がここに来てくれれば、少しは繁盛するのにね」

 

 

 一向に動く気配の無い店主に痺れを切らし、声を掛けようとすると、さっきまでテレビを見ていた老夫婦が呟きながら、カウンターの上に小銭を置く。

 

 

「可愛い子だぁ?」

 

「天城雪雫だよ。最近良く取り上げられているだろう?」

 

「――――興味無いね」

 

 

 店主のぶっきらぼうな物言いに慣れているのか、老夫婦は笑顔を零しながら「また来るよ」と言い残して店を後にする。

 

 

「コーヒー一杯で4時間かよ」

 

 

 置かれた小銭をレジに仕舞いながら、店主は割に合わないという様な表情を浮かべる。

 背中を丸め、だらんと腕を伸ばしながら、彼はカウンターから蓮の正面へと足を運ぶ。

 

 

「お前が例のあれか?」

 

 

 例のあれ、といのは保護観察の事であろう。

 

 

「雨宮蓮です。お世話になります」

 

 

 何処に行こうとも受け入れられないのは、当事者である蓮が一番良く分かっている。

 しかし、だからと言って、礼節を欠くほど、礼儀を知らない訳でも無い。

 しっかりと腰を折り、これから一年お世話になるであろう男に頭を下げる。

 

 

「はん。どんな悪ガキが来るかと思ったら。お前がねぇ。――――佐倉惣治郎だ」

 

 

 店主、佐倉惣治郎は感心した様子で笑みを浮かべる。

 

 

「お前の親とここの客が知り合いで――――」

 

 

 惣治郎は自身の顎髭を弄りながらそう言葉を紡いだその時、店内に来客を知らせる鐘の音が響き渡った。

 

 

「何だ、やけに来客が多いな――――、おや」

 

 

 彼は来客を見るや否や、僅かに嬉しそうな笑みを浮かべてカウンターへと歩を進める。

 手持無沙汰になった蓮は、そんな惣治郎の目線の先、このルブランに訪れた少女に視線を向ける。

 

 

「こんにちは、マスター」

 

 

 そう呟くのは日本人離れした白髪赤目の少女。

 背は低く、顔も幼いが、歳はそう変わらないのだろう。

 彼女の着ている制服は、明後日から自身が通う高校の制服なのだから。

 

 

(……………? 何処かで…?)

 

 

 この少女、何故か見覚えがある。

 実際に会ったことは無い。あれは確か、そう。雑誌かネットニュース、SNS……。

 

 蓮はふと、背後に置かれたテレビに視線を移す。

 テレビは先程と変わらず、例の学生歌手の特集が。画面に映し出されているのは、その歌手の宣伝用の写真。所謂、アーティスト写真だ。

 白髪で赤目。幼さ残す少女の横顔。

 

 

「…………うっ」

 

 

 途端、頭痛が走り、蓮は思わず頭を抑える。

 思考が纏まらないまま、再び視線を移すと、惣治郎は少女に紙袋を渡している所だった。

 

 

「何時もありがとうな」

 

「りせが、マスターの選ぶ豆、気に入ってる」

 

「嬉しい事言ってくれるね。嬢ちゃんは飲めるようになったかい?」

 

「……………ミルクと混ぜれば」

 

「ふっ。ま、そのうち良さが分かるよ」

 

 

 2人の会話を聞いている限り、そこそこの常連の様だ。

 

 

「また来る」

 

「あいよ。今度はりせちゃんも連れてきな」

 

「伝えとく」

 

 

 時間にすれば5分も居なかっただろう。

 少女は会計を済ますと、蓮を一瞥する事無く、ルブランを去る。

 

 

「ああ、悪いな」

 

 

 一部始終を見ていた蓮に、そう言いながら惣治郎は再びカウンターを出る。

 

 

「今の子は……」

 

「ん、ああ。常連さんだよ。たまに来るんだ。何でも、嬢ちゃんの友達がここのコーヒー気に入っているみたいでな。確か、今年から秀尽―――、お前と同じ学校の筈だ」

 

 

 今年から、という事は蓮の一つ下の学年だろう。

 

 

「客の事はいいだろ。付いてこい」

 

 

 考え込む蓮を余所に、惣治郎はそう言って店の奥へと向かう。

 あ、はい。と小さく呟き、彼に案内されるまま、二階へと続く階段を上る。

 

 喫茶店の二階……、というよりは屋根裏部屋。

 物置として使っているのだろう。ボロボロの家具や、錆び付いた自転車等が埃を被ったまま、乱雑に置かれていた。

 

 今日から一年間、蓮の部屋として宛がわれる場所。

 

 お前の部屋だ。と言われた時、思わず顔を顰めてしまったのは、蓮だけの秘密だ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

4月10日 日曜日 曇り

 

 

「マスターが、たまには遊びに来て、だって」

 

「行きたいのは山々なんだけどねぇ。忙しくて忙しくて……」

 

 

 黒のスウェットの上にエプロンを掛け、コーヒーをカップに注ぐ雪雫は、食卓に突っ伏せるりせに昨日の出来事を話していた。

 コーヒーを淹れた雪雫は、その白髪を揺らしながら突っ伏せるりせの元へと運ぶ。

 

 

「お疲れ様。りせは良く、頑張っている」

 

 

 疲れたーっと呟くりせの頭を、ねぎらいの言葉を掛けながら撫でる雪雫。

 

 

「うう…、雪雫ママぁ……」

 

「………ママじゃない」

 

 

 不服そうに眉間に眉を寄せながら、腰に回している紐を解き、エプロンを椅子の背もたれに掛ける。

 りせの向かい側に座り、自身の用意したコーヒーミルクにガムシロップを溶かしながら、スマホに映し出されたトップニュースの記事を視線で追う。

 

 

「……地下鉄の事故。まだ復旧しなさそう」

 

「そっかぁ。明日には復旧すると良いけど……」

 

 

 多くの人が利用する都心部の地下鉄で起きた凄惨な事故。

 乗客を安全に運ぶ筈の地下鉄が、その乗客を乗せたまま暴走し、ホームに乗り上げてしまったらしい。

 主要路線という事もあり、都心部を中心に交通のダイヤは乱れ、ほぼ麻痺状態で復旧に目途も未だに立っていない。

 

 

「明日も仕事?」

 

「午後からねぇ…」

 

 

 溜息を吐きながら、りせは用意されたコーヒーを口へと運ぶ。

 

 八十稲羽を離れ、再び東京へと戻ってきたからというもの、りせに待っていたのは、仕事の日々。

 故郷での高校生活を終え、より魅力に磨きが掛かった彼女の人気はさらに爆発。以前にも増して忙しい毎日を送っていた。

 

 

「……泊まる?」

 

「泊まるぅ」

 

 

 雪雫とりせは同棲している訳では無い。

 いや、実際、りせが雪雫の元へ遊びに来る頻度が高すぎて半同棲状態なのだが、一応彼女は事務所所属のアイドル。中々自由に行動できないらしい。

 

 

「明日学校だから、戸締りだけ宜しく」

 

「送ろうか?」

 

「ううん。明日は普通に」

 

 

 数日前、川上に言われた言葉を雪雫は思い出す。

 りせの好意を無下にする訳では無いが、やたらむやみに注目を集める趣味は無い。

 

 

「りせに送って貰ってるなんて知られたら、大騒ぎ」

 

「それもそうかぁ。残念」

 

 

 ん、美味しかった。と呟きながら、りせは穏やかな笑みを浮かべる。ファンが見れば卒倒してしまう様な、安心した様な穏やかな笑み。

 りせが雪雫の前だけで見せる表情だ。

 

 

「大騒ぎと言えば」

 

「?」

 

「学校ではどう? それこそ大騒ぎになってない?」

 

「…普通」

 

「そうなの? 別に変装とかもしてないよね?」

 

「ん、めんどくさい」

 

 

 んー、都会の子って案外そういうものなのかな、と何処か納得いかない様子のりせ。

 

 

「りせは、騒ぎになって欲しい?」

 

「いや、そういう訳じゃないんだけど……。何だろう、面倒くさいオタク心と、言いますか……」

 

「………?」

 

 

 小首を傾げる雪雫の姿も可愛いなぁ、とりせは説明を放棄して目の前の少女を観察する。

 

 重力に従って肩に掛かる白髪が、スウェットの色も相まって良く映えている。

 うんうん、やっぱり良く似合っている。選んだ甲斐があった。

 

 

「よぉし、今日は雪雫成分を一杯吸収するぞぉ!」

 

「……どうやって?」

 

「いっぱいくっつく」

 

「何時もと変わらない」

 

 

 仕事の疲れが抜けないが、雪雫の姿を見ていたら、ふつふつと元気が湧いてきた。

 

 

「まぁまぁそう言わず、お姉さんの所へ!」

 

 

 膝をポンポンと軽く叩くと、無関心な物言いとは裏腹に、言われるがまま、彼女の膝上にチョコンと座る雪雫。

 猫みたいな彼女が愛しくて、首筋に顔を寄せる。

 

 

「……ん、くすぐったい」

 

 

 逃げようと僅かに身じろぐ雪雫を、逃がさない様。お腹へと回す腕の拘束を強くして。

 私の動きに合わせて素直に反応を示す彼女が可愛くて。時折漏れる声が艶やかで。

 

 

「うへへへ。」

 

「りせ、変態っぽい……」

 

 

 あまり意地悪すると夜一緒に寝てくれなさそうだから、行き過ぎない様に、慎重に。

 彼女の絹の様な艶やかな白髪が顔に当たってくすぐったい。

 

 

「良いでは無いか~!」

 

 

 りせのスキンシップは、雪雫に軽く叩かれるまで続いた。

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