PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
事の顛末は同日の朝方に遡る。
とある一通の仕事のメールから、活動のヒントを得る為、家にある映画を貪る様に観始めた雪雫。
数にして6本目の映画を観終わった頃、彼女は思いついたように何処かに電話をし始めた。
「珍しいな、雪雫が電話してくるなんて。どうした?」
「…蓮、今時間大丈夫?」
相手は怪盗団のリーダーであり、友人でもある雨宮蓮。
「これから竜司達とフェスに行くから…、それまでだったら……」
「フェス?」
「うん、肉フェス」
都内のイベント会場に全国各地のご当地肉料理がひしめく夏の祭典。
竜司が行きたい行きたいと言っていたのを思い出した雪雫は、ああ。と納得する様に相槌を返した。
「それで、どうした?」
「蓮の意見、聞きたくて」
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「……なるほど」
雪雫は顎に指を添えながら、灼熱の日差しの下、人の間を縫う様に歩く。
場所はサブカルチャーの聖地、秋葉原。
白いワンピースにサンダル。そしてお馴染みとなったチョーカーを身に着け、その姿はまるで何処かの令嬢そのもの。
日本人にしては珍しい白髪を揺らし、物憂げな表情を浮かべる彼女を見て、周囲の人間は物珍しさ故に視線を送るが、雪雫はそれに気付く事は無い。
「物事を知るにはまずは行動から……」
蓮は言っていた。
考えても答えが出ないのなら、行動してみるしかないと。
「なら、ここが一番」
雪雫は足を止め、目の前の建物を見つめる。
駅から離れた通りにポツンと佇む雑居ビル。その中にある特殊な服…、所謂コスプレグッズを幅広く取り扱っている店。
自身の曲のMVを取る際に何度かお世話になった事のある店だ。
「……よし」
意を決して、雪雫はその店へ足を踏み入れた。
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「いらっしゃいませぇ! お嬢様ぁ!」
「……1人」
時刻はお昼を過ぎた頃。
その手に紙袋を下げて、小腹を空かせた雪雫はメイド喫茶に来ていた。
甘い声に誘われるまま、席へと腰掛け、適当に一番に目に入った「かきかきオムレツ」と「あっちっティー」を注文。
「承知いたしましたぁ!」
メイドが離れ、1人の時間が訪れた雪雫は、ふと店内を忙しなく動き回るメイドたちを観察する。
媚びる様な甘い声をあげつつも、その仕草はとても洗練されていて、動きに無駄が少ない。
「…………ふぅん」
雪雫の頭にあるメイドのイメージとはまた違うが、これはこれで趣があるのだろうか。とふと考える。
客に目を向ければ、鼻の下を伸ばしていたり、口角が上がりっぱなしだったりと、だらしない顔を浮かべている客が多い。
それこそ、男女問わず、皆がそういう表情をしていた。
「お待たせいたしましたぁ! お嬢様ぁ!」
オムレツに先駆け、運ばれてきた飲み物を、一瞥する事無く口へと運び、喉を潤す。
「っ! にが……」
顔を顰め、飲み物に視線を向けると、そこにあったのは漆黒の海。
どうやら間違えて運ばれてきた様だ。
コーヒーが飲めるのならば、このまま飲んでも良かったのだが、雪雫は大の甘党。
今まで生きてて、コーヒーなど飲めた試しは無く、牛乳とガムシロップを混ぜてようやく飲めるといったレベルだ。
それを先程のメイドに伝えれば、作り直しはしてくれたものの、ネームプレートには「うっかりメイド・クララ」という表記が。
「……はぁ」
どうやら現代のメイドは、思っていたよりも狡猾らしい。
▼
買い物も済ませ、お腹も満たした雪雫が次に向かったのは新宿。
忙しなく人々が往来する中、雪雫は真っ直ぐ目的の場所…、人物の下へと向かう。
「あ、雪雫ちゃん!」
「千早」
その人物とは新宿の街角で占い屋を営む女性、御船千早。
雪雫本人は気付いていないが、怪しい男に絡まれていた彼女を助けた恩人である。
「今日は何を占いますか~?」
「仕事の事で」
初対面以後、本人の明るさもあってか、雪雫が妙に懐いた様で、学校の合間に度々顔を出しているらしい。
雪雫自身、占いをそこまで信じている訳では無いが、ついつい足を運んでしまうあたり、千早には秘めたカリスマ性があるのだろう。
「はいはーい、ちょーっと待ってくださいねー」
「………」
慣れた手付きでタロットカードを並べ、千早はその中央のカードを思い切り反転させる。
「……そうですねぇ、考えるだけでは無く、それを行動に移せば結果が出る。と出てますよ~」
「行動……」
「習うより慣れろ。というか、当たって砕けろ? 兎に角行動に移してみてください」
「……そう、ありがとう」
彼女にお代を渡すや否や、忙しいのかそそくさと立ち去る雪雫。
「あの歳で仕事の占いって、苦労してるのかなぁ」
広げたタロットカードを仕舞いながら、小さくなっていく背中をぼんやりと眺めていると、千早は「あっ」と小さく声をあげた。
「………間違えて恋愛運を占っちゃった」
▼
時は戻り、夜の9時頃。
「ⅣÅ⊿∟⊃@+※∵⌒¢-⌘▽〜!!」
「おかえりなさい、ませ……?」
メイド服を着た雪雫が、丁寧にりせを迎え入れたところ。
「…ご飯にしますか、お風呂にしますか…? それとも―――」
「それはメイドと少し違くない? ていうか何でメイド!?」
珍しく髪を綺麗に纏め、濃紺のワンピースに白いエプロン。
アニメで良く見られるミニスカート…、所謂フレンチスタイルでは無く、あくまでも正統派の英国式、ヴィクトリアンスタイルを取っている辺りが雪雫らしい。
…じゃなくて。
「映画を観てた。仕事の参考にしたくて」
「へぇ…、どんな?」
「サイバーパンクな世界観で内容はヒーローもののゲーム。それの主題歌の参考になりそうなもの、観てた」
「うんうん」
まぁ分かる。
企業案件というのもあって、ある程度の自由は縛られる。
雪雫のスタイル的にはあまり適さないタイプの仕事。方向性を定めたかったのだろう。
「それで、日の残りを観た時に…」
「あーうん、待ってね。今、整理するから」
日の残りってあれだよね。
名門貴族に仕える生真面目な執事と、そこに新しく雇われたメイドのロマンス映画。
よし。
「それで、メイドが気になった、と」
「蓮が言ってた。気持ちを理解するには体験するのが一番だって」
何でサイバーでパンクなダークヒーローものから、リアルな大人の恋愛事情を描いたロマンス映画に行ったのか。
聞くのは野暮ってものだろう。
雪雫の全てに突っ込んでいたら、時間がいくらあっても足りない。
雪子センパイでそれは大いに学んだ。
「それで、気持ちは分かったの?」
「現代に蔓延るメイド達とは、見えている世界が違うってことは分かった。全メイドはこの気持ち知るべき。特にうっかりメイド」
雪雫は恨めしそうに、苦々しそうな表情を浮かべて、呟く。
妙にメイド達に棘がある言い方だ。
何かあったのだろうか。
「でも――」
「ん? ……わぁ!」
ふと、雪雫に手を引っ張られ、彼女を押し倒す形でソファに雪崩れ込む。
眼下には頬を染め、少し瞳の潤んだ雪雫の綺麗な顔。
いくら雪雫が小柄であろうと、小学生とそう変わらない身体であろうと。
ソファという小さい面積ではどうしても身体と身体が触れあってしまう。
脚から伝わる彼女の熱が伝播して、私の頭を沸かす。
「肝心な事、分からなかった」
「は、はい…? 肝心な…、コト?」
雪雫はそう言うと、顔の横にある私の手にスリスリと猫の様に頬を擦りつける。
艶やかな髪と柔らかい肌が、少し擽ったい。
「甘美な果実と仕事を天秤に掛け、後者を選んだ従者の生真面目さ…、それを後から悔いる様」
「雪、ちゃん……」
「もし、もし前者を選んでいた場合、どんな気持ちになったんだろう」
雪雫はそう言いながら、おもむろにワンピースの首元のボタンを1つ、また1つと外していく。
そうして晒されたのは陶器の様な白い肌と浮き出る鎖骨、チラリと見える薄い胸を守る下着、そして首元のチョーカー。
あ、着けてくれてる。私があげたモノ。
幼い少女を縛り付ける、背徳の象徴。
「ねぇ、教えてよ」
「……え。あ………」
雪雫は誘う様に私の首元へ腕を回し、囁く。
挑発する様に目を細め、足の指で私の太ももをなぞり。
「私は知りたい、全部」
心臓が鳴りやまない。
自身の顔に熱が集っているのが分かる。
どうすればいいのだろう。
このまま心の命じるままに、貪ってしまおうか。
その首筋に唇を落とし、小さい背中に手を回して。
ゆっくりと、墜ちる様に丁寧に丁寧に。
「雪ちゃん……」
「ん……」
「私、は―――」
瞳を閉じる雪雫の唇に意識が向く。
僅かに開いた隙間から、チラリと覗かせる小さな舌。
吸い込まれる様に、導かれる様に。
自然と私の唇も彼女の下へ。
距離が少しずつゼロへと近づき、お互いの息づかいを感じる距離になった。
その時。
ピンポーンと、乾いた音が室内に響いた。
「……へ?」
「…………む」
私は熱が抜けた様に間の抜けた声をあげ、雪雫は雪雫で不機嫌そうに顔を顰める。
「こんな時間に誰だろう……。あっ、べっきぃかな! 私ちょっと行ってくるね!」
急に思考が夢うつつから現実に引き戻された私は、逃げる様に玄関へと向かう。
(あっぶなー…、危うく本気で手を出すところだった……)
雪雫の事は好きだが、こっちも大人としての矜持がある。高校を卒業しているならまだしも、まだ入ったばかり。
彼女には真っ当な高校生活を送って欲しい。
「…………」
玄関へ向かうりせの背中を見つめながら、雪雫は恨めしそうに未だ見ぬ来客へ怨を飛ばす。
折角良い所だったのに、とでも言わんばかりの顔だった。
いや、その対象は来客だけでは無い。
もう少しの所で来客を言い訳に逃げ出したりせに対しても不満は募る。
今更、何に気を使っているのかと。
「りせのヘタレ」
呟きながらスマホを取り出し、蓮とのトークルームを開く。
送る言葉は一言、「駄目だった」と。
それに対しての返信は「またチャンスがあるさ」。
蓮らしい。
蓮のアドバイス通り、行動に移してみたものの、まさか外部の人間に邪魔されるとは。つくづく人生は思い通りに行かないものだ。
雪雫は自室に入り、メイド服を脱ぎながら嘆く。
外気にさらされる肌から熱が抜けていく。
私も私で緊張していたらしい。
今、遠くでパタリと扉が閉じる音が聞こえた。
廊下を歩く足音は2人分。
やはりべっきぃだ。
失念していた。
日曜日はもう少し早い時間に来るので、今日は来ないかと思っていた。
「はぁ……」
まぁ蓮の言う通りチャンスはまだあるか、と雪雫は思考を切り替えて自身の部屋着に袖を通そうとした。
その時。
「あ、雪ちゃん…」
部屋の扉が開き、ヘタレアイドルこと、りせが気まずそうに入ってくる。
「川…ええと、べっきぃがカレー持ってきてくれたよ」
「……今行く」
カレーか。
最近多いな、とふと思う。
持ってきている、という事は何処かで作っているという事なのだろうが。
どうもカレーの味に憶えがあるのだが、思い出せない。
「…雪ちゃん…、いや雪雫」
なんてことを考えていると、ゆっくりとりせが歩み寄り、私を見下ろす。
何かに悩む様に、申し訳無さそうな表情が、何となく、切ない。
「……なに?」
「雪雫の知りたい事には足りないかもしれない。でも、それでも。今の私に出来る最大限の事はしてあげたい。今さっき、そう思ったの」
りせはそう言うと雪雫の顎に恐る恐ると言った様子で指を添え、彼女の顔を上へと向かせ……。
「ん……」
「っ!」
唇を落とした。
「……少し、恥ずかしいね」
視線を逸らして、頬を掻くりせ。
「~~~~っ!」
当の雪雫は乙女の様に頬を真っ赤に染めながら、服を着ていないのも忘れてりせに抱き着く。
「ゆ、雪ちゃん! ちょっと、風邪引いちゃうよ!?」
とっさに彼女を温めようと背中に腕を回すりせと、彼女の胸に顔を埋めて動かない雪雫。
「………早く付き合ってしまえ」
わーぎゃーと騒ぐ声を聞きながら、べっきぃこと川上は呆れ顔でカレーを温めていた。