PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
7月24日 日曜日 曇り
東京都中央区銀座。日本でも有数の高級商業地。
「……おいしい…」
「たまらねぇな、こりゃ…」
そこに佇む高級寿司屋。
普通の高校生には入るのすら憚れる雰囲気の、所謂回らないお寿司屋さん。
「値段が、書いてないんだが……」
「時価っつーんだよ。気にすんな、金ならある!」
店の雰囲気にそぐわない学生特有の雰囲気で、若干周りの客と比べて浮いているが、あまりの美味しさにそれどころじゃない様だ。
「美味しい?」
「とても」
目を輝かせながら、次々と寿司を口へ運ぶ雪雫に、横に座る真は温かい笑みを浮かべながら尋ねる。
正に一心不乱、という言葉がピタリと当て嵌まる程の勢いだ。
「しっかし意外だなぁ…、こういうトコ、行き慣れてるかと思ってたぜ」
目の前の食べ物に勢い良く飛びつく姿は正に飼い猫そのもので。
メンバーの中で一番裕福な生活を送っている割には、随分と庶民的な反応だ。
「何回か来ていても、美味しい事には変わりない。私は常に、その美味しさを楽しむ」
「何回かは来てるのね…」
どうやら雪雫の思考に店の雰囲気に合わせるという考えは無いらしい。
自身の気の向くままに行動する。
実に彼女らしい行動基準だ。
寿司を粗方平らげ、一段落したその時。
真は再びマスターの虐待疑惑の話題を切り出す。
「マスターの件だけど…本当に、虐待するような人なの?」
「またその話?」
「いや、ちょっと気になっちゃって。裁判とまで言われてたら……」
状況的に、蓮が言っていた「マスターの事を脅していた女性」というのは、佐倉双葉の肉親…、もしくは検事や弁護士等の役職に就いている人間だと考えるのが自然だ。
どちらにせよ、彼に何かしらの疑われるような要素があるのは間違いない。
火のない所に煙は立たぬ、とは良く言ったものだ。
「マスターってどんな人? 虐待するように思える?」
「そんな人じゃない」
真の問いに、蓮は間髪入れずに力強く答える。
ここに居る誰もが、蓮と同意見なのだが、どうしても事実が見えてこない現状、それを鵜呑みにする事も出来ず――。
「もし虐待が事実なら、保護者だった筈がとんだ悪人だぞ?」
「ああ…、更生すべきは、ゴシュジン……ということになる」
「…それなら、アリババの取引が謎。何で双葉の方?」
「そうだよ! それに私、あの後気になっちゃってマスターの名前、ナビで確かめたんだよね」
「反応は無かったの?」
「うん」
つまり、マスターには改心する程の欲望は無く、今回の件は極めて個人的で、自分達が首を突っ込む余地の無い家庭の事情…ということになるが
「…………」
雪雫は納得がいかない様で、眉間に皺を寄せたままだ。
しかし、それをわざわざ蒸し返すほど、判断材料が手元にある訳でも無く、疑問も一緒に飲み込む様に、お茶を飲み干した。
▼
確かな満腹感と充足感。
それらを引っさげ、渋谷駅構内を歩く雪雫達。
目的である寿司を楽しみ、段々と夜も深まってきた所で、お開きムードとなっていたその時
「新島さん! どうしたの、こんな所で?」
1人の青年の声に一同は歩みを止めた。
「明智君…!」
「明智?」
振り返るとそこに居たのは人受けが良さそうな笑みを浮かべた青年、明智吾郎。
真は驚いた表情を浮かべて、竜司は僅かに敵意を含んだような声音で、彼の名を呼ぶ。
「君達は…TV局で……。それに天城雪雫さんも…。え、新島さんの友達?」
「そう」
やや食い気味で、明智の質問に答える雪雫。
彼女の後ろで同じように首を縦に振る蓮の姿を見て、明智はますます興味深そうに笑みを浮かべた。
「…知り合いか?」
「初めまして。明智って言います。よろしく、喜多川祐介くん」
「なぜ俺の名を?」
「それは僕が超能力者だから―――」
「冗談はいい」
祐介の疑問に茶化して答えようとした明智だったが、バッサリと雪雫にそれを切り捨てられる。
彼は「これは手厳しいな」と頬を掻き、苦々しい笑みを作る。
「まぁ、彼女の言う通りさっきのは冗談で、駆け出しの探偵なんだ。君は班目の門下生だったんだよね?」
斑目が逮捕された際、大々的にニュースや雑誌で取り上げられていたが、未成年の祐介の名前は伏せられていた。
勿論、斑目の元に1人だけ弟子が居た事は周知の事実だが、一般に出回っている情報だけでは祐介の元には辿り着かない。
つまり。
「実は、これから怪盗団の捜査チームに加わる事になったんです」
明智は今、それなりの情報を得られる立場に居る、ということ。
その事実に、ほんの僅かに怪盗団の面々は背筋を強張らせる。
「あ、そうだ。メジエドから怪盗団への宣戦布告のメッセージは見ました?」
「宣戦布告?」
「ついさっき、ホームページが更新されていたよ」
すかさず杏はスマホを取り出し、そこに書かれた英文の声明を黙読。
読み進める内に、その顔には焦りと驚愕の色が浮かんでいく。
「え、これっ……」
「随分、動揺しているようだけど?」
そしてそれを見過ごすほど、明智も甘くはない。
捜査チームに加わるだけあってか、その態度は変わらず柔らかくも、一つの獲物も見逃さない鋭さをその瞳に宿していた。
「え、いや……」
「か、怪盗団の大ファンなんだよ、コイツ。バカみたいにミーハーで……」
「あんな連中のファンなんて、止めた方が良いと思うけどな」
「なんなんです? さっきから」
満面の笑みでそう言い放つ明智に、静観していた筈の真が琴線に触れたのか、彼を睨み付ける。
まぁ無理も無いだろう。
正義と信じてやってきたことを、頭ごなしに否定されたのだから。
「ごめんね、お友達同士のところ。それにしても面白い交友関係だと思って」
そんな彼女の視線もどこ吹く風。
特に態度も言動も変える事無く、明智は口を開き続ける。
穏やかな口調とは裏腹に、一瞬の気の緩みも許されないプレッシャー。それを蓮達はヒシヒシと感じていた。
「新島検事の妹に、大山田の元患者、斑目の門下生、加えて秀尽の生徒…さしずめ怪盗団繋がり、とでも言おうか」
「…何でそれを」
「先日、大山田が改心されたのは知ってるかな? あまり大々的に取り扱われて無いけど…まぁ調べればすぐに出てくるよ。それで彼の経歴を洗っていたら、君の名前があったからね」
「…そう」
大山田の逮捕については、明智の言う通り大々的に報道されていない。
一般に報道されている内容と言えば、彼が心が入れ替わった様に自首をし、過去の隠蔽や不正が公になったこと位だ。
金城と繋がっていた事、外道な臨床実験は一切公表されていない。
真が言うには、裏で繋がっている誰かの口封じの可能性が高いらしいが。
兎に角、事の顛末を知る雪雫達にとって、大山田の話題は正に爆弾そのもの。
ここで一般人が知り得ないことを口に滑らしてしまうと、明智に詮索されるのは目に見えている。
「あまりこの件を喋り過ぎると冴さんに怒られちゃうな…。―――そうだ、君に聞きたいことがあったんだ」
「何だ?」
雪雫からこれ以上、反応を得られないと判断したのか、明智の視線は真っ直ぐ蓮の元へ。
「今回のメジエドの騒動…、もし君が怪盗団の一員だったらどうする?」
「放置する」
「…へぇ、意外な答えだな。少数派の意見だ」
目を丸くして、心底面白そうに感嘆の言葉を漏らす明智に、竜司は敵意むき出しで間に割って入る。
「期待ハズレで悪かったな。俺達はフツーの高校生だぜ? 寧ろ、探偵様のご意見を聞かせてくれよ」
「……怪盗団をプロファイリングした結果、未成年の学生のグループだと僕は考えている。放課後は比較的自由に行動しており、身を眩ますアジトが存在する。そして、4月頃から活動を開始。手始めが鴨志田であることを鑑みて――」
「怪盗団は秀尽生?」
「そうだね、雪雫さんの言う通りだ。―――君達の様な、ね」
常に温和な表情を浮かべていた明智は一変、鋭く一同を睨み付ける。
まるでお前達を疑っているぞ、と言っているかの様だ。
いや、もしかしたら彼の中では、もうすでに確定している事項かもしれない。
「通報でもしてみるか?」
「誰も君達を疑っているなんて言ってないだろ?」
「………っ」
言葉遊びだ、と雪雫は思った。
彼の言動や行動の1つ1つを分析すると、怪盗団の筆頭候補は蓮達で、こちらがボロを出すのを待っている様にしか見えない。
これ以上、彼と話すのは危険だろう。
「怪しいのはそっち」
「……雪雫?」
「ハハハ、言われてみると確かに! 高校生で探偵…加えて捜査チームに加入……まるでフィクションだ」
興が冷めたのか、それとも潮時だと判断したのか。
明智は「もうこんな時間か」と時計を見て呟き、別れの挨拶を言い残して、人混みの中に消えていく。
「なに、あれ?」
彼の背中が完全に見えなくなった瞬間、開口一番に杏が困惑を口にした。
正体がバレているのではないか。
その不安が一同の胸中に渦巻く。
「バレた…とまではいってないと思うけど、念のため用心はしといたほうがいいわ。実際、アリババには正体がバレたんだし」
「しかしバレたと言っても、証拠を掴まれた訳じゃないだろ? 見られているのは加工も容易いチャットのログ…、雪雫との取引の内容を持ち出す気配も無い。第一、怪盗行為はイセカイで行うんだ。普通にしてればいい」
祐介の言う通り、アリババが握っている情報は物的証拠としては弱い物ばかり。しかも怪盗行為の舞台は、一部の者しか出入りする事が出来ないイセカイ。
仮に疑われたとしても、肝心な証拠が無い以上、安全な筈。
やり場の無い不安を消し去る為、蓮達はそう自身の心に言い聞かせる。
そうでもしないと、祐介の言う普通の生活が送れなそうな気がしたのだ。
「……あ、それよりメジエド! 大変なことになってるよ!!」
不安気な雰囲気が、ほんの僅かに和らいだその時、杏は声を上げた。
先程、明智に促されるままに確認した怪盗団への宣戦布告の件だろう。
「……ん」
雪雫は自身のスマホを取り出し、目を落とす。
そこには依然と変わらず、英文で書かれた声明文。
「我々は日本の大衆に失望した。未だ彼らは、怪盗団の偽りの正義を信じている」
「英語……、読めんの…?」
「……多少は」
「わ、私の活躍の場が…」
「ちょっと、茶々入れないの。雪雫、続きは?」
雪雫の新たな才能に驚きを示す竜司と、自身の出番を奪われ肩を下げる杏。
そんな2人の反応を余所に、雪雫は淡々とメジエドの声明を読み上げる。
「我々は日本を浄化する計画を進めている。Xデーは8月14日。これにより日本経済は壊滅的打撃を受けるだろう」
「マジかよ…」
「だが、我々は寛大だ。怪盗団に最後の改心の機会を与える。我々は、怪盗団に改心の証として世間に正体を晒すことを要求する。これが通らなければ、我々は日本を攻撃する。日本の未来を、怪盗団の判断に委ねることにする………横暴…」
「要するに、怪盗団が正体を晒さなければ、メジエドは日本を攻撃する……と言ってるんだな?」
「どうするの、これ?」
一時はメジエドの新たな動きも無く、悪戯かと思われたこの件だったが、本格的に対処しなければいけない状況に変化した。
実際にネット上では大盛り上がりを見せ、怪盗団を応援する者、メジエドに畏怖する者、この件を他人事の様に煽る者と様々だ。
「何とかアリババにコンタクト取れると良いんだけど……」
「手掛かりはマスターと佐倉双葉、か」
「……アリババ…、佐倉双葉……」
「どうかした、雪雫?」
「ん、いや……」
小さく反応を返したと思えば、再び考え込む様に黙りこける雪雫に、真達は首を傾げながら視線を送る。
時間にして1分程、たっぷり時間を掛けた彼女は、たどたどしくではあるものの、口を開いた。
「アリババって、どうやって佐倉双葉の改心を確認するつもりだったんだろう、って」
「どうやって……、直接会ってとか?」
「なら、それは目に届く範囲にアリババが居るってこと」
「そうだな。そうでなければ確認のしようがない」
「蓮に直接予告状を届けられる、双葉の状況の確認が可能。でも事情があって私達には会えない」
「……なるほど、確かにその可能性は高そうね」
真が得心がいった様子で頷き、竜司と杏は変わらず頭に疑問符を浮かべている。
「要するに、アリババ=佐倉双葉。その可能性が高いってことよ」