PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
7月25日 月曜日 晴れ
焼き付く様な日差しが差し込む、ルブランの屋根裏部屋。
机にお菓子やジュースなど思い思いの好物を並べ、それを囲う。
正に円卓会議の真っ最中、の筈だったが
「ダルかったなぁ、緊急集会……」
「眠かった」
どうやら話は脱線している様だった。
夏休みに入って早々、朝早くから学校に呼び集められた秀尽生。
校長や教頭の長話を延々と聞き、加えてその場で「SNSに対する向き合い方」という教育ビデオを観させられる始末。
あの場に居る誰もが思っただろう、「帰りたい」と。
「眠かった、じゃなくて実際寝てたでしょ、雪雫」
「………なんでそれを」
「貴女、遠目からでも分かりやすいのよ」
家に帰るのが遅かったのに加えて、りせとの浴室での騒動で碌に寝れなかった雪雫。
その足りない睡眠時間を取り戻す様に、集会中は常に意識を微睡に追いやっていた為、その話は一切頭に入っていない。
「だって―――」
何とか言い逃れをしようと言葉を並べ立てる雪雫と、逃げ道を潰す様に追い詰める真。
蓮達にとっては最早見慣れた光景だ。
「あれ、祐介も学校?」
一度ああなると、2人は暫く戻って来ない。
それを知っている杏は、2人の微笑ましい言い合いをBGMに、何故か制服姿の祐介に問う。
「洗濯した結果、これしか服が無かった」
「もう2、3着買おうね……」
一体どうやって生活しているのか。
聞けば聞く程、彼の私生活の謎が深まる。
「大体、雪雫の周りの人達は甘過ぎよ…。家事の事だって……」
「…待って、なんで真がそれを―――」
「この前、りせさんが自分の配信で嬉しそうに話してたわよ」
「……むむ」
生真面目な真と、割とそうでもない雪雫。
2人の論争は、何故か私生活の事まで飛び火していき―――。
「おーい、オマエら! 世間話をしに集まった訳じゃ無いだろ!」
収拾がつかなくなってきた頃合いで、モルガナは思わず声を上げた。
・
・
・
「ルブランはフタバに盗聴されていた」
話は本題に移り、双葉の件。
昨日、佐倉宅へと1人残ったモルガナは、双葉の部屋に潜入。
そこで知り得た事を重々し気に語る。
完全に仕事モードだ。
「何でお店を盗み聞きするの?」
「居候の蓮が気になった、とか?」
「意図はわからん………。しかし、これでハッキリしたな」
「私以外の、情報源…」
双葉の意図は知る由も無いが、これで1つハッキリしたことがある。
彼女のハッキングスキルは、メジエドに対抗するのに必要不可欠という事だ。
「ねぇ、双葉にパレスがあるのは確認したけど…、悪人じゃなくてもパレスは存在するの?」
「悪人かどうかは関係無い。パレスは、強い欲望によって歪んだ認知が具現化したもの…ただそれだけだ。まぁ、歪んでいる奴には悪党も多いだろうがな」
「つまり、誰にでもパレスが生まれる可能性がある、という事ね…」
「……私にも?」
「ペルソナ使いに生まれるかは分からないが…まぁ人間である以上、雪雫にもパレスが生まれる可能性は勿論ゼロじゃない」
パレスがあるからと言って、悪人とは限らない。
今まで単純な仕組みで済んでいた事柄に、新たな事実が加わった事により、メンバーの顔には困惑の色が浮かんでいた。
「ゴシュジンの話だと、フタバには幻覚や幻聴があるようだな?」
「ええ…、亡くなった筈の母親の姿が見えたり、声が聞こえたりしているみたい」
「もしかしたら、それらは大事な記憶に関係があるのかもしれない…。そいつが…、うぅん。上手く言えないが……、歪みの所為で変になった……、とか?」
「要はオタカラを盗めば良いんだろ?」
「まぁ、そうだ」
もし双葉のパレスが、大事な記憶が曲解して出来た歪んだ認知であるならば、それを取り除けば彼女の苦しみに終止符が打たれる。
彼女が普通の生活に戻れるのならば、前に進める切っ掛けになるのなら、それをやらないという選択肢は端から無く。
「双葉のパレス、やるで良いんだよね?」
「本人が望んでいるんだもの、気に病む必要は無いと思う」
「双葉の心が治ればマスターも助かるし、メジエド退治も手伝って貰える」
「それに…、狭い世界から連れ出してあげたい」
「俺も賛成だ」
全員の顔に強い意志を秘めた表情が浮かぶ。
本人に頼まれて心を盗むという、極めて稀なケース。
パレスの主である双葉が、どのような心持ちで待っているか、どういう歪みが反映されているか、全てが不透明だ。
それでも、そんな中でも、怪盗団は歩を進める。
孤独な少女を救うために。
▼
「んで? 格好良く出てきたものの…」
「キーワード……」
夜とはまた違った雰囲気の佐倉宅。
お化け屋敷の様に思えたここも、昼間は普通の日本家屋。
その正門の前で、蓮達は頭を悩ませていた。
「今分かってるのは、佐倉双葉と佐倉惣治郎の自宅……、この二つね」
「あとはここをどう認知しているか、だが…」
「出られない、ってことは……牢屋とか?」
候補が見つかりません、とイセカイナビから電子混じりの女性の声が響く。
「雪雫は何か思いつかない? この中で一番付き合い長いでしょ?」
「付き合い…って言っても殆ど仕事上だけ。プライベートの話とかは殆どしたことない」
「そっか……」
最後のキーワードが分からなければ、パレスに入る事も叶わない。
しかし、だからといって殆ど初対面の双葉の考えを当てずっぽうで言い当てるのも現実的ではない。
「手掛かりが少なすぎる……」
「直接、聞ければいいのだが…」
「なら、行こうぜ。双葉んとこ」
「どうやって入れてもらの?」
過去のトラウマから、他者との関りを全てシャットダウンしている双葉が、そう簡単に蓮達を家に入れる訳は無い。
つまり、竜司の考えは。
「忍び込む」
「本気で?」
「…鍵は?」
「鍵開けはワガハイにまかせろ。今回ばかりはやむなしだろ」
二度目の不法侵入。
気が引けるものの、しかしながら、双葉と会う手段はこの強攻策以外無く……。
渋々、自分自身に言い聞かせる様に了承した真を連れて、一同は再び佐倉宅へ。
一歩進む度に軋む廊下を進み、モルガナが確認したと言う双葉の部屋の前へ。
扉に掲げられた「DO NOT ENTER」と書かれたプレートがでかでかと主張する開かずの扉。
「双葉ちゃん、居るんでしょ?」
そんな扉をノックしながら、真は扉の向こうの主に呼びかける。
しかし、部屋からは物音が一切聞こえず、いくら待っても返事は来ない。
やはり、歓迎はされていない様だ。
「双葉ちゃん、居る? 昨日、ビックリして叫んでごめんなさい。その、暗くて怖かったから……」
返事は無い。
「骨が折れそうだな……」
どうしたものか、と頭を悩ませる一同。
真が再びノックしようとした時、雪雫がそれを制止し、彼女と場所を入れ替える様に扉の前へ。
私がやる、という事らしい。
「……双葉…いや、アリババ、私達は――――」
もう一つの双葉の名前…雪雫としては馴染み深いニックネームを口にすると、それに反応を返す様に、タイミング良く蓮のスマホが鳴った。
なぜ、来た
シンプルに一言。
画面にアリババとのチャットルームが映し出されている。
「何でアリババだと反応するんだよ…」
「名前が出されるのが嫌、とか?」
「考察は後だ。今はパレスに入る為のキーワードを」
モルガナの言葉に雪雫は頷きを返し、再び彼女に語り掛ける。
「…私達は佐倉双葉の心を盗みに来た。でも、それをする為には双葉本人と話す必要がある」
再び連のスマホが鳴る。
取引は中止した筈だ。
アリババからのメッセージだ。
「取引は関係無い。メジエドなんて無視していい」
「おい―――」
「竜司! 口出さなくて良いから! 雪ちゃんに任せて!」
「私達は…、私は貴女を助けに来た。只、それだけ……。昔、アリババが私を助けてくれたように。開けなくて良い。顔を合わせなくて良い。チャットで良いから、質問に答えて」
再び暫しの沈黙。
時間にして30秒ほど経ったころ、チャットに「わかった」と送られてくる。
雪雫達が知りたいのはフタバの歪んだ認知。即ち、この家を何と認識しているか。
今度は蓮が代表して、双葉に問う。
家の居心地はどうか、と。
苦しい。
続けて「外に出ないのか」と問えば、帰って来るのは「出られない」という諦めに近い言葉。
出ないまま、ここで死ぬの。
付け足す様に送られてきた予想だにしなかった言葉に、怪盗団は動揺を示す。
ここは、私の墓場だから。
「墓場?」
「まさか、それ?」
会話を交えて、初めて見えた歪みの一端。
「入力してみろ」と言うモルガナの言葉に導かれるまま、ナビを操作すると、もう何度目かの空間の揺らぎを感じ取った。
「来た来た!」
「ありがとう、双葉。もう十分よ」
これでパレスに潜入する条件は揃った。
後はルブランに戻り、潜入道具を――――
「早速行こうぜ! ポチッとな」
「バカ! ここで押すな!!」
『ナビゲーションを開始します』
用意してきた道具を取りに行くことも叶わぬまま、イセカイナビは無慈悲にそう告げる。
空間が揺らぎ、ふと身体が浮遊感に包まれる。
怪盗団にしては5度目。雪雫からしたら3度目の大仕事。
不思議と背筋が伸びるのを感じながら、雪雫は静かに目を閉じ、視界が開けるのを待った。
▼
照りつける陽光。
視界が歪むほどの灼熱。
現実世界でも着々とヒートアイランドが出来上がっているが、ここに比べればまだマシだ。
「あづい……」
クーラーの冷風をも上から塗りつぶす気温。
モルガナカーの車内で、杏は皆の気持ちを代弁するかの様にぼやいた。
竜司の軽率な行動から、双葉のパレスこと、砂漠のど真ん中に制服姿のまま放り出された一同。
室内から入ったのもあって、当然の如く素足。
砂の海から伝わる熱から逃げる様に、モルガナが変身したワゴン車に乗り込み、オタカラがあるであろう目的地へと向かっていた。
「何か飲み物持ってない……?」
「…無い」
皆同じように項垂れながら、モルガナカーは自動運転で進む。
道中、汗で透けた制服越しに見える下着を覗き込む男性陣との対立があったり、杏が代表してそれを粛清したり、一騒動あったが、特に邪魔が入る事無く順調に目的地の付近へ。
「あれは…」
「おお~……、サンナイトで観たやつ」
「何それ?」
「ヒーローもののドラマ。エジプト神話を題材にした」
「へぇ…」
目の前に聳えるのは天を突く程の巨大なピラミッド。
そしてその元に集まる様に造られた市街地。
十中八九、パレスの本体だろう。
「エアコン全然効いてねぇじゃん! なんだよ、あの温風は!?」
「あれが限界なんだよ! 文句言うな!」
市街地を抜け、ピラミッドの麓まで来た雪雫達。
竜司とモルガナの何時もの言い争いをBGMに、目の前の墳墓を見上げる。
「細部まで計算されつくされた建築、美しい…」
「完全な人力で造られた黄金比……。流石にテンション上がる……」
祐介は指のフレームで景色を切り抜き、雪雫は瞳の奥を輝かせて。
そんな2人に、またか…。とやや呆れた視線を送りながら、真は「中に行きましょ」と誘導する。
長い階段を上り、ピラミッドの中へ。
外の暑さとは裏腹に、中は空調が効いている様に涼しく保たれていた。
家に閉じこもっている双葉の認知の表れだろうか。
不思議と熱が感じられない篝火と、所々、電子的な輝きを放つ壁。
ここがイセカイだと如実にアピールをするその内部に、とある少女が待ち構える様に佇んでいた。
オレンジ色の髪に、暗く沈んだ瞳の少女。
女王の様な煌びやかなローブに身を包んだ彼女は、恐らく――――。
「サクラフタバのシャドウだな。間違いない」
この中で唯一、双葉の顔を見ているモルガナが静かに呟く。
「……アリババ…」
「貴女が、佐倉双葉……」
『…………』
雪雫と真が呼び掛けるが、彼女からの返事は無い。
続けて竜司、杏がフタバに近寄り、続けて声を掛けるが、それにも反応しない。
「もう、放って行こうぜ――」
痺れを切らした竜司がそう呟いた途端、フタバは抑揚の無い口調で口を開いた。
『我が墓を荒らす者…、何しに来た……?』
「……何言ってんだ? お前が盗んで欲しいって言ったんだろ」
竜司の言う通り、怪盗団は佐倉双葉本人に迎え入れてもらう形でここに来た。
その証拠にパレスに入った時も、怪盗服へ変化はせず、制服姿のままだった。
現実の双葉の生き写しであるシャドウも同様に、敵対心は抱いていないと考えていたが――。
『盗れるものなら、盗ってみるがいい』
どうもそう簡単にはいかない様だ。
『お前らに取れる訳が無い。我がパレスは、こんなことになっているのだからな』
そして雪雫達の耳に届いたのは、多数の憎悪の声。
人殺し、貴女が殺した、お前の所為だ。
事情を知っている雪雫達はすぐに分かった筈だ。
これはきっと、双葉本人に実際に向けられた声、もしくはマスターの言うところの幻聴だろう。
「……双葉…、こんな状態で私の事を―――」
自然と雪雫の小さな手に力が入る。
それは怒りか、哀れみか、同情か。
『そう、私がやった……』
「はぁ?」
『母を殺したのは私。ここには母も居る。私はここに居る。死ぬまでずっと、ここに居る』
そう言いながら、姿が虚空へと消えていくフタバ。
恐らく本体では無いのだろう。
要領を得ない彼女の言葉に困惑を示していたその時、怪盗団の面々は光に包まれ、その姿が怪盗のものへと変わっていく。
「服が!」
「警戒されたのか? どうなっている!?」
「双葉……」
理解が追い付かない一同を余所に、パレスの状況は刻々と変化する。
ピラミッドは揺れ、獣のような雄叫びが上から響き、奥へと続く道は閉ざされる。
「……思ったより単純には行かなそうだな……。ここは一度引いて、準備を整えるのが良いだろう」
▼
場所はルブランの1階。
ソファに深く背中を預け、天井を仰ぎ見る一同の様子は、まさに疲労困憊といった様子だ。
『メジエドが定めたXデーは、8月14日。刻一刻と、その時が近づいています』
テレビから出力されたニュースキャスターの声。
国民に向けて送られるのは、メジエドが定めた終わりの日。
つまりはタイムリミットだ。
「阻止する為には、14日までに双葉を助けないと……」
「限度は、2日前の…12日まで…?」
「ある程度の余裕を持つなら、そうね」
猶予は今から2週間とちょっと。
それまでにイレギュラーだらけのパレスからオタカラを盗み出さなければいけない。
「助けるって言ってもよぉ…、取引は無効なんだろ? 雪雫もメジエドはどうでもいいって言っちゃったしよ……」
「だって、放っておけない」
「まぁ、そうだけどよ……」
「その件に関しては双葉を信じるしか無いわね…。とにかく、パレスに入れただけでも一歩前進。そう考えましょ」
あくまでも双葉を助ける事が第一優先。
その事を分かっていつつも、やはりメジエドの件が気になるのか、納得いかなそうな竜司に雪雫は言葉を付け加える。
「メジエドの件は別に知り合いにあたってみる。だから今は双葉に集中」
「知り合い?」
「うん、探偵王子」
「明智吾郎?」
「じゃなくて、初代の方」
「白鐘直斗…だっけ? 貴女、本当に人脈広いわね…」
「まぁ、それなりに」
多少の不安は残りつつも、結局は何時も通り。
目の前に事に全力であたるしかない。
各々それが分かっているのか、お互いに顔を見合わせて頷きを返す。
「必ず助けよう」
雪雫にとって、人生で2番目に慌ただしい夏休みが遂に始まった。