PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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45:A break during work.

 

 

7月29日 金曜日 晴れ

 

 

 

 いくら世を騒がす怪盗団とは言え、毎日活動している訳では無い。

 

 やる事が無い。なんてことは無い。

 今まさに直面している問題で言えば、メジエドと双葉のパレスの件。それ以外にも大衆のパレスである「メメントス」の攻略、怪チャンに寄せられる小悪党の改心など、常に多忙を極めている。

 

 しかし、ここ数日。

 怪盗団は活動していなかった。

 

 世直しを諦めたとか、仲違いしたとかでは無い。

 単純にメンバーの予定が合わないのだ。

 

 彼らの基本方針は全会一致。

 怪盗団の掲げる正義が1人歩きしない様、そして改心という危険な行為の責任を1人に押し付けない様に取り決めたものだ。

 

 つまり事情が無い限り、基本的にはメンバーが1人でも揃わなかった時点でパレスやメメントスに潜入することは無い。

 

 今、世を大きく騒がしている怪盗団と言えど、その実態は青春真っ盛りの高校生。

 「絵のコンテストの為の準備」「ライバルが居る中でのモデル撮影」「仲違いした部員達との関係の修復」など、メンバーそれぞれに予定や事情が当然存在していて――――。

 

 

「うひひひっ、今日はどんな感じにします? お客様~」

 

「…お任せ」

 

 

 この少女、天城雪雫にも例外は無く、予定が存在する。

 

 

「夏らしく結っちゃう? それとも、ちょっと背伸びしてゆるふわパーマ? ああ、迷うな~!」

 

 

 右手にヘアアイロンを、左手に櫛を。

 シルクの様な白髪を目の前に、りせはニヤニヤと笑みを浮かべながら呟く。

 

 

「私的には後者かな~! あっ、取り敢えずオイル塗るね!」

 

 

 そう言うや否や、りせは手の平にヘアオイルを馴染ませて、雪雫の髪を優しい手つきで撫でる様に滑らせる。

 

 

「……んっ」

 

 

 少し擽ったいのか、僅かに吐息を漏らす雪雫。

 目の前の鏡に映る自身の頬は僅かに赤に染まっていて、それを見て雪雫は視線を逸らす。

 声が出たのが恥ずかしかったらしい。

 

 

「それにしても、普段は何もしない雪ちゃんの髪を、好き勝手に弄れるなんて……」

 

「言い方」

 

「この際どう? 色々なもの試して…お姉さんと新しい扉、開いちゃう?」

 

「…言い方」

 

 

 2人は今、雑誌のモデル撮影のスタジオに仕事として来ていた。

 

 りせに持ち掛けられた新作秋物の雑誌撮影の仕事。

 以前に雪雫と共に受けた水着の撮影と同じ雑誌だ。

 

 りせが今回の仕事の話を雪雫に打診したところ、割とあっさり快諾。

 稲羽に帰る前に一通り済ませたい。という雪雫の希望もあって、今日に至る。

 

 では現在、2人で何をしているかと言うと、雪雫のスタイリングだ。

 本来は雑誌専属のスタイリストが居て、その人が行うのだが「雪雫さんの髪に触れるなんておこがましい」「その顔に合う髪型をセットする自信が無い」と逃げ出したのだ。

 そしてそのチャンスを見逃すりせでも無く、自らスタイリストとして立候補。

 通された楽屋で暫しの2人きりの時間が与えられた。

 

 

「雪ちゃんの髪はやっぱり柔らかいね~」

 

 

 ヘアオイルを塗り終わり、櫛を通しながらゆっくりとアイロンをあてる。

 面白い位簡単に、りせの思い通りの形になっていく髪に、りせは感心した様に呟いた。

 

 

「雨の日、鬱陶しい」

 

「毛先とか跳ねちゃうもんね」

 

 

 対照的に、姉である雪子は水に濡れようが湿気が多かろうが、そのストレートの髪に変化は起きないらしい。

 

 

「家でもこうやってやってあげようか?」

 

「…りせの好きにすればいい」

 

 

 そんな和やかな空気の中、たっぷり数十分。

 アイロンを仕舞ったりせは、鏡越しに映る普段とは違った雰囲気の雪雫を見て得意気な顔を作る。

 

 

「良し、出来た。似合ってるよ!」

 

「おお~」

 

 

 自分自身に無頓着な雪雫だが、やはり変化があると気になる様で。

 出来上がった自分の髪を感心した様に声を上げながら、様々な角度から覗く。

 

 

「少し大人っぽくしてみたから、今日の撮影にも合うと思う!」

 

 

 普段は癖の無い白髪が、毛先に行くにつれて緩やかなウェーブを描いている。

 普段の幼い雰囲気に、僅かな垢抜けた雰囲気がプラスされて、丁度良いバランスを子ども過ぎず、背伸びし過ぎていない。そんな丁度良いバランスが保たれていた。

 

 

「いやぁ、我ながら中々―――」

 

 

 そんな雪雫の後ろで満足気に頷いていたりせだったが、雪雫の首元を見て言葉を遮った。

 視線の先の、自身が贈ったチョーカーを指でなぞる。

 

 

「雪ちゃん、チョーカー外さないの?」

 

 

 純粋な疑問だった。

 今回の仕事はモデル撮影。先方が用意した服を着用して撮影に挑む以上、それがどんなデザインで何色か分からない。大体この手のタイプの仕事の際は私物のアクセサリーとかは外して挑むのが常だ。

 

 

「外さない。外さなくても大丈夫って、確認とった」

 

 

 学校であっても、仕事であっても、家で過ごしていても。基本的に雪雫はチョーカーを外すことは無く、常に身に着けていると言っても過言では無い。

 贈った側のりせからすると、その様子はとても好ましく映り、実際今も頬を緩めている。

 

 

「へぇ…そんなに外したくないの?」

 

「外したくない。だってこれは、私がりせの―――」

 

 

 りせの疑問に、やや食い気味で振り向き、自身の胸中を吐露した雪雫だったが、ハッとした様に口に手を当てて口を閉ざした。

 

 

「雪ちゃん?」

 

 

 珍しく感情的な様子に首を傾げて視線を送るりせに、雪雫は誤魔化す様に首を左右に振った。

 

 

「兎に角、外さない。今回も今後も。このチョーカー、私のトレードマークにするから」

 

「おおぅ…、そんなに気に入って貰えていると、冥利に尽きますなぁ……」

 

 

 天城雪雫という少女は、一度決めたら案外頑固である。

 過去にも実姉である雪子と「邦画と洋画、どっちを観るか」という話になった時に洋画派として折れる事は無かった。

 

 

「ま、向こうがOKしてるなら良いや! ほら、行こ?」

 

「ん」

 

 

 舞踏会に誘う様に差し伸べられたりせの手を取り、椅子に深く掛けていた腰を上げる。

 

 雪雫にとっての2度目のモデル撮影。

 この仕事を皮切りに、この手のタイプが急増することを、今の彼女は知らない。

 

 

 

 

 

 数にして数十着程か。

 1か月分のコーディネートはしたであろう雪雫は、慣れていないこともあってかその顔に少しの疲労を浮かべている。

 といっても、それは雪子やりせを始めとした、近しい人間にしか分からない程度ではあるが。

 

 りせとツーショットで撮ったと思えば、今度は単体で。次々と切られるシャッターに応じてポーズを変えて、表情も微妙に作って。前回の水着の時とは違い物量で勝負しているのか、忙しさで言えばこちらの現場の方が上だったと、後の雪雫は語る。

 

 

「今度は写真集とかでも出してみません?」

 

「はぁ…」

 

 

 撮影が全て終わり、楽屋に戻ろうとした折、今回の現場を取り仕切っていた女性から声が掛かる。

 初めはりせに言っているものだと思い、雪雫は興味を持つ素振りも見せなかったが、どうやらその認識は間違いだったらしい。

 

 話が長くなると踏んだりせは「先に戻って車出しとくね」と早々に退場。

 つまり、雪雫は今一人だ。

 

「天城雪雫、初の写真集! 若き天才アーティストの赤裸々な姿…。売れると思うな~」

 

「…ちょっと、私の活動とは逸れ過ぎ」

 

「そうですかね? 実際、アーティスト活動をメインでしてて、ついでに写真集出している人達たくさん居ますよ? ほら『HAPPENING』とか」

 

 

 HAPPENING。

 現在も活動中の関西出身の4人組ガールズバンド。現在の年齢は20代後半だが、メジャーデビュー当初は雪雫と同じく女子高生。現役女子高生という肩書と、当時はまだ珍しかったガールズロックバンドという体制が一気に話題を呼び、一躍人気ロックバンドへ。

 今も尚、人気は衰える事無く時代の変遷に合わせて、活動中。 

 

 因みに本人たちは「気の良いお姉さん」と言った親しみやすい人柄で、何度か顔を合わせている雪雫は毎回良くして貰っている。

 余談だが、彼女達のMVにしれっと参加して話題を呼んだこともある。

 

 

「…まぁ確かに」

 

「それに、写真集出したら、貴女の意図がもっと沢山の人に広がるカモ?」

 

 

 何やら怪しい笑みを浮かべながらそう言う相手に、雪雫は疑問を浮かべる。

 

 

「ほら、そのチョーカー。皆にアピールしたかったんでしょ? りせちーから貰ったものって。彼女と共にという条件で仕事を受けたのもそう」

 

「…………何でそれを」

 

「だってわざわざ直談判しに来るんですもん。現場の人、皆気づいていたよ? 気付いていなかったのはりせちー位じゃないかな」

 

 

 雪雫は思った。

 この女、大宅と同じタイプだと。

 ネタに敏感で、一度狙ったものは決して逃がさないタイプの。

 

 

「ちゃんと写真集出すときは、チョーカーがばっちり映える様にするから、ね?」

 

 

 この女、取引、上手。

 

 

 

 

 

「あ、やっときた~」

 

「お待たせ」

 

 

 スタジオの駐車場に停めた自身の赤い車に寄り掛かっていたりせの元に、雪雫が駆け足でやってくる。

 

 

「中、涼しくしといたよ。どうぞ、お嬢様」

 

「ありがとう」

 

 

 演技の様に大袈裟に、しかし自然な動作で、助手席の扉を開けて雪雫の手を取るりせ。

 言葉通り、何処かの令嬢を迎え入れる執事の様だった。

 

 

(今のかっこいい~!)

 

 

 その見た目だけは。

 イメージ通りに上手く出来た事に、りせの脳内は歓喜の声で溢れる。

 

 そもそも、りせが車の免許を取ったのは、99%雪雫の為である。高校入学の皮切りに、上京することが決まっていた彼女を、それはもう甘やかし、もてなすため。様々な漫画や小説を読み漁り、そこに出てくる完璧な恋人…所謂、雪雫にとっての「スパダリ」を目指して。

 

 だから、このやけに格好つけて向か入れるその様子も、仕事で疲れたであろう雪雫を労う為に用意したフラペチーノも、その一貫である。

 

 

「美味しい…」

 

「でしょ~。夏の新作だってさ~」

 

 

 そう嬉しそうに呟く雪雫の表情を見て、ニンマリと口を三日月の様に釣り上げる。

 彼女が甘い物に目が無いことなど、幼馴染のりせからしたら、基本中に基本。1+1くらい簡単な問題だ。

 

 そこで普段慣れない仕事で疲れたであろう所に、好物であり疲労回復効果も見込めるモノを予め、当然の如く用意する…。

 これがりせの「対雪雫交際術」の1つである。

 

 因みに、こんな回りくどい事しなくとも、元々雪雫のりせへの好感度は上限を振り切っているし、一歩踏み出せば簡単に結ばれるのだが、雪雫の口数の少なさと、あまりにも長い時間を共にしたことが裏目に出て、りせはその事実に一切気付いていない。

 

 その様子が起因してファンからは「ゴール手前でパス回しを続ける女」「鈍感系ラノベ主人公」「逆RTA」「ヘタレ」と揶揄されている。

 

 

 

閑話休題

 

 

 

「そう言えば、帰る予定は決まった?」

 

 

 日が傾き始めている都会の街並みをコマ送りの様に飛ばしながら、りせは問う。

 

 

「うん。16日から1週間」

 

「じゃあ私は途中参加だな~。ちくしょ~、メジエドめぇ……」

 

 

 本来はお盆休みに合わせて帰ろうとしてたのだが、今回のメジエドの件でそういう訳にも行かなくなった雪雫。

 りせ達には「メジエドのテロが怖いから、怪盗団がそれを解決して状況的に平和になったら帰る」という何とも言えない理由を取り繕っていっる。

 

 

「仕事?」

 

「生憎ねぇ……」

 

「予定ずらして、ごめんね」

 

「いやいやいや! 雪ちゃんの所為じゃないよ! 気にしなーい、気にしない!」

 

 

 お盆明けというのもあって、外せない仕事があるのだろう。

 普段はそう感じさせないが、これでもトップアイドル。その実、多忙を極めている。

 

 

「直斗も忙しそうだった…。皆、集まれるかな?」

 

「連絡したら皆大丈夫そう、とは言ってたけど……。直斗と連絡取ったの?」

 

「ちょっと聞きたいことあって」

 

 

 雪雫はメジエドの件をかいつまんで、その時の様子をりせに話す。

 電話の向こう側で、関西弁か京都弁かどっちとも取れない女性にどやされていた、と。

 

 

「関西弁と京都弁が入り混じった女性? ………ほほう…」

 

「知り合い?」

 

「…うぇっ!? 何で!?」

 

「いや、だって…。なんか含みありそうだったから」

 

 

 基本的に天然で物事に無頓着な様に見える雪雫ではあるが、その実態は極めて聡明な少女。

 りせの態度に訝しんで、マジマジとその顔を見つめている。

 

 

「いや、ほら直斗も隅に置けないなぁって! きっと彼女とかじゃない?」

 

「………まぁそういう事もあるかな」

 

 

 ごめん、直斗!と内心で謝りながら冷汗を拭うりせ。

 雪雫の言っていた人物が誰なのかは、大体見当は付いているのだが、それを話した所で仕方が無いのだ。

 

 

「そうだ! 夜ご飯、何が良い?」

 

「……カレー」

 

「おっ、いいねぇ。このりせちーが直々に作ってさしあげよーう」

 

「辛く無いのなら、許可……」

 

 

 そんなありふれた会話をしながら、2人の乗る車は自宅へ向かって駆ける。

 足早に過ぎ去っていく景色を見送りながら、雪雫はふと思った。

 

 

(辛かったら、妙を呼んで食べて貰お)

 

 

 武見も武見で、りせレベルに辛い物を好む凶人である。




所謂日常回
番長に行っていた積極性は、雪雫には発揮されない様です

HAPPENING
・実際に存在する邦ロックバンドがモチーフ
・因みに作者の好きな曲はdollと下弦の月
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