PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
4月11日 月曜日 雨
先程まで空を覆うだけで済んでいた雲もついに決壊。
春の訪れを告げる満開の桜を散らす様に、雨が地面を打ち付けていた。
「あ………」
転入の手続きを済ませた学校へと向かう為、地下鉄から地上へと出た雨宮蓮は、空を見上げて小さく呟いた。
新居となったルブランを出た頃は、まだ雨は降っていなかった。
その時から淀んだ雲に覆われていたが、まだ荷解きが終わっていないし、傘一本の為に朝からするのも面倒くさい。かといって一日の為に買うのも勿体無い。
一縷の望みを抱いて、傘を持たずに出たが、失敗だった様だ。
昨日の教師陣の反応を見るに、自分はやはり歓迎されるような存在では無い。
初日から遅刻をして、只でさえ悪い印象をさらに悪くするのは愚策だろうと思い、早めに家を出た為、まだホームルームには時間がある。
キョロキョロと雨宿り出来そうな場所を探して、蓮は周りを見渡す。
駅の入口のすぐ近く。
そこにある雑居ビルの下に屋根があるのを確認し、小走りで向かう。
「…………」
制服に付いた水滴を払う。
少しでも雨が弱まればと、空を見上げていると、白いフードを被った女子生徒が蓮と同じ様に屋根の下に駆けてきた。
「………はぁ」
憂いを帯びた声が、女子生徒から漏れる。
その溜息が漏れ出ると同時に、女子生徒はフードを外し、その端正な顔を露わにした。
二つ結びにしたクリーム色の髪、長い睫毛。
ハーフか何かだろうか。
その容姿は、日本人と言うには、あまりにも顔立ちがハッキリしていた。
「…ん、付いてる」
蓮の視線に気づいた女子生徒は、彼を見るや否やそう呟き、蓮の前髪へと手を伸ばす。
「え……?」
急に迫る細長い指に戸惑いつつも、されるがままの蓮。
しばらくして離れていく彼女の指には、一片の桜の花びらがつままれていた。
「嫌な雨。折角綺麗に咲いたのに。散らさないで欲しいわね」
そう言いながら女子生徒は雨雲に覆われた空を仰ぐ。
彼女につられて空を見上げようと、視線を女子生徒から外したその時。
「あ―――」
視界の端に映った地下鉄の入口付近で、同じ様に空を仰ぐ小さな女子生徒が居た。
白い髪、白い肌。ここからは目視出来無いが、恐らく赤い目。
先日ルブランで見た、人形の様な女の子。
「あの子、また空を見てる」
蓮の隣の女子生徒も気づいたのか、空へと向けていた視線は、同じ人物へと注がれていた。
「有名なのか?」
「ちょっとね」
惣治郎は今年になって入学したと言っていた。
彼女の事を知っているという事は、この女子生徒は一年生なのだろうか。
そんな事を考えていると、蓮の耳に車のクラクションが届く。
「遅刻するぞぉ! 高巻、乗っていくか?」
次に聞こえたのは快活そうな男の声。
車の窓から出てきたのは人当たりが良さそうな笑みを浮かべた恰幅の良さそうな男。
「―――はい」
隣にいる女子生徒は高巻というらしい。
学生の名前を知っているという事は、秀尽学園の教師――、少なくとも関係者なのだろう。
高巻は、少し考える素振りを見せたものの、僅かな笑みを浮かべて男の乗る車へと乗り込む。
「天城もどうだ?」
「―――――」
男の声は良く響くが、天城と言われた少女の声は小さいらしく、蓮には聞こえない。
しかし、天城が小さく首を振っている辺り、断ったらしい。
「そうか」
短く呟き、男は車を走らせる。
車が行ったのを確認して、天城もそのまま同じ方向へと歩き出した。
「っ。鴨志田の野郎…!」
ふと、誰も居なくなった筈の蓮の元に、新たな声が加わる。
ポケットに手を突っ込み、髪を金髪に染めた、素行の悪そうな男子生徒。
「かもしだ?」
「今の車だよ、鴨志田だったろ? 好き勝手しやがって…。お城の王様かよ」
どうやら高巻に声を掛けた男は鴨志田というらしい。
この男子生徒の口振りを見るに、相当の恨みを買っているみたいだが―――。
「そう思わねぇか?」
「……ええと…」
転入初日の蓮に、学校の環境や人間関係など分かる筈も無い。
男子生徒の話に付いていけず、困惑していると、男子生徒は不思議そうな表情を浮かべる。
「んだよ、反応悪いな…。お前秀尽だよな?」
「秀尽学園の事?」
「学年は―――」
金髪の少年は蓮の胸元に付いている学年を表すバッジを見て「タメかよ。」と一言。
「見ねぇ顔だな……。何組だ?」
「まだ聞いていない。」
「まだ?」
しばらく考え込む素振りを見せた後、合点がいった様に少年は「ああ!」と声を上げた。
「お前、例の転校生か!」
「うん」
「んじゃあ、知らない訳だ!」
朗らかな笑みを浮かべる少年に、蓮もつられて笑みを浮かべる。
見た目だけは素行が悪そうに見えるが、話していると素直で良い奴みたいだ。
ひとしきり会話を交えた後、蓮と金髪の少年は、足早に学校へと向かった。
それが戦いの始まりであるということも知らないまま。
・
・
・
これが蓮にとっての最初の仲間との出会い。
この後、現実のものとは思えない光景を、そして体験を目の当たりにするのだが、それはまた別のお話。
「ふわぁ……」
裏で起きている事件は露知らず、睡魔を誘う先生の声を聞きながら、その瞳を僅かに濡らしていた。
――――少女が舞台に上がるのは、まだ先の事。
▼
同日
秀尽学園高校 生徒会室
朝に降っていた雨は止んだものの、未だに分厚い雲に覆われている空。
こんな天気じゃ何も見えないだろうな、と雪雫は呑気に考えながら、立場で言うと直属の上司に当たる少女の話を流し聞きしていた。
「―――実りある学園生活を送れる様、切に願っております。以上、秀尽学園高校生徒会長、新島真」
ふぅっと何処か満足気な表情を浮かべて、どうかしらと自信あり気に雪雫に視線を送る真。
「固すぎ」
溜息を吐きながら、真の期待をバッサリ。
「そ、そうかしら…。今まで通りにやってきたのだけれど…」
不服そうに眉を顰める真に、再び「はぁ」と溜息を吐く雪雫。
「ただの球技大会。簡単で良い」
先程まで真が雪雫に聞かせていたのは、明後日に控えた学園全体の行事である「球技大会」で行われる生徒会長の挨拶。
球技大会の運営を生徒会が請け負うのは、雪雫からしてみれば甚だ疑問だが、それに意見を言える様な立場じゃないし、立場であっても言う気は無い。
兎に角、生徒会を中心に球技大会を運営しなければならないのだが、その仕事内容に含まれる開催前の挨拶が何とも退屈で、お堅いものだった。
「ここはビジネスの場じゃない。聞かせる相手は同じ学生。真面目過ぎ」
「うぅ…、なら雪雫が文を考えてみなさいよ!」
仕返しの様にそう言われた雪雫は、手に持つシャープペンシルをクルクルと回しながら、思考を回す。
「………みんな、頑張って」
「それは簡潔過ぎ」
極端なんだから。と呟き、何処か出来の悪い妹を見るような目で見つめる真。
「うん、まぁ良いわ。まだ時間あるし、もう少し柔らかい言葉で作り直してみる」
「その方が良い」
自宅で書いたであろう原稿をクリアファイルに仕舞うのを眺めながら「パソコンで打てばいいのに」と雪雫はぼんやりと考えていた。
真に伝えても良かったが、いちいち突っ込んでいると時間がいくらあっても足りないと踏んだ彼女は、出掛かった言葉をそのまま飲み込んだ。
「さてと、今日はこんな所かしらね」
「お疲れ様」
「雪雫もね。えぇと、次は……」
鞄から取り出したスケジュール帳(意外にも可愛らしい)を眺める真。
彼女から出るであろう続きの言葉を待って、自身の鞄を抱えながら雪雫は足をぶらぶらと遊ばせていた。
「14日…、部活の予算決めか……」
「14日…」
僅かに申し訳無さそうに、眉を顰める雪雫の様子に、真は首を傾げる。
「都合が悪い?」
「………ん、仕事」
そっかぁ、と少し残念そうに呟くも、それも一瞬の事。
真はすぐに切り替えて、申し訳無さそうにしている雪雫を安心させるように柔らかい笑みを浮かべた。
「大丈夫よ。急に決まった事だしね。それに予算決めって言っても大したことないわ。毎年一緒だから」
実績のある部活に予算は多く割り振られ、そうでない部活には……。
仕方無い事とは言え、随分世知辛い構造だ。
きっと、今年も予算の大部分がバレー部へと注がれるのだろう。
「ん、ごめん。ありがとう」
「さ、帰りましょ」
冬は明けたとは言え、時期はまだ早春。
分厚い雲も相まって、重く暗くなっていく空を眺めながら、二人は学校を後にする。
「そういえば、何のバイトをやっているの?」
「…?」
「ほらさっき、仕事って」
歩幅を揃え、駅に向かっている途中、先程の雪雫の言葉を思い出し、真は疑問を口にする。
口下手の雪雫の事だから、接客業では無さそうだが、かといって他の仕事をしているイメージも浮かばない。
単純に、純粋に、興味が湧いたのだ。
「ん……」
真の質問は難しくないモノの筈なのに、珍しく彼女は言葉を選んでいるかの様に考え込んでいた。
「………自由業?」
「自由業…」
「うん、多分」
釈然としない言い方に、ますます興味が引かれるが、もう時間も遅い。
聞くのはまたの機会にしようと、己の気持ちに決着を付け、真は雪雫を連れ、地下鉄の改札へと下って行った。
◇◇◇
4月13日 水曜日 曇り
力強いスパイクがネットの上から放たれる。
体育館全体に響き渡る程の音と共に、ボールは勢いを一切殺す事無く、黒髪の男子生徒に向かい、その細い身体を吹き飛ばした。
「………ん」
口に咥えた笛を短く鳴らし、右手を水平に上げて、ボールインの意を伝える。
「よぉし!!」
審判―――、雪雫のハンドサインを見るや否や、点を取ったチーム。つまりは鴨志田のチームからどっと歓声が沸いた。
その歓声は鴨志田の活躍に対しての女子からの黄色い声。その中心に居る彼は、満更でもない様子で、女子生徒一人一人に目配せしていた。
「………」
鴨志田チームとは対照的に、相手のチームはしっかり意気消沈しており、皆一様に沈んだ表情を浮かべていた。
そしてそれは。
「つまんない」
雪雫も同様だった。
秀尽学園での恒例行事であるという球技大会。
当日は授業が無いという事もあり、少し楽しみにしていた雪雫だったが、蓋を開けてみれば授業の方がマシだっただろう。
なぜならば、元バレーボール選手。日本が誇るメダリストである鴨志田。
そんな彼が、彼だけが活躍し、称賛される、慰めにも等しいイベントだったからだ。
心が躍る接戦も、目を奪われるようなファインプレーも、そこには存在しない。
このイベントの主役は他でも無く鴨志田。
自身をちやほやする女子生徒は彼の所有物。そうでないものは彼の餌。という所だろうか。
「……早く終わらないかな」
誰にも聞こえない様に小さくぼやきながら、笛を再び咥えて、ピっと鳴らした。
・
・
・
「あいつも浮いてんなぁ……」
体育館の隅にしゃがみ込みながら、金髪の少年「坂本竜司」は審判を務める背の低い少女を眺めていた。
「あいつ?」
「ほら、鴨志田のとこの試合で審判やってる―――」
「ああ、あの子か。知っているのか?」
「詳しい事は何も。ただ、殆ど口を開かない上にあの仏頂面…、それが誰に対しても、だ。どんな環境を生むか、お前なら分かるだろ?」
「……ああ」
彼女も自分達と同じなのだろう。
誰からも理解されず、周囲から誤解され、その誤解故に寄り添う者は存在せず、孤立する。
自分自身、竜司と出会い、同じ力に目覚めていなければ、こうして語り合う事も無かっただろう。
「つっても、俺らに出来る事は無いけどな。はみ出し者の俺らが声を掛けた所で、なぁ?」
再び、竜司はつまらなそうにしている(様に見える)白髪の少女に目を向ける。
試合は終わった様で、勝ったチームも負けたチームも同様に、談笑に花を咲かせているが、誰も少女に近づこうとはしない。
彼女を見ながら、ふと、蓮は思った。
そういえば、彼女の名前を知らないな、と。
「竜司、彼女の名前を知っているか?」
「ん? ああ。それ位なら知ってるぜ。何かと有名人だからな」
老舗旅館を実家に持つ箱入りのお嬢様。
主席での入学。
日本人離れした容姿。
入学前から何かと注目を集めていたらしい。
しかし、何処か引っかかる。
重大な何かを見落としている様な――――。
「名前は確か―――天城…、天城雪雫だ」
「天城、雪雫」
噛みしめる様に名前を繰り返す。
その名前が記憶に定着する様に、忘れない様に。
「ああ、そうだ。ビックリするよな! あの有名な人気歌手と同じ名前――――。……ってマジか?」
その名前が自身の記憶に深く刻み込まれたその時、頭に掛かっていた靄が晴れた様な気がした。
この小説では明かされない4月12日の出来事
竜司はペルソナ能力に目覚めた!
戦車(竜司)のコープが生まれた!
愚者(イゴール)のコープが生まれた!