PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
8月10日 水曜日 晴れ
「何回も侵入して……マスターごめんなさい!」
もう何度目かも分からない佐倉宅への侵入。
最早、不法侵入の罪悪感が薄れてきた一同だが、それも今回で最後。
「間違いない。パレスの扉と同じだ」
双葉の自室の扉に掲げられた「DO NOT ENTER」と書かれたプレート。モルガナの言う通り、パレスの最後の扉と一致する。
つまり、この扉が佐倉双葉にとっての心の壁そのものであり、絶対の防壁。その内側に怪盗団が踏み入れたという認知を本人に与えれば、パレスにも影響が出る筈だ。
「双葉……、返事して」
雪雫が扉を軽くノックするが、やはり反応は無い。
「双葉……アリババ、居るんでしょ? チャットでも構わないから返事をして」
雪雫に代わって、今度は真が扉を叩く。
反応が無い様に思われたが、ふと蓮のスマホが振動する。彼女からのメッセージだ。
『来るなら先に言え』
「………むぅ」
「雪雫…、もしかして無視されてんじゃね?」
「五月蠅い」
竜司の茶化した様な言葉に、思い当たるところがあるのか、雪雫は拗ねた様にそっぽを向く。
これから大仕事だと言うのに関わらず、緊張感の無い2人の光景に、真は溜息を零した後、再び双葉と対峙する。
「心を盗むためには、ここを開けてもらわないといけないの。そうしないと、改心出来無いから、私達を部屋に入れて頂戴?」
『心の準備が出来ていない!』
「心の貴女が、開けて貰えと言っていたわ。貴女、本当は開けたいって思ってるんじゃないの? 私達は約束を果たそうとしているだけ。それを拒んでいるのは貴女」
『少し時間をくれ―――』
「10秒!」
何とか逃げようとする双葉と、そうはさせまいとすかさず詰める真。
その光景に何処か既視感を覚え、双葉に同情する雪雫。こうなった時の真は怖い事を身を持って知っているのである。
『短い! 3分くれ!』
「分かった…。ただし、マスターが来たら、蹴破ってでも入るからね! 雪雫が!」
「何で私」
「そういうの得意でしょ?」
「それは―――。いや、何でもない」
それが適任なのは世紀末覇者先輩の方では?と雪雫は思ったが、それ以上は口に出さなかった。
真の顔が怖い。
~3分後~
「アリババ、時間よ」
『……分かった、開ける』
開かずの扉かと思われたドアが、音すらも立たない程のゆっくりとした動作で開く。
本人の姿は変わらず見えないが、扉の隙間から足の踏みが無いほど散らかった床が僅かに見える。
一同はお互いの顔を見合わせ、それぞれの意思を確認した後、双葉の領域に踏み込んだ。
「…医学、情報工学、生物学、心理学………」
「専門書ばかりね…」
部屋の隅に乱雑に置かれた多数のゴミ袋。所せましに積まれた本の数々。昼間にも関わらず閉ざされたカーテン。空調は効いているが、換気していないのか、籠った空気が充満する双葉の部屋。
「双葉は何処だ?」
祐介の言葉に雪雫達は部屋を見渡すが、肝心の主の姿は見えない。
「何処に隠れて―――」
「押し入れ。気配がする」
「気配って…、お前は忍者か何かかよ……」
言い当てられたことに驚いたのか、雪雫が言った押し入れの中から物音が響く。
「あくまで引き籠るか…」
「あの扉が開いたところで、中でまた足止め食らうぞ。オタカラの目の前に、柵でも出来ているんじゃないか?」
折角招き入れて貰えたのに、双葉本人に会えなければ意味が無い。
パレスの例の防壁は、文字通り彼女の心の壁。双葉自身が、怪盗団である蓮達と直接会わなければ、確実とは言えない。
「意味が分からないぞ! 説明しろー!!」
「喋った…」
「貴女の認知を変える必要があったの。そうしないと盗むことが出来ないのよ」
「説明したところで到底、理解出来るとは思えないが―――」
「つまり、私の認知が障害となっていて、認知世界の核に到達出来ない…ということか?」
「? 知ってるの?」
予想外の反応が返ってきた事に、何時もは表情が乏しい雪雫の顔も驚愕の色に染まる。
一般人には、ましてや年端もいかない少女では、決して知り得ないパレスの仕組み。それを少ない情報で彼女は導き出したのだ。驚かない方が無理な話だ。
「…………」
雪雫はその事に疑問を示したが、双葉からの返事は無い。
「ねぇ、双葉、教えて。認知世界の事、どうして知ってるの?」
「…知ってたから」
「…やっぱり、無視されてるよな?」
「…………黙って」
雪雫が問えば沈黙し、真が問えば答える。
もう黙っていようか。そういじける雪雫を余所に、会話は続く。
「あ、そういえばマスター、前に認知がどうとか話してたんだよね?」
「マスターが問い詰められていた件と、何か関係があるのか?」
「……もしかして…、亡くなったお母さんが、認知科学の研究を?」
「認知『訶』学な! 科学の『科』じゃないぞ! 摩訶不思議アドベンチャーの『訶』な! そこ大事」
「急に喰い付いてきたな……。だが、どうやら当たりだ」
双葉がイセカイの仕組みを知っている理由は分かった。しかし、それと同時に別の疑問も浮かんでくる。
それ即ち、母親に何があったか。
「双葉教えて、お母さんに何があったの?」
「………………」
「…真、気になるのは分かる。でも、それを聞くのは後」
「……そうね…」
母親の死を切っ掛けにこうなってしまったのだ。改心する前に問いただしたとしても、そこから得られるのは歪んだ答えのみ。
マスターから聞いた母親の人物像と、パレスで知った認知上の母親の姿が合わないのも、その歪みから来るものだろう。
「取り敢えず、双葉にここも開けて貰って、予告状を――」
雪雫は双葉が居るであろう押入れの前で、その扉を指でなぞっていると…
「さ、さぁ、盗め!!」
「んむっ」
勢い良く中からオレンジの髪を携えた小柄な少女が飛び出してきた。
両手を勢いよく広げ、押し入れの前に居た雪雫に抱き着く形で。
雪雫と双葉の身長差は10cmほど。
頭半分ほど低い雪雫の目の前には、双葉の震える唇が。もう少しタイミングがズレれば頬に当たってしまったであろう近さだ。
「ほ、ほわぁ!? あ、天城雪雫か…! ……え、ちっさ!! というか、な、何故…私の腕の中に!?!???!」
「………そっちが飛び出してきた。それに、私は小さくない…小学校の時から成長しないだけ」
「それを一般的には小さいというのだろう!」
意図せず雪雫に物理的に接触した双葉は、その腕の中に居る体温に気付いてすかさず距離を取る。
「えっと…何してんだ?」
「ぬ、盗みに来たんじゃないのか!?」
その光景を見ていた蓮達は、何をやっているんだろう…という表情で2人のじゃれ合いを眺める。
小さい少女達のそのじゃれ合いは、蓮達からすれば微笑ましいものにしか見えない。
「えっと…、心を盗みに来たんだけど、今ここで盗む訳じゃなくて…。そんな風にしなくても、開けてくれればよかったの。早とちりさせてごめんね……」
「そ、そっか…! ………すまん」
肩を落とし、雪雫に謝罪を入れると、双葉は後退して再び押し入れの中に閉じ籠る。
「ならば、お前ら…、どうやって心を盗むんだ?」
「現実とはまた別の、人の認知で構成された別の世界で、その人の欲望を消滅させる」
「認知する別の世界が在ることは知っている……。お前ら、行けるのか? 行けるのならどうやって?」
「アプリで行くんだよ。名前と場所と歪み…。その情報を入れれば行けるんだよ」
「双葉の場合は、佐倉双葉、佐倉惣治郎宅と…あとはそこをどう思っているか、だね」
中途半端にその存在を知って居る以上、自分達がどういう手段を取っているかは伝えた方が、不安も多少解消されるだろう。
今更隠し事をする必要も無い為、怪盗団は彼女にありのままを伝える。
マスターの言う通り、頭の回転が早いらしく、双葉は困惑しながらも冷静に情報を飲み込んでいた。
「私も連れてってくれないか?」
「………ダメだ」
自分から外に行きたいと申し出てくれるのは有り難いが、その行き先はシャドウが闊歩するイセカイ。
力を持たない、ましてやパレスの主である本人を連れて行くのはリスクが高すぎる。
「大丈夫だって。俺達に任せときゃいいんだよ」
「……じゃあ、任せた」
双葉の方から部屋に招き入れて貰い、本人と直接会う事も叶った。これでパレスの最奥まで続く道は開かれ、オタカラまで一直線で行けるだろう。
前提条件をクリアした怪盗団は、双葉に予告状を渡すと部屋の外へと向かう。
「…………」
1人、また1人と外に出た蓮達の背中を見送り、1人残った雪雫は、押し入れの前に立ち止まり一言。
「今度は私が助ける番」
そう、言い残した。
▼
双葉の防壁を解除し、ついに心の最奥へと踏み入れた怪盗団。
場所にして、ピラミッドの頂上付近だろう。エレベーターの様なもので上に上がると、現実の双葉の部屋の様に薄暗く、狭い空間がポツンとあった。
そしてその中央には光り輝く棺…オタカラと思わしきものが。
「オタカラ~!」
「これが、双葉の歪んだ認知の核…」
オタカラを目の前にして、何時もの様に目を輝かせるモナと、同じ様に興味を示す雪雫の姿。
今までの悪人とは違い、双葉のシャドウの姿も無ければ、敵が出てくる様子も無い。このまま呆気なくオタカラを奪って改心…、と思われていたが、そう現実は簡単に出来ていないもの。
「…今のは……?」
獣のような雄叫びと共に、ピラミッド全体が大きく揺れる。
「この感じ…嫌な予感しかしねぇ……!」
再び響く怒号。
一同はその音源がある上…、閉ざされた天井を見上げる。すると次の瞬間、大きな崩壊音と共にジョーカー達に灼熱の日差しが降り注いだ。
「…………」
天井が崩れた……、いや取り除かれたという方が正しいか。
暗がりに差す一条の光を眺めていると、次第にそれを遮る様に巨大な何かが現れる。
理知的な眼鏡とは対照的に、憎悪に染まった血走った眼球。綺麗に整えられたおかっぱの黒髪。
人だ、それは人の…妙齢の女性の顔だった。
『フゥゥタァァバァァァ!』
しかしそこから発せられる声は、理性は欠片も存在せず。獣の様に、感情のまま彼女の名前を叫ぶのみ。
先程の唸り声の主だろう。
「シャドウ……? …違う、誰!?」
「フタバじゃない…! これは…!!」
人の顔をした獣は怪盗団の姿を見るや否や、その巨大な拳をピラミッドに振り落とす。
施設全体に激震が走り、まるでブロックの様に崩れ落ちていく天井。巨大な瓦礫が、人など簡単に吹き飛んでしまう様な暴風が、一同を襲う。
「っ! 乙女の加護を…!」
それにすかさず反応したウィッチは、皆を守る様に自身のペルソナを召喚。振りかかる脅威を払う様にジャンヌ・ダルクは旗を掲げ、メンバー1人1人に防御の加護を付与する。
「サンキュー、ウィッチ!」
次第に全ての瓦礫が取り除かれ、その全貌が明らかになった。
顔は妙齢の人間の女性なのだが、問題はその体躯。背中には翼が生え、その四肢は獰猛な肉食獣そのもの。そして何より脅威はその大きさ。全長にして、30m程はあるだろうか。
翼が羽ばたく度に暴風が吹き荒れ、その声が発せられる度に空気は激しく振動する。そして石造りのピラミッドを簡単に切り崩す強靭な四肢。
単純な暴力、圧倒的な捕食者。そう言わざるを得ない程、巨大な獣。
そんな怪物が今、こちらに敵意を向けている。
「っ、シャドウじゃねーなら、コイツは何なんだ!?」
「認知だ! フタバが作り出した、認知の化け物だ!!」
「認知上の…双葉の母親………!!」
「来るぞ!」
全てを粉砕するその巨大な拳が、怪盗団に向かって振り下ろされた。