PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
全てを砕く一撃が、怪盗団に向かって勢いよく振り下ろされる。
「ペルソナ!!」
迎え撃つは、防御に長けたウィッチのペルソナ「ジャンヌ・ダルク」。
彼女は獣の拳をその旗で受け止めた。
「…んぅ…、ぐっ………」
しかし、受け止めたと言っても余裕がある訳では無い。怪盗団の中では一番適任だったから、そうしただけ。
今も尚、受け止めているジャンヌの主、ウィッチはその端正な顔に苦悶の色を浮かべている。
ペルソナとは自分の分身そのもの。出現させるだけで、体力がある程度消費するのに加え、そのペルソナ本体に何かあれば、フィードバックされるのも自分自身。
自身のスキルとクイーンからの支援魔法による防御の重ね掛け。しかし、それを持ってしても完全に受け止める事は出来ず、その両手に僅かに痺れが生じる。
「ヨハンナ!」
「威を示せ、ゾロ!」
重い一撃に圧され、ジャンヌ・ダルクの両腕が僅かに下がったその時、クイーンとモナが硬直状態の獣に向かって、それぞれ魔法を放つ。
だが、獣の勘と言うべきか、それが当たる寸前で、化け物は翼を羽ばたかせ、再び空中へと退避した。
「逃がすか…!」
すかさずジョーカーが自前のトカレフで追撃するが、獣の体躯を捉える事は無く、弾丸は虚空へと消えていく。
先程からずっとこの調子だ。
空を支配する化け物は、気まぐれにこちらに攻撃をしてきては、反撃を回避する様に空へと逃げる。
地上に留まるならまだしも、空中に居られては、怪盗団としても攻撃の手立てが銃撃に限られる。しかしそれも、巨大な化け物にとっては豆鉄砲に等しい。
防戦一方。戦局としては芳しくない。
「ウィッチ!!」
「……まだ、大丈夫」
いくらペルソナが守る事に長けていても、そう何度も何度も繰り返していれば、次第にその力にも限界が来るというもの。
疲労からか、震える両腕を必死に抑えながら、ウィッチは気丈に振る舞う。
一度でも攻撃を通してしまえば、無事では済まない。
それを彼女は理解しているのだ。
「ウィッチももう限界だな…」
「……ああ」
「しかし、仮にワガハイ達が代わったとしても、アイツほど粘れるかどうか…」
「…………」
正直言ってジリ貧だ。
こちらの攻撃は届かないのに加えて、向こうの攻撃に対抗する手札もジリジリと減っていっている。
見通しが甘かった、とジョーカーは歯を食いしばる。
(あと1つ、あと1つでも手札があれば―――)
疲労困憊の仲間達を見て、過去の己を戒めていた、丁度その時。
「………え?」
困惑した様なクイーンの声と、年端もいかない少女の息切れが耳に入った。
「双葉……? 入ってきたの…?」
続いたウィッチの声に、仲間達が一斉に後ろの階段の方へ視線を向ける。
そこには現実の彼女と何ら変わりのない、ここでは場違いな程、ラフな格好をした双葉が居た。
「……うん…」
「本人がパレスに来るだと…? そんな事したら…」
認知世界が書き代わるか、最悪は崩壊か。
何にせよ、自身の心の中にその本人が居るんだ。内面世界であるパレスにも影響が出るのは間違い無いだろう。
「あれは……」
そんなモルガナの危惧を余所に、双葉は空を駆る化け物…自身の母親に目を向ける。
自分の記憶上の母親と瓜二つの顔。
仕事している時、ご飯を作ってくれている時、そして…車に轢かれたあの時。
様々な記憶が、化け物を切っ掛けにフラッシュバックする。
『お前が殺したんだ』
『貴女の所為』
そんな大人達の、恨みつらみを込めた言葉が頭に響く。
そう、母親が死んだのは私の所為。
私が居なければ、母は死ぬことは無かった。
そんな薄暗い感情が、今も双葉の胸中に渦巻く。
「私の所為で…、私の所為で、お母さんが………」
力無く地べたに座り込む双葉の元に、すかさずウィッチが駆けつける。
その震える身体を落ち着かせる様に背中をさするが、そんな彼女に追撃をする様に化け物が口を開いた。
『そうだ! お前が私を殺した!!』
「やはりアレが母親か!?」
「…欲望と罪悪感が認知を歪ませたんだろう…。死んだ母に生き返って欲しいという願いと、気味悪い罵声が入り混じっている…」
子どもながらの荒唐無稽で純粋な、母に傍に居て欲しいという願い。
それが歪みに歪んで、こういう形で心に住み着くとは、何たる皮肉か。
『死ぬのよ! お前は、嫌われ者!!』
「…………」
『生きてる意味なんて無い! 誰にも必要とされてない!』
「………誰も、私の事なんて…………」
存在の否定。
認知上の、その身体が化け物だとしても、母親の口から放たれたその罵声は確実に双葉の心を打ち砕いた。
足場が崩れ、深淵に沈んでいく自身の心。
もう母の言う通りに死んでしまおうか。そんな事すら脳裏に過ぎったその時、双葉の頬に温かな手が添えられた。
「私が居るよ」
透き通る様なソプラノボイス。音色を乗せて人々の間に響き渡る少女の声。自分が塞ぎ込んだ時にたまたま聞いた、あの時の優しい声。
「……え?」
顔を上げると、そこには人工的に造られたのかと思わず考えてしまう程の綺麗で温かな笑みを浮かべた少女の顔。
透き通る様な紅い瞳が、真っ直ぐにこちらに向けられている。
「貴女を必要としている人間なら、ここに居る」
「………雪雫…」
「双葉が居なきゃ、私の活動は行き詰っていた。とっくの昔に、悪い大人の餌食になっていたかも。…でも、そうはならなかった。それは、貴女が居たから」
自身のコートを双葉の肩にそっと羽織らせて、帽子とマスクを取り、ウィッチとしてでは無く天城雪雫として、双葉に語り掛ける。
「私以外の人だってそう。ここに今こうして皆揃っているのは、貴女が切っ掛けを与えたから。マスターが憑き物が取れた様に私達にお母さんの事を話してくれたのも、貴女が居たから」
「…………」
「一生懸命育ててたって、マスターは言ってた。本当に、貴女が思う程、お母さんは酷い人?」
「わ、私は………」
穏やかな少女の声と、脳裏に響く大人達の声が相反する。
少女は自分を肯定する。
大人は自分を否定する。
「お母さん…私は………!」
二種類の声のせめぎ合いは、頭が破裂してしまうほど激しく高ぶる。
少女の声は温かく穏やか、しかしそれに対して大人達の声は冷たく、それはどこまでも現実のもので……。
―――本当に?
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『自殺したのは、お前の所為。研究の邪魔をしたから』
気付けば目の前には天城雪雫では無く、自身と同じ顔をした存在…、認知世界の自分が居た。
『何故自殺だと思った?』
「……遺書」
そうだ、遺書だ。
顔も見た事無い黒い服を着た大人に見せられた遺書。
私への…、一色双葉に対する恨みの言葉。
『お前は、辛くて、ショックで、目をそらした。だが、黒い服の大人は延々と読み上げた。大勢の親戚の前で』
そう、だから私は親戚の家にも居れず、何処にも居場所は無く―――。
『よく考えろ。あの遺書は本物か? 本当に大好きだったお母さんが書いたのか? あんな酷い事、一度でも言われたか?』
………無い。
怒られた事もあったし、構ってくれない事もあったけど、その裏には常に優しさが見え隠れしていた。
忙しい身でありながらも、自分自身とちゃんと向き合ってくれていた。
『ならばあの遺書は?』
「…真っ赤な偽物だ!」
『お前は利用されたんだ! 遺書を捏造し、死を擦り付け、幼い心を傷つけ踏みにじった! 怒れ! クズみたいな大人を許すな!』
そう考えると途端に怯えるのがバカバカしくなった。
そう考えると、今までの時間は何だったんだと、怒りさえ湧いてきた。
なんで、なんで……。
私があんなことを言われなくちゃいけなかったんだ!?
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「う、うぅ……」
座り込んでいた双葉が、ゆっくりと立ち上がる。
「下がってて、危険だから」
すかさず雪雫が、その小さな身体を必死に奮い立たせて、守る様に立ち塞がる。
「私は……」
「…双葉?」
「私はもう…歪んだ上っ面なんかには騙されない…。他人の声にも、惑わされない……! 自分の目と心を信じて、真実を見抜く」
ゆっくりと、足を前に進める。
一歩一歩、踏みしめる様に。
後ろに守られる様に控えていた双葉は、次第に雪雫の横に並び立ち、そして、化け物と相対する様に前に立った。
「お前なんて、お母さんの訳ない! 腐った大人が創った…、偽物だ! 絶対…、絶対に……許すもんかっ!」
ふと双葉を包む様に、頭上から光が降り注ぐ。
上に視線を向ければ、そこには青白く発行した円盤の飛行物体。
所謂、UFOの姿。
「お…、おぉ? おおおお!」
「………なにあれ」
「ユーフォ―…、かな?」
UFOから伸ばされた触手は双葉を優しく抱え、自らの中へ彼女を迎え入れる。
先程のシリアスな雰囲気と比べて、妙に気の抜けた双葉の声に、雪雫の張り詰めていた雰囲気も僅かに和らいだ。
「双葉!?」
「大丈夫だ…! こりゃぁ……」
傍から見れば連れて行かれた様にしか見えない光景だったが、一早く状況を理解したモナの言葉に、蓮達も遅れて理解した。
ペルソナ能力に発現。
自分達と同じ様に、理不尽に憤り、叛逆の意思が心に生まれたのだ、と。
『お願い…、手伝って! アイツを、やっつける!!』
「ああっ!」
求めていた手札を手に入れた怪盗団は、再び化け物と対峙する。
▼
双葉のペルソナ「ネクロノミコン」は戦闘機能は備えていない。その代わりに、情報支援と戦闘支援に特化したハッカーである双葉らしい性能となっている。
ましてや、ここは双葉自身の心の世界。
己の心を確立し、ペルソナ能力を有した今の双葉にとって、世界を書き換える事は造作も無く。
『今度は私達のターンだ! フィールドに、最終兵器を召喚!!』
そう言う双葉のペルソナ、ネクロノミコンから生み出されたのは、巨大な砲塔を持った武骨な兵器。
「大砲か!?」
『双葉特製、対巨大認知生物用長距離魔砲、だ!』
「……今考えた?」
『うん…じゃなくて! この中で魔法が得意なヤツは誰だ!? 出来れば殺傷能力が高いの!』
そう聞いた皆の視線が、一斉に雪雫に集まる。
「……私?」
「いや、だって…ねぇ……」
一同、全く同じ光景が浮かんでいる事だろう。ひとたび呪詛と共に指を振るえば、並大抵のシャドウは絶命する程の魔力を持った、魔人『アリス』。
無残に命を散らしていくシャドウを、ジョーカー達は何度も見てきた。
『相手は認知上の怪物! 倒した所で現実に何の影響も出ない! 後先考えずぶっ放せ!』
・
・
・
『まるでカシマ作戦、だな!』
「……何処かで見たことあると思ったら………」
絶え間なく続く天空からの攻撃を、双葉の力で退けながら、時間を稼ぐ怪盗団。
皆が戦うその後ろで、雪雫は砲台の横に備え付けられた引き金に手を添え、モニター越しに映る怪物を眺めていた。
「弾は?」
『さっきも言ったがそれは魔力で動く。何時も通りにペルソナの力を行使すれば、自動的に弾へと変換される。…私の支援も無限では無い……あと数回、あいつの攻撃が来たらこの兵器の維持も難しくなるだろう。だから―――』
「やるなら一撃で」
『そういう事だ』
そっと、冷たい銃口に指を掛ける。
「………双葉」
『どうした?』
「いいの?」
雪雫の短い言葉に込められた意味を、双葉は一瞬で理解した。
歪んだ認知の産物とは言え、砲台の射線上に居るのは母親の顔をした生き物。双葉にとっては2度目の、母親の死を直接見る事になる。
その覚悟はあるのか。
彼女はそう聞いているのだろう。
『…ああ、勿論だ。やってくれ』
「了解」
言葉と同時に雪雫の背後には嗜虐的な笑みを浮かべる魔人の少女。そして、その少女から漏れだす黒い何か。十中八九、アリスの魔法だろう。
それは一つも余す事無く、大砲へと吸収されていき、次第にその砲身が魔力で満ちていく。
「万能属性、呪怨属性、装填。彼女の魔力を、呪詛の全てを乗せる」
『照準はこちらで合わせる! 合図をしたら撃ってくれ!』
シャドウとの戦闘時でも、ここまでして放つことは無かった彼女の力。その全てを1つの弾丸に凝縮して、練り込んで。
『…………OKだ! 今だ、撃て!!』
「―――Fire.」
ふと、世界から音が消えた。
いや、実際に消えた訳では無い。そう錯覚してしまう程の、絶大な威力を持った魔弾が化け物に向かって放たれた。
その黒い閃光は周りの空間を歪め、暴風を巻き起こしながら、凄まじい速度を保ったまま、真っ直ぐ進む。
そこ知れぬ呪力を持った魔人の力を、アリスの『死んでほしい』という願いを一点に凝縮した弾丸は、確実に化け物の心臓を撃ち抜いた。