PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
触れただけで死をもたらしてしまう程の、強大な呪力を持った弾丸は、間違い無く化け物の心臓を撃ち抜いた。
うめき声をあげるすら間もなく、空を駆っていた巨大な体躯は、重力に従って落ちていく。
「さようなら、弱かった過去の私」
力無く落下していく己の歪みの象徴を眺めながら、少女は呟く。
今日、化け物の死をもって、過去の自分とは決別だ。
これからは、自分の足で、自分の目で世界を歩き、自分自身で未来を選びとる。
そんな決心が、佐倉双葉の顔から伺えた。
「スゲェじゃねぇか、双葉! お前が居なかったら正直危なかったぜ!」
興奮した様子で金髪髑髏がこちらに駆け寄る。
いや、彼だけじゃない。言葉にはしていないが、怪盗団のそれぞれの顔から安堵と感謝が入り混じった感情が感じ取れる。
温かい。
「……メジエド…、だったな?」
さて、感傷に浸るのも程々に、こいつらがここに来た本来の目的…最も天城雪雫は二の次で良いとは言っていたが、それではこちらの気も済まないというものだ。
まぁ何にせよ、何時までもここに居てもメジエドの件は解決しない。
一先ず、現実に帰らなければ。
「…何処へ行くの?」
「帰る。ナビの使い方、わかったし」
マイペースに歩き出した双葉は、クイーンの疑問に対して「当然だろう」という様な口ぶりで言葉を紡いだ。
そのまま彼女の行動を見守っていた蓮達だったが、そのマイペースな態度を崩す事無く、双葉はパレスから姿を消す。
「マイペースな奴だ」
「お前が言うな…」
双葉がペルソナ使いとして覚醒した以上、歪んだ認知は取り除かれたも同然。
想定とは違う形となったが、結果として改心に成功した怪盗団も、双葉と同じ様に現実に帰ろうとする。
が、1つ大事なことを思い出し、クイーンは口を開いた。
「…あ、そういえば、雪雫は? さっきから存在感無いけど……」
「ああ…彼女だったらあそこでのびているぞ」
そう言うフォックスの視線の先、何時もの白髪を床に散らして、地面にうつ伏せで倒れ伏している雪雫。
「………雪雫…?」
「ガス欠。動けない」
それを聞いてクイーンは深く溜息を零す。
どうやら本当に、彼女は後先考えず、その全てを魔弾に乗せたらしい。
「全くもう……」
力無く倒れ伏した雪雫を、クイーンは横抱きにすると、その両手に彼女の全体重が圧し掛かる。
全体重と言っても、小柄な雪雫のものなので、クイーンでも軽々持てるくらいのもの。
ぐったりとした力の入ってない身体が、文字通り彼女が全てを弾に込めたのだとまざまざと思い知らされる。
「これで…このパレスに思い残すことは無いわね? 」
「ああ…早いとこ脱出を――――」
その時、パレス全体が大きく揺れた。
ピラミッドの中に居た時に襲われた揺れとは比にならないほどの規模。
正に世界全体が揺れていると様な。
「ヤバイ…ヤバイって!!」
「何がどうしたんだ?」
1人焦るモナと、今一状況が呑み込めていない一同。
「本人がパレスに乗り込んできた挙句、ペルソナを覚醒したんだ! いつ崩壊してもおかしく無いぞコレ!!」
「…すぅ………」
「ちょっと雪雫!? 今ヤバいから! 頼むから起きて!!」
「…………」
「もう~!!!」
▼
結局、真の呼び掛けも虚しく、雪雫は目を覚ます事は無く、アメフトのボールの様に仲間内でパスされながら運ばれた。
何事にも動じないのは彼女の長所だけど、空気は読んで欲しい。
後日、真はそう語る。
お荷物と化した少女を運びながら、崩壊するパレスを駆け、命からがらパレスから脱出した怪盗団。
その道中で、真の驚異的なドライビングテクニックがお披露目されたが、その最中でも雪雫は寝ていた。
現実に戻り、蓮達は双葉との接触を試みたが、肝心の彼女に意識は無く………。
マスター曰く、体力を使い果たすと電池が切れたみたいに数日は寝たままになるらしい。
認知の怪物を倒した影響か、パレスが崩壊した影響か。
最悪もう目覚めないのではないかと、顔を青ざめていた蓮達は、それを聞いて、一先ず安心したものの、メジエドの件は先延ばしに。
彼らが指定したXデーまでに双葉が覚醒する事を祈るしかない。
「んで? 佐倉さんの娘さんの事は分かったけど…、その子は?」
双葉に身体に異常が無いか、念の為にと蓮が呼んだ武見の視線が、真の腕の中で呑気に寝ている雪雫へ注がれる。
「いや…、雪雫も体力使い切っちゃったみたいで………」
「つまり寝てるだけ? さっきの子と言い…最近の若い子は良く分からないわね…」
寝ている雪雫の頭を慣れた手付きで撫でると、武見はおもむろに誰かへ電話をし始めた。
「………どちらへ…?」
「この子の保護者。回収してもらうわ」
電話をしてから数十分。
颯爽と現れた久慈川りせに雪雫を引き渡し、特に自分達にやれる事も無くなった蓮達も、雪雫に続いて帰路についた。
何ともパっとしない終わり方ではある。
◇◇◇
8月11日 木曜日 雨
「おはようございま~す……」
時刻は9時30分を過ぎた頃。
何故か小声の、聞きなれた少女の声と同時に、画面いっぱいに愛嬌のある整った顔が映る。
顔の横から僅かに見える景色から、今彼女が居る場所は自宅だと言うことが分かる。
おは~
なぜ小声?
寝起きドッキリを彷彿とさせる入りだな
画面の隅っこに映るコメントの流れる速度が、ゲリラにも関わらず多くの人がこの配信を見ているのだと、まざまざと主張する。
流石は今をときめくトップアイドル…、久慈川りせだ。
「うん、今日はね。タイトルにある通り告知……なんだけど…。肝心のもう1人がまだ寝てるから…」
なるほど、ビックリさせようと……
寝起きドッキリ!ですね!
いや、待て…りせち―の配信だぞ?そんな普通の事をするわけ……
「私のベッドで無防備に眠りこける雪雫の姿を見せて皆にマウント……じゃなくてその可愛さをお届けしようと思って!」
ちょっと本音が漏れましたね
つまりイチャイチャ配信ですか
とうとう手を出したか
「手出す訳! だってまだ雪ちゃん未成年だよ? いや~雪ちゃんが如何に天使かを皆に伝えたいだけだってば~」
そう言いながら、りせちゃんはカメラと共にリビングを出て廊下を進み、件の寝室へ。
カーテンの隙間から漏れる太陽光、薄暗い部屋。その中央のベッドに掛けられたタオルケットが、少し膨らんでいるのが分かる。
「お、まだ呑気に寝てますね~。ウヒヒヒヒ…」
足音を立てないように、ゆっくりとその膨らみに近づくと、カメラにはベッドの上で散らばる見慣れた白髪。
顔はタオルケットに隠れていて見えないが、その特徴的な髪色が、間違いなく雪雫本人だという事が見て取れる。
そーっと細い腕が伸び、顔に掛かったタオルケットをずらすと、そこにはりせちゃんが言う通り、呑気に眠りこけている雪雫。
長い睫毛、染み一つ無い陶器の様な白い肌、計算し尽されたような配置のパーツの数々。
可愛さと綺麗さが同居した、何時もの顔。
舐め回す様なカメラワークと共に、その顔が様々な角度で映し出されて、それに合わせてコメントも加速する。
かわいいいいいいいいいいいい!
まじであり得ないくらいの美少女だよね…
これですっぴんってマジ?
これがりせちーの女か
「何時も通りの天使っぶり…。これは間違いなく癌に効く」
何時もだけ声でかくて笑う
隙あらばマウント取ろうとするな
ますますコメントが盛り上がる中、りせちゃんは手に持つタオルケットをさらに下へとずらす。
しかし。
「あ…」
ピタリと何かを悟った様にその手を止めた。
画面の下の方。つまり雪雫の首元辺り。
タオルケットが取り除かれ、そこから現れたのは素肌剥き出しの華奢な肩と綺麗な鎖骨。
つまり、服を着ていないであろう雪雫の身体の一部分。
お?
まさか?
とうとうやったか?
あーこれでりせちーも改心の対象か
「……一端、カメラ切るね~」
エッチなことしたんですかね?
説明してください! 久慈川容疑者!!
逃げるなぁ! 卑怯者!!
▼
「はい、気を取り直して…こんりせ~」
「……こん…りせ………」
若干、笑顔が引き攣ったりせちゃんと、その膝の上で眠たそう…というか半分寝ている雪雫。
画面の中央にはリビングを背景に、その2人が映し出されている。
こん、りせ?
取って付けたような挨拶をするな
雪ちゃん起きてる?
「いや、最近こういうの流行ってるでしょ? 私も流行りに乗ろうと思って」
「こん……にちは………」
「雪ちゃん? 起きてる? おーい」
結局、さっきのハプニングは着ていたシャツがはだけてしまっただけで、裸では無かったらしい。
正直、見方によってどうとでも受け取れる言い訳だったが、最終的には「りせちーはヘタレだから手を出す筈が無い」という意見で一致し、収まった。
「はい、それでね。今日の本題なんだけど」
あ、そういえば告知って言ってましたね
さっきの件で忘れてた
取れ高的には十分なのでは?
「今日の配信は企業絡みなので取れ高的にはOKでもちゃんと告知しないとダメなの~」
「きぎょー…の…滝行……ふふっ…………んぅ…」
「ちょっと雪ちゃんは黙っててくれる?」
ちゃんとするとは?
1人使い物にならないんですが、それは……
企業の滝行………ふふっ。
あ、不覚にも笑ってしまった。
雪雫、上京してから腕を上げてるな。
「はい、そんな訳で…、前回の水着撮影でお馴染みの『runrun9月号』に私と雪雫が雑誌モデルとして載ります!」
「………のる~…」
「今回は尊厳無視の小学生用では無く…雪雫もちゃんとした服を着てるよ! りせちー完全監修のコーディネートにも注目!」
おお~
雪ちゃんからすると二度目のモデルか。水着はほぼネタ感あったし、確かにわざわざ配信告知するの分かるわ
あれはあれで可愛かったけど…
「可愛かったらしいけど、そこんとこどうなんです、雪雫さん?」
「……私、好きでこの体型……してない……。きっと、成長したら……ちゃんとした奴を…」
「うーん、それは多分もう無理じゃない?」
辛辣で草
このアイドル、幼馴染に容赦がない
「それにほら、雪ちゃんのお姉さんもスレンダーだし…、成長したとしても……ねぇ?」
は?
もしかして喧嘩売ってるのか、この小娘は。
「という訳で、総24ページに及ぶ雪雫と私の特集をよろしくね! たくさん買って!!」
「…沢山売れれば……、りせのとこ…にも、追加の……ギャラが――――」
「その発言はギリギリ過ぎる」
雪ちゃんの条件反射で喋ってる感半端無いな
夜更かしでもしてたの?
「そうそう、雪ちゃん昨日何してたの? 朝は弱くてもそこまで頭が働かない事なんてそうそう無いのに……」
「…昨日……? 昨日は……空飛ぶ、怪物にぃ……、一杯魔力を込めて………、こうドカーンって…」
怪物?魔力?
ゲームか何かかな
ゲーマーだからね、脳死するまでゲームするのは分かる
雪ちゃん、今は夏休みだしね
「……なるほど。もう…ゲームも程々にしないとダメだよ~?」
「ゲームじゃ……ない…も………ん」
「はいはい。じゃあそんな訳で、『runrun9月号』は8月23日発売! 是非是非手に取って、雪雫の可愛さを味わってくれたまえ~!」
それじゃあね~!っと誰しもを魅了する笑顔で手を振って、今回の配信の幕は閉じた。
終始、雪雫の方は船を漕いでいて、半覚醒状態といった感じだったが、まぁその姿を見れただけで良しとしよう。
「………ふぅ…」
動画アプリを閉じ、溜息を1つ。
ここから遠く離れた都会の地で、ちゃんとやっていけてるか。
精神暴走事件や怪盗団の存在など、なにかと物騒な状況、常に心配していたが、2人の変わらない姿を見て、その胸のつっかえも多少なりとも取れた気がする。
「16日…か」
早いものでもう1週間も無い。
久しぶりの再会だというのに、物憂げな表情で迎えられば、雪雫も困惑するだろう。
「よし、頑張ろう」
雪雫達を温かく迎え入れる為に、私も旅館仕事を頑張らなければ。
「あ、そうだ」
一度は机に置いたスマホを手に取り、とある人物へ電話を掛ける。
気持ちを切り替えると言ったが、先程の発言だけは見逃せない。
「もしもし? りせちゃん? 配信の事なんだけど――――――」
『うぇ……雪子センパイ!? 観てたの!?』
八十稲羽は今日も平和である。