PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
8月15日 月曜日 晴れ
「マスター、何時もの豆を……10袋分」
「あいよ」
最早たまり場と化したルブランで、惣治郎は雪雫に優しく微笑む。
渡されたコーヒー豆に対して対価を払い、持ち込んでいたスーツケースに手際よく詰めていく雪雫。
「そんなに買ってどうするの?」
「雪子……えっと、お姉ちゃん達にプレゼントしようと思って」
そう聞いた惣治郎は、僅かに照れくさそうに頬を掻く。
「東京土産がこんな寂れた喫茶店の豆でいいのかい?」
「美味しいから、問題無い」
「……そうかよ」
そんなやり取りをしていると、2Fの自室から蓮とモルガナが欠伸をしながら降りてきた。
どうやら、つい先ほどまで眠っていたらしい。
「いつまで寝てんだ? 夏休みだからって調子に乗んなよ?」
惣治郎はきっと夜遅くまで遊び歩いていた結果、寝坊したと思っているだろう。
まさか、長い睡眠から覚醒した自身の娘と共に世間を賑わしているメジエドを退治していた、なんて口が裂けても言えず。
「すまない」
蓮は短くそう返し、ルブランに備え付けられたテレビに視線を向けた。
『本日未明、ハッカー集団「メジエド」が開設するHPが、改竄を受けているのが発見されました。トップページには怪盗団のものと思われるマークが提示され―――――』
ニュースが報道するのは昨日、双葉が行ったことに加えて、予告していた攻撃が未だに確認されていないこと。
つまり、怪盗団側の勝利宣言。
「やったね」
「うん!」
お互いの顔を見合わせて、静かにその勝利の余韻を噛みしめる一同に、惣治郎は気味が悪そうな表情で彼らを見つめる。
気持ちわりぃぞ、と言葉が悪いが、何処か物腰の柔らかい惣治郎。
今回の件で、蓮とも、そしてその友達である雪雫達とも、些か距離が縮まった様だ。
営業妨害だからどっか行け、という惣治郎に竜司が軽口を叩いていると、来店を知らせる鈴の音が店内に響く。
釣られてルブランの入口の方へ視線を向けると、そこには少し緊張気味の小柄な少女…双葉の姿があった。
「…おはよう」
「……天城雪雫…!」
動きがぎこちない双葉を和ませようと、一早く声を掛けた雪雫だったが、双葉は彼女の顔を見てすかさず傍に立っていた蓮の背中に小動物の様に隠れてしまう。
ただ挨拶をしただけなのに、まるで怯えられた様な反応を返された雪雫は、少しその顔に影を落とし、ソファに座る真の肩にちょこんと頭を乗せた。
「……警戒されている様だな…」
「やっぱり、無視されてんじゃ―――」
「されてない」
雪雫への態度は兎も角、祐介が言う通り双葉の表情は強張っていて、警戒している様子が見て取れる。
顔見知りでこの様子なら、客が来ればますます縮こまるだろうと判断した一同は、双葉を連れて蓮の自室へと上がった。
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部屋の隅に追いやられて椅子を円卓状に並べ、双葉は1人離れたベッドに腰掛けて、下では出来無い話…つまり怪盗絡みの話題へ。
「しかし、まさか『認知上の人物』が、あんな怪物に大化けして、襲ってくるとはな」
「シャドウだけが敵とは、限らない…」
「お城の奴隷とか、歩くATMとか…今までは被害者のイメージだったのにね…」
「認知上の人間は、見た目は生きているようでも、実際はパレスの景色の一部…建物とかと同じ。言い換えれば、主の認知次第で、どんな姿にも、強さにもなるのよ」
つまり認知の歪みが激しいほど、双葉の母親の様にこちらにとっての脅威になるという事。
シャドウと違って厄介なのは、歪みの主がソレに対して絶対的な感情を置いてれば置いてるほど対処が難しくなるという点。
イセカイだけで対処が可能なら良いが、現実世界が絡むとなると途端に攻略の難易度も上がってくる。
「研究で何処まで分かってたのか…、それが聞けたら対策の取りようもあるんだけどね……」
「研究な……」
双葉のパレスで明らかとなった「認知訶学」の存在。双葉の母、一色若葉が携わっていたという研究は、実際に何処まで進んでいたのだろうか。
双葉が認知世界の存在を知っていた事から察するに、自分達では知り得ない事も研究されていそうだが…。
「これまで聞いた情報をまとめると…。悪用すると人が死ぬらしく、精神暴走事件に関わっている可能性がある。認知と付く名称からも、イセカイとの繋がりを感じるわね」
「しかもその研究は、何者かに奪われ利用された可能性がある」
「…偽の遺書を見せた大人達……。もしかしたら、カネシロが言っていた黒い仮面…。オオヤマダが言っていた取引相手と関係あるかも」
考えれば考える程、規模の大きい相手に対して、僅かに不安を覚える一同だが、同時にその悪党達に対する憤りも沸々と湧いてくる。
「ねぇ、双葉。ほかに思い出せることは無い?」
「……………」
双葉のパレスに情報として存在していた以上、彼女本人が一番詳しい事には変わりない。
真はベッドの上でカップ焼きそばの容器を持った双葉に問いかけるが、彼女はそれに答える事無く、下へと降りて行った。
「……無視されてる」
「なかなか手強いわね…」
湯切りを終えて、再び2Fへと戻ってきた双葉は定位置へ戻り、今度はカップ麺を啜り出す。
お昼時のこのタイミングで、食欲をそそるソースの匂いが部屋中に充満し、完全に皆の意識はそちらに集中。
「……少し、休憩しましょうか…」
真面目な話をしている場合じゃ無くなってしまったのだ。
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近くのコンビニで食料とお菓子を調達し、腹ごしらえを済ませた雪雫達。
何時も通りテーブルの上にお菓子を広げ、後半戦の準備は万端。
休憩も程々に、再び円卓会議が始まった。
「いくら双葉が天才でも、そんな簡単に世界的なハッカーを潰せるもんなの?」
「怪盗団を挑発してきたのは日本のヤツ。メジエドの中でも日本のヤツなんて大したことないのは分かってた」
背を向けてはいるが、いくらか心を開いてくれているのか、真の疑問に淡々と答える双葉。
それを聞いて「直斗の推理通り…!」と1人目を輝かせている少女を除いて、蓮達は同じように疑問符を浮かべる。
「何で分かんの?」
「メジエドの創始者は私だもん」
双葉の口からあっけらかんと紡がれた言葉に、一同の顔は驚愕の色に染まる。
「どういう、ことかな? 言葉通りに、受け取ればいいの?」
「そうだ。初めは私1人。義賊って呼ばれてた頃だ。でも、匿名なのをいい事に、よく分からんヤツらが世界中に増殖した」
「そいつらがサイバー犯罪をしてたわけね!」
「…でも全員吊るし上げる訳にもいかず、放置」
つまり、真のメジエドは協力者である双葉=アリババで、雑魚相手に怪盗団は怯えていた事に―――。
最初から言えよ…、と何処か疲れた様に項垂れる竜司。こればっかりは同意であると言わんばかりに、蓮達も首を縦に振った。
「双葉は……これからどうする?」
「そうね…私達としても、仲間になってくると有難いけど……」
「いいよ」
「軽っ………」
まさかの迷う素振りすら見せず2つ返事。
あまり実感は湧かないが、その瞳に冗談や嘘の感情は無い。
戦闘には参加できない代わりに、圧倒的なまでの情報収集能力とサポート力。
行き当たりばったりになりがちだった怪盗団も、少しは冷静に動ける様になるだろう。
「……ねぇ双葉。私達の事はどうやって知ったの?」
「…ナイショ」
「ハッキングはどうやって覚えたの?」
「プライベート」
「ナビはいつ手に入れてたの?」
「黙秘」
取り付く島も無い、とはこのことか。
真の疑問に一切答える素振りの無い双葉を見て、杏は「中々、ユニークだね」と溜息を零す。
「まずは打ち解ける所からね」
まぁ今までずっと人間不信気味で引き籠っていたのだから無理もない。
幸い、直近で大きな予定は無く、夏休みも二週間ほど残っている。残りの時間を使って、ゆっくり仲良くなっていけば良いだろう。
「雪雫は、明日から里帰りよね?」
「ん。一週間ぐらい」
「となると、メメントスでの活動は暫くお休み、かな。明日から日替わりで双葉と過ごしましょう」
「私、抜き……」
「帰ってきたら一緒に過ごす時間を作ってあげるから」
仕方が無いとは言え、少し疎外感を感じ、膝を抱える雪雫の頭を真は慣れた様子で撫でる。
最早、蓮達にとっては見慣れた光景と言えばそうなのだが、今更ながら明らかに友達の距離感では無い。
「い、一緒に…!? 天城雪雫とか!?」
そんな光景を見ていた双葉が、急に大きな声を上げて立ち上がった。
まるで、信じられないものを聞いた様な表情を浮かべて。
「む、無理だ! チャットですら緊張していたのに……、直接過ごすなんて―――!」
「そうは言っても仲間なんだから仕方無いでしょ…。それに、2人は同い年なんだから……」
「と、とにかく無理だ! 私の心臓がもたん!!」
「あー…これは………」
双葉と真の言い争いを遠くから眺めていた竜司と真が、得心がいったように声を上げた。
「雪雫の事を無視してたのって……」
「緊張してまともに喋れないから…なのね……」
これは別の意味で骨が折れそうだ。と蓮は思った。
何時の日か、少女達が対等な立場で笑い合える日が来るのを祈るばかりである。
▼
「困りましたね………」
4年前とは打って変わり、短かった髪を腰まで伸ばし、そのプロポーションを隠す事をやめた探偵王子…。いや今の風貌からすると王女とか女王の肩書の方が相応しいが……。
兎に角、IQ2000の頭脳を持つ探偵「白鐘直斗」は目の前に広がる空間を見て溜息を零す。
「現実と人々の歪みが螺旋状に絡み合った異空間…
目の前に広がる空間、と言っても視界に映る景色に異常は無い。
田舎らしく木々が生い茂り、夏らしくセミと野鳥の泣き声が忙しなく響いている。
しかしながら、直斗の周り……桐条グループの現総帥「桐条美鶴」が抱える対シャドウ組織「シャドウワーカー」の職員達が眺めている画面に表示されているその数値全てが、異常を指し示している。
「……………っ。やはりダメですか…」
目の前にあるであろう異空間に手を伸ばす、が空間は直斗の侵入を拒む様に、その指先を弾く。
「中からの連絡は?」
ふと、直斗の後ろから凛とした女性の声……。
後ろを向くと、そこには全身をボディースーツに身を包み、その上からコートを羽織った季節感も常識も無い奇天烈な恰好をした眉目秀麗な赤髪の女性の姿。
件のシャドウワーカーのリーダー「桐条美鶴」その人だ。
「駄目ですね。2人からの連絡は完全に途絶えています。中の様子もモニタリング出来ません」
「………厄介だな」
苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべる美鶴と、その横で焦りを感じている直斗。
「全く…彼らが帰って来るという頃に……。つくづく悪運が強いというか…トラブルメーカーというか…」
「天城雪雫の里帰りは明日だったな?」
「…ええ」
「……彼女ならば…入れるか?」
「…どうでしょうね……どちらにせよ、危険な賭けには変わりない。僕としては、関わって欲しくない所ですが………」
直斗はスマホを開き、ニュースアプリを開く。
そこのトップにはメジエドと怪盗団の件についての最新情報が表示されていた。
「もう既に手遅れかもしれませんね」
「……連絡は?」
「僕からは何も。久慈川さんか雪子先輩経由で伝えようと思ったんですが……」
「連絡がつかない……か」
結局、今この場に居る2人にこの異変を解決する手立ては無い。
先に送り込んだ先鋭部隊の2人、もしくは全く別の第3者の介入によって、事態が進むことを祈るしか無いのだ。
「全く……事件に事欠かない街ですね、ここは」
天城雪雫帰郷編
混沌螺旋世界・マヨナカテレビ局