PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

56 / 158
52:Ghost from the past.

 

 

 

「――――すみれ?」

 

 

 ふと、雨気を含んだ風が頬を撫でる。

 

 

 すみれ……苗字は確か「芳澤」。

 随分と懐かしい名前だ、と少女は思った。

 

 少女の世界が今ほど広く無かった頃、通っていた小学校でほぼ唯一交流のあった姉妹の妹の方。

 姉妹揃って新体操に打ち込み、将来、活躍が期待される選手として中学卒業に合わせて八十稲羽を出た少女。

 

 お互いに忙しかったからか、特に連絡を取り合う事も無く、こうして顔を合わせるのも実に中学以来だ。

 

 

「―――――嫌だなぁ…。忘れちゃった? 私はかすみだよ?」

 

 

 「すみれ」と言われた少女は一瞬、狼狽える素振りを見せたが、すぐに取り直して再び人懐っこい笑みを浮かべる。

 

 

「…かすみ?」

 

 

 雪雫は「かすみ」と名乗る少女の顔をマジマジと眺める。

 

 「かすみ」と言うのは、姉妹の内、姉の方の名前だ。

 

 

(……でも…)

 

 

 自身の記憶を探る。

 

 姉妹と言っても、彼女達は同級生姉妹。認識的には双子の様なものだ。それほどに背丈も顔付きもそっくりだが、それでも見分ける特徴はあった筈だ。

 

 例えば、性格。

 姉の「かすみ」は明朗で快活で、妹の「すみれ」は物静かで大人しい。

 

 それに容姿も何処か違った筈だ。

 姉は茶髪で、妹は赤髪――――。

 

 

(……あれ?)

 

 

 ふと、思考が纏まらなくなる。

 頭に靄が掛かった様な、水面に揺れる月の様な、そんな感覚。

 

 

「私は芳澤かすみ。思い出した?」

 

「…かす、み………」

 

 

 そう、かすみ。と赤髪を揺らしながら微笑む少女。

 

 

「最後に会ってからもう半年以上経ったのかな? 久しぶりだもんね。それに私達は双子かっ!っていう位似てたし、仕方ないよ。うんうん」

 

 

 そう言って、ぎこちなくかすみと名乗る少女はぎこちない笑みを浮かべる。

 

 

「そう、だね……」

 

 

 心の奥で「違う」と警鐘を鳴らす自分が居る。

 しかしそれと同時に「そうだ」と頭は受け入れている。

 

 

(………………)

 

 

 考えれば考える程、彼女という人間が分からなくなってくる。何が本当で何が嘘か。虚構に彩られているのは彼女か私か。

 何も分からない。まるでワンダーランドに放り込まれた少女の様だ。

 

 

「そう言えば、雪雫も帰省中? 東京の学校に行ってるんだよね?」

 

 

 思考に耽っていれば、ふと向けられる先程とは打って変わった屈託のない笑顔。

 

 

「……まぁ。どうして分かった?」

 

「どうしてって……。配信で言ってたし。私、結構雪雫のこと追っかけてるんだよ?」

 

 

 大会前とか曲聴いてリラックスしてるんだ。と何処か誇らしげに語る赤髪の少女。

 

 

「…そう。ありがと」

 

「お礼を言うのはこっちだよ。いつも助けられてるからさ。……今は特に、ね」

 

「………?」 

 

 

 

◇◇◇

 

 

同日 夜 

 

天城屋旅館 雪子の部屋

 

 

 

 しんしんと降り続ける雨音と流しっぱなしのテレビをBGMに、姉のベッドに背中を預けてスマホに視線を送る雪雫。

 

 

「………」

 

 

 久しぶりの再会を果たした雪雫とかすみ(仮称)だったが、特筆すべきイベントは無く、暫く2人でお茶を楽しんだ後に連絡先だけ交換して解散。かすみの方は名残惜しそうな表情を浮かべていたが、雪雫がそれに気付く事は無い。

 そしてそれを埋めるかの様に始まったメッセージ上でのやり取り。それを見返しながら雪雫はポツリと呟く。

 

 

「……かすみ、か」

 

 

 かすみ。言葉としてはとてもよく馴染むが、それと同時に引っ掛かるモノもある。そんな名前。

 彼女の態度、口調、その口から紡がれる体験談や思い出話。容姿以外の全てがかすみ本人だと、そう訴えかけてくる。

 

 子どもの頃の記憶など曖昧で、雲の様に形が定まらないモノだ。だから、私の感じる違和感など、些細なものでしかない。

 ……そう思えたのなら、どんなに楽だっただろうか。 

 

 

「……はぁ」

 

 

 仮に、この違和感がただの記憶違いだとして、今日会った少女がかすみ本人だとして。その片割れのすみれは何処に居るのだろうか。

 少なくとも、私の記憶では仲睦まじい姉妹で、大抵は2人揃って行動していたが……。

 

 本人に聞こうにも、困った様な笑みを浮かべてはぐらかすだけ。まるで聞いて欲しく無い様な。

 

 

「療養…か……」

 

 

 かすみは言っていた。今回の帰省は療養の為だと。

 しかし、彼女の身体に怪我など見受けられず、歩いている時やカップを口へ運ぶ仕草…、そのほかの細かい動作を1つ1つ切り取っても違和感は感じない。つまり、療養が必要なのは身体的な部分では無く────。

 

 

「ん…」

 

 

 両手を投げ出し、視線をスマホから天井へ。依然と何一つ変わらない木目模様を迷路に見立ててなぞる。

 気休めにもならない無意味な行為。

 

 

「彼女の態度から察するに、すみれはこの街には居ない。……ううん、最悪の場合…」

 

 

 飛躍した考えだ。それ以外の可能性も沢山ある。だというのに、悪い方へ考えてしまうのは人間の悪い癖か。

 

 

「………はぁ」

 

 

 もう何度目か分からない溜息。

 故郷に帰ってきたというのに、親しい間柄の人間とは会えず、久しぶりに再会した友人もどこか違って見える。

 まるでパラレルワールドにでも放り込まれたような気分だ。

 

 

「……寝ようかな」

 

 

 瞼が段々と重くなっていくのを感じる。

 時刻は0時になるところ。普段はまだ起きている時間だが、やはり色々と疲れているんだろう。主に気疲れだが。

 

 

「……っしょ」

 

 

 たれ流していたテレビを切るため、身体を起こす。

 東京の家のテレビならば寝落ちしても良い様に自動で切れる設定にしているが、雪子の事だからそんな設定はしていないだろう。

 

 テレビでは丁度、明日の天気予報について流れていた。連日雨が続いていた八十稲羽周辺だが、明日は()()()らしい。

 それならば、明日はもう少し遠いところまで探索しても良いかもしれない。

 

 ベッドの向かいの勉強机の上に置きっぱなしのリモコンへ手を伸ばし、一際目立つ赤いボタンに指を添えようとした。その時。

 

 

「……?」

 

 

 ひとりでにテレビの画面は暗転した。

 …いや、完全に消えたわけでは無い。薄っすらだがテレビからは今も特有の光が漏れだし、よく目を凝らせば今は大分ご無沙汰になった砂嵐が画面の奥に渦巻いている。

 

 

「故障…? 雪子に怒られ───」

 

 

 電源を切ろうとしても、うんともすんとも言わず、ただただ映し出される砂嵐。

 困った。私とて、電子機器にそこまで詳しくない。コンセントを抜き差ししても直らないのなら、完全にお手上げ……。

 

 

「─────誰?」

 

 

 叩けば直るだろうか。そんな蛮族思考(雪子の十八番)に傾きかけていたその時。荒いデジタルの波の中にぼんやりと人影が。

 

 

「………」

 

 

 線が細く華奢なシルエット。女性…だろうか。少なくとも女性的な印象を受ける。サイドの髪は短めだが襟足は長い様で、毛先が少し外側に跳ねている。

 

 

「………あ」

 

 

 途端、背筋に嫌な戦慄が走った。

 私はこのシルエットに、見覚えがある。

 

 

「……いや、嘘。……なんで?」

 

 

 私だけじゃない。この旅館の、当時居た人間であれば、誰もが見覚えがあるだろう。

 

 稲羽の地方テレビ局のアナウンサー()()()人。とあるスキャンダルが原因で、世間の好奇な目に晒され、それから逃げる様に天城屋旅館に逃げ込んできた客であり……。 

 5年前に起きた連続殺人事件の最初の被害者。

 

 

「──山野真由美」

 

 

 そして、私がその事件における実質的な第一の発見者である。

 

 

 

◇◇◇

 

 

8月18日 木曜日 濃霧

 

 

 

 霧が立ち込める山道を1人歩く。

 

 

(……眠い)

 

 

 視界を阻む霧の様に不透明な脳を何とか動かし歩く歩く。

 

 結局、昨日の不可解な現象については何も分からず、数分後には何事も無かった様にニュースキャスターが原稿を読み上げていた。

 原因を探ろうにもこの場にそういうのに詳しい者はおらず、周りの人間を疑おうにもその材料すらありはしない。

 

 だからこうして視界不良の中、歩き回っているのだ。

 人為的な出来事ならば何か手掛かりがある筈。無いなら無いで候補が1つ潰れるだけだ。それもまた前進と捉えられる。

 …とにかく、何もしないという選択肢が一番嫌なのだ。

 

 

「……そういえば、あの日もこんな天気だった」

 

 

 あの日、というのは言わずもがな、私が山野真由美の死体を見つけた日だ。

 確か、そう。霧が濃く、交通インフラが軒並みダウンして、仕方なく学校まで徒歩で行こうとした、あの日。雪子は旅館の手伝いに駆られ、母や他の従業員も同様。文字通り1人で歩いていた矢先、彼女を見つけたんだ。

 

 

「ぼんやりと見える電線をこうして目でなぞって。道標にして…そして───」

 

 

 旅館から歩いて15分程のところ。

 山特有の斜面も緩やかになり、まさに山と人里の合流地点とも言うべき場所。

 そこの電柱に惨たらしく───。

 

 

「………っ」

 

 

 過去の記憶と、今の景色が重なって見える。

 見つけた時の記憶では無い。寧ろその後。

 

 

「なんで、あそこに…!」

 

 

 警察が到着し、電線に引っ掛かった女性の死体を下ろす消防と、それを静かに見守る野次馬達。

 ()()()()()()ブルーシートを中心に出来た、人で形作られた円。

 

 5年前と寸分違わぬその場所に、人だかりが出来ていた。

 人の隙間から漏れ出る赤い光が、何があったかを如実に訴えてくる。

 

 自然と人だかりに駆け寄っていた。人の壁を掻き分けた。自身の目で何が起こったかを知ろうと必死だった。

 嫌な汗が頬を撫でる。

 

 

「…何で…、嘘! 有り得ない……!」

 

 

 思わず声が漏れ出ていた。普段の自分からは考えられない位、ハッキリと大きな声。

 喉が干上がった様な感覚に陥り、四肢から力が抜けていく感覚を覚えた。

 

 間違いない。私が見間違える筈が無い。

 

 今まさに救急車に運ばれている人間は──。ブルーシートの隙間から見える横顔は、間違いなく──。

 

 

「…堂島さん……!」

 

 

 気付けば制止を振り切って黄色いテープの向こう側に踏み入れていた。

 力の無い足を何とか運び、この場に居る人間の誰よりも信頼できる人物の名前を呼ぶ。

 

 

「…あ? ──なっ、お前………! 入って来るかぁ!? 普通よ!?」

 

 

 私の顔を見るや否や、困惑と怒りが入り混じった様な顔と声を上げる堂島さん。

 非常識な行動とは頭では理解しているが、今はそういう状況ではない。

 

 

「あのな…! 見りゃわかるだろうけどよ、今は関係者以外は──!!」

 

「……今運ばれたのって、山野真由美? 地元局のアナウンサーで、天城屋旅館(うち)に泊まっていた…!?」

 

 

 何時に無く食い気味な雪雫の姿勢に面を喰らった様で、少し戸惑いを見せる堂島。最初は大人としての矜持か、刑事としての責任か、雪雫を追い返そうとしようとしていたが、次第に納得したように溜息を零し始めた。

 

 

「……あぁ…。そういや、お前も旅館の人間だったな……。ならまぁ…一応、関係者ってことか………?」

 

「山野真由美で間違い無いの? 身分証は? 血液型は? 歯の治療痕は…!?」

 

「あー! うるせぇうるせぇ! 一度に聞くなっての! 身分証は確認済み。本人で間違いない。他はこれから調べることだ。今は分からん」

 

「別人って可能性は?」

 

「んなドラマみたいなことあるか。…まぁ無いとは言いきれないけどよ。逆に聞くけどよ、どうしてそんなに気になる? 探偵王子にでも触発されたか?」

 

 

 堂島さんの態度に違和感を覚える。

 確かに常に堂々として冷静な刑事だったが、人が1人死んだというのにあまりにも平常運転過ぎる。

 

 

「どうしてって……、だって…山野真由美…ですよ……!?」

 

「ああ、そうだな」

 

「これがもし本当に本人だとしたら、彼女は2回死んだことになる……。こんなの、有り得ない。おかしい」

 

「ああ…。そのことか」

 

 

 やれやれと言った様子で首を振り、頭を乱暴に掻き始める堂島。

 そんな彼から紡がれた言葉に、雪雫の瞳は大きく揺れ動く。

 

 

「あのな、離れていたお前は忘れたかもしれないが…。雨が止んだ翌日…、つまり霧が深い朝に死体があがるのはここでは自然な事だろ」

 

「─────は?」

 

「そして死体は決まって同じ人物。正確に言えば、3人でローテンション。次は小西早紀、その次の諸岡金四郎で一周。そしてまた山野真由美で始まる。例外は今のところ無いな。今回で山野真由美は3回目だ」

 

 

 やけにこなれた雰囲気の堂島。

 いや、長年刑事をやっていればそういう事もあるだろうが、彼の態度は現場に慣れたというよりは、今回の事件そのものに慣れてしまっている様だ。

 

 

「─────何を言って──」

 

「……ったく! 誰がこんなふざけた事…縺薙%縺ッ菴輔°縺後♀縺九@縺」

 

 

 今、何と言ったのだろう。

 先程のこなれた雰囲気とは一変、僅かに怒りと苛立ちをあらわにしたと思えば、今度は日本語どころか人間の言葉すら怪しい言語。

 訝し気な視線で彼を見つめれば、またその表情はあっけらかんとした表情に。

 

 怖い。

 この光景に。気づけばあれだけ居た人だかりもまばらになっていた。まるで、町全体がこの光景が風景だと言わんばかりに。

 

 一歩、思わず足が後退する。心臓が鳴りやまず、先程から額には嫌な汗が浮かぶ。

 まるで蛇に睨まれたカエルの気分。

 そしてそんな私の前に、コツコツと靴を鳴らしながら現れた蛇の様な男。

 

 

「─────っ」

 

 

 今度こそ息が上がった。

 心臓が止まってしまったんじゃないか。そんな錯覚にすら陥った。

 

 

「も~、堂島さんったらぁ…。現場は放ってJKと楽しく歓談ですかぁ? 菜々子ちゃんに幻滅されますよ?」

 

「足立」

 

「──なんで」

 

 

 よれよれのスーツ。だらんとした四肢。寝癖を直さないまま来たのであろうボサボサな髪。

 

 当時、小学生だった私だって知っている。

 片田舎で起きた凄惨な事件の担当刑事の1人であり──犯人。

 その名は

 

 

「足立…透……」

 

 

 彼は飄々とした態度で堂島の肩を叩く。

 その光景はまるで、過去の光景を見ている様。

 

 

「そりゃね。雪雫ちゃんは可愛いですよ? 歌だって上手いし? 今やりせちーと並ぶ人気者! いやぁ凄い凄い!! でも、だからといって、可愛い部下に事件の処理を丸投げって………。いくら何時もの事と言っても酷いですよ。……ねぇ、雪雫チャン?」

 

「…………。」

 

「お前相変わらずお喋りだよな…。死体見ても吐かなくなったと思えばこれだ……」

 

「ムードメーカーと言ってくださいよぉ」

 

 

 正直、彼のことはよく知らない。

 個人的な関りを強いてあげるとするならば、取り調べの時くらいだ。その時は慣れない私に気を使ってくれたのを良く憶えている。しかし、それだけ。事件の犯人でした、と後から聞いても「そうなんだ」くらいの感想しか浮かばなかった。

 しかし、今は彼が怖い。そう思う様な関りも無い、彼の人柄もよく知らない。だというのに、怖いのだ。

 

 

「何時までも道草食ってちゃ、またどやされるな。戻るぞ」

 

「はぁい」

 

 

 結局、堂島さんのさっきの言動も態度も。何一つ収穫は無いまま、彼はこの場を後にする。

 それを追う様に私の前を遮る、もう1人のここに居る筈の無い人物「足立透」。彼は去り際に、困惑する私の肩を叩き耳元で囁いた。

 

 

「君みたいなガキがいくら騒いでも潰されるだけ。口を開かない方が賢明。これ、処世術ね」

 

 

 やはりこの町は何かがおかしい。




A.第一発見者って小西先輩じゃないの?

Q.死体を見つけて放心状態の雪雫の代わりに通報したのがパイセン。
 当時小学生の雪雫より正確な証言取れそう&そこまで2人の間に時間差無いから第一発見者としてパイセンが抜擢されたっていう妄想。
 だから雪雫も実質的なって言及してるネ!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。