PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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53:Paradise Lost.

 

 

 足取りが酷く重い。まるで足枷を嵌められた奴隷の様だ。

 

 

「…………」

 

 

 約半年ぶりの故郷。私が生まれ育った地。

 心の何処かで、楽しみにしていた自分も居たのだろう。

 しかし、蓋を開けてみればどうだ?

 

 実姉、友人達には会えず。たまたま会った顔見知りも何かがおかしい。

 ……いや、それが今のこの町の普通ならば、きっとおかしいのは私なのだろう。

 

 そう自覚した途端、何かに捕らえられた様に足が進まなくなった。

 

 

「……これから、どうしよう」

 

 

 『君みたいなガキがいくら騒いでも潰されるだけ』

 

 

 足立透の形をした誰かの声が頭の中でリフレインする。

 

 ……そもそも、彼は誰だ?

 見た目、声、仕草。

 五感で得られる情報の全てが足立透だと指し示している。

 

 しかし、彼は何処まで行っても殺人鬼だ。

 実際に過去にそれが警察の手によって立証されている。そんな人物が何事も無かったかの様に外に。そしてそれを気に留める人すら存在しない。

 

 

「…………」

 

 

 胸に蠢く不安と焦燥。込み上げる不快感。

 おかしい。おかしい。おかしい。おかしいのはこの世界だ。それとも私がおかしい?

 

 

「……うっ………」

 

 

 とうとう自身の足で立つ事すら叶わず、その場に力無くしゃがみ込む。

 ここが東京じゃなくて良かった。あそこでこんな事をすれば、奇異な視線に晒されるだけでなく、何人かは声を掛けてくるだろう。

 

 やめて、放っておいて。

 

 人間、疎外感を感じるとストレスを抱いたり、焦燥に駆られたりするらしい。

 私には無縁と思っていたが、場所が故郷というのもあってかそうでも無い様で。

 

 

(……いや、もしくは)

 

 

 りせが居ないからかもしれない。

 帰ってきてからというもの、彼女との連絡が取れた試しがない。まるで世界から切り離された様だ。

 

 もう考えるのを止めてしまおうか。

 そう思いながら、静かに目を閉じていると、ふと耳に軽やかな足音と息を切らした少女の声が耳に届いた。

 ……どうやら、こちらに向かっているらしい。ああ、億劫だ。

 

 足音はどんどんと大きくなり、そして私の前で止まった。

 

 

「放っておい──」

 

 

 私が声を絞り出したと同時に、私の頬に温かい手が添えられる。

 線が細く、柔らかい。少女の手だ。

 

 

「───んっ」

 

 

 途端、添えられた時の優しい手付きとは真逆の、些か乱暴な勢いで顔を挙げられる。

 

 

「なんて酷い顔!」

 

 

 赤髪の少女は開口一番、私にそう言い放った。  

 

 

 

 

 

「……なるほどぉ…。自分が知っている八十稲羽と今の八十稲羽が少し違う…と。ギャップってやつだね」

 

「…まぁ、簡単に言えば」

 

 

 赤髪の少女、かすみと白髪の少女、雪雫は閑散とした商店街を進む。

 かすみの血色の良い肌とは対照的に、雪雫の肌は元の白さに加えて目元に僅かな隈が出来ていて、より弱々しい印象を受ける。

 

 

「久しぶりに会った親戚のお兄ちゃんが、今まで彼女すら居なかったのに、急に結婚してて、それが周りは全員知ってたのに私だけ知らされてなくて疎外感!みたいな?」

 

「いや、それは少し違う……。そんな事あったの?」

 

 

 雪雫に気を使ってか、努めて明るい雰囲気のかすみは、彼女を誘導する様に小さな手を引いて先頭を歩く。

 彼女曰く、紹介したい人が居るとか。

 

 

「でも少し安心した。雪雫にもそう感じる事、あるんだなーって。あんな顔、プールの授業の時と給食にプルーンが出た時くらいしか見た事なかったからさ」

 

「にもって事は…かすみにも?」

 

「今回じゃなくて前に帰って来た時に感じたかなー。愛家の肉丼がいつの間にか名物になってる!?って! 今回は寧ろ、昔に戻ったみたいだなって思ったよ」

 

「昔?」

 

 

 小首を傾げて疑問の視線を送れば、かすみは「そう、昔」と頷く。

 

 

「雨は多いは霧は出るわ。警察も忙しなく働いてるわ。それにマヨナカテレビも映るわ……」

 

「マヨナカ…、テレビ……?」

 

 

 キョトンとした顔で再び傾げれば、かすみは驚きの色を浮かべた後、得心がいった様に徐々にその表情を戻す。

 

 

「───あ、そっかぁ。雪雫は知らないくて当然か…。雪子さんの情報統制凄かったし……。うーん、流石にもう時効かな? ええっとね、マヨナカテレビっていうのは…5年前に」

 

 

 そして雪雫は初めて耳にする。

 八十稲羽の人間なら誰しもが知っているであろう怪異現象。

 

 雨の日の0時丁度にテレビに映し出される謎の映像。その時の内容はまちまちであり、ただの人影の時もあればバラエティ番組を模した何かの時も。

 少なくとも、当時の八十稲羽にとっての周知の事実であり、常識だったと。

 結局、それが何だったのか分からないまま、その現象は収まったらしいが。

 

 

「いやぁ、実は今でも身構えちゃうんだよね。夜中の0時。何か映るんじゃないかなって」

 

「……つまり、それほど()()()()()()()だった…」

 

「そういうこと」

 

 

 そうこうしている内に、目的の場所に着いたようでかすみの足が止まる。

 

 

「先生居るかな…」

 

 

 目の前に聳え立つ古びた一軒家。

 場所は商店街から少し外れた住宅街の一角。

 

 

「……ここって空き家の筈じゃ…」

 

 

 雪雫の記憶では、目の前の一軒家は近所で有名なボロ屋敷。

 リフォームしようにも取り壊すにもお金がかかるらしく、放置されていたが……。

 

 

「あー、今はね。民泊用に貸し出されてるらしいよ? いやぁ、ボロ屋敷も使いようだよねぇ」

 

「……そう」

 

 

 まさか八十稲羽にもそういうのがあったとは。

 あまり流行ると実家の旅館の商売にも影響が出そうだが……。

 

 

「…………」

 

 

 まぁ、これだけボロボロなら大丈夫か。

 

 

「あー、先生今起きたって! 身支度する時間をくれ、だってさ」

 

「……ねぇ、今から会う先生って?」

 

「んー? 私のメンタルコーチ…ってところかな」

 

 

 

 

 

「いやー、すまないね…。はは……。芳澤さん、何時も急だから…」

 

「…いえ……」

 

 

 例のボロ屋敷の一階。

 外の外見とは裏腹に、中はリフォームされていた様で存外綺麗だ。

 清潔感のある白いテーブルクロスと、鼻腔を擽るアロマの香りは目の前の人物の趣向だろうか。

 

 

「飲み物は…りんごジュースで良いかい? お菓子もたくさんある。君は沢山食べると聞いているからね、好きなだけ食べると良い」

 

 

 白衣を纏った黒縁メガネの男性。

 髪は生来の癖もあってかボサボサ、無精髭も生えっぱなし。何処か頼り無さげな印象を受けると同時に、安心感も覚える。そんな不思議な雰囲気。

 

 丸喜拓人…と言ったか。

 第一印象は眉唾物だったが、案外メンタルコーチというのも嘘では無いらしい。

 

 

「いや、ここは良い街だね。芳澤さんから話は聞いていたけど、人も温かいし食べ物も美味しい。惣菜大学?っといったかな。あそこのビフテキなんて毎日食べてるよ」

 

「……どうも」

 

「あ、天城屋旅館にもお邪魔したよ! 広くて良い温泉だった…。ちょっとお金が無くて泊まれなかったけど…。…あ、もしかして雪雫ちゃんは毎日入り放題だったり?」

 

「……実家に居る時は…、まぁ」

 

 

 なるほど。彼は正しくカウンセラーだ、と雪雫は思った。

 変な緊張感を持たせない様、当たり障りのない話から切り込み、隙あらば質問を投げ掛ける。私が口数少ない事も、今の問答で見抜いた事だろう。

 

 

「…そう、固くなることは無いさ。無理に話そうとする必要は無い…。少しでも楽しんでくれれば僕はそれで十分さ…。ね?」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 彼と出会ってから30分ほどが経過した。

 

 八十稲羽の事、丸喜自身の事、私自身の事…。

 極一般的な世間話を交えた後、話は段々と本題へシフトしていった。内容は勿論、私が抱いている周りとのズレについて。

 

 

「……なるほどね。ズレ、かぁ……」

 

 

 黙り込む丸喜を余所に、りんごジュースを口へと運ぶ。

 疲れた身体に染み渡る糖分。悪くない。

 

 

「…君、無理に強くあろうとしていないかい?」

 

「…強く……?」

 

「周りとの齟齬、違和感。それは人である以上、誰もが少なからず感じている事だ。問題はそれと向き合うか、それとも受け入れるか、という事。話を聞く限り、君はその違和感に真正面から向き合おうとしている、それも、自身が納得するまで」

 

「それの何が悪い?」

 

「悪いとは言わないさ。そういう向き合い方もある。しかし、それ以外の道もある。大事なのは自分にとって楽な方に進むこと」

 

「…………」

 

「あまり、こう言う大人は居ないだろうね…。でも僕の持論はこうだ。逃げても良い。全てを自身で解決する必要は無いんだ。救世主(ネオ)の到着を待ってもいいと思うんだ」

 

 

 つまり、達観しろ。という事か。

 自身で出来ない事は諦め、身の丈にあった選択を取る……。

 本人は否定していたが、これも1つの大人の在り方だろう。

 

 

「…そんな、映画じゃあるまいし……」

 

「お、君ってもしかして映画好きだったりするかな? 良いよね、マトリックス! いやぁ僕も結構映画好きでね、よく例え話に持ち出したりするんだけど…これが中々伝わらなくて……。 ──ごめん、話が逸れたね」

 

「……現実は創作物じゃない。助けが欲しい時に、助けが来るなんて都合の良い事……。だから私は──」

 

「それは強者、力有る者の意見だよ。…君の育った環境に、もしかしたらそういう人が多かったのかな? でもその実、その数はほんの一握り。──事実は小説より奇なり。という言葉があるだろう? 現実が自分の認知を飛び越える事だってある」

 

「………自分の、認知…」

 

「大丈夫、君が思うよりも世界は歪に出来ていないさ」

 

 

 

 

 

 結局あの後、丸喜は持論を続けたが、それをこちらに押し付ける事は一切しなかった。

 あくまでも個人的な意見であり、主観に基づいたもの。というスタンスを崩すことは無かった。

 

 その姿勢がかえって、私の思想をそっちへ誘導するのだから、狙ってやっているとしているのなら、彼は詐欺師に向いていると思う。

 

 

「救世主の到着…か」

 

 

 確かに誰しもがネオに慣れる訳が無い。

 救世主がたまたま彼だったのでは無くて、彼だから救世主となったのだ。

 

 現実が自身の想像を…認知を飛び越える。……確かにその日を待つ方が今の私にとっての最善策──。

 

 

「………認知?」

 

 

 認知。

 人にとっての、または一個人にとっての当たり前な世界。常識。

 その内面を表した、認知世界。イセカイ。

 

 

「……八十稲羽の人達にとっての当たり前って?」

 

 

 思考を巡らす。

 かすみは言っていた。5年前に戻ったみたいだと。

 

 5年前の「当たり前」。

 まずは連続殺人事件。これが5年前の大きな出来事。

 3人の電線に吊るされた被害者。…足立透。

 

 

(違う。もっと周知の、誰もが知って居る普遍的な現象…)

 

 

 例えば天気。

 雨、濃霧。

 

 

(雨……? マヨナカテレビ?)

 

 

 怪異と聞いたが、実際にテレビ番組を模しているなら、何処で撮られている?

 いや、その実態はどうでもいい。その番組を見た人間は、どう思う?

 

 映像として、実際にテレビに映る以上、テレビという媒体を介する以上、何処かに撮影場所があると考えるだろう。

 つまり、マヨナカテレビが当たり前ならば…。

 

 個人の認知の具現化がパレス、大衆の認知の表れがメメントス。

 

 

(試す価値はある……か?)

 

 

 マヨナカテレビは八十稲羽だけの怪異だったという。

 つまり、その有り得ない事象を日常と捉えていたのはこの町の人間達。

 

 

「………」

 

 

 スマホを取り出し、帰省中は使う事が無いだろうと思っていたアプリを取り出す。

 これと付き合ってまだ数か月だが、もう見慣れてしまった画面。

 

 

「場所は…この市内全域……? なら入力は要らない、かな……。キーワードは………マヨナカテレビ?」

 

 

 我ながら突飛な発想だとは思う。

 モルガナが言っていたじゃないか。メメントスが大衆の認知…、つまり集合無意識だと。既にメメントスがある以上、この町だけが別の括りにある訳が──。

 

 

『候補が見つかりました』

 

「………!!」

 

 

 誰しもが救世主になれる訳では無い。それはそうだろう。きっと慣れる人は初めから決まっていて、それは多分私では無い。

 手が届かない高み。私には眩しすぎる存在。

 

 でも、だからこそ。

 それの真似事をしたくなるんだ。

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