PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
足取りが酷く重い。まるで足枷を嵌められた奴隷の様だ。
「…………」
約半年ぶりの故郷。私が生まれ育った地。
心の何処かで、楽しみにしていた自分も居たのだろう。
しかし、蓋を開けてみればどうだ?
実姉、友人達には会えず。たまたま会った顔見知りも何かがおかしい。
……いや、それが今のこの町の普通ならば、きっとおかしいのは私なのだろう。
そう自覚した途端、何かに捕らえられた様に足が進まなくなった。
「……これから、どうしよう」
『君みたいなガキがいくら騒いでも潰されるだけ』
足立透の形をした誰かの声が頭の中でリフレインする。
……そもそも、彼は誰だ?
見た目、声、仕草。
五感で得られる情報の全てが足立透だと指し示している。
しかし、彼は何処まで行っても殺人鬼だ。
実際に過去にそれが警察の手によって立証されている。そんな人物が何事も無かったかの様に外に。そしてそれを気に留める人すら存在しない。
「…………」
胸に蠢く不安と焦燥。込み上げる不快感。
おかしい。おかしい。おかしい。おかしいのはこの世界だ。それとも私がおかしい?
「……うっ………」
とうとう自身の足で立つ事すら叶わず、その場に力無くしゃがみ込む。
ここが東京じゃなくて良かった。あそこでこんな事をすれば、奇異な視線に晒されるだけでなく、何人かは声を掛けてくるだろう。
やめて、放っておいて。
人間、疎外感を感じるとストレスを抱いたり、焦燥に駆られたりするらしい。
私には無縁と思っていたが、場所が故郷というのもあってかそうでも無い様で。
(……いや、もしくは)
りせが居ないからかもしれない。
帰ってきてからというもの、彼女との連絡が取れた試しがない。まるで世界から切り離された様だ。
もう考えるのを止めてしまおうか。
そう思いながら、静かに目を閉じていると、ふと耳に軽やかな足音と息を切らした少女の声が耳に届いた。
……どうやら、こちらに向かっているらしい。ああ、億劫だ。
足音はどんどんと大きくなり、そして私の前で止まった。
「放っておい──」
私が声を絞り出したと同時に、私の頬に温かい手が添えられる。
線が細く、柔らかい。少女の手だ。
「───んっ」
途端、添えられた時の優しい手付きとは真逆の、些か乱暴な勢いで顔を挙げられる。
「なんて酷い顔!」
赤髪の少女は開口一番、私にそう言い放った。
▼
「……なるほどぉ…。自分が知っている八十稲羽と今の八十稲羽が少し違う…と。ギャップってやつだね」
「…まぁ、簡単に言えば」
赤髪の少女、かすみと白髪の少女、雪雫は閑散とした商店街を進む。
かすみの血色の良い肌とは対照的に、雪雫の肌は元の白さに加えて目元に僅かな隈が出来ていて、より弱々しい印象を受ける。
「久しぶりに会った親戚のお兄ちゃんが、今まで彼女すら居なかったのに、急に結婚してて、それが周りは全員知ってたのに私だけ知らされてなくて疎外感!みたいな?」
「いや、それは少し違う……。そんな事あったの?」
雪雫に気を使ってか、努めて明るい雰囲気のかすみは、彼女を誘導する様に小さな手を引いて先頭を歩く。
彼女曰く、紹介したい人が居るとか。
「でも少し安心した。雪雫にもそう感じる事、あるんだなーって。あんな顔、プールの授業の時と給食にプルーンが出た時くらいしか見た事なかったからさ」
「にもって事は…かすみにも?」
「今回じゃなくて前に帰って来た時に感じたかなー。愛家の肉丼がいつの間にか名物になってる!?って! 今回は寧ろ、昔に戻ったみたいだなって思ったよ」
「昔?」
小首を傾げて疑問の視線を送れば、かすみは「そう、昔」と頷く。
「雨は多いは霧は出るわ。警察も忙しなく働いてるわ。それにマヨナカテレビも映るわ……」
「マヨナカ…、テレビ……?」
キョトンとした顔で再び傾げれば、かすみは驚きの色を浮かべた後、得心がいった様に徐々にその表情を戻す。
「───あ、そっかぁ。雪雫は知らないくて当然か…。雪子さんの情報統制凄かったし……。うーん、流石にもう時効かな? ええっとね、マヨナカテレビっていうのは…5年前に」
そして雪雫は初めて耳にする。
八十稲羽の人間なら誰しもが知っているであろう怪異現象。
雨の日の0時丁度にテレビに映し出される謎の映像。その時の内容はまちまちであり、ただの人影の時もあればバラエティ番組を模した何かの時も。
少なくとも、当時の八十稲羽にとっての周知の事実であり、常識だったと。
結局、それが何だったのか分からないまま、その現象は収まったらしいが。
「いやぁ、実は今でも身構えちゃうんだよね。夜中の0時。何か映るんじゃないかなって」
「……つまり、それほど
「そういうこと」
そうこうしている内に、目的の場所に着いたようでかすみの足が止まる。
「先生居るかな…」
目の前に聳え立つ古びた一軒家。
場所は商店街から少し外れた住宅街の一角。
「……ここって空き家の筈じゃ…」
雪雫の記憶では、目の前の一軒家は近所で有名なボロ屋敷。
リフォームしようにも取り壊すにもお金がかかるらしく、放置されていたが……。
「あー、今はね。民泊用に貸し出されてるらしいよ? いやぁ、ボロ屋敷も使いようだよねぇ」
「……そう」
まさか八十稲羽にもそういうのがあったとは。
あまり流行ると実家の旅館の商売にも影響が出そうだが……。
「…………」
まぁ、これだけボロボロなら大丈夫か。
「あー、先生今起きたって! 身支度する時間をくれ、だってさ」
「……ねぇ、今から会う先生って?」
「んー? 私のメンタルコーチ…ってところかな」
▼
「いやー、すまないね…。はは……。芳澤さん、何時も急だから…」
「…いえ……」
例のボロ屋敷の一階。
外の外見とは裏腹に、中はリフォームされていた様で存外綺麗だ。
清潔感のある白いテーブルクロスと、鼻腔を擽るアロマの香りは目の前の人物の趣向だろうか。
「飲み物は…りんごジュースで良いかい? お菓子もたくさんある。君は沢山食べると聞いているからね、好きなだけ食べると良い」
白衣を纏った黒縁メガネの男性。
髪は生来の癖もあってかボサボサ、無精髭も生えっぱなし。何処か頼り無さげな印象を受けると同時に、安心感も覚える。そんな不思議な雰囲気。
丸喜拓人…と言ったか。
第一印象は眉唾物だったが、案外メンタルコーチというのも嘘では無いらしい。
「いや、ここは良い街だね。芳澤さんから話は聞いていたけど、人も温かいし食べ物も美味しい。惣菜大学?っといったかな。あそこのビフテキなんて毎日食べてるよ」
「……どうも」
「あ、天城屋旅館にもお邪魔したよ! 広くて良い温泉だった…。ちょっとお金が無くて泊まれなかったけど…。…あ、もしかして雪雫ちゃんは毎日入り放題だったり?」
「……実家に居る時は…、まぁ」
なるほど。彼は正しくカウンセラーだ、と雪雫は思った。
変な緊張感を持たせない様、当たり障りのない話から切り込み、隙あらば質問を投げ掛ける。私が口数少ない事も、今の問答で見抜いた事だろう。
「…そう、固くなることは無いさ。無理に話そうとする必要は無い…。少しでも楽しんでくれれば僕はそれで十分さ…。ね?」
・
・
・
彼と出会ってから30分ほどが経過した。
八十稲羽の事、丸喜自身の事、私自身の事…。
極一般的な世間話を交えた後、話は段々と本題へシフトしていった。内容は勿論、私が抱いている周りとのズレについて。
「……なるほどね。ズレ、かぁ……」
黙り込む丸喜を余所に、りんごジュースを口へと運ぶ。
疲れた身体に染み渡る糖分。悪くない。
「…君、無理に強くあろうとしていないかい?」
「…強く……?」
「周りとの齟齬、違和感。それは人である以上、誰もが少なからず感じている事だ。問題はそれと向き合うか、それとも受け入れるか、という事。話を聞く限り、君はその違和感に真正面から向き合おうとしている、それも、自身が納得するまで」
「それの何が悪い?」
「悪いとは言わないさ。そういう向き合い方もある。しかし、それ以外の道もある。大事なのは自分にとって楽な方に進むこと」
「…………」
「あまり、こう言う大人は居ないだろうね…。でも僕の持論はこうだ。逃げても良い。全てを自身で解決する必要は無いんだ。
つまり、達観しろ。という事か。
自身で出来ない事は諦め、身の丈にあった選択を取る……。
本人は否定していたが、これも1つの大人の在り方だろう。
「…そんな、映画じゃあるまいし……」
「お、君ってもしかして映画好きだったりするかな? 良いよね、マトリックス! いやぁ僕も結構映画好きでね、よく例え話に持ち出したりするんだけど…これが中々伝わらなくて……。 ──ごめん、話が逸れたね」
「……現実は創作物じゃない。助けが欲しい時に、助けが来るなんて都合の良い事……。だから私は──」
「それは強者、力有る者の意見だよ。…君の育った環境に、もしかしたらそういう人が多かったのかな? でもその実、その数はほんの一握り。──事実は小説より奇なり。という言葉があるだろう? 現実が自分の認知を飛び越える事だってある」
「………自分の、認知…」
「大丈夫、君が思うよりも世界は歪に出来ていないさ」
▼
結局あの後、丸喜は持論を続けたが、それをこちらに押し付ける事は一切しなかった。
あくまでも個人的な意見であり、主観に基づいたもの。というスタンスを崩すことは無かった。
その姿勢がかえって、私の思想をそっちへ誘導するのだから、狙ってやっているとしているのなら、彼は詐欺師に向いていると思う。
「救世主の到着…か」
確かに誰しもがネオに慣れる訳が無い。
救世主がたまたま彼だったのでは無くて、彼だから救世主となったのだ。
現実が自身の想像を…認知を飛び越える。……確かにその日を待つ方が今の私にとっての最善策──。
「………認知?」
認知。
人にとっての、または一個人にとっての当たり前な世界。常識。
その内面を表した、認知世界。イセカイ。
「……八十稲羽の人達にとっての当たり前って?」
思考を巡らす。
かすみは言っていた。5年前に戻ったみたいだと。
5年前の「当たり前」。
まずは連続殺人事件。これが5年前の大きな出来事。
3人の電線に吊るされた被害者。…足立透。
(違う。もっと周知の、誰もが知って居る普遍的な現象…)
例えば天気。
雨、濃霧。
(雨……? マヨナカテレビ?)
怪異と聞いたが、実際にテレビ番組を模しているなら、何処で撮られている?
いや、その実態はどうでもいい。その番組を見た人間は、どう思う?
映像として、実際にテレビに映る以上、テレビという媒体を介する以上、何処かに撮影場所があると考えるだろう。
つまり、マヨナカテレビが当たり前ならば…。
個人の認知の具現化がパレス、大衆の認知の表れがメメントス。
(試す価値はある……か?)
マヨナカテレビは八十稲羽だけの怪異だったという。
つまり、その有り得ない事象を日常と捉えていたのはこの町の人間達。
「………」
スマホを取り出し、帰省中は使う事が無いだろうと思っていたアプリを取り出す。
これと付き合ってまだ数か月だが、もう見慣れてしまった画面。
「場所は…この市内全域……? なら入力は要らない、かな……。キーワードは………マヨナカテレビ?」
我ながら突飛な発想だとは思う。
モルガナが言っていたじゃないか。メメントスが大衆の認知…、つまり集合無意識だと。既にメメントスがある以上、この町だけが別の括りにある訳が──。
『候補が見つかりました』
「………!!」
誰しもが救世主になれる訳では無い。それはそうだろう。きっと慣れる人は初めから決まっていて、それは多分私では無い。
手が届かない高み。私には眩しすぎる存在。
でも、だからこそ。
それの真似事をしたくなるんだ。