PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
何時もの浮遊感、不思議な高揚感。
それらが終わり、目を開ければ瞳に突き刺さる眩しい程のスポットライト。
「眩しい…」
だだっ広い空間。
天井まで伸びる中央のポール。
それを取り囲む様に並んだ赤いソファ。
何処かの劇場だろうか?
「…………」
変な所から入ってしまった様で、いきなり訳の分からない所へ放り出されてしまったみたいだ。
「人の気配…無い。シャドウも居なそう」
溜息を吐きつつ、先程よりも軽やかになった足取りでステージを横断する。
コツコツとヒールが地面を叩く音が耳を擽る。
「……ん、服が…」
頭に乗っかる帽子。私には大き過ぎる黒いコート。それと仕込み鎌。怪盗服…仕事着と言ってもいいだろう。
着慣れ過ぎて気付くのに遅れたが…つまりそういう事だろう。
「……警戒されている。やっぱりイセカイ」
一先ず欲しいのは情報だ。右も左も分からないこの場において、何よりも欲しい情報。
ざっとこの空間を見渡しても、ここが劇場を模したものという情報以外は得るモノが無さそうだ。
「………鬼が出るか蛇が出るか…」
ゆっくりと着実に、周りの警戒を怠らない様。足をこの劇場の出口へと運ぶ。
メメントスとは違い、複数の何かに見られている様な感覚を受けながら、重い扉に手を掛けた。
・
・
・
「特出し劇場丸九座……?」
劇場を出て暫く、オフィスビルの様な内観の白い廊下を進んでいた所、たまたま見つけたフロアマップ。
やはり先程の空間は劇場だったのだろう。どんな劇場かは分からないが。
それにしても丸九……か。
頭に浮かぶのはりせの実家。たまたまか、それとも…。
「……他には秘密結社改造ラボ……熱気立つ大浴場? それと…」
劇場と同じくらい大きい複数の空間にそれぞれ割り振られた名前。
「雪子姫の城……?」
気になる。ものすごく気になる。
イセカイで見つける肉親の名前。気にしないというのが無理な話だ。
直球。あまりにも直球過ぎる。
そうしたら丸九というのは、やはりりせを指すのかもしれない。
「……八十稲羽になぞって…。いや、行方不明者?」
正直ラボや浴場は良く分からないが、後の2つが特定の人物を示しているのなら…。
「あの時の行方不明者はイセカイに放り込まれていた……ということに…」
りせも雪子も互いに1週間ほど連絡が付かず、捜索願いを出された経緯を持っている。それも丁度5年前だ。
「………いや、今はいい」
過去の事件の背景を知った所で、それはあくまでも過去のものでしかない。今回の異変に関連しているのかすら不鮮明だ。
調べる価値が無い、という事では無い。単純に優先度の話だ。
「…入口を探そう」
順をなぞらえるのならばまずは入口。そして潜入ルートの確保。
今回はたまたま無事だったが、潜入した途端、シャドウのど真ん中など冗談でも笑えない。
イセカイナビで入れた以上、構造はパレスやメメントスと似通っていると考えれる。つまり何処かに最深部がある筈だ。
つまり今の目的は潜入口の確保とそこの安全性の確認。当面の最終目標はこの世界の核を探す事。
「…………取り敢えず、下に降りよう…」
どういう構造になっているかは不明だが、どうやらここは建物でいう所の3Fに位置するらしい。現実世界の常識に当て嵌めるならば、下に降りれば入口があるだろう。
……何処までこの考えが通用するかは分からないけど。
「……落ち着かないな…」
相も変わらず敵意の無い視線に晒されながら、雪雫は下の階へ降りて行った。
▼
現実世界と異世界の境界面の揺らぎを確認。
規定に基づき、迅速に対処するであります。
「──ったく! あんの寝坊助!!」
先に飛び出していった彼女の言葉を思い返し、悪態を吐く銀髪の少女。
「クマ!! 入ってきた反応っちゅうんは間違いおらへんのやな!?」
「ま、間違い無いクマ~! 反応はとてもタイニーだけども…。今もあのコの反応をビビッと受信中クマ!」
一つに纏めた銀髪を揺らしながら、件の反応を示す場所へ駆ける少女と、クマと呼ばれたテーマパークのマスコットキャラの様な風貌の生き物。
「アイチャン、もうすぐ目的地に着いちゃうクマっ! えぇ…、ちょっとスピーディ過ぎない??」
「リミッターを無理矢理外して、アホみたいに出力が上がる機能があるからなぁ……」
「そ、そんなの…、生身の彼女に向けられたら───」
「だからこうして急いでんねん! 早まるんやないで…、──アイギス」
▼
同時刻
「マヨナカ…テレビ局……?」
雪子姫の城に後ろ髪引かれつつも、無事に辿り着いた1階にあたるであろうだだっ広いエントランス。
その中央のカウンターに五月蠅いくらいに主張する「マヨナカテレビ局」の文字。
「ここが撮影場所…? ならさっきの劇場とかお城はスタジオ…」
それならばあの眩しいスポットライトも、敵意の無い視線もある程度は納得がいく。
「全体の構造は……。ここでは全部分からない、か」
そこは何時も通りと言えば何時も通り。いや、ここは個人のパレスでは無く、恐らくではあるが大衆の意識が混じり合った世界。メメントスに当て嵌めるのであれば、毎日構造は変わる筈。
まぁいずれにせよ、結局は自分の足で調べる必要があるという事。
(シャドウの気配は依然感じない……。探索を続けるべきか、それとも───)
ふと、足音が耳に届いた。
シャドウでは無い。しかし、かといって人でも無い。そんな気配。
音の間隔は短い。軽快なテンポの半面、その音は重い。
まるで映画に出てくるアンドロイドそのものだ。
「オルギアモードに移行。対象、迅速にギッタンギッタンにするであります」
「っ!!」
ふと、足音が聞こえなくなったと思えば、今度は頭上から無機質な声。
明確な敵意を感じた雪雫は、即座に後退。
十分に距離を取り、先程まで自身が居た場所に視線を送れば、テレビ局のカウンターは見るも無残な瓦礫へと変貌し、床にはクレーターが出来ていた。
「……対象、未だに健在。存外に軽快…」
「───誰?」
土煙が漂う爆心地に目を凝らせば、ゆらりと立ち上がる人型の何か。
シルエットは女性を思わせる細さと丸みを帯びているが───。
「対シャドウ特別制圧兵装七式。個体名アイギス。スリープされた後、再調整され機体性能がアップデートされた、実質的な最新型であり、ハイカラな機体であります」
白い服に身を包んだ金髪の少女。
顔は西洋人形の様に精巧で、全体的に可憐な印象を受ける。
……その所々に見られる機械的な要素を除けば、だが。
「………あの時の」
八十稲羽に帰って来たまさにその日。タクシーの窓越しにふと見かけた2人の少女。その片方。
「というか…、対シャドウ……? ハイカラ………?」
僅かに驚きの色を浮かべている雪雫を余所に、機械の乙女は淡々と告げる。
「マニュアルに基づき、イレギュラーである貴女を掃討…もしくは捕縛する必要がありと判断。…つまり、悪く思うな、であります」
「っ!!」
瞬間、驚異的な速度でアイギスと名乗る少女が迫る。ジョーカーと同等か、もしくはそれ以上の。
雪雫の顔を目掛けて突き出された手刀。常人であれば反応出来なかったであろう。
しかし、相手は怪盗団きっての切り込み隊長。とっさに構えた大鎌の柄でその鋼鉄の手を受け止める。
「……正直、驚きを隠せないであります」
「それはどうも……」
構図的には良く見る光景。鍔迫り合いというやつだ。
…お互いの得物が些かイロモノ過ぎるが。
(……重い。分が悪い)
自身を機体と称した通り、その見た目とは裏腹に一撃は重く、その感触は堅い。
いくら自身のペルソナ能力で身体能力を強化しているとは言え、そもそも生身である雪雫との違いは明らか。
(真正面からぶつかるのは当然不利。なら)
お互いの力が真正面からぶつかるこそ出来るこの構図。
だからこそ取れる手段。
「おや…」
ふと、雪雫は力を抜いた。
手刀を受け止めていた柄を片手に持ち替え、支えを失った凶器は空を切る。
力が空回る形となったアイギスは呑気な声を上げながら、その身体のバランスを崩す。
そして位置が低くなった彼女の顔に目掛けて打ち込まれる靴裏。雪雫の回し蹴りだ。
「なるほど。対象の認識を改める必要がある、であります」
「……痛い」
勢い良く蹴り飛ばされながらも、何とも無い様な態度のアイギスと、足をブラブラとさせながら呟く雪雫。
まぁ、鉄の塊を蹴った様なモノなのだから無理も無い。
「今の攻防から推測するに、対象は近距離戦闘に対して豊富にデータがある様子。ならば適切に対処します、であります」
ガシャンと冷たい音がしたと思えば、雪雫に向けられる無数の銃口。
指先、頭の上のカチューシャ、そして背中から伸びるガトリング。
「……物騒」
「外部装備へアクセス…。クリア。動作、問題無し」
少女の可憐な声とは裏腹に、けたたましく唸る銃身。
「フルバースト」
「──めんどくさい」
白髪の少女は、心底めんどくさそうに目を細めた。
・
・
・
一定だったアイギスの表情が、驚愕に染まる。
「……そんな、有り得ない…であります」
正直、やり過ぎだとは思っていた。
いくら目の前の少女の実力が未知数であったとしても、オルギアモードに加えて、外部兵装まで持ち出したのだ。
掃討、までは行かなくとも、戦闘不能くらいには持ち込めるだろうと。
しかし、その少女はさらにその上を行く。
(当てる所か、掠めることすら出来ないなんて…!)
白い髪を揺らしながら、少女は避ける。踊る様な足取りで。時折その大鎌で弾を弾きながら。
アイギスの腕が悪いわけでは無い。寧ろその逆。その照準は正確無比であり、そしてそれは今の状態においてはさらに磨きがかかっている。
しかし、雪雫はそれをモノともしない。
最小限の動きで、ギリギリ掠めない程度の距離感で、凶弾を避ける。対処仕切れない弾は、得物でシャットアウト。
ハッキリ言って、異常だ。
(この少女は…一体!?)
探る。探る。
自身に保存されたデータを。しかし、目の前の少女に該当しそうなモノは見当たらない。
「──貴女は何なんですか!?」
「……?」
銃弾の雨が止んだと思えば、次に雪雫に向けられたのは純粋な疑問。
「今回の首謀者は……。貴女の様な新型まで…!?」
「新型? …いや、確かに機械って言われたことはある…けど……。え?」
何かの冗談か。それともこちらを油断させるためのハッタリか。
あまりにも唐突な言葉に、雪雫の思考がそちらに絡めとられる。
「攻防の能力を削ぎ落し、驚異的なスピードと柔軟性に特化させた新型と判断。対応力では勝てない。ならば、力で押し潰す、であります」
「何を言って──」
「ペルソナ、レイズアップ。アテナ!」
「っ!!」
声と共に、彼女から漏れだす力の奔流。眩い光。そして背後に現れた槍と盾を携えた女神。
「ペルソナっ!?」
「対象、ロック。お願いアテナ!」
驚愕に染まる雪雫を余所に、無慈悲に迫る炎を纏った矛。
受ければ必死。避けても大ダメージは免れない。それもその筈。相手はペルソナなのだから。
力で押し潰す。良く言ったものだ。
「っ。ジャンヌ・ダルク!!」
右も左も分からないイセカイで、唯一遭遇した何か知ってそうな人物。
話し合いの余地があるかもしれない。一縷の望みに掛けて温存していたが、そうも言ってられない状況になってしまった。
「っ! ペルソナ能力……! やはり!!」
「受け止めて!」
敵を殲滅する為の矛と、守る為の盾。
互いの力が衝突しようとした、その時。
「そこまでや!!」
「スト―ップ! ストップクマ~! セツチャンもアイチャンも、ストッププリーズ!!」
凛とした少女の声と、気の抜けた声が2人の耳に届く。
「───姉さん」
「───クマ?」
少しでも遅ければ手遅れだっただろう。
先程までの緊迫感と打って変わり、2人の少女の間の抜けた声が響いた。