PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
4月14日 木曜日 晴れ
連日の分厚い雲が嘘の様に無くなり、澄み渡る青空が広がる今日。
誰もが朗らかな太陽に照らされながら歩く中。
白髪の少女と黒髪の女性記者は、僅かに壁越しから歌声が聞こえる薄暗い密室で向き合っていた。
「……よろしく、大宅」
「えぇと、なぜカラオケボックス?」
今をトキメク現役女子高生歌手、天城雪雫。
その透き通る様な歌声と、心に残る歌詞から、若い世代を中心に――――。っていう紹介はもう良いだろう。
うん、初めましてっていう訳でも無いんだし。
この書き出しはナシナシ。
「大宅の会社じゃ、落ち着かない」
取材には殆ど取り合わず、テレビ出演もしない(特集は勝手に組まれてる)、露出も自身の活動範囲内のみ。この事から、メディア嫌いと業界内では噂されている少女、天城雪雫。
そんな彼女から、アタシになら取材を受けても良い、と連絡が来たのは数か月前の事。
「まぁ、結構ゴチャってるもんなぁ…」
自身が身を置く編集部の惨憺たる状況を思い返し、苦笑いを浮かべる大宅に、雪雫は小さく首を振る。
「そっちじゃなく、大宅の上司」
「……プッ、あっはははは! そっかそっか、雪雫は部長が嫌いか! そりゃ会社には行きたくないわな!」
落ち着いた普段の様子からは想像出来ない、子どもらしい我儘に、思わず大宅は腹を抱える。
「……? 変な事、言った?」
「あー、お腹痛い…。いやぁ? 至極真っ当な意見だと思うよぉ。アタシもあいつ嫌いだし」
そう。と小さく呟く目の前の少女の目を見つめる。
日本人じゃまず有り得ない、透き通る様な赤い目。こちらの心の奥まで見透かしている様な、そんな目。
もしかしたら編集部に来なかったのは、私が部長の事が嫌いというのを見抜いての事なのかもしれない。そんな事、一言も言った事は無い筈だが、この少女なら見透かしていても不思議ではない。
「でも、ララちゃんのとこでも良かったじゃない。お酒飲めるしぃ。あ、アタシがね!」
「補導される」
「それもそうか」
夜の新宿にこんな少女が一人居れば補導は必然。
寧ろされなかったら、警察にこの税金泥棒!と怒鳴りつけるところだ。
やらないけど。
「さぁ、世間話はこれ位にして、取材に入りますかねぇ。今日も良い話、お姉さんに聞かせてね」
「ん、善処する」
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最初、連絡が来た時は戸惑った。
天城雪雫がメディア嫌い、という噂を聞いていたからというのもあるが。
何故、私に?
単純にそう思った。
以前の経歴を踏まえても、彼女との接点等まるで存在しない。
何より、三流雑誌のゴシップ記者である私に、トップアーティストである彼女が連絡を寄越した事が不思議でしか無かった。
部長はまたとないチャンスに鼻息を荒くしていたが、アタシはそうはならなかった。
何か裏があるのではないか。
こんな何処にでも居る様なゴシップ記者を相手にするメリットなど、普通は無い。
相手は十代にして、成功した勝ち組だ。何か意図が、打算的な考えがある筈だ。
彼女と会う直前まで、考えに考え込み、そして―――。
りせに言われたから。
実際に会った時、彼女はそう言った。
りせ―――、つまりは久慈川りせに、アドバイスされたから、取材を受けようと思っただけ。
アタシを選んだのは、過去に読んだゴシップ記事の言葉のチョイスが面白かったから。
ただ、純粋にそれだけだった。
それ以上でもそれ以下でも無かった。
直前まで勘ぐっていた自分がアホらしく思えたと同時に、彼女に対して抱いていたイメージも変わった。
天城雪雫という少女は、損得勘定で物事を決めれるほど、器用じゃない。
彼女は有りのまま、思うがままに行動する。
隠し事が出来ないのか、隠す必要が無いと考えているのかは分からないが、気分のまま、雲の様に。
取材をして何度も驚いた。
他の人なら戸惑う事も、平気な顔して口走るのだから。
これが別の記者なら、喜々として全てを世に晒していただろうが、アタシはそこまで落ちぶれていなかったらしい。
何時間も、何日もかけて、記事にしていい内容と、そうでない内容を選別し、彼女の言葉が意図せず変化しない様に、細心の注意を払い……。
正直、面倒臭いったらありゃしない。
事実、何も考えず、ある事ない事騒ぎ立てるゴシップ記事の方が100倍楽だ。
しかし、この面倒臭さが、懐かしいと感じていたのも事実だ。
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「………なぁるほどねぇ。りせちーが…、ふぅん」
「一緒に寝る時は、ずっとベッタリ」
「相変わらず仲がよろしい事で。……使えねぇな、こりゃ」
雪雫のプライベートに事について興味本位で聞いてみれば、顔を覗かせたのはトップアイドルの裏の顔。
自身にとっては普通の事でも、人によっては劇薬となり得る事を、どうやら雪雫は知らないらしい。
なぜ付き合っていないのか不思議になるくらい、その内容は甘ったるいものだった。
こんなの記事にした暁には、今後のりせちーの活動にも影響が出てしまうだろう。(それはそれで受けそうな気もするが。)
一応、事務所所属のアイドルである以上、ブランドは保ちたい筈だ。
カットカット。
この質問は無かった事にしよう。
「前から思ってたんだけどさ、アンタ素直に喋り過ぎじゃない? 少しはそういう所に神経使わないと、あらぬ事まで世間に晒されちゃうわよ」
「だから大宅だけに喋ってる」
「……へ?」
「大宅なら、信頼できる、から」
「へー…信頼、ね」
面と向かって言われると、少々照れくさい。
綺麗な赤い目が、真っ直ぐとアタシに注がれている。
「……ま、期待に応えられる様、頑張りますよ」
記事を一本書くには、まだ内容が薄そうだ。
どうせ、添削したら半分以上がボツになるだろうし、たまには根気良く取材を続けて見ますかね。
小さなカラオケボックスで行われた取材は、雪雫の元にりせからの連絡が来るまで続いた。
▼
同日
渋谷駅
竜司に付き合い、天城雪雫を探して学園中を駆け回った帰り道。
渋谷駅の片隅で見知った顔を見付け、蓮は足を止めた。
「集中出来ていないみたいだし、もう帰って良いよ」
カメラを持った男にそう言われた少女、高巻杏は顔を曇らしたまま、足早にその場を去った。
遠のいていく彼女の背中を何処か嬉しそうに見送った後、残ったもう一人の女が媚びる様な声音で、男に話しかける。
「…………」
何かの―――いや、雑誌の撮影だろうか。
高巻杏という少女は、モデル業に携わっている。と言う話を竜司から聞いたことある。
「……高巻さん……………」
自然と、帰り道とは逆方向の、彼女が向かった方向へと足を進めていた。
鴨志田のパレスの中で見た光景。
学園内で蔓延る彼女に纏わる噂。
放っておける筈は無く、次第に足の進みは早くなり、気づけば必死に彼女の姿を探していた。
そして―――。
「―――先生、それ話が違くないですか!?」
渋谷の駅前広場で、「先生」と呼ばれる人物と電話しているのを、耳にした。
「……あ―――」
小さな呟きと同時に、彼女は往来の人の目を気にせずその場に座り込む。
形の良い眉が眉間により、その目に涙を貯め、僅かにスマホを持つその手が震えている。
それでも、覚束ない指でスマホを操作しようとしたその時、彼女は蓮の存在に気付いた。
「アンタ…! ちょっと…、聞いてたの!? ……趣味悪くない?」
先程の表情とは打って変わって、抗議するような目で蓮を睨め付ける彼女。
聞き耳を立てていたという事実には変わりなく、あれこれと言い訳を脳内に浮かべている蓮だったが、次第に彼女からの圧が弱まっていくのを感じて、その考えを止める。
「……話、聞くよ」
「…………」
出来るだけ優しく、包み込む様に言葉を紡いだ蓮に対して、答えは続かなかったものの、代わりに彼女は小さく頷いた。
・
・
・
ビックバンバーガー。
渋谷のメイン通りの中央に位置する、ハンバーガーチェーン店。
名前の通り、宇宙をモチーフにした店内装飾が施され、メニューも銀河に由来するモノとなっている。
中でも目玉はビックバンチャレンジという、人の身体の限界を無視した、超ド級の巨大ハンバーガ―だが、それに挑む状況では無さそうだ。
平日の夕方というのもあり、店内は学生中心に賑わい、頻繁に人の入れ替わりが行われている。
彼女の様子を見るに、あまり人に聞かせる内容では無いだろうと思い、比較的客の入れ替わりが無い奥のテーブルに彼女を案内し、高巻さんの口が開くのを待った。
気まずい雰囲気を誤魔化す様に、注文したお茶を半分ほど喉に流し込んだ所で、彼女は恐る恐ると言った様子で言葉を紡ぎ始めた。
「…………」
最初は鈴井志帆との馴れ初めや、彼女が送っていた学校生活等、明るくて華やかな話だった。
しかし、次第にその話にも影が差してくる。
後半になるにつれて、話に出てくる回数が増えた人物、そう鴨志田だ。
最初は生徒を純粋に心配する、そんな教師の仮面を被っていたらしい。
鈴井さんのメンタル面から、バレー部でやっていけない事を危惧した鴨志田は、彼女と仲の良い高巻さんに相談を持ち掛けた。
顧問としては鈴井さんをレギュラーから外すことを考えている。しかし、それを考え直す用意もある。それには鈴井さんの事をもっと知る必要がある、と。
初めから下心あっての行動だろうが、親友のピンチに高巻さんは気付けなかった様だ。
後は大方想像通りだった。
気弱な鈴井さんを守る為に、高巻さんは身を扮し、鴨志田はそんな彼女の健気な様子で気を良くし――――。
身体を差し出す様に迫った。
「…どうしよう……、ねぇ……? …………どうすればいい?」
ひとしきり話した高巻さんの瞳から、大粒の涙が零れだした。
彼女の水色の瞳が歪み、それを隠す様にその手で覆われる。
「…………」
泣きじゃくる彼女を前に、蓮は掛ける言葉を持ち合わせてはいなかった。
▼
「…………」
「いらっしゃいませ! ご注文はお決まりですか?」
物静かな雰囲気の白髪の少女、雪雫は朗らかな笑みを浮かべた店員の前で、メニューに視線を落とし、しばらく考え込む。
「限定アースバーガー、ビックバンバーガー。ポテト2つ……。あと、ビーナスサラダ」
「かしこまりました! ………1960円となります!」
「……ん」
財布から代金分を取り出し、会計を済ますと、「少々お待ちください!」と言葉を残して、店員は厨房の方へと消えていく。
人手が足りないのであろう。
雪雫の後ろにも二組ほど待っている人々が居るのにも関わらず、レジが解放される様子は無い。
「…………」
暫く時間が掛かりそうだ、と人の出入りの邪魔にならない店の隅へ移動して、ポケットからスマホを取り出す。
「……あ…」
一瞬、ゲームを開こうとしたが、彼女へ返事を返していない事を思い出して、メッセージアプリをタップする。
ジャンキーな食べ物が食べたい!!!というメッセージが最後に表示されたりせとのトークルームを開き、慣れた手つきでキーボードを叩く。
『ビックバンバーガー買って帰るよ』
普段の彼女と同じ様に、簡潔でシンプルな文。
「……ん、おっけ」
りせへきちんと送れたことを確認した雪雫は、欠かさずプレイしているアプリゲームのアイコンをタップし――――。
「君は―――」
ようとした所で、制服を着た黒髪の少年に声を掛けられた。
「…? 私を、知ってる?」
「え、あ……、うん。前にルブランで……。それに、同じ学校だし」
「………分からない」
「そっか……」
深く考え込んだ様子の雪雫だったが、どうやら記憶に無いらしい。
申し訳なさそうに眉を顰めたその表情が、全てを物語っていた。
「ごめん」
「気にしないで良いよ」
ルブランで会ったはいえ、時間にすれば五分も無い。
無理もないか、と蓮は結論付けて、彼女の瞳を覗く。
「………」
やはり、見れば見る程、雑誌やテレビの特集で見る彼女と重なる。
天城と言う苗字もそんなにありふれた物では無い。
竜司の言う通りなのだろうか。
「……何?」
蓮の観察する様な視線に、居心地の悪さを覚えて、雪雫は訝し気な表情を浮かべる。
「……いや、似てるなって。その…彼女に」
そう言いながら、蓮は自身のスマホを取り出し、登校中に見ていたネットニュースの記事を見せる。
そこに書かれているのは「天城雪雫」の新曲に関する内容と、彼女のアーティスト写真。
「………はぁ」
少し、ほんの少しだけ、雪雫は面を喰らった様子で目を見開いたが、すぐに何時もの調子に戻り、溜息を吐く。
「似てるも何も、本人」
「…………ホントに?」
想像以上にあっさりとした反応が予想外だったのか、蓮は思わず聞き返す。
「疑う余地、ある?」
「いや、学園の皆が、気づいて無さそうだったから。その、別人なのかな、って」
蓮の疑問も最もで、目の前の少女は世間に晒している姿そのままで学校に通っている筈なのに、誰も彼も彼女の話をしようとしない。
まるで自分自身と他の人で、見えているものが違うのではないかと思う程に。
「……みんなが鈍感」
そんな訳ないだろ。と突っ込みたかったが、それは叶わない。
どうやら彼女の注文の品が出来たらしく、店員が持ち帰り用の袋を雪雫に渡す。
用事を済ませた雪雫に、この場に留まり続ける理由は無い。
身を翻し、ハンバーガーの入った袋を携えて、雪雫は店の出口へと足を運ぶ。
ここで声を掛ける程の度胸も関係値も、今の彼には無い。
小さくなっていく彼女の背中を眺めていた時、蓮の中にふとした疑問が生まれる。
「そういえば、学校……」
日中、正確に言えば放課後も含めてだが、蓮は竜司と共に彼女を探し回ったが、結局見つける事は叶わなかった。
加えて彼女は今、学校帰りの学生がごった返す平日の夕方にも関わらず、制服は着ておらず、白いワンピースに黒いジャケットを羽織っていた。所謂、私服だった。
「…今日は………、仕事?」
そう言い残して、雪雫は駅の方へと消えていった。
「何で自分の事なのに、疑問形なんだろう……」
不思議なもの言いの彼女に、釈然としないが、泣いたまま去った高巻さんが気がかりだ。
学校に通う「天城雪雫」とアーティストの「天城雪雫」が同一人物という事が分かっただけでも十分だろう。
「……パレス、か」
異世界で出会った猫(?)、モルガナに言われた事を思い出しながら、蓮も彼女達に遅れて帰路に着いた。