PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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56:Who did it?

 

 

「いらっしゃい───って雪雫」

 

「……ただいま」

 

 

 指先までぴっしりと伸ばし、お手本のような正しい所作で、規定通りに出迎える女将…つまりは雪雫の母。

 その相手が娘だった事に気付き、僅かに雰囲気を崩すものの、それでも損なわれない気品が感じられる。

 

 

「そちらは? お友達?」

 

 

 愛想の良い笑みを浮かべ、その視線は雪雫の後ろに居る2人の少女へ。

 旅館を興味深そうに眺めていた2人だったが、視線に気付くや否や、視線を彼女に移して口を開いた。

 

 

「おー、雪雫に似て随分と別嬪さんやなぁ」

 

「初めましてお母さま。私はアイギスと申します。こちらは私の姉のラビリス。東京で知り合った、友達であります」

 

 

 友達。

 その言葉を聞いた途端、雪雫の母は心底嬉しそうに破顔する。

 まるで有り得ないものを見たかのように。

 

 

「……まぁ! 雪雫にりせちゃん以外の友達なんて珍しい!」

 

「……………他にも居るし」

 

 

 白髪の雪雫、銀髪のラビリス、金髪のアイギス。旅館の雰囲気にはミスマッチな3人。傍から見ればただの外国人観光客に見えるだろう。

 他の旅館客からの視線に晒されながらも、アイギスが女将の瞳を真っ直ぐ見据えて、口を開く。

 

 

「ミセス天城。折り入ってお願いがあるのですが───」

 

「?」

 

「私達の宿泊を許可して頂きたい、であります」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 旅館の楽しみと言えば、と聞かれれば大体候補に上がって来るであろう温泉。

 普段とは違う土地で、少し贅沢な環境で浸かる大浴場は、格別と言っても差し支えないだろう。

 

 

「洋服はそこに。シャンプーは…備え付けの気に入らないなら、雪子の貸す。タオルの予備はそこ。使い終わったら籠に入れて」

 

「手慣れていますね」

 

「まぁ、実家だし」

 

 

 しかし、旅館客からしてみれば贅沢な環境も、雪雫にとっては何時もの風景。幼少期から毎日、この浴場で身体を清めていたのだから無理も無い。

 

 

「…おぉ、何と広大な面積……。泳げそうですね」

 

「………やっぱり大きいお風呂って泳ぎたくなるの?」

 

 

 雪子は良く泳いでいたな、と雪雫は思い返す。

 泳げない雪雫からするとよく分からない感覚だが、千枝もそんな感じのこと言っていたし、普遍的な感覚なのだろう。

 

 

「いえ、私自身はそう思いませんが。こういう場ではそう口にするものだと聞き及んでおります」

 

「……そう」

 

 

 特段恥ずかしいとは感じ無いものの、りせと雪子以外の人間に肌を晒すのは初めてかもしれない。

 雪雫はぼんやりと考えながら、視線はアイギスへ。

 

 

「……そういえばアイギスって水に浸かって平気なの?」

 

「はい。このアイギス、完全防水性にて。水棲型のシャドウに対してもバッチリ対処可能であります」

 

「…そんなシャドウいるの?」

 

 

 真顔でそう言うものだから、本気で言っているのか冗談なのか、今一分からない。

 

 

「フフっ。ジョークであります。アンドロイドジョーク。真面目な話をすると、私達、対シャドウ特別制圧兵装はこの通り人型。任務の内容次第では、人間社会へ溶け込む必要もあります。こういう些細な日常生活1つとっても、再現出来ねば任務は務まらない……。だからそういう意味も含めて防水機能が備わっているであります」

 

「でもラビリスは……」

 

「ああ、姉さんは旧型ゆえ……。まぁ、アンドロイドにも色々ある。という訳です」

 

「ふぅん」

 

 

 何度か言葉を交わして分かったことだが、アイギスは時折、今の様に言葉を濁すことがある。

 まぁ、語りたくない。もしくは語る必要が無い、という判断だろうが、前者だとしたらそれはもう人間と言っても差し支えないだろう。……関節部分にちらりと見える機械部分に目を瞑れば、だが。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 暫しの沈黙。

 雪雫と息遣いと、水面を揺らす水音だけが耳に届く。

 そんな静寂の中、ふと雪雫はアイギスの視線に気づき、訝し気に眉を顰めた。

 

 

「……何? 人の身体をマジマジと」

 

「……いえ…」

 

 

 足先から頭。腰、肩、胸。舐め回す様な目つきが雪雫の身体にヒシヒシと刺さる。

 

 

「その…平たいなーって」

 

「…もう一度戦う(やる)?」

 

 

 自身に無頓着。大抵の事には動じない。

 そんな雪雫であっても気にしていることはある。いや、つい最近になって気にし始めた。と言った方がこの場合は正しい。

 

 

「すみません、謝罪します。言葉が不適切でしたね。……えぇと、小さいなーっと」

 

「今度は手加減しない」

 

 

 そう、それはこのやり取りでも分かる様に身体の小ささ。子どもと言っても差し支えのない身体つき。

 

 雪雫とて最初は気にしていなかった。人には成長の限界値があり、それは人によってバラバラだと理解していたからだ。雪子は胸が小さく、直斗は大きい。逆に直斗は身長が低く、雪子はそこそこある。

 それを理解していたものだから、自分はあまり成長が見込めない。そんな人間なんだろうなーっと何処かで諦めがついていたのもあって、気にしていなかった。───あのトップアイドルとの半同棲が始まる前までは。

 

 雪雫はりせが好きだ。それは間違い無いようの無い事実であり、周りも気づいている。というか、周りは早くくっつかないかなーとまで思っている。

 

 しかし、雪雫には恋愛の定石など分からぬ。

 今の今まで、そういう経験などしてこなかったし、真面目に人に向き合うなんてりせが初めての経験だったのだから。本やゲームで知見を得ようとも、経験が無いのだから今一納得出来ず。

 結果、板に付いてしまった受け身の姿勢。自分からは決定的な手札を切らないが、あえて隙を作ってりせの理性の牙城を崩す、相手を誘う戦法。

 撮影前のワックス塗り、メイド服でのお出迎えエトセトラエトセトラ。一緒に寝るもお風呂に入るのも、全てはりせの理性を崩す為。

 

 恋愛音痴な雪雫だが、これだけは知っていた。

 

 既成事実を作れば勝ち

 

 だと。

 

 

 しかし、どんなに手札を切っても雪雫の身体は未だに傷一つ無い乙女の身体。

 何も状況が変わらないまま半年。彼女の頭には一つの考えが浮かんだ。

 

 私の身体って魅力が無いのでは?

 

 

(好きでちいさいままいるんじゃない。まだ、まだ成長期が来てないだけ…。成長すればきっとりせも私を大人だと思って………。ていうかそもそも、りせは何でここまでして手を出さないの?私は何時でもいいのに。優しい手付きも、本能のままの激情も。私は全部受け入れるのに。なんでなんでなんでなんでなんでなんで)

 

「? 湿度の僅かな上昇を確認。明日は雨でしょうか」

 

 

 

閑話休題

 

 

 

「そう気を悪くしないでください。不思議、と思っただけです。データによると、貴女の身体的な数値は以前と変わりありません。成長には個人差がある…その事を差し引いたとしても───」

 

「……はぁ、そのこと。それなら、知り合いの医者にも言われた。でも検査の結果は健康そのもの。持病の後遺症も無し。……これが私にとっての普通」

 

「…………ふむ。…人体というのはかくも不思議な───」

 

「それはそれとして……。以前、か。ラビリスもそうだけど私の事、前から知ってる風だけど……。その事は教えてくれるの?」

 

「……全てを詳細に話す訳にはいきません。これでも私達、MIBなので」

 

「…それは例え話でしょう……」

 

 

 まぁ、そうですね。最低限伝えるとするならば。とアイギスは夜空に浮かぶ月を眺めて口を開いた。

 

 

「貴女は患者で私は見舞客だった。と言っておきましょう」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

8月19日 金曜日 雨

 

 

 中央にテレビが積み上げられ、スポットライトが見下ろすスタジオの様な空間。

 マヨナカテレビにおける唯一の安全地帯であり、クマにとっての生活圏。

 そんな場所で、雪雫、アイギス、ラビリスは椅子に腰を掛け、ホワイトボードを叩くクマに視線を送った。

 

 

「作戦会議の…始まりクマよ~!!!」

 

 

 ドンドンパフパフ。

 流れていない筈なのに、そんな幻聴が聞こえる。

 

 

「作戦会議…心が踊る響きです。迫り来る脅威に大して、非力な人類が活路を見出だそうとする…そんなシーンが瞼に浮かびます。デンデンデンデンデンドンドン♪ 嗚呼、響き渡るティンパニーのイントロ」

 

(アニメもいけるんだ……)

 

(妹がどんどんサブカルに染まっていく……)

 

 

 天使が侵攻してきそうなアイギスの鼻歌をBGMに、クマはその短い腕を必死に伸ばしてホワイトボードに書き起こす。

 「ブレインストーミング」と。

 

 

「さぁ、どんどん意見をプリーズ?」

 

 

 キリっと表情を決めて3人を見つめるクマに対して、今度はラビリスが感心した様に拍手を送った。

 

 

「よくブレインストーミング何て知っとんなぁ」

 

「ヨースケが言ってたクマよー。素敵なアイデアの始まりはブレインストーミングからって。大学でしっかり勉強しているみたいで、クマも鼻が高いクマ~」

 

 

 うんうん。感慨深そうに頷くクマ。

 

 

「………はい」

 

「ハイ、セツチャン! 積極的な姿勢、大変好ましいクマ~! もう少しちゃんと腕を伸ばしていれば、合格点を上げちゃってたクマ~!」

 

「………解決策を挙げる前に、現状把握が先…だと思う」

 

「……………………………それもそうクマね」

 

 

 

 

 

 

「現在のこの地は、リアルとフィクションが入り混じった状態、と言えます。前者は勿論言わずもがなですね。今ここにいる私達や住人達…。はたまたジュネスや神社などの建物まで。八十稲羽を構成する全てのもの、とでも言っておきましょうか。後者は今現時点で存在する筈の無いもの、もしくは事象。最たるものは、電線に吊るされた死体。頻発する雨と霧。そしてマヨナカテレビ。過去の再放送…と言い換えても良い」

 

「5年前の事件と全く一緒の被害者……。しかもその死体があがるのは霧が濃い早朝…。資料で見た事件とまーんま、一緒や」

 

「私達、シャドウワーカーはこの空間の事をH.E.L.I.X.(ヘリックス)と呼称しています」

 

「この空間? 不思議な言い回し」

 

「………この現象が見られるのは非常に限られた地域…つまりはこの八十稲羽のみ。住人達の記憶の混濁、起こる筈の無い事象、それらを全て現実世界とは別の…つまりは全く別のイセカイと捉えています。そういう意味でのこの空間。まぁ、ただの言葉遊びではありますが」

 

 

 つまりここは常識が通用しない別世界であり、現実世界の八十稲羽と一緒に考えるな。そう言う事か。

 結局は当人の捉え方次第ではあるものの、そう考えると幾分か心の靄が晴れる。極論、今の八十稲羽は私の知る故郷では無いのだから。

 

 

「セツチャンは5年前の事件、何処まで知ってるクマ?」

 

「……被害者は3人。山野真由美、小西早紀、諸岡金四郎。3人がそれぞれ霧が濃い朝、電線にぶら下がって死体として発見された。山野真由美、小西早紀を殺したのは事件の担当刑事でもあった足立透。諸岡金四郎を殺したのは久保美津雄…こっちは前2つの事件に倣った模倣犯。……くらい。まさか、マヨナカテレビなんてオカルトが関わっているなんて思いもしなかったけど」

 

「んまぁ、大体は抑えているクマね」

 

「今起きてる事件も、マヨナカテレビ関連?」

 

「んん…。クマも最初はそう思ってー、テレビ内を駆け回ってんだけどぉ…。どーも表のニンゲンがテレビに放り込まれた形跡が無いのよね~。クマ、当時の事は良く憶えているクマ。現実世界で死体が発見される前日…怖い位にシャドウ達の気が立っていたクマ。でもでも……」

 

「今回に関してはそういう様子は見られない。そうやな?」

 

 

 ラビリスの問いにクマは僅かに眉尻を下げて静かに頷く。

 

 

「……状況証拠的での判断ではありますが、私達は此度の事件…幻や洗脳の類だと考えております。一定の周期で繰り返される殺人事件。それを当たり前の日常として捉えている住人達……。まるで何か質の悪い夢を見させられているかの様…。犯行現場である筈のマヨナカテレビに一切の痕跡が無いのも辻褄が合います」

 

「可能なの?」

 

「まぁ普通は出来ひん。しかし、理論上では不可能では無いなぁ」

 

「そもそもマヨナカテレビというのは、この八十稲羽に住む人々の心が生み出したもう一つの世界……。集合無意識の様なものです。そこに直接干渉出来れば、あるいは……」

 

 

 要するに規模は違えど、本質的にはメメントスと同じ。

 個人が樹葉とするならば、メメントスやマヨナカテレビは樹木そのものという事か。大元が枯れれば葉も腐れ落ちる…理には叶っている。

 

 何故、八十稲羽だけ独立しているかは分からないが。

 

 

「……集合無意識への直接的な干渉………いや、手段は重要じゃない。それよりも大事なのは──」

 

「はい。そこで私が貴女を襲った理由へと結びつきます。即ち、犯人の存在……。此度の事象、間違いなく、人為的に引き起こされたものです」

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