PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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58:Smile angelically.

 

 

 かすみの体温が伝わる。

 触れ合っている手から、彼女の頬から。

 熱に浮かされている様に熱く、確かな意思をこちらに訴えてくる。そんな温度。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 何も聞こえない。店内に微かに流れるBGMも、店員がコーヒーを注ぐ音も。外で親に玩具を強請る子どもの声も。

 まるで時が止まった様。そんな錯覚すら覚える程。

 

 言葉を失った私を、かすみはただただ何も言わずに見つめている。その確かな意思を孕んだ赤い瞳で。

 

 

(───なんて、綺麗な瞳)

 

 

 ふと、そう思った。何も働かない頭でぼんやりと、ただそれだけ。

 何処までも透き通っていて、しかしながら確かな何かを秘めている。そんな強い瞳。まるでキラキラ輝く宝石の様。

 

 手を伸ばせば、一言だけ言葉を紡げれば、すぐにでも届きそう。

 

 眩く煌めく何処までも無限の宇宙を内包した紅い房室───。

 

 

「──っ! いやっ……!」

 

「あ……」

 

 

 瞬間、咽かえる様な圧迫感と背筋をなぞる寒気を感じ、かすみの手を振り払う。

 

 

「…は……っ、はぁ…」

 

 

 走った訳でも無いのに胸が苦しくて、先程まで頬に触れていた手は胸元へ。

 寝起きに冷や水でも掛けられた様に、半ばトリップ状態だった五感は、今は鬱陶しい程に現実世界を訴えてくる。

 

 

「───冗談だよ。雪雫は大袈裟だなぁ」

 

 

 そんな私を見て困った様に笑みを浮かべるかすみ。先程私に話しかけた時の様な仕掛けた悪戯が成功した子どもの様な表情。

 

 

「…冗……談?」

 

「うん。雪雫って表情変わらないから。つい悪戯したくなるんだよね~。だから、ちょっと言ってみただけ。……ああ、そんな顔しないで。今でも十分、私の支えになってるよ。言ったでしょ? 私、雪雫の事よく見てるんだって」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 カラン。と氷が解ける音が響き、付着した水滴がグラスの輪郭を沿って落ちる。

 

 

「………ダメ、だったようだね」

 

 

 眉を顰めて優しく語りかける男。

 

 

「……ええ」

 

 

 心底悲しそうに、俯き加減で口を開く少女。

 

 

「非常に残念です」

 

 

 

 

 

 

マヨナカテレビ エントランス

 

 

 

「雪雫さん、ソーリーです。デート中にお呼び立ててしまって」

 

「デートぉ? 随分と呑気なやっちゃな」

 

「クマ!? せ、セツチャン…リセチャン以外にナオンを……。いつの間にかに遊び人になってしまったクマ…!?」

 

「……ただの友達、だから………。それより、要件は?」

 

「情報提供がありました。此度の、異変について」

 

「信用出来るの?」

 

 

 情報の提供と言っても情報源は限られている。街の住人達は一種の催眠状態。外部との連絡も遮断。そして恐らくでは外部の人間が入って来ることも無く、私達が外に出る事も出来ない。もし仮に可能であればこの作戦会議の場はもっと盛り上がっている筈だ。

 

 

「はい。何せ、この街に住みながらも、今回の異変の影響を受けていない……。そんな方なので」

 

「はぁ? 冗談も休み休み言えや。そんな人間居る訳……」

 

「そうです。そんな人間は居ません。ですので聞いてきました。キツネさんに」

 

「………………帰ったら修理やな」

 

 

 ラビリスの呆れてものも言えない視線に晒されながらも「いやー情報料代わりのお賽銭が痛かったナー。経費で落ちるカナー」と1人呟き続けるアイギス。

 

 

「出会いは偶然でした。そう、まさに商店街の神社の前を通りかかったその時───」

 

「あ…辰姫神社のキツネさん……」

 

「イグザクトリーです。雪雫さん」

 

「クマー! 神社のキツネと言えば…時にクマとマスコットの座を掛けて勝負し…時に背中を預け合った正に戦友……。それは確かな情報筋クマー!」

 

「え、なに? ホンマにキツネなん? こんなトンチキ展開受け入れろ言うん?」

 

 

 盛り上がる3人と1人置いてけぼりなラビリス。彼女は困惑の色を浮かべながら3人の顔を見まわすと、次第に「しゃあない…常識捨てるしかないか…」と渋々ツッコミの姿勢を解除していく。

 

 

「さて…姉さんの理解も得られたところで──」

 

「無理矢理やけどな」

 

「……コホン。単刀直入に言います。私達に残された時間は多くありません。雪雫さん、貴女が先日見た死体……山野真由美で間違いありませんか?」

 

「………ブルーシートの隙間からしか確認して無いけど、間違いない」

 

 

 開きっぱなしの眼、驚愕に染まったまま固まってしまった表情、全てが5年前のままだった。人生初めての経験であり衝撃だったのだ。間違いようが無い。

 

 

「そう、ですか。でしたらそうですね……」

 

「アイチャン?」

 

「いえ、お気になさらず。キツネさんからの情報を今一度整理していただけです」

 

「んで、そのキツネさんからは何が聞けたんや?」

 

「その前にもう一つ確認を。雪雫さんが目撃した事件…山野真由美の死体があがったのは3回目……で間違いないですね?」

 

「うん、間違いないクマよ~! アイチャン、ラビチャン、クマであちこち聞き回ったクマ~!」

 

 

 勿体ぶらずに早よ教えんかい。とラビリスから抗議の声が上がる。

 

 

「…実はキツネさん曰く、最初の事件…この場合はH.E.L.I.X.(ヘリックス)が発生して以後の事件ですね。……その時の死体には顔が無かった、と」

 

「クマ? それってデュラのハンってことクマ?」

 

「いえ、そんなアイルランドに伝わる妖精とかでは無く。そうですね…噛み砕いて言うならば、フィクションで良く見られる認識阻害…というやつでしょうか。いつから錯覚していた……?みたいな」

 

「おい、アイギス……。そないな冗談言っとる場合じゃ───」

 

「個人と特定出来ない状態の死体……。いや、死体かも分からない何かを、山野真由美として周りは処理してた…ってこと?」

 

「仰る通りです。スノードロップ寮に10点です。雪雫さん」

 

 

 ビシッと雪雫に指を指すアイギス。

 見事得点を獲得した雪雫は「やったー」と小さく呟き、横に居るラビリスにツッコミを入れられていた。

 バランスの良いチームである。

 

 

「しかし山野真由美と認識しながらも、始めは警察も住民も困惑をしていたそうです。それが次の死体、そしてまたその次……。回数が重なるごとに次第に馴れ始め、死体のクオリティは上がっていったそうです」

 

「……回数を重ねる事に異常は住民にとっての日常の風景に、死体は出来の悪いCGからリアルに寄っていっている……ちゅうことか?」

 

「チェーンナックル寮にも5点」

 

「要らんわ。何やチェーンナックル寮って。というかなんで雪雫より5点少ないん?」

 

 

 姉妹漫才を余所に雪雫は思考に耽る。

 

 アイギスは言っていた。この異変に対して「過去の再放送」と。

 言い得て妙だと思う。全く同じ被害者、全く同じ天候、全く同じ現場。違うのは犯人らしきものの動機も、現場も無くハリボテ状態ということだけ。

 

 しかし、改めて考えると「過去の再放送」という表現は微妙に正しくない事が分かる。

 事件に対して警察や住民が慣れてしまっているのだ。

 いくら5年前の八十稲羽市が事件に溢れていようとも、それに慣れた人間など、ゴッサムシティじゃあるまいし、ただの1人もいやしない。実際、事件が起きる度に警察は苦悩し、住民達は未知の恐怖に怯えていた。

 

 完全な再現に拘るのなら、慣れさせるのではなく、寧ろ無知のままで居させる必要があるのではないか。

 

 

(……となると、過去の事件の再現は重要じゃない)

 

 

 街に起きている事件と住民達の認識。切り分けて考えるとどうだろうか。

 何かの目的があって再現性の高い事件を起こしている。しかし、それを騒がれるのは本意じゃないから住民達の認知を弄っている。

 

 ……いや、事件がハリボテの事を踏まえると、後者が本来の目的? 

 

 

「犯人は未だ特定出来ず、目的も未だに不鮮明。しかし、分かる事は回数を重ねれば重ねる程、フィクションは現実世界へ色濃く染みを残していく。螺旋状だった2つの世界が、今交わろうとしています」

 

「つまり……えーっと…どういう事クマ?」

 

「これは紛れも無く、現実に対するイセカイの侵攻…そう捉えるべき案件だ、そういうことです」

 

 

 

 

 

 

8月20日 土曜日 雨  

 

 

 

 天上から朗らかな光が差す楽土。白く荘厳な回廊、生命の力強さを感じさせる大樹。まるで病院のベッドの上で夢想した天国の様。

 何処までも透き通っていて、何処までも清潔で、秩序に守られた理想郷。

 

 天上楽土。

 

 マヨナカテレビ局の最上階に位置するスタジオだ。

 

 

『まさかまた、ここに来ることになるなんて…。人生……いや、クマ生……? とにかく何が起きるか分からないものクマ……』

 

「…………………」

 

  

 温かな風が頬を撫でるのを感じながら、ウィッチ達は駆ける。

 

 

「…まさか最上階のスタジオがこんなことになっているとは。驚きであります」

 

「イセカイを現実のルールで測ろういうんはナンセンス…とは言え、これはやりすぎやろ」

 

 

 閉塞的な空間だった筈のテレビ局の廊下。ここに入る前に居たエリアには上へと繋がる階段は存在せず、正真正銘の最上階…の筈だった。

 しかし、扉を開けてみればその見た目に反して、広大過ぎる空間が広がっていた。果てしない青空が広がり、その中央には天を突く程の巨大な建造物と大樹が聳え立っていた。

 

 

『ここが最後のスタジオ…。気合入れていくクマよ~!』

 

「…流石に何もありません…は無いよな? 他のスタジオと一緒だったら泣くで」

 

「…………それは考えたくも無いですね…」

 

 

 フロアマップに記された6つのスタジオ。

 昨日の2回目の会議の後に4つ。今日の朝一に1つ。粗方探索したものの、シャドウが横行闊歩するばかりで特に収穫らしい収穫は無し。いっそここまで来ると、今回の事件には何も関係無い、正真正銘のただのスタジオなのではないか。そういう考えが浮かんでくる程に何も無かった。

 

 

(…………気持ち悪い、な)

 

 

 上のフロアへと続く階段。それを一歩一歩踏みしめる度に、胸に渦巻く不快感。別に今始まった事では無い。このスタジオに入った時から、ずっとそうだ。

 この不快感を言葉にするのは難しい。何となく、心がざわつくのだ。降り注ぐ日差しも、空に架かる虹も、頬を撫でる風も。

 

 

『ヘイヘイ! お嬢さん方、このまま進むのも良いけど、ちょっと足を止めて遊んでかないクマ? 前方にシャドウの反応多数。バトルシーンに突・入っクマよ~!』

 

「っ。こっちは時間が無いと言うんのにホンマ!」

 

 

 クマの言う前方。フワフワと、目障りな羽を羽ばたかせている天使の姿をしたシャドウ達。

 

 

(────アハ)

 

 

 その姿を見た時、不思議と口角が上がった。両親に新しい玩具を買い与えて貰った記憶が脳裏に浮かんだ。

 八つ当たりをする恰好の相手だと、そう本能が叫んだ。

 

 

「──瞬く間に終わらす。ラビリス」

 

「任せとき! ……そぉらっと!」

 

 

 手狭な廻廊の中央にフワフワと浮かんでいる天使の様な形をした無数のシャドウ達。それを視認して間も無く、ラビリスは自身の武器である大斧をブーメランの要領で投擲。そしてタイミングを同じくして雪雫が駆け出す。

 空気を切り裂きながら進む斧と同じ速度で、その真下に潜みながらシャドウへと突っ込む雪雫。

 

 

「ジャンヌ」

 

 

 敵が迎撃の体勢を整えるよりも早く、出現した聖処女が宙を裂いていた斧の柄を取り、それを振り下ろす。

 回廊全体を包む振動。巻き上がる土煙。押しつぶされ、文字通り塵として宙に消えていったシャドウだったモノ。

 何体か攻撃を逃れた個体も居たが、それを見逃す雪雫では無く。

 

 

「───はこんなに頑張っているのに」

 

 

 うわ言の様な少女の呟きが聞こえると同時に、土煙の中から天使の額に向かって銃口が伸び───

 

 

「責務を全うせず」

 

 

 パン、と乾いた音が木霊した。

 

 

「それを省みることすらしない」

 

 

 光り輝く琥珀の様な瞳が獣と対峙する狩人の様に細まる。

 

 

「……気に喰わない。気に喰わない。気に喰わない気に喰わない…………」

 

 

 撃って。蹴って。刻んで。その存在事刈り取って。一体一体確実に丁寧に漏らさず余すことな平等に、その機能が完全に停止するまで動かなくなるまで徹底的に完璧に。

 土煙が晴れた頃には、地面に突き刺さったラビリスの斧と晴れやかな顔でただただ天上を見上げる雪雫だけが残っていた。

 

 

「───なんと…」

 

 

 介入の余地を伺っていたアイギスが感嘆の声を漏らす。

 

 

「圧倒……でしたね…」

 

「せやな…。最近目覚めた割にはセンスええとは思うとったけど……。こう、まさに鬼気迫る勢い…やったな」

 

 

 地面に埋まった自身の得物を引き抜きながら、未だに空を見つめたままのウィッチを一瞥するラビリス。

 一見、平静に見えるが僅かに顔が引き攣っている。

 

 

『セツチャン? ……セツチャーン? もうシャドウは居ないクマよ~。何時までボーっとしてるクマ?』

 

「………………クマ」

 

 

 ホントにどうしたクマ?と首を傾げるクマに、雪雫は微笑んだ。

 老若男女、誰もが見惚れてしまう程の無垢な笑み。

 

 

「いえ、少し取り乱しました。もう、大丈夫です」

 

 

 光に照らされながらそう言う少女は、どこまでも綺麗だった。 

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