PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
塔の最上階。
地上よりも太陽はその存在感を増し、空気は希薄なものへ。足元には草花が所せましに生い茂り、それを見守る様に周りには天使の像が立ち並ぶ。
そんな風景の真ん中に男は居た。
「──やぁ。思っていたより遅かったね」
像の視線が集まるその中央に、呑気に自然の絨毯に背中を預けて空を仰いでいる、そんな男。
「……足立、透」
「やぁ、久しぶりー。……でも無いか」
ヒラヒラと手を振り、にへらと笑う足立に対し、臨戦態勢の一同。通信越しにクマの彼に対する憤慨の声が響く。
まさに一触即発の状況ではあるが、彼はそれを気にすることも無くやれやれと呆れながら首を左右に振った。
「ガキは大人しくしてろって…。折角大人からの有難いアドバイスを送ってあげたのに……。それを無下にするなんて。君も君で大概だね。そんなんじゃ組織で出世、出来無いよ?」
『クマ―!! アダッチ―に言われたくないクマ!』
「はっ。それもそうか。はははは! いやぁ、これでも都内に居た頃は出世まっしぐら!だったんだけどねぇ。いつからこうなっちゃったんだか…あはははは!」
足立の乾いた声が響く。
「……全て、お見通しという訳ですか。私達がここに来ることも」
「あー…はは……お腹痛い…」
ケラケラと腹を抱えながら笑い転がる足立に、ラビリスは不快そうに眉を顰めた。
「はよ、質問に答えんかい!」
「おお、怖い怖い……。声を荒げるなよ。強く出た所で何も変わらないよ。短気は損気って言うだろ? エルゴ研では教えて貰えなかったのかい?」
「───エルゴ研?」
エルゴ研。
その言葉が足立から紡がれた時、アイギスとラビリスがピクリと眉を動かした。
「何故、その名を……。貴方は知る由も無い筈…」
「いや、なに。この世界に居るとね。知らなくていいものまで知ってしまうんだよ。不可抗力ってやつ。知ってるからって八つ当たりしないでね。僕は悪く無いから。文句を言うなら今回の黒幕へ、ってね」
「黒幕…。じゃあやっぱり貴方は───」
「そう、僕は今回の件に関与していない。…いや、結果的には噛む形となったが、立場的には完全に被害者だ」
どの面下げて言ってるクマ―!とクマは叫ぶ。
しかし彼とは対照的にアイギス、ラビリス、ウィッチの3人は特に口を挟むことは無かった。続く彼の言葉を待っているのだ。
「って言っても信じて貰えないだろうけどね。しかしこれは本当のコト…。僕だって迷惑してるんだ。折角、クソみたいな世界から解放されて静かに過ごせると思ったのに。こんな形で
「呼び起こされた……ですか。連れて来られた、では無く」
「まるで自分は人間じゃあらしまへん。みたいな言い方やな」
「みたい。じゃなくてそう言っているんだよ。分からないかな」
呆れた視線をラビリスに投げ、深い溜息を吐く足立。
「僕は言わばマヨナカテレビに記録された足立透の情報が人として形作ったもの……。彼ならばこう受け答えするだろう。こう行動するだろう。そういうデータを元に動くAIと言っておこうか…? あぁ、そう考えると君達と本質は同じかもね。アハハ」
『記録されたアダッチーの情報……? ……むむ、確かに今のアダッチーからは人間の反応も、シャドウの反応も何も出て無いけど……。それならそんなアダッチーが何で向こうの世界に出れたクマ?』
「いえ、クマさん。何故、外に出れたか。そこは重要ではありません」
「現に元々がシャドウである筈のクマは出とるしな」
『………確かに。そういえばそうクマね』
「出た方法は問題じゃない。元々今は特殊な状況。外に出て、何をしていたか。そこが大事」
皆の視線が足立に刺さる。
「……この中で誰よりもマヨナカテレビに疎くて、ペルソナ使いとしても歴が浅いのにも関わらず、誰よりも冷静に物事を判断出来る……。嫌味だねぇ、才能ってやつは」
「答えて」
「はっ。答えてあげるからさ、そう睨まないでよ。雪雫ちゃん。……えっと、現実世界で何をしていた、か。────何もしてない。僕はただそこに居ただけ」
『何もしてない? そんな訳ないクマー! だってあんなに沢山事件が起こって、あんなにミンナ勘違いして……。おちょくるのも大概に───』
パァンと乾いた音が憤るクマの言葉を遮った。
「……ははっ、ビビった?」
そう言う足立は片腕を上げた状態で三日月の様に笑みを歪める。手の先には空に口が向けられた拳銃。
「一度やってみたかったんだよね。ほら、映画であるでしょ? 銃をパーンって上に撃って五月蠅い奴を黙らせるヤツ」
『……クマ…』
「それで、そんな訳無いって? 心外だな。僕は被害者の立場だと言っただろう? 本当にそこに居ただけさ。現実世界への取っ掛かりとしてね」
「取っ掛かり?」
「考えてもみなよ。過去の事件の再現をする上で、真犯人であり、マヨナカテレビと深い関りがあり、どちらの世界にも居場所を持っていた人間……。そう都合が良い存在なんて、僕以外居ないだろう? 本来は交わる事のない2つの世界…。その境界線を乗り越える為には、切っ掛けが必要なんだってさ」
「つまり、貴方が向こうに居なければ…」
「もう過去の再現は起きないんじゃないかな。今の段階なら」
試してみるかい?と手に持っていた拳銃を、足立はウィッチに向けて放り投げる。
「今はまだ現実世界に定着していない。ここで切っ掛けを消せば、こっちからの干渉は出来なくなる筈だ。さぁ、撃ちなよ。雪雫ちゃん」
「…………」
ずっしりと重たく冷たい感触を確かめながら、白髪の少女は視線を凶器に落とす。
「なに、躊躇う必要は無い。僕はただの足立透という人間の情報の塊。シャドウでも無ければ心そのものでもない。ここで消したところで現実の本人が廃人化することは無い。それに、仮に影響があったところで君達には関係無い…だろ?」
「………………」
ゆっくりとした動作でウィッチは銃口を足立に向ける。
「雪雫さん!?」
『セ、セツチャン、早まる必要は無いクマよよよよ!?!???』
「………………」
しっかりと、一回で仕留められるように。
足立透の形をした何かの、頭を狙って。
「……はっ」
薄ら笑う足立に銃口を向けたまま、その引き金に指を掛けて。
カチリ。
と確かに引いた。
▼
フワフワと翼を羽ばたかせる彼らを見た時、心に募っていた苛立ちが爆発した。
その焦慮は明確な敵意と変わり、その敵意は暴力に形を変えた。
天へと昇っていくシャドウだったモノの残滓を見て幾分かは落ち着きを取り戻したものの、未だに胸に蠢く不快感。
思い返せば、それは常に胸中に巣食っていたものかもしれない。
いつから?
と問われれば私はこう答えるだろう。
最初から、と。
思えばここは嘘ばかりだ。
そして私は嘘が嫌いだ。
で、あるならば。私はここが嫌いだ。
私は否定する。
この世界を望んだ創造主を。それに首を垂れる天の使いを。
私が求めるのは、原初の真である。
▼
「──ビックリ、した?」
少女の鈴のような声が響く。
「………興覚め、だな。道化の真似事とは」
それに対し、何処か落胆したかの様に口元を歪める男。
「一度やって見たかった。だってカッコイイもん。ジョーカーって」
そう言いながら拳銃を持ってない方の手を開くと、カランカランと音を立てながら地面を転がる弾丸。
『い、何時の間に抜いたクマ……?』
「なんて多才なんでしょう…。雪雫さん、手品でも食べていけそうですね」
皆の視線が集まる中、それを気にもせずウィッチは拳銃を塔の外へと放り投げ、再び足立と向き合った。
「僕を消せば、少なくとも向こうの異変は消えるというのに……」
「そんなその場しのぎの解決方法なんて要らない。私が求めるのは、根本的な解決方法」
「根本的、ね……。…ははっ、参った参った。…これだから世間を知らないガキは………。大人らしく楽な道を勧めてあげたのに、自分から苦しい方に進むなんて…。全く、青臭い奴らだよ…」
相も変わらず小馬鹿にする様な、しかしながら何処か羨ましそうな。そんな複雑な笑みを浮かべて足立は口を開く。
「根本的な解決、と言ったね。なら話は簡単だ。この世界の核を潰してしまえばいい」
「核…ですか」
「せやけど、どのスタジオ回ってもそれっぽいの無かったで?」
「そりゃそうだよ。だってこの世界においてスタジオはさほど重要では無い…。いや、それぞれ役割を持つシャドウは居たが、今は関係無い話さ………」
「なんや? ほな、ここまで昇って来たのは無駄足だったちゅうことかいな?」
「僕が居なければ、ね」
ほら、と足立は再び何かを放り投げ、すかさずキャッチするウィッチ。
拳銃では無い。
「勾、玉…?」
それは色取り取りの勾玉。赤、緑、青エトセトラエトセトラ……合わせて7つ。太陽の光をテラテラと反射し、宝石の様に輝いている。
「それぞれのスタジオに散りばめられたやつだよ。それを持っていけば──」
「待ちや、スタジオは全部で6つの筈や。もう一つあるちゅうんか?」
「君、人の話を最後まで聞かないタイプのアンドロイド? ……この世界において重要なのは上では無く地下。エントランスを良く調べて───ちっ」
足立が言いかけたその瞬間、青空が広がっていた筈の空に陰りが生じる。
太陽は赤黒く変色し、空を裂くような轟音が響き始めた。
『緊急事態! エマージェンシーだクマー!! 地上から高速で上がって来るシャドウの反応あり! これは……死神タイプの───!』
途端、黒い影が塔の淵から這い出て来た。
手には二丁の銃。携えた黒いコートは血の様な染みで汚れ、ジャラジャラと鎖を鳴らす、死を形容したような怪物。
そして──。
「少し、お喋りが過ぎませんか。足立元刑事」
その場に不釣り合いな程の、凛とした可憐な少女の声。
「そぉら、女王様のお出ましだ」
「ただの舞台装置の癖に…。ペルソナを取り上げるだけじゃ足りませんでしたか」
「その舞台装置に知識と力を持たせたのがそもそもの間違いだよ。管理者を騙るのなら、機械は機械として扱わなきゃね。アハハハ」
怪物の肩から足立達を見下ろしていた少女は軽やかな動作で地に足を下ろす。
その特徴的な赤い髪と、黒いコートをはためかせながら。
「──なんで、ここに」
その声を聞いた時、もしかして。とその考えが脳裏に過ぎった。
その姿を見た時、どうして。という疑問と共に、心の何処かで溜飲が下がった。
「……雪雫」
「かすみ───」
赤い少女と白い少女の視線が交わる。
お互い仮面越しの対面ではあるが、ハッキリとその存在を認知出来る。
だって、彼女達は幼馴染なのだから。
「…知り合い……」
「みたいやな。クマ。あっこに居る嬢ちゃんは人間か?」
『ん、んんん……。ま、間違いないクマ、純度100%のニンゲンだクマ~!』
「……なら、決まりやな」
ラビリスが斧の柄に手を掛け、僅かに姿勢を低くする。
その動作が、無情にも今の状況を如実に雪雫に訴える。
敵。犯人。黒幕。
探し求めていた事件の根本、真相。それが友人の形を取って。
「ラビリス、待って……! かすみ、本当にかすみなの? 良く出来た偽物とかじゃ…」
大きく見開かれた赤い瞳が動揺で揺れる。
紡がれた言葉はたどたどしく、震えを伴って発せられ、足は僅かに後ずさる。
「……雪雫さん…」
ここに来て一番に動揺を示した雪雫に、アイギスは正直驚きを隠せないでいた。
何分、雪雫と行動を共にしてまだ日が浅い彼女にとって、今までの立ち振る舞いからはとても想像出来ないモノだからだ。
しかし、アイギス達は知る由も無いが、雪雫という少女は身内には甘く、すぐに割り切れる程、精神も成熟していない。
大山田が良い例だろう。
おかしい、理不尽と違和感を感じつつも、結局切っ掛けが出来るまでは彼を信じようとしていた。
信じたくない、自分にとって都合の良い真実だけを見ていたい。
そんな子ども染みた当たり前の感情を、雪雫も例外なく持っている。
そして、その思いは、今まさに赤毛の少女に注がれて───。
「あぁ………。───良い…。良いよ雪雫」
やけに熱が籠った瞳で、感嘆の声を漏らす赤毛の少女、否「芳澤かすみ」。
身震いが収まらぬ自身の身体を抱きしめ、真っ直ぐに雪雫に視線を送っている。
「困惑、悲痛、そしてほんの少しの憤り……。そんな顔も出来るんだね、アハ、ハハハ」
「……なんや、コイツ…………」
「あの雪雫の視線が、興味が、感情が……。今まさに、全てが私に向いて──」
戸惑う雪雫にジリジリと詰め寄るかすみ。
「そこまでにしとき!」
「雪雫さん!」
敵意は無く、それ故に純粋。雪雫の制止の声もあり、2人の間に割って入るか否か、僅かに迷いが生まれて出遅れるアイギスとラビリス。
(間に──)
(合わへん──!)
ゆっくりと、雪雫へと伸ばされるかすみの両腕。
そのまま首を掴んで絞め殺すのではないか。そんな最悪なイメージすら浮かんでしまう状況。
「さぁ、雪雫。私と───」
雪雫の細い首に手が掛かろうとした。
その時。
「っ」
乾いた音と何かを弾く音が立て続けに木霊した。
「銃、一丁だけだと思っていたんですが」
「手の内を全て晒す訳が無いだろう?」
ヘラヘラと笑いながら銃口を向ける足立と、それを睨み付けるかすみ。
両者の間には大型のシャドウが鎮座しており、彼女を凶弾から守った事が分かる。
「足立、透……」
銃声で我に返ったのか、呆然としていた雪雫の意識が僅かにかすみから逸れた。
「何、偉そうにふんぞり返っているそこの女王様の顔を歪ませたくてね。決して君を助けた訳じゃ無い」
「道化風情が……! シャドウ、あの男を刈り取って。私の逢瀬を邪魔した罰で」
「はっ。ガキが偉そうに……!」
かすみの声に合わせて雄叫びを上げる怪物と、小馬鹿にした笑みを浮かべる足立。
雪雫への執着が僅かに外れた隙に、アイギスが未だに状況を飲み込み切れていない雪雫を回収する。
「一度、撤退しましょう。今のままでは非常に分が悪い」
「せやな、雪雫には悪いが、仲間割れしとる間に……!」
『で、でもアダッチーはどうするクマ!?』
「んなこと言っとる場合か! こっちは生身の人間連れとるんやで!?」
「そう、そこのチェーンナックルの言う通り。そろそろ現実見なよ」
誰がチェーンナックルや!とラビリスが抗議の声を上げる。
「本意では無いけど、彼女よりも君達に手を貸した方がこっちとしても気が楽だ。あぁ、なに。置いていく事に負い目を感じる必要は無い。そこのラビリス…だっけ? 彼女の言う通り僕に生死の概念は無いからねぇ」
それに、彼女も彼女で僕を殺せない。
ニヒルな笑みを浮かべながら足立は言った。
「……雪雫ちゃん。友情とやらを大事にするのも良いけどね。それに固執して目を曇らせちゃあ、本末転倒というやつさ。君は楽な道を選ばなかっただろう。ならそれなりの責任を取らなきゃ。あ、これ大人としてのアドバイスね」
「───私は…」
「行きましょう。状況は悪くなる一方です」
そう言うや否や、アイギスは雪雫を抱えたまま塔を飛び降りた。
続いてラビリスも僅かに戸惑いを示したものの、意を決して飛び降りる。
「っ! 雪雫!!!」
「───おっと。君の相手は僕」
追おうとしたかすみだが、その行く手を足立に阻まれる。
相も変わらず、人を煽る様なヘラヘラとした彼に。
「皮肉なもんだね。彼女を傷つけたくない故に、取り逃がすなんて。そのままそのシャドウを暴れさせておけば、今頃君の手の中だろうに」
「──分かってないですね。彼女は全て私のモノ。その声も、瞳も、傷1つでさえも。私以外の存在が傷をつけては、元も子もないでしょう」
「……っは。恋心もここまで肥大化すれば醜悪そのもの…。君はつくづく哀れだよ」
かすみはピクリと眉を動かし、苛立ちを込めた瞳で足立を射抜く。
それに応えるように、シャドウも臨戦の態勢を整えた。
「…ペルソナも使えなければ、従えているシャドウも居ない。この状況、勝てるとでも?」
「勝ち負けに拘るのはガキの性かね…。──それに」
足立は自身の右手を前に出し、手の平を空へと向けた。
手に浮かぶのは一つのカード。青白い炎を宿した、愚者の象徴。
「道化っていうのは何にでもなれるカードだって、知らないのかい?」
激しい爆音と振動が、塔全体を包んだ。